(前日からの続き)
信ずるということは、ただあなた任せじゃ
ないんです。
私の信仰は駄目だけど、あの人の信仰は
すごいから、あの人の信仰の話を聞いたら
少しは私の信仰がって、そりゃあ確かに
そうだけど、その人にいつまでも引っぱって
もらってる信仰じゃないんですよ。
その人に開いてもらって、そして、自分でも
驚くような力が出て、神様ありがとうございます
と言えた時に、あなた方が輝くんだよね。
その辺のことをね、きっちりと腹の中に入れて、
そうして、五井先生のことも神様のことも、
向こうの世界のこともこの世のことも、
いろんなことを思って、説いて、祈って
やっていかなきゃ。
我々の中の本心開いて下さるのは神様なんです。
我々じゃないんです。
だから、任せるというのは、私がさっき
あなた任せと言ったのはね、人に頼っちゃ
いかんということです。
人に頼る前に神様に頼らなきゃ。
人というものはね、自分も含めて我が
ありますよ。
想いがありますよ。
都合の悪いことはやっぱり避けて通りたい
想いがある。
皆そうでしょう。
だから、そういう人を頼んだって、
頼みきれるもんじゃないんです。
皆弱いんだから。
信頼関係をこわせというんじゃないんですよ。
皆合い和して生きていかなきゃならないの。
生命を尊敬していかなきゃならないの。
けれども、そういう意味じゃない。
やはり、朽ちることのない生命というのは
神様にしかない。
裏切られない愛というものも神様にしか
ないんです。
我々はそこから愛情をもらってる、光を
もらってる訳でしょ。
だから、そこへ帰っていかなきゃどうするん
ですか。
そこへ信をおいて初めて深く祈ることが出来る。
そこを基盤にしなかったら、誰々先生の
言うことを基盤にしたら駄目なんです。
私だって、私が喋ってると思ってない。
私は場所なんだとさっきも言ったけども、
本当に私が喋ってるんじゃないんです。
神様の流れのその光が来て、奥深いところから
光が来て、私が喋らせてもらってるんですよ。
五井先生が偉いとか何とかと言うけれども、
そうじゃないんですよ。
本当は、大きな深い働きというものは、
底知れない神様の愛と祈りと調和と、そういう
皆を平等に愛する心、そこから出るんです。
みんなその宝を持ってるんです。
だからしっかりして下さい。
昭和63年8月26日
信ずるということは、ただあなた任せじゃ
ないんです。
私の信仰は駄目だけど、あの人の信仰は
すごいから、あの人の信仰の話を聞いたら
少しは私の信仰がって、そりゃあ確かに
そうだけど、その人にいつまでも引っぱって
もらってる信仰じゃないんですよ。
その人に開いてもらって、そして、自分でも
驚くような力が出て、神様ありがとうございます
と言えた時に、あなた方が輝くんだよね。
その辺のことをね、きっちりと腹の中に入れて、
そうして、五井先生のことも神様のことも、
向こうの世界のこともこの世のことも、
いろんなことを思って、説いて、祈って
やっていかなきゃ。
我々の中の本心開いて下さるのは神様なんです。
我々じゃないんです。
だから、任せるというのは、私がさっき
あなた任せと言ったのはね、人に頼っちゃ
いかんということです。
人に頼る前に神様に頼らなきゃ。
人というものはね、自分も含めて我が
ありますよ。
想いがありますよ。
都合の悪いことはやっぱり避けて通りたい
想いがある。
皆そうでしょう。
だから、そういう人を頼んだって、
頼みきれるもんじゃないんです。
皆弱いんだから。
信頼関係をこわせというんじゃないんですよ。
皆合い和して生きていかなきゃならないの。
生命を尊敬していかなきゃならないの。
けれども、そういう意味じゃない。
やはり、朽ちることのない生命というのは
神様にしかない。
裏切られない愛というものも神様にしか
ないんです。
我々はそこから愛情をもらってる、光を
もらってる訳でしょ。
だから、そこへ帰っていかなきゃどうするん
ですか。
そこへ信をおいて初めて深く祈ることが出来る。
そこを基盤にしなかったら、誰々先生の
言うことを基盤にしたら駄目なんです。
私だって、私が喋ってると思ってない。
私は場所なんだとさっきも言ったけども、
本当に私が喋ってるんじゃないんです。
神様の流れのその光が来て、奥深いところから
光が来て、私が喋らせてもらってるんですよ。
五井先生が偉いとか何とかと言うけれども、
そうじゃないんですよ。
本当は、大きな深い働きというものは、
底知れない神様の愛と祈りと調和と、そういう
皆を平等に愛する心、そこから出るんです。
みんなその宝を持ってるんです。
だからしっかりして下さい。
昭和63年8月26日