地名アラカルト

各地の難読地名や珍しい地名についての由来やエピソードなどについて調べてみたいと思います。

香川県の難読小学校名 いくつ読めますか ③

2019年03月31日 17時33分35秒 | Weblog
①三豊市立吉津小学校 三野町吉津乙
②土庄町立土庄小学校 淵崎甲   
③土庄町立豊島小学校 豊島家浦(いえうら)   
④小豆島町立苗羽小学校 苗羽甲   
⑤綾川町立滝宮小学校 滝宮         
⑥綾川町立小学校 陶        
⑦綾川町立羽床小学校 羽床下
⑧琴平町立榎井小学校 榎井     
⑨琴平町立象郷小学校 上櫛梨(かみくしなし)    
⑩多度津町立四箇小学校 三井  
⑪仲多度郡まんのう町立琴南小学校 造田(そうだ)

読みなど

① よしづ 明治23年2月,三野郡吉津村が単独村制施行(~昭和30)。村名は,当地一帯の海岸沿いに葭(よし)が生えていた港(津)があったことに因むという。
② とのしょう 明治23年2月,小豆郡土庄村が単独村制施行(~明治31年町制)。この地は,中世期,肥土庄(ひとのしょう)の内にあったので,町名はこれが簡略化されたものともいう。
③ てしま 小豆島の西方3.7kmに位置する島(面積1,440ha)。明治23年2月,小豆郡家浦・唐櫃(からと)・甲生(こう)の3村が合併し豊島村成立(~昭和30)。村名は,『古事記』にみえる海神・豊玉毘売命(トヨタマヒメ)に因み,トヨがテに転訛したものという。
④ のうま 明治23年2月,小豆郡苗羽・古江など4村が合併し苗羽村成立(~昭和26)。村名は,かつて当地にいた野馬に由来するという。
⑤ たきのみや 明治23年2月,阿野郡滝宮・北・萱原の3村が合併し滝宮村成立(~昭和29)。村名は,菅原道真が仁和年間讃岐国の国府(坂出市府中)に在任中,雨を祈った所に祠堂を建て,これを滝宮と称したことによるとも,綾川の上ノ滝という所に神名があったことによるともいう。
⑥ すえ 明治23年2月,阿野郡陶村が単独村制施行(~昭和29)。村名は,陶器師が多く居住していたことによるという。山口市に同名校がある。
⑦ はゆか 明治23年2月,阿野郡羽床下村と小野村が合併し羽床村成立(~昭和29)。村名は,かつての豪族・羽床氏に因むか。
⑧ えない 明治23年2月,那珂郡榎井村が単独村制施行(~昭和30)。江内とも書いた。江戸期からみえる地名。
⑨ ぞうごう 明治23年2月,上櫛梨・下櫛梨・苗田の3村が合併し象郷村成立。村名は象の形をした象頭山に因む。
⑩ しか 明治23年2月,多度郡三井・山階など4村が合併し四箇村成立。村名は4ヵ村合併したことによる。福岡市に四箇田(しかた)小学校がある。
⑪ ことなみ 昭和31年9月,綾歌郡造田村と見合村が合併し琴南村成立(~37町制~平成18)。村名は金比羅宮で有名な琴平町の南方に位置することによる。

香川県の難読小学校名 いくつ読めますか ②

2019年03月30日 20時51分04秒 | Weblog
①丸亀市立郡家小学校  郡家町
②丸亀市立城坤小学校  今津町
③丸亀市立飯山北小学校 飯山町川原
④観音寺市立柞田小学校 柞田町乙    
⑤さぬき市立造田小学校 造田是弘(これひろ)
⑥さぬき市立神前小学校 寒川町(さんがわまち)神前
⑦東かがわ市立引田小学校 引田
⑧東かがわ市立白鳥小学校 白鳥
⑨東かがわ市立福栄小学校 与田山
⑩東かがわ市立大内小学校 西村

