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地名アラカルト

各地の難読地名や珍しい地名についての由来やエピソードなどについて調べてみたいと思います。

大分県の難読小学校名  何と読みますか ②

2019年05月21日 14時35分57秒 | Weblog
①大分市立野津原中部小学校 大字竹矢(たけや)    
②別府市立上人小学校 北石垣
③中津市立深水小学校 三光上(さんこうかみ)深水
④中津市立小学校 三光西秣         
⑤中津市立如水小学校 上如水
⑥中津市立上津小学校 本耶馬渓町折元
⑦日田市立咸宜小学校 淡窓1丁目
⑧日田市立光岡小学校 友田北友田1丁目
⑨佐伯市立渡町台小学校 長島町3丁目
⑩佐伯市立米水津小学校 米水津大字色利浦(いろりうら)
    
 読みなど

① のつはるちゅうぶ 明治22年4月,大分郡野津原・福宗など4村が合併し野津原村成立(~昭和34町制~平成17)。村名は中世以来の地名によるが,語源はノ(未開墾地)ツ(出口)ハル(耕地)で,田園から荒野の方へ行く出入口の里の意という(『日本地名基礎辞典』)。肥後藩の参勤交代路に沿う宿場町として発展。標高47m。野津原の地名は現存。5字校名。
② しょうにん 上人は時宗の創始者・一遍上人(1239~89)に因む。建治年間(1275~78)から弘安元年(1278)にかけて豊後で布教を行った。別府八湯の一つ鉄輪温泉を開いたと伝えられる。同市には,上人ケ浜町(しょうにんがはまちょう)・上人仲町(しょうにんなかまち)など上人の付いた地名が5か所ある。同校のすぐ南隣りに上人西がある。標高30m。
③ ふこうず 深水は犬丸川の上流域に位置。平安期~戦国期にみえる荘園名に因む。
④ まくさ 犬丸川に支流西秣川が合流する谷あいに位置。秣は牛馬の飼料にする草のことで,かつて西秣川の流域で放牧が行われていたことを示す地名か。
秣の付いた地名は極めて少なく,この地と新潟市中央区秣川岸通(まぐさかわぎしどおり)があるに過ぎないようだ。1字校名。標高59m。
⑤ じょすい 明治22年4月,下毛郡助部(すけぶ)・是則(これのり)など5村が合併し如水村成立(~昭和18)。村名には,慶長5年(1600)西の関ヶ原の戦いといわれる石垣原(いしかきばる,現別府市)の戦いに際し,東軍に加担した中津城主黒田如水孝高(1546~1604)の出陣に際し,当地で軍勢をそろえたという伝説がある(『角川・大分』)。標高13m。
⑥ こうづ 山国(やまくに)川支流の跡田(あとだ)川の中下流に位置。明治22年4月,下毛郡折元・跡田・落合の3村が合併し上津村成立(~昭和26)。村名は,落合の御祖社の字名上津野によるという。標高96m。
⑦ かんぎ 校名は儒学者の広瀬淡窓(1782~1856)の咸宜園に因む。咸宜は「咸く宜し」(ことごとくよろし)とは、すべてのことがよろしいという意味で,淡窓は門下生一人ひとりの意思や個性を尊重する教育理念を塾名に込めたという(日田市HP)。標高86m。
⑧ てるおか 明治22年4月,友田・渡里・十二町の3村が合併し光岡村成立(~昭和15)。村名は,太陽の光をさえぎっていた楠の大樹が切り倒されてから,日がさすようになったという伝承に因むともいう。光を「テル」と読む地名は他にないようである。標高80m。
⑨ とまちだい 校名は地区名か。標高12m。
⑩ よのうづ 明治22年4月,南海部郡色利浦・宮野浦・浦代浦(うらしろうら)・竹野浦・小浦が合併し米水津村成立(~平成17)。村名は米水津湾名によるが,湾名は,神武天皇東征神話に米と水を献上したとあるのに因むという。標高8m。





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