ぼちぼち スウェーデン

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「北欧主義」とは何か

2012-10-29 | わたしの小論

 最近のスウェーデンは、各種の国際組織による国別比較ランキングで高位を占め、今またあらたに注目されている。

たとえば、世界経済フォーラムの国際競争力ランキングでは、スイスについで2位だ。また、「持続可能な開発」(SD)や、人類の発展や生活の質を、富・健康・教育の3つの側面からみる国連の人間開発指数統計(環境面を含めるHSDI)では、スウェーデンは2位である(1位はノルウェー)。

ジェンダー・エンパワメント指数(GEM)は女性の政治、経済界や意思決定機関における参加を表す指数であるが、スウェーデンの位置は高い。

NGO組織、セイブ・ザ・チルドレンが毎年発表している母親指数でも、仕事をもちながら子どもも育てられる最も暮らしやすい国としてスウェーデンは2003年以来トップの地位を占めている。

続いて、北欧諸国に関するOECDのFactbookによると、所得分配の平等度ではデンマークとスウェーデンが1,2位である。税金が重く、国民負担率(税と社会保険料などの負担の対国民所得比)が世界で最も高いが、北欧諸国は経済成果もよい。

一人当たりのGDP(国民総生産)はOECD諸国間で上位にあり、経済成長率もOECDの中では低くない。財政も北欧4国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)は黒字基調であり、国債残高の対GDP比も低い。 

総合的福祉の主観的評価ともいえる生活満足度をOECDが発表しているが、デンマークが1位、ノルウェー3位、オランダ4位、スウェーデン5位、フィンランド8位で北欧諸国は概して満足度が高い。

現時点での世界的な不況期にあっても、スウェーデン初め北欧諸国の国際的なパーフォーマンスがよく、国内的にも財政や経常収支も健全であり、市民の相対的な生活の満足度が高く、普遍的な福祉水準も保たれている。これなら、世界から注目を浴びるのは当然であろう。

 

ダボス・レポート「北欧主義」

そのヒミツを解明しているのが、北欧5カ国により作成されたレポート「北欧主義(The Nordic Way)」である。それは、昨年2011年1月のダボスでの世界経済フォーラム会議で紹介されたが、北欧5カ国に共通する社会の特徴を解き明かし、かなりのインパクトを与えた。

レポートには、まず「よく言われるように、北欧諸国は、社会主義と資本主義の一種の折衷型社会ではない」とあるのは興味深い。それより「強靭な個人主義」と「強い国家」の組み合わせが社会の基盤にあるとしている。両者間の協調は効

率的な市場経済形成に大きく寄与する。また、家族が法や習慣、道徳規範などにより拘束される面がより少なくなる。さらに、個人は男女共に柔軟に労働市場に対応できる。ジェンダー間の平等は結果的に、より高い出産率をもたらす」と明言している。

言い方を変えると、発達した個人主義(個人が大事にされている)社会と強い国家が協力関係を築くと、経済効果があがる、家族(婚姻)関係はモラルや伝統より愛情によって築かれる、男女間は平等で就労率は高く、出生率も高い、となる。

国家と個人が対等なパートナーとして協力し合い、国家力を維持し、個人の豊かな生活を守るのである。

そのような社会には広域にわたり信頼感(social trust)がみられるとレポートは主張する。そこでは法が尊重され、汚職も低レベルであるため、再分配コスト(transaction cost)が低く、高い経済効果をあげているという一文は注目に値する。

「強い個人」として社会に存在権(社会権)をもつ市民は、生活の安心と自分が好ましいと思う人生を実現させるために税金を払うのを厭わない。自分の一票が政治を動かし、収めた税金の使い方に影響すると信じているからだ。国家

力を信じ、自分がそれに関与していると信じられるのは、社会に対する信頼感があるからに他ならない。

 

スウェーデンの「国民の家」

 個人の存在が認められ、国家と協調体制をとる「北欧主義」社会は、スウェーデンの「国民の家」構想に原型があると筆者はみている。その昔1928年に、社会民主党の党首ハンソンは初の所信演説で、理想的な社会としての「国民の家」の設立を提唱した。

国を一つの家にみたて、国民はその家の住民としたもので、「家の住民はだれもが特権をもたず、無視されず、強者も弱者もいない。あるのは思いやり、協調、支援の精神である」と述べた。国民一人ひとりが平等に家の成人として認められるという社会理念が誕生したのだ。その後、社民党は44年間にわたる長期政権の座に就き、福祉社会を徐々に築いていった。

その形成期から現在まで続く「個人が強い」発達した個人主義社会の在り方をみると,その成員である市民一人ひとりが、それぞれ権利と責任をもつ「当事者・主体者」であることが基底にあることが分かる。それを理解すると、「福祉が発達すると誰も働かなくなる」という説は主張しにくくなる。怠けると自分で自分の首を絞めることになるからだ。 

この北欧主義から何が得られるのだろうか。各人が大事に扱われると、自分も国や組織の興隆に努力を惜しまないということであろうか。個人のもつ生存権・社会権の確立度の確認が、どの社会にも時には必要なのではないだろうか。当事者意識のもてない市民の存在は、国の存続を脅かすことになりかねない。言われている若年層の無気力化もこの観点から再考できるかもしれない。

 

参考文献:

The Nordic Way: Shared norms for the new reality.

http://www.globalutmaning.se/wp-content/uploads/2011/01/Davos-The-nordic-way-final.pdf

「スウェーデン・モデルは有効か:持続可能な社会へむけて」レグランド塚口淑子編著、ノルディック出版

初出:「労働調査」2012年9月号