読みなど

① ぐんげ 明治23年2月,那珂郡郡家村と三条村が合併し郡家村成立(~昭和29)。村名は古代律令制下に那珂郡の郡家(郡司役所)があつたことによる。同名校が大阪府高槻市にある。
② じょうこん 校名の由来は不明。丸亀城に関連した旧小字名か。
③ はんざんきた 昭和31年8月,綾歌郡坂本村と法勲寺村が合併し飯山町成立(~平成17)。町名は坂出・丸亀市の境界にそびえる讃岐富士と呼ばれる飯野山(422m)に因む。
④ くにた 明治23年2月,豊田郡柞田村が単独村制施行(~昭和30)。村名は平安期からみえる郷名によるが,柞は久奴木と読むところから,クヌギの木が多く生えていたことに由来するのではないかという。
⑤ ぞうた 明治23年2月,寒川郡是弘・野間田など4村が合併し造田村成立(~昭和31)。村名は,延喜式による国造田で国造に給える田に因むという。
⑥ かんざき 「神社の前」の意に由来するのであろう。標高15m。
⑦ ひけた 明治23年2月,大内郡引田村が単独村制施行(明治42町制~平成15)。『和名抄』に引田郷とみえる。低田(低い田地)の転訛であろうといわれる。
⑧ しろとり 明治23年2月,大内郡白鳥村と湊村が合併し白鳥村成立(~昭和30町制~平成15)。村名は『和名抄』に白鳥郷に因む。日本武尊の白鳥飛来伝説があり,白鳥神社がある。
⑨ ふくえ 明治23年2月,大内郡与田山・東山など4村が合併し福栄村成立(~昭和30)。村名は,地域の繁栄を願って命名された。
⑩ おおち 昭和29年4月,大川郡誉水村と丹生(にゅう)村が合併し大内町成立(~平成15)。町名は『和名抄』の大内郡に由来するが,大市の義とも邑地(湿地帯)のことかともいう。


香川県の難読小学校名 いくつ読めますか ①

2019年03月29日 17時27分50秒 | Weblog
①高松市立栗林小学校 栗林町2丁目
②高松市立男木小学校 男木町       
③高松市立庵治小学校 庵治町      
④高松市立十河小学校 十川西町
⑤高松市立鬼無小学校 鬼無町佐藤
⑥高松市立檀紙小学校 御厩町     
⑦高松市立木太小学校 木太町    
⑧高松市立亀阜小学校 亀岡町
⑨高松市立塩江小学校 塩江町安原上
⑩高松市立弦打小学校 鶴市町


