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著者名 井上靖 初めて讀んだ年(西暦) 1974
出版社 新潮文庫 値段 忘れた
お薦め度 : ☆☆☆☆☆
私の愛讀書のひとつ。
初めて讀んだのは中學2年の時だつた。
當時「山と溪谷」で山好きの選ぶ山嶽小説のアンケートがあり、その時の1位が新田次郎の「孤高の人」で2位がこの作品だつたと記憶してゐる。
それを見て、讀んでみたのが、この作品との出會ひであつた。
さう云へば、中學3年の時の外部業者による統一摸擬試驗(通稱「東アチ」)の國語の試驗問題で、
この作品の一節が使はれてゐて、その時のテストで100點を取つた事を覺えてゐる・・
高校では山岳部に入部。
その後何囘この作品を讀んだかしれない。
前穗東壁を登攀中にナイロン製のザイルが切れてしまふといふ、實際にあつた事件をモデルにした山岳小説。
冬の前穗東壁を登つてゐる時、パートナーの小坂が滑落して中吊りになつてしまふ。
主人公の魚津は當然ザイルで確保してゐたのだが、そのザイルが突然、たいした抵抗もなく切れてしまふ。
現在でこそザイルといへばすべてナイロン製であるが、當時は麻で出來てゐるものが主流であつたため、
ナイロン素材がザイルに適してゐなかつたのではないかといふ疑ひがもたれた。
魚津が自分の命惜しさにザイルを切斷したのか、小坂が魚津を卷添へにしないために自らザイルを切斷したのか、
それともナイロン製ザイルの缺陷だつたのか・・・
こうした疑惑のなかで、亡くなつた小坂の妹が主人公の魚津に寄せる想ひや、
魚津とナイロン素材メーカーの偉いさん(だつたと思ふ)の奧さんとの間の淡いロマンスが進行して行く。
最後に魚津は冬の瀧谷で雪崩に遭遇して遭難してしまふ。
(注:これは間違ひです。夏の瀧谷で落石に卷きこまれた、が正解!)
魚津の會社の上司が、ナイロン素材メーカーの偉いさんと、魚津の死を悼みながら食事をするシーン。
魚津への哀惜の情で言葉をつまらせてしまふ。
何度讀んでもそのシーンには涙を誘はれる。
この小説は映畫化され、私もTVで見たことがあるのだが、小坂を若き川崎敬三が演じてゐた。
「そおなんですよ、川崎さん」(これを知つてゐる人も少なくなつたかも)のあの川崎さんである。
若い頃はなかなかの二枚目さんで、若くして山で亡くなる小坂によく似合つてゐた。
これを書いた後、無性に讀みたくなつて、ネットで注文した。
さて今囘、恐らく20年以上振りに讀んだのだが、やはりラスト近くでは涙を誘はれた。
主人公の魚津が瀧谷で遭難死したあと、上司だつた常盤大作が、
ナイロンザイルの實驗を行なつた八代教之助と魚津について語りあつてゐる場面で、
思はず感きはまつて嗚咽を漏らすところ。
初めてこの作品に接した時と同じく、ここでは泣けてしまつた。
(40男が泣くとはみつともないが)
昔は山登りの小説として讀んでゐたが、この年になると、
八代教之助の妻、八代美那子に寄せる魚津の思ひや、ザイルが切れて死んだ小坂乙彦の妹、かおるの魚津への思ひなど、
男女の氣持の方に興味が惹かれた。
同じ作品でも、讀み手の年齡やその時の状況によつてずゐぶん讀み方が變るものである。
新潮文庫の表紙の寫眞は、30年前と全く變つてゐないのが嬉しかつた。
2003年8月1日讀了
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