(1)今年は、1945年の終戦から80年の節目の年になります。
明治維新が1868年、それから終戦まで78年です。
(2)この間、日本の政府はこの戦争のことをどのくらい反省して来たでしょうか。
「反省」という意味は、口で詫びることもありますが、戦争の後始末や、内外の被害者への賠償、平和の精神に基づいた社会・経済の建設、諸外国への対応・外交などなどに関してのことです。これをどれほど自主的・国民本位におこなってきたかということといってよいでしょう。
(3)考えてみれば、内外の被災者・被爆者への補償、遺骨収集、不発弾処理、平和産業の育成、領土問題、平和条約締結問題など、どれもしばしばニュースになることです。
その一方、憲法を無視した、基地(沖縄・米軍・自衛隊)、防衛費(米軍への思いやり予算)・自衛隊の突出に見られるような、軍事化が企図され続け、経済もアメリカの政策に左右され、国民に負担を強いてきました。
(4)要するに、戦争の反省とは、主権者である国民大衆が安心して生活できる環境づくり・生活水準向上のために持てる財政力・経済力を生かすべく優先して来たかどうか、ということです。こういう姿勢を貫いたか、と言い換えてもよいでしょう。この点、一昨日のNo.434や昨日のNo.435にも書きました。
(5)たとえば、昨今のコメの価格高騰の原因が、一部の投機によるものというよりも、大局的には減反政策の失敗であることがわかってきました。
減反政策の大本は、日本の政府が国民の食料確保に責任を持とうとせず、アメリカの大農業資本の圧力に屈したことでした。援助金(一時の手切れ金)まで払って減反させておいて、その一方でコメを輸入したのですから、言いようがい程ひどいものですが、ここにきて米価高騰で国民から批判が出てきたため、今後は増産するそうです。
コメだけでなく、ほかに穀物類、乳製品なども保護対策も取らずに当事者任せにしてきて、すでに日本の食料自給率はカロリーベースで38%に低下しています。
(6)オット、話が大きくなりました。
このごろ、国民が息苦しくなってきて、いろいろな機会に自己主張をするようになってきたと思いませんか。
音楽なんかも、ずいぶん変わってきました。なかには、歌詞を1秒間に10語くらいしゃべるのがあります。何を言っているか理解できませんから、「私には歌えない」と思いますが、何かを叫んでいるようです。全部を聴くのはつらいですが、機会があれば、眼を止めます。

【コレクション 193 GHQ日本占領史】
No.434で「BC級戦犯裁判」を載せました。
このパンフの大きさはA4判8㌻です。A4判4枚分の横長の用紙を、左右から4分の1を折り込み、さらに二つ折りするとできます。
画像が大きすぎるのかパソコンの動きが悪くなりましたから、下に1㌻、3~6㌻の各巻の内容紹介を載せて終わりにします。
なお、2㌻は特色、推薦文、7㌻は組見本、8㌻は刊行案内です。
1㌻

3㌻

4㌻

5㌻

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以上です。
今日はここで。明日はお休みします。

狂おしき舞い 如何にとやせん
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