読みなど

① りつりん 明治23年2月,香川郡藤塚町・上ノ村・中ノ村の一部が合併し栗林村成立(~大正10)。村名は,高松藩主の別荘御林に栗の木が林立していたことに因むという。栗を「りつ」と読む地名はほとんどないようである。東海道本線の栗東駅(滋賀県栗東市)は「りっとう」。
② おぎ 瀬戸内海の備讃瀬戸にある男木島(134ha)。オギのオは,対岸の女木(めぎ)島(262ha)のメに対応して命名されたともいう。 校名も読みも2字。
③ あじ 明治23年2月,山田郡庵治村が単独村制施行。村名は,弘法大師(空海)が掘ったと伝えられる阿伽井(あかい)の井戸の石の上に阿の字が刻まれていたことに由来する説や,海岸に葦が生えていたことによるとの説などがある。校名も読みも2字。
④ そごう 明治23年2月,山田郡西十川・東十川など4村が合併し十河村成立(~昭和30)。村名は,小高い丘陵地に所在する十河氏の城跡に由来するという。
⑤ きなし 鬼ヶ島(瀬戸内海の女木島<めぎじま>?)で鬼を征伐した桃太郎がこの地に逃げてきた鬼を征伐したので,「鬼無」になったという伝承説や,「毛無」で樹木のない所の意など諸説がある。
⑥ だんし 明治23年2月,香川郡檀紙・御厨・中間の3村が合併し檀紙村成立(~昭和31)。村名は,当地が弘法大師招来と伝えられる檀紙(楮<こうぞ>を原料として作られた縮緬<ちりめん>状のしわのある高級和紙)の産地と知られていたことに由来するという。
⑦ きた 天智天皇の時代,屋島に築かれた屋島城に城田のあったところから転じたともいわれる。一説には,牛頭天王(ごずてんのう)がもたらした楠から芽が生じ,村人は喜びが多くある兆しとして喜多と称し転訛したという。 校名も読みも2字。
⑧ かめおか 校名は高松藩藩主松平頼聰の別館「亀阜荘」に因む村名の亀阜村(のちに町)から。その後,「阜」は読みにくいことから,町名は住民の強い要望で一般に通用する「岡」に改名された。
⑨ しおのえ 大正7年4月,香川郡安原上東村が塩江村と名称変更(昭和31町制~平成17)。村名は,この地の温泉の水が塩からいので塩井と呼ばれ,のちに井が江に転じたことに由来するという。この温泉は,弘法大師が湯治の地として広く伝えたという。
⑩ つるうち 明治23年2月,香川郡鶴市・飯田・郷東の3村が合併し弦打村成立(~昭和31)。村名は,室町時代の宗祗法師の「弦打の山より出ずる月影は弓張りとこそいうべかりけれ」の「弦打山」に因むという。

徳島県の難読小学校名 いくつ読めますか ②

2019年03月27日 21時19分41秒 | Weblog
①阿波市立土成小学校 土成町成当
②美馬市立木屋平小学校 木屋平字谷口
③三好市立櫟生小学校  西祖谷山村一宇(いちう)
④三好市立芝生小学校 三野町芝生
⑤三好市立下名小学校  山城町下名
⑥勝浦町立生比奈小学校  中角(なかつの)豊田
⑦名西郡石井町立石井小学校 尼寺分校 石井字尼寺
⑧海部郡牟岐町立牟岐小学校  大字川長市宇谷
⑨海部郡海陽町立宍喰小学校  久保松本
⑩板野郡上板町立神宅小学校  神宅喜来
⑪三好郡東みよし町立昼間小学校 昼間
 
読みなど

① どなり 明治22年10月,土成・成当(なりとう)など6村が合併し土成村成立(~昭和30町制~平成17年)。村名は,阿讃山麓に立地し,前面に吉野川左岸の沃土が広がり,「土平(ドナラ)」の転訛ではないかともいう。
② こやだいら 鎌倉期から見える地名。明治22年10月,木屋平,川井,三ツ木の3村が合併し木屋平村成立(~平成17)。村名の由来には「小屋の内裏」と称する安徳天皇の行幸所が設けられ,天皇を守護した平知盛の子息知経が「小屋の内裏」の小屋と平家の平をとって木(小)屋平と名乗ったなどの説があるという。
③ いちう 明治42年現校名に改称する。櫟生の由来はわからないが,一宇の同音字にしたのか。櫟(いちい)は国字で,イチイ科の常緑高い木。材は,笏(シャク)を作るのに用いた。櫟の付いた地名に奈良県天理市櫟本(いちのもと)町がある。
④ しぼう 藩政村。芝生は,三村用水が出来る19世紀以前には,わずかに開かれた粟畑を除いて一面に芝草が生い茂る原野で,牛馬の放牧がおこなわれいたことに因むという(『角川・徳島』)。小松島市に同読みの芝生町がある。
⑤ しもみょう 藩政村。下名は,かつて土佐との交流が多かったので,土佐側から見て最も近くに(下に)あるという意から名付けられたという。
⑥ いくひな 明治22年10月,生名(いくな)・中角など4村が合併し生比奈村成立(~昭和30)。村名は,平安末期~室町期にみえる荘園名「生夷(いくい)荘」に因むか。
⑦ にじ 藩政村。聖武天皇の時に建立された法華滅罪寺である国分尼寺に因む。
⑧ むぎ 明治22年10月,牟岐浦と川長・河内など7村が合併し牟岐村成立(~大正4町制)。村名は,麦の産地説。また,当地の海岸を牟岐浦と称したことから,「マキガウラ(曲ヶ浦)」が音韻変化したのではないかともいう。
⑨ ししくい 明治22年10月,宍喰浦と久保・船津など10村が合併し宍喰村成立(~大正4町制~平成18)。村名は『日本書紀』の「阿波脚昨(あわあしくい)」によるという。「喰う」は浸食により,崩(く)えた崩壊地の意ともいわれる。
⑩ かんやけ 藩政村。鹿江比売(かえひめ)神社に神宅が置かれたことに因むという。当地には昭和47年1月 国鉄鍛冶屋原線廃線と同時に廃止となった神宅駅があった。和菓子の原料となる阿波和三盆糖の産地。
⑪ ひるま 明治22年10月,昼間と東山の2村が合併し昼間村成立(~大正14町制~昭和30)。村名は干沼の転訛と伝えられ,吉野川の流路が南へ変わるにつれ広い沼地を形成していたことに因むという。

