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神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.455 大村像の下を南に 

2025-04-11 23:21:17 | 追憶
(1)下のパンフの大村益次郎像は靖国神社の境内にあるよく知られたものです。いま考えると、私はこの像の下を付近をずいぶん何回も「通過」しました。

(2)どういうわけか、法政大学に登校するときは、JR中央線の四ツ谷駅で総武線に乗り換えて市ヶ谷駅で下車するのですが、帰りはたいがい飯田橋駅から乗るというのが普通でした。飯田橋駅で人と待ちあわせているとかいうことがあれば別ですが、そうでなければ、例外なく、下車は市ヶ谷、乗車は飯田橋でした。したがって?、飲むのはたいがい飯田橋でした。
 しかし、陽が高いうちにヒマが出来ると、足が自然と神田神保町方向に向きました。なんというか、九段坂を下るあたりから見える神保町の雰囲気がじつに開放的なんですね。

(3)とくに、法政大学通信教育部のスクーリング授業の時などがそうでした。
 授業は、最初は市ヶ谷にあった62年館で行われたり、本校の55・58年館で行われたりしていましたが、2010年代頃?に法政大学の東隣りにあった日本女子経済短大〔現嘉悦大学〕の建物と敷地を買収し、併せて増改築してからは、そこで授業をやり、事務室・控室もそちらに設定されましたから、向かいに朝鮮総連がある方の東門が出るのに便利でした。
 
(4)授業が終わると、東門から、飯田橋へ出ることもありましたが、時々は富国生命の前を通って靖国神社に入り、大村益次郎像の下から南口から靖国通りに出て、さらに九段の品川弥二郎像を見ながら神田へ出るのが決まりのコースでした。
 たいがいは神保町を抜けて御茶ノ水駅から帰りましたが、神足勝記日記を読むようになって神足が現在の学士会館や共立女子大の辺りで学生時代を過ごしたことを知ってからは、一ツ橋や雉子〔きじ〕橋を渡って毎日新聞社前の竹橋駅から地下鉄東西線で帰るということも結構やりました。

(5)それから、国立公文書館や宮内公文書館で文書を閲覧していて急に調べる必要を感じて、夕方になってから急遽法政大学の図書館へ行くために、北の丸公園の武道館の脇から田安門を出て、靖国神社の大村益次郎の下を通過して・・・ということが何度もありました。
 いろいろなことが、走馬灯のようにくるくると浮かんできます。また、いずれ書くことにしましょう。「武道館の足ふき」のことはもう書いたのかな???

(6)とかく話題になる靖国神社ですが、私自身に関わっては「大村益次郎像と桜」くらいのものでしょうか。

   
    今日の訪問者

【コレクション 212 大村益次郎先生事蹟】
 このパンフはA5判8㌻です。A5判4枚分の横長の用紙を2回二つ折りしてできています。
 全体は、
 1㌻ 下に掲載
 2~4㌻ 下に掲載 4㌻左下に刊行案内があります。ご覧ください。
 5~8㌻ 内容見本 
 
            1㌻


      2~3㌻:本書の解題になっています。


        3~4㌻:司馬遼太郎『花神』評になっています。

      
 以上です。
 今日はここで。明日はお休みです。
 日・月・火の夜に書いて、水の夜は休み、木・金の夜に書いて、土の夜はお休みです。
 でもね、私自身は常に「月月火水木金金」と変わりない毎日です。
 といっても、ずいぶん花や虫と遊んでいます。

    
    多摩川の石の間に

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No.454 なんとかなりました!

2025-04-11 00:37:11 | あそび
(1)高村光雲の作品、ほれぼれとしますね。自分でも彫ってみたくなります。
 ところで、あそこに付いていた題の「養蚕天女」というのはなんですかね?
 子供のころ、母方の祖母も養蚕をやっていました。私も、桑取りや、蚕が繭になるときにマブシに移す手伝いをしたことがあります。そのいくらかの経験に照らした限りでの感想ですが、光雲の「養蚕天女」が、現実の養蚕のどういう場面を形象化したものか、ぴんときませんでした。
 同じ光雲の作品でも、ほかのものには現実を直視した作品を見ますが、「養蚕天女」は「天女」だからでしょうか、服装や髪形でも、繭を愛でる様子でも、優雅に過ぎる〔養蚕の形象化といえるか〕と思っていますが、皆さんはどうでしたか。
 養蚕は、農家の現金収入源の一つとして切実だったんです・・・。祖母なども、温度・湿度を計って記録し、火を焚いて温度調節しながら一生懸命でした。
 思い出しました。おばあちゃんのような人をラクにさせてあげたいというのが自分の学問の出発点です。それから、授業では、昔の小学校出のおばあちゃんでもわかるように話す、というのが常に心掛けていたことでした・・・、おっとっと!浪花節・・・。
 そうだ!それから、おばあちゃんは小学校の頃に滝廉太郎の「荒城の月」を歌ったそうです。

     
     今日のお客さん

【コレクション 211 ロシア・アヴァンギャルド】
 これは、前からどう紹介しようかと思案していたものです。というのは、360mm✕510mmの一枚ものの大きな用紙を折り込んでできているパンフだからです。
 画像を合成する練習として挑戦し見ましたから、ご覧ください。

  表側(外側)は、下のようにタテナガにして3段に使っています。
  上段は右から1~4巻の内容紹介です。
  中段の左半分が推薦文、右半分の「ロシア・アヴァンギャルド 全8巻」とある箇所が織り込んでいったときの表表紙、「甦るアヴァンギャルド」とある箇所が裏表紙です。
  下段は右から5~8巻の内容紹介です。
 

  

 裏面(内側)は、ヨコナガに使って、これを3列に分割し、左から「ロシア・アヴァンギャルド 全8巻」、中央に「マヤコフスキー」、右に、上から「マヤコフスキー/微笑む」、「マヤコフスキー/笑う」、「マヤコフスキー/嘲笑する」とあり、その間には本からの挿絵が引用されています。

   

 以上です。
 今日はここで。

    
      小さな花だよ

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