宇宙(そら)は家

宇宙(そら)へ還ろう! 
五井先生は、両手を
広げて待って
いらっしゃいます。
(リンクフリー)

人間 神の子論が暗示にならないように(4)

2021-09-17 07:10:13 | 祈り
      (前日からの続き)
我々に一番大事なのは何かというと、それは
祈りなんです。
祈るということを離れたら、我々は何にも
出来ない。
祈りは、神様と我々を結びつける。
神様の愛と我々の愛を結びつける。
神様からいただいている、我々の中にある
いろいろなおもいやりだとか、肉親への愛情
だとか、子どもへの愛情だとか、師弟の愛
だとか、いろんな愛がありますよね。
それだけじゃなくて、それを世界人類に
広げてゆく。

そういう神様からいただいてる大きな恵み
というものを、もう一度自分の中に、何て
いいますか、振り返ってみてね、そうして、
暗示だけに終わらないように、今、白光は、
勇ましくして、何とか世界人類全体の業
といいますか、そういう暗い想いというのを
はね飛ばさなきゃいけない為に、いろいろ
行進をしています。
そうすると、砂埃がたってしまって、その
砂埃が、弱い人たち悲しんでいる人たちの
中へ入っちゃってね、そういう苦しんで
いる人のところにまで、なかなか目が
いかなくて、その辺が申し分けないと
思っているけれども。

結局、人間神の子は暗示にならないか
というのは、真理としては暗示にならない。
ね、真理としてはその通りなんです。
これは、私が言ったのも、生長の家の
あの先生が言ったのも一緒なんですよ。
一緒なんだけども、あの先生の時には、
あれは精神分析になっちゃった。
人間は分析しきれないものがある。
何故ならば、人間は神様から来てる生命
なんだからね。

それに対して、ありがとうございます
と言って、感謝の気持ちがないと、
分析しちゃったってどうしようも
ないんですよ。
だから、その感謝のおもいをかえしてゆく、
往相と還相でかえしてゆく。
この現実の世の中のこの生活を大事に
してゆく。
想いを大事にしてゆく。
ありのままの自分を大事にしてゆくという
ことと同時に、神様の世界を思う。
そうして、霊界で働いている人々のことを
思う。
そのことが霊なる生命の、我々の奥の
光明体を発展させてゆく。
そうして、自分の光を増してゆく。
そうなってゆくんだということを覚えてですね、
そうして、我々は本当に神の子なんだという
自覚を、さり気なく深めて行って下さい。
     昭和63年7月22日

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人間 神の子論が暗示にならないように(3)

2021-09-16 11:36:33 | 祈り
      (前日からの続き)
私が生きている時に言いましたようにね、
守護霊さんを想っていると、守護霊さんの世界に
行くと言いましたでしょ。
それと同じなんですよ。
そこの世界へ行くんです。
だからね、苦しいと想ってる時は、その
苦しいという流れの世界に行くんですよ。
で、あなた方が皆ね、大変だ苦しい、これは
困ったどうしようかというのは、それは
確かに現実のいろいろなことが迫って来て、
苦しいというのがあるんだけれどもねえ、その
苦しいなら苦しいの想いの中へ入って、
さっきも申しましたけどねえ、その世界へ
連れて行かれる訳ですよね。
自分の中の本体が行きたくないのにね、
光の方へ行かないでそっちの方へ行くから、
自分の中のものが詰まっちゃって、もう
息苦しくなっちゃって、何とかならないか
なあっていう、そういう想いが一杯出てくる
訳です。

やっぱり人間というのは、先程申しました
ように、光の自分も持ってるわけ。
そして、本体はこっちな訳ですね。
人間神の子なんです。
しかし、そうは思いにくいから、いろいろ教義
だとか、世界人類が平和でありますようにと
言って、個と人類がね、同時に救われる、
この祈りの中へ自分を入れてしまって、
そうして、無心になって祈っていく内にね、
人間神の子が宣り出されてくる訳ですよ。
ああ神の子になったなあって、そんな
もんじゃない。
本当に自然に光明体になっていく訳です。
目には見えないけど。