徳島県の難読小学校名 いくつ読めますか ①

2019年03月26日 20時22分11秒 | Weblog
①徳島市立沖洲小学校 南沖洲2丁目
②徳島市立方上小学校  北山町下地
③徳島市立助任小学校 下助任町1丁目
④鳴門市立明神小学校  瀬戸町明神越浦
⑤鳴門市立撫養小学校  撫養町斎田岩崎
⑥小松島市立新開小学校 大林町中津
⑦阿南市立新野小学校  新野町南宮ノ久保
⑧阿南市立長生小学校 長生町五反地
⑨吉野川市立飯尾敷地小学校 鴨島町飯尾
⑩吉野川市立西麻植小学校 鴨島町西麻植絵馬堂

読みなど

① おきのす 明治22年10月,名東(みょうどう)郡沖洲浦・末広新田・大岡浦が合併し沖洲村成立(~大正15)。村名は,海中の洲の意で,富田浦の平助という人が開発したという。
② かたのかみ 鎌倉期から見える地名。藩政村。勝浦川下流と園瀬川下流の中間に位置。潟の上の意で,古くは海浜であったことに因むという。
③ すけとう 鎌倉期から見える地名。周りが河川に囲まれた砂州であることから,砂架頭の転訛とみられるという。任を「とう」と読む地名は少ない。石川県能美市東任田(とうだ),富山県任海(とうみ),福岡県田川郡大任町(おうとうまち)。
④ あきのかみ 地名の明神は,地内の大元(おおもと)神社が安芸厳島から分祀されたものであることから,安芸神と書いていたものが,安芸が明に変わったという。
⑤ むや 明治22年10月,板野郡斎田・南浜など11村が合併し撫養町成立(~昭和22)。町名は港に船を係留する意の「もやい(舫い)」の転訛説や南海道の水駅として設けられた室屋の転訛説,藻屋(もや)の転訛説などがある。
⑥ しんばり 新開は小字名。新しく開拓された意か。
⑦ あらたの かつては荒田野(荒地の多い土地の意か)と書いたが,明治22年10月,同音の新野村(大正4町制~昭和30)となる。
⑧ ながいけ 近世から見える地名である長池の「池」に佳字の「生」に変えたという。
⑨ いのおしきじ 校名は,校区が飯尾と敷地の大字であるためか。飯尾は古代から稲作が行われていたため,糧尽きざるとの意で,稲生(いのお)と呼び,のちに飯尾になったという。敷地は川原の開発地の意か。
⑩ にしおえ 麻植の地名は阿波の斎部(いんべ)氏の祖神が麻を植えた所に由来するという。

