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睡蓮の千夜一夜

馬はモンゴルの誇り、
馬は草原の風の生まれ変わり。
坂口安吾の言葉「生きよ・堕ちよ」を拝す。

眠れぬ夏の夜に怪談「牡丹灯篭」の感想など

2010-08-04 00:03:21 | 逝ける人々・本・禅と仏教
浪人に絡まれた武家娘の「お露(佳那晃子)」を助けた萩原新三郎(林与一)は亡き妻にうりふたつな武家娘と身分違いな恋に落ちる。お露は父の決めた縁談を断ったことで父の逆鱗に触れ侍女もろとも父に切り殺された。旗本の当家はこの不祥事によりお家取り潰し、当主は切腹に果てた。牡丹灯篭をかざした侍女を連れ、夜毎に新三郎の元に通う幽霊のお露。それとは知らずに、夜毎、幽霊のお露と契りを交す新三郎。毎夜のカラン、コロン . . . 本文を読む

開高健の「巨大魚イトウは自分自身」

2010-07-30 02:03:07 | 逝ける人々・本・禅と仏教
「巨大魚イトウは自分自身」そう言い放ってはばからない小説家・開高健のドキュメント番組を見た。以前にCS277旅チャンネルで放映された「モンゴル大紀行・巨大魚を追う」(たしか、このようなタイトルだったと思う)モンゴル平原をひた走る列車の窓から過ぎ去る風景を見ながら、彼は、「草、ひたすら草。この草でもってヨーローッパまで行ってしまったんですなぁ。たいしたもんですなあ・・・」あの少し裏返り気味の甲高い声 . . . 本文を読む

谷川岳からいまだ帰らず

2010-01-20 22:23:17 | 逝ける人々・本・禅と仏教
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20100109-584147.html年末の谷川岳からいまだに帰らない若者がいる。2009/12/29入山、1週間の予定で谷川岳に入り、1/1にアタックすると家族に連絡があったいう。遭難確実の状況だが入山届け(登山計画書)が出てない厳冬期の谷川岳では、警察や山岳救助隊も手の出しようがない。風雲急を . . . 本文を読む

相田みつを氏の「五観の偈」とパステルナークの「有名であることは」

2010-01-17 06:25:56 | 逝ける人々・本・禅と仏教
相田みつを氏と武井哲応老師(曹洞宗)との出逢いは昭和17年に某寺で行われた短歌の会だった。のちに「運命的な出逢い」と彼に言わしめた何かがこの一会に生まれた。これより「正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)」を座右の書とし、生涯を在家信者として曹洞禅(道元禅)に生きた。 彼には「五観の偈(ごかんのげ)」ともいうべき固い決意があった。一、お習字の先生をやめる二、書家でなくてもいい三、詩人や歌人 . . . 本文を読む

活字の記憶

2010-01-16 06:47:29 | 逝ける人々・本・禅と仏教
週に一度しかない休日前はネットより活字、ふとした拍子に甦った「活字」の記憶を納戸の本の中から探しまくる。昭和初期の"戦中・戦後"が育てた人たちサンスポの石原慎太郎氏と篠田正浩氏の対談は、もろに時代の息吹。彼らの短いセリフが描き出す風景と時代を育てた背景との整合性にぞくぞくする。無為にヨワイを重ねてないご両人はいまだ少年のまま。衰えない情熱は善悪を超え、正負など薄紙の上下、ひとしずくの水滴で穴があく . . . 本文を読む

分水嶺と伊集院静氏の「二日酔い主義」

2009-11-27 06:43:33 | 逝ける人々・本・禅と仏教
「夏目雅子・没14年目」のビデオを見ていた。(1985/9/11 満27歳没)急性骨髄性白血病で夭逝したと思っていたが直接の原因は肺炎だった。一度はかんかい(治癒)したと伝えられ、退院のメドが立ってからの急変は、こんなことがあっていいものかという気分。伊集院静氏を慕いつづけた夏目雅子の「純情」がね、身につまされた。彼女が病床に伏してからというもの、伊集院氏はすべての仕事を辞めつきっきりの看病に明け . . . 本文を読む

モウコハンの色

2009-11-03 11:34:10 | 逝ける人々・本・禅と仏教
写経会は日曜の朝8時から初めて写経会行った時、定刻の10分前に着けばいいくらいの軽いノリで行ったらとんでもないことでした。本堂横の二間続きの部屋に正座された先人たちは、すでに墨も磨りおわり、写経用紙を整えられ、方丈さんの入場と同時に筆を持てる準備をされていた。踵を返して出直したい気持ちと戦いながら空いている席を見渡した。方丈さんの机の前にひとつだけ空きがある、ここに座れということか...。覚悟を決 . . . 本文を読む

鈴の音と念佛法語

2009-10-14 06:09:20 | 逝ける人々・本・禅と仏教
会社の裏の狭い道を墨染めの托鉢僧が二人鈴を鳴らしながら歩いて来た。両人とも壮年の方で、ゲタからはみでた白足袋の汚れが道中の長さを感じさせる。車を停めて、わずかばかりの喜捨をした。二人の僧は両手を合わせ『南無大滋観世音』と発句しながら深々と礼をされた。私は心の中で『南無大悲観世音』と発句し深い礼を返した。鈴の音が耳に残り、一日が満ち足りた。念佛法語 (ねんぶつほうご)恵心僧都(えしんそうず)宣給(の . . . 本文を読む

江藤淳の「形骸を断ず」と金子みすゞの「玩具(おもちゃ)のない子が」

2009-10-12 21:25:56 | 逝ける人々・本・禅と仏教
1999年7月21日江藤淳氏は「形骸を断ず」として自死した。今、江藤氏の著書を読み返しても遺産として後世に残すに過ぎない虚しさを感じるが、私の青春時代に夏目漱石や勝海舟を教えてくれた作家として生きている。命の形骸を断じて作家の魂を生かすがごとく。江藤氏の自殺にショックを受けながら、その死因である自殺方法にいくばくかの疑問を感じている。(手首を切って浴槽内で溺死)きょうび、リストカットは「自殺ごっこ . . . 本文を読む

映画[太陽と月に背いて]と黒沢作品

2009-10-09 00:03:30 | 逝ける人々・本・禅と仏教
[太陽と月に背いて]天才詩人アルチュール・ランボー役のレオナルド・ディカプリオ、時の大詩人ポール・ヴェルレーヌ 役のデヴィッド・シューリス。退廃した1870年代のパリを舞台に破滅的な愛と芸術に苦悩する若き詩人アルチュール・ランボー の一生を、彼に乗り移ったかのごとく演じたディカプリオの最高傑作です。原題[Total Eclipse]を邦題[太陽と月に背いて]と意訳したセンスに脱帽、よほどランボーと . . . 本文を読む