祈ってる時に、あなたたちは皆光の子
なんですよ。
神様の子なんです。
その本来のものがこちらからすると、
祈ってる時にみんな観えてくる。
世界平和の祈りをおいといて、教義を
おいといてね、祈るということをおいといて、
人間神の子、人間神の子といっても、
そりゃあ無理なんです。
         (つづく)

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人間 神の子論が暗示にならないように(2)

2021-09-15 11:04:23 | 祈り
      (前日からの続き)
人間神の子、人間神の子、確かにね、
そう言ってれば、何か落ち着くようなことを
感じる人もいるかもしれないけれども、自分の
生活は落ち着いていないし、性格もイライラして
良くないし、こんなのどこが神の子なのかなあ
と思う。
でもそれは自覚が足りないからだという。
それだけじゃあ駄目なの。
それだけじゃあ、やっぱり〇〇さんが
言うようにね、暗示になっちゃう。

そこが説明が足りないと言ったのは、
さっきも申しましたように、世界人類が平和で
ありますようにという中へ、私たちの想いも
願いも、足らないという想いもね、いろいろな
苦しみも悲しみも、全部放り投げて、そして
光になっていく。
光のエレベーターである、世界人類が平和で
ありますようにというこの祈りを、我々は
持ってる訳でしょ。
ね、教義も持ってる訳ですよ。
で、いざとなったら、五井先生という
呼びかけを持っている。
それは、伝家の宝刀(ほうとう)じゃ
ないけども、その祈りを土台にして、そこを
土台にして、私たちが神の子なんだと
思うことは、決して暗示になって
いかないんですね。

その時に、我々は本当に、この世の中の
現われが良いものであるにしろ悪いものである
にしろ、みんな消えてゆくものなんです。
過去世からのものが消えてゆく、悪いものも
消えてゆく、良いものも消えてゆく。
そして、本当にただ一つのもの、神様の愛、
それだけが残る。
そして、その神様の愛が私たちを生かしている。
その信仰と言いますか、想いと言いますか、
光の言葉と言いますか、そういうものだけが
残るんですよ。
本当のことを言えばそうなんです。

だけど、そこへ行くにはなかなかね、人間は
肉体を持ってますと、なかなか行けませんよ。
〇〇さんが言ったようにね、いろいろなことを
思ってしまうし、いろんな悩みを持ってる人が
あるね。
先程の話じゃないけど、交通事故にあう人もある。
その時に、人間神の子のことを思えと言ったって、
なかなか思えないです。
それだけでは強迫になっちゃうし、強制に
なっちゃいますよ。

そうじゃなくてね、人間は本来神の分霊である
というあの教義ね、そして、消えてゆく姿という、
一番の消しゴムを持ってる、人類の業を消す
消しゴムを持ってる、あの教義と祈りという
ものを根っこにしていく。
私たちの肉体はそうは思えないけど、我々の
真性は、本当のところは神の子なんだと。
そうらしいと。
だから、五井先生がそうおっしゃるんだから、
昌美がそう言われるんだから、一回、自分の
中を統一してみよう、祈ってみよう、ね、
五井先生の口笛に柏手に、その想いを流れに
乗ってみようとね。
その想いを呼び寄せてみよう。
すると、そこの家人になるんです。
         (つづく)

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人間 神の子論が暗示にならないように(1)

2021-09-14 10:31:12 | 祈り
これは、非常に大事なことなので申し上げ
ますけど、人間神の子論ですがねえ、これは、
私が生前から言ってますようにね、人間神の子
というと、それをお題目のように唱えて、
いやそりゃあ本当なんですよ。
人間は神の子なんですもの。
人間は分霊(わけみたま)で
分生命(わけいのち)で来てるんだから、
神の子なんだけど。

例えば、それだけを追って、ずっと言って、
それが出来ないのは、お前の心が悪いんだ、
お前の心がけが何とかという風になっちゃうと、
それが責めることになる。
人間の今の現実の状況といいますか、
人間の心の状態、有りのままの自然な状態、
それを認めないことになる。