山口県の難読小学校名 いくつ読めますか ⑥

2019年03月25日 15時02分10秒 | Weblog
①山陽小野田市立津布田小学校 津布田
②山陽小野田市立埴生小学校 埴生    
③周防大島町立安下庄小学校 西安下庄
④周防大島町立浮島小学校 浮島
⑤周防大島町立城山小学校  外入(とのにゅう)
⑥周防大島町立油田小学校  伊保田(いほた)   
⑦周防大島町立情島小学校 伊保田  
⑧上関町立上関小学校 長島  
⑨田布施町立麻郷小学校 麻郷   
⑩平生町立平生小学校 大野南      

読みなど

① つぶた 昭和50開校。藩政村。この地の地形が西の埴生浦から東の梶浦までの約1里余り間は,後ろに山岳,前に海に臨み,その間に田畑が続いて,形が津上に帯の布を敷いたように見えることに由来するとの伝承がある(『防長風土注進案』)。語源的にはツバタ(津端)=海端の転訛と思われるという(『山口県地名考』)。
② はぶ 昭和23年6月,厚狭郡生田村が名称変更し埴生町成立(~昭和31)。町名は粘土や赤土などを含む傾斜地と関連があるのかもしれない。なお,同字の長野県千曲市立埴生小は「はにゅう」,大阪府羽曳野市立埴生小は「はにふ」と読む。校名も読みも2字。
③ あげのしょう 明治22年4月,大島郡西安下庄村と東安下庄村が合併し安下庄村成立。古くは甲(かぶと)ノ庄といったが,菅原道真が九州大宰府に下向のとき立ち寄り,庄に甲」を戴くのはよくないから「安下ノ庄」と改める方がよいといったとの伝説があるという。
④ うかしま 地名は,大島本島から見て,海上に浮かんで見えることに由来するという。藩政時代は海賊の根拠地であったという。なお,愛媛県新居浜市立浮島小は「うきじま」と読む。
⑤ じょうやま 校名の由来は不明。小字名か。
⑥ ゆだ 明治22年4月,大島郡油宇(ゆう)村と伊保田村が合併し油田村成立(~昭和30)。村名は旧村名から一字ずつとった合成地名。校名も読みも2字。
⑦ なさけじま 平成29年度以降休校中。情島は周防大島の隣(伊保田港から東へ約3km)に位置する島(面積:1.0 km2=100ヘクタール)。
⑧ かみのせき 明治22年4月,熊毛郡長島・八島・祝島が合併し上関村成立(~昭和33町制)。旧名は釜関と称し,下関(赤間関)に対し命名されたという。古くから海上交通の要所で関所が置かれた。
⑨ おごう 明治22年4月,熊毛郡麻郷村と麻郷奥村が合併し麻郷村成立。村名は往古,麻(お)を多く栽培して帝都へも献上していたことに因むという伝承がある。
⑩ ひらお 明治22年4月,熊毛郡平生村・平生町・堅ヶ浜村・宇佐木村が合併し平生村成立(~明治36町制)。海浜の高い洲を高須といい,須の尾が長く平らなところを平尾といったという。この平尾の尾が同音異字の生に置き換わり,平生になったと思われる。なお,三重県松阪市平生町も「ひらおまち」 と読む。



山口県の難読小学校名 いくつ読めますか ⑤

2019年03月24日 15時07分16秒 | Weblog
①美祢市立城原小学校 大嶺町西分(にしぶん)城の下
②周南市立富田西小学校 富田2丁目
③周南市立岐山小学校 徳山
④周南市立櫛浜小学校 栗屋    
⑤周南市立久米小学校譲羽分校 譲羽
⑥周南市立遠石小学校 遠石1丁目
⑦周南市立沼城小学校 須々万(すすま)本郷
⑧周南市立戸田小学校 戸田   
⑨周南市立夜市小学校 夜市     
⑩山陽小野田市立厚狭小学校 厚狭 
  
