考えるという知恵

2006年11月23日 22時41分58秒 | 日記
そう、僕らは考えないといけない。
豊かな時代、国に産まれたのならなおさらの事。
僕らには時間はたっぷりとあるけど、そんな考える時間すら持たなくて、あるいはその隙間にすら気づかずに生きる事に精一杯な人々や動物達は、僕らをそれでも豊かな人々だと、優れた生物だと呼ぶだろうか。
僕らには物事をじっくりと考えられる程の豊かさがある。もちろんそれは文化的であったり物質的であったりするに過ぎない。しかしだからこそ僕らは心を豊かにする為に考えるべきなんだと思う。そして”良く”、または”善く”生きる事のできるように。

僕のこの行いは果たして良い事なのだろうか、、私のこの思いは正しいのだろうか、、と。
そして全ての悪しき習慣から抜け出して心と身体を清く保ち自らを制し、もう一度自分を見つめ直し、改めて今僕たちは生きて行く術を見直す時期に来ているのではないか。
例えば僕が音楽という紛い物を通じて人々に何かを訴えたりするには、正に僕自身が心改めなければならない。
そこから先を見据えて初めて、次があるのだろうと切に思うのである。

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