だから、私はそこに、人間神の子だけじゃなくて、
世界人類が平和でありますようにという、あの
世界平和の祈りを出したし、神様のお約束によって、
祈りと教義を出した訳ですよ。

それでね、〇〇さんが言ったのは、神の子の
自覚が足りないと。
あの人もまだ足りないんでね。
何が足りないかというと、説明がもう一つ、
こういう事が加わらないと駄目なんです。

つまり、神の子として、みんなが自覚をし
深めなきゃあいけないというのは、私が
先程から申しましたように、この世界の
空気の流れというものが、もう本当に
切羽詰まって来て、平和の方へ転換して
行かないといけない。
その為の空気づくりをしないといけない。
だから、人間の中に、そんなこと
出来るかしらという業を抱いてしまう自分
と同時に、人間の神性がある。
光り輝く自分がある。
それを自覚して欲しいということを、白光が
言ってるんだと。

それだけじゃなくてね、もう一つ言わなきゃ
いけないのは、世界人類が平和でありますように、
日本が平和でありますように、私達の天命が完う
されますように、守護霊様守護神様ありがとう
ございます、というあの世界平和の祈り、そして、
あの教義ですよね。
あれが、人間神の子の自覚の根底になかったら
駄目なんです。
祈りというものが根底になかったら、人間
神の子は単なる暗示になっちゃう。
        (つづく)

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五井先生がご帰神の際 本当に皆の業を持って行かれたのか(7)

2021-09-13 07:02:45 | 祈り
      (前日からの続き)
その後というのは、やっぱり皆の想いぐせ
ですよね、いつも私が言う。
私なんてどうせとか、私がやったって
こんなことはなりっこないとか。
ね、それから、変に責任感じたりとかね。
いろんなその人の性格のね、個性といいますか、
その現われ方によって、何か苦しみがそこへ
生まれてきちゃう。
それが業になってくる。
だから、業というのはね、消すのは
大変なんですよ。
本当に消すのは大変なんだけども、つくるのは
本当にすぐ出来てしまう。

だからね、皆そういう弱い自分の、人間の
体と、本来の人間の奥深い、神様の光に
満たされた神性の体と、両方持っていて、
そうして、今はその神性の方の体を自覚せよ
と言っている。
何も現実の部分を軽視する訳じゃないんだけど、
そっちの想いの方よりも、むしろ、
この世の中の空気を明るくしてゆく為に、
あなた方の想いを光にかえてやっていく
という事が、今大事なんで、その為に白光が、
いろいろ言ってるんだということを理解して
いただいて、そうして、それでもやっぱり
悩みは悩みですから、それは軽蔑しないで、
私はちっとも軽蔑しないから。

そんなこと言ったって、私はくだらない
ことしか想えないし、今こんな事がしんどい、
あんなことが辛いんだというのは、そのまま
出せばいいじゃないですか。
そのまま私が光に変えますよ。
ね、自分の中に神の子なんか思えないとか、
神のことは思えないとかね、その
決めつけだって把われなんです。
業なんですよ。

だからね、そんなことはないんだから、
そういういろんな想い一切、良い想いも
悪い想いもね、湧いてくる想いというものは
一旦認めて、うん、よしよしとしてやって、
残るものは残して下さい、消すものは消して
下さい。
消えてゆく姿でよろしくお願いします、
五井先生よろしくお願いしますと
言ってしまうと、残るべきものが残ってね、
働くべきところへあなた方がちゃんと
働くように、こちらの方で、コースは
ちゃんと指定が出来るようになって
いるんです。
この人にこういう所でやってほしい、
働いてほしい、行ってほしいというのは
ある訳なんですよ。

だから、そういう神霊が、皆さん方の為に
用意している人生の、この生命の永生の
コースを、ちりがあまり積もらないように、
自分の中の想いをもう一度見渡して、
そうして、いろんなものがあっても
構いませんから、それをすっきりと、
もう一度私に渡し直して、そうして、
自分の中の弱い部分もたくましい部分も
全部認めて、その上で、人間の真実の
本来の生命にむかって進んで行けるように、
祈りを重ねていって欲しいと思います。
    昭和63年7月22日

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