 読みなど

① じょうげん 明治21年現校名に変更。小字名か。
② とんだにし 明治22年4月,都濃郡富田村が単独村制施行(~大正4町制~昭和19)。トンダはトムタの転訛で,ト(処,所),ムタ(湿田,泥田)を指すともいう。
③ きさん 小字名か。なお,岐阜県立岐山高等学校は「ぎざん」と読む。
④ くしがはま 昭和15年4月,都濃郡太華村が名称変更し櫛ケ浜町成立(~昭和19)。町名は,往古,市杵島明神が黒髪山からこの浦に移り,玉の櫛を落とされたことに因むともいう。クシは陸地が海食によってクジられた(えぐられた)土地の意かもしれない。町名や駅 名は櫛ケ浜でケがはいるが,小学校名や市役所支所名,郵便局名(徳山櫛浜)はケを省いて表示。
⑤ ゆずりは 藩政村。村名は譲葉(ユヅリハ)の大木があったという伝承に由来ともいう。なお,ゆずりはの正式な漢字は,交譲葉・楪。
⑥ といし 藩政村。村名は遠石八幡宮に因むか。
⑦ ぬまぎ 校名は須々万沼城址に因むか。
⑧ へた 明治22年4月,都濃郡戸田村が単独村制施行(~昭和19)。田の端(はた)か,川のほとり開けた集落の意か。静岡県沼津市戸田は「へだ」と濁音。戸は国訓。校名も読みも2字。
⑨ やじ 明治22年4月,都濃郡矢地村が単独村制施行(~昭和19)。中世には弥地,矢地とも書いたが,矢地の矢はうしなう(失う)に似ていることから,夜市とかくようになったとの伝承がある。ヤジの語源はヤチ,ヤツ,ヤトと同じで「湿地,谷,沢」の意という(『山口県地名考』)。市(ジ)は呉音。校名も読みも2字。
⑩ あさ この付近で大同年間(806~810)麻を多く栽培していたことによるともいう。『地名語源辞典』では「『和名抄』には安豆佐と読んでいる。この郡に平安朝の頃,阿潭(アタミ)という駅があったが,それは北部山地にもと熱泉があったというから,その辺りであろう。アタミとは熱海と同じ熱泉の意。アサ,アツサの語も温泉関係の語と思われる」と記している。校名も読みも2字。

山口県の難読小学校名 いくつ読めますか ④

2019年03月23日 18時03分03秒 | Weblog
①光市立束荷小学校  束荷      
②長門市立小学校  通       
③長門市立神田小学校  日置上(かみ)
④長門市立日置小学校  日置上
⑤長門市立向津具小学校 油谷向津具下(しも)
⑥長門市立油谷小学校 油谷新別名     
⑦柳井市立伊陸小学校  伊陸     
⑧美祢市立嘉万小学校 秋芳町嘉万     
⑨美祢市立厚保小学校 西厚保町本郷    
⑩美祢市立於福小学校  於福町上

 読み方など

① つかり 明治22年4月,熊毛郡束荷村が単独村制施行(~昭和18)。村名は,古代の租税としての稲束の集積地であったのか,「ツカニ」の転訛ともいう。荷を「リ」と読む語句に稲荷(イナリ)がある。
② かよい 明治32年4月,大津郡仙崎通村を一部分割し通村が単独村制施行(~昭和29)。村名は,青海島に所在し,漁人が通って漁猟をしたからとの説があるが,「舟の渡し場」の意ではないかともいう。通を「かよい」と読む地名は他にないようである。1字校名。
③ じんでん 明治25年,現校名に改称。小字名か。近所の神社の費用を賄うための田に由来するのか。
④ へき 明治22年4月,大津郡日置上・日置中・日置下など5村が合併し日置村成立(~昭和53町制~平成17)。村名は四方を山に囲まれて,日を置いたように暖かなことによるというが,古代豪族の日置氏あるいはその部民である日置部が居住した地と考えられるという。なお,日置を「へき」と読む地名は極めて少ない(京都府福知山市夜久野町日置)。和歌山県の白浜町立日置小は「ひき」,大阪府の堺市立日置荘小は「ひきしょう」と読む。
⑤ むかつく 県の最西北端にある向津具半島に位置。明治22年4月,大津郡向津具下・向津具上・川尻の3村が合併し向津具村成立(~昭和29)。村名は地形が半島となって海に突き出していることから,海を隔てて対岸の地であることに因むという。
⑥ ゆや 昭和29年5月,大津郡菱海(ひしかい)・向津具・宇津賀(うつが)の3村と日置村の一部が合併し油谷町成立(~平成17)。町名は油谷湾に因む。校名も読みも2字。
⑦ いかち 明治22年4月,玖珂郡伊陸村が単独村制施行(~昭和29)。村名は,かつては伊賀地(いかち)と言っていたが,いつの頃からか伊陸の字になったという。イカはアイヌ語(ika)で「山越え,陸を越す」の意があり,これと関係があるのかもしれない。陸を「かち」と読む地名は他にないようである。
⑧ かま 嘉万はかつて森林におおわれたこの地を鎌(カマ)で開いたとの伝承に由来するともいう。いつのころからかカマに佳名の嘉万の文字を当てるようになったという。校名も読みも2字。
⑨ あつ 厚狭川の河港の一つ阿津に由来するともいう。校名も読みも2字。
⑩ おふく オは「大きい」,フクはフケ(泓),つまり「大きな湿地帯」に因むと思われるという(『山口県地名考』)。

山口県の難読小学校名 いくつ読めますか ③

2019年03月20日 16時50分36秒 | Weblog
①防府市立玉祖小学校 大崎    
②防府市立佐波小学校 八王子2丁目    
③防府市立富海小学校 富海     
④下松市立下松小学校 西豊井
⑤岩国市立装港小学校 新港町4丁目
⑥岩国市立通津小学校 通津    
⑦岩国市立玖珂小学校 玖珂町   
⑧岩国市立神東小学校 由宇町神東
⑨光市立周防小学校 小周防(こずおう)
⑩光市立室積小学校 室積6丁目

 読みなど

① たまのや 校名は玉祖神社に因むか。
② さば 『日本書紀』に娑磨,娑麼,娑婆とあり,これをサマと読んでおり,これがサバに転訛したのではないかという。『和名抄』(937頃)に佐波郡とある。サバの語源は鯖が多くとれたからとか,神功皇后が桑山に登られて四方を眺め,ああ「さば」けたといわれからとの説など諸説があるが, 佐波川の流土砂の堆積によってできた土地で,「砂地,砂礫土」の意と思われるという(『山口県地名考』)。校名も読みも2字。
③ とのみ 明治5年開校。明治22年4月,佐波郡富海村が単独村制施行(~昭和29)。村名は波の高い外海(とのみ)の外が好字の富に転訛したのではないかという。
④ くだまつ 明治34年3月,都濃郡豊井村が単独町制施行し下松町に名称変更(~昭和14年市制)。町名は松の木に星が降り,7日7夜光り輝いたという伝説に由来するという。
⑤ しょうこう 校名は隣に装束町(しょうぞくまち)があり,港に近いことに因むか。装(ショウ)は漢音,漢音が頭語にくる語句は極めて少ない(装束はしょうぞく,「そうぞく」とも読む)。装(ソウ)は呉音。
⑥ つづ 明治22年4月,玖珂郡通津村と長野村が合併し通津村成立(~昭和30)。村名は「カヨイヅ」を音読したことに因むという。カヨイとは「船による渡し場」のことなどをいう(『山口県地名考』)。校名も読みも2字。
⑦ くが 明治22年4月,玖珂郡玖珂村が単独村制施行(~大正13町制~平成18)。村名は「玖の玉(黒色の美しい玉のような石)」と「珂の玉(白メノウの石)」の2霊玉が出現したことに由来するという説がある(『角川・山口』)。校名も読みも2字。
⑧ しんとう 昭和34年4月,もと神代(こうじろ)村の一部が分割され,由宇(ゆう)町(平成18年3月岩国市と合併)に編入されたもので「神代の東部地区」の意。
⑨ すおう 『和名抄』に「周防郷」とあり,古代の周防国造の居所であったという。周防の語源には諸説があるが,スオウはスワの転訛で,「谷合いの湿地」の意から出たものであろうという(『山口県地名誌』)。アイヌ語説では,su-hau(激浪の音が聞こえるところ)だという(『山本・アイヌ』)。
⑩ むろづみ 明治22年4月,熊毛郡室積村・室積浦・牛島が合併し室積村成立。この地は八方の風を防ぎ,船がかりが良く,室(むろ)の中にいるのと同様なことから室住といったものが転訛したともいう。

山口県の難読小学校名 いくつ読めますか ②

2019年03月19日 15時52分26秒 | Weblog
①下関市立角倉小学校 彦島角倉町3丁目
②下関市立蓋井小学校 蓋井島田町        
③下関市立吉母小学校 吉母 
④宇部市立厚東小学校 棚井
⑤宇部市立見初小学校 松山町2丁目
⑥宇部市立吉部小学校 東吉部    
⑦萩市立明木小学校  明木
⑧萩市立三見小学校 三見
⑨萩市立椿西小学校 椿 
⑩防府市立華城小学校 華城中央2丁目    

 読みなど

① すまくら 「角」を「スマ」と読む地名は他にないようである。
② ふたおい 響灘に浮かぶ蓋井島(面積: 2.35 km²=235ヘクタール)にある小学校。蓋井の由来は不詳。
③ よしも 「応神天皇の誕生の時,この村の者が芦(あし)の根などを敷いたりしたことなどを神功皇后が喜ばれ,この村をヨシモ村と改めた」と記した由来書があるという。母(モ)は呉音。
④ ことう 明治22年4月,棚井・広瀬など4村が合併し厚東村成立(~昭和29)。村名は厚狭(あさ)郡の東部の意から。かつては中世の豪族厚東氏の本拠地。
⑤ みぞめ 校名は旧小字名か。動詞の使用は「みそめる」。
⑥ きべ  明治22年4月,厚狭郡東吉部村と西吉部村が合併し吉部村成立(~昭和30)。慶長期(1596~1615)から見える地名。「山」あるいは「木」に関係がある地名であろうという。校名も読みも2字。
⑦ あきらぎ 明治6年創立。22年4月,阿武郡明木村が単独村制施行(~昭和30)。村名は,かつて領主が安芸在城の時分に再検地を行った際,当村が坪付帳を第一番に出し,安芸埒(あきらち)との地名をうけ,地下人(じげにん,位階・官職など公的な地位をもたぬ者)がこれを唱えるのが難しく,自然と「あきらき」といったことによるという。
⑧ さんみ 『和名抄』にみえる美祢郡作美郷に由来するという。また,安徳天皇(1178~85)を守護していた三位中将重平が海岸からこの地に入ったことに因み,三位と呼んでいたが,いつしか三見と書かれるようになったともいう。
⑨ ちんぜい 延暦(えんりゃく)年間(782~806)創設の大椿山歓喜寺に,椿の大木ありて夜な夜な光明を放す。かかる奇異の大木なるを以て郷名に名づくという(『防長地名淵鑑』)。この椿木郷には今の椿東,椿西のほか萩町(現萩市)などを含んでいたという(『山口県風土誌』)。
⑩ はなぎ ハナギは三田尻のことを古く雅称して華浦(カホ)といってことから,「華」をとり,これに佳字の
「城」を付けて訓読したものであろうという。また,この華浦は三田尻沖の海岸を花浦(はらのうら)といっていたものに,華浦の佳字を当てたもので,この花は「端,崎」の意からでたものであろうという(『山口県地名考』)。