Forth!

移転しました(2014/1/1)

平泉”登場”

2012-09-18 | ヒストリ:平清盛

毎週放送されているっぽいのですが、日曜日日付が変わる(変わった?)頃に大河ドラマの番宣?が放送されていた。
なんだろう。超ダイジェストみたいなの?次回予告をちらっとみたら京本正樹が…
少し前に平泉の藤原秀衡を演じるのが京本正樹だと教えて頂いたので、来週から平泉の話も出てくるのかと思いまして。
先週鞍馬寺で牛若(というか鞍馬寺に入ったら遮那王である)が写経をする場面がありましたが、平泉はまだもう少し先かと思っていた。
 
個人的には秀衡は僧形の印象が強いので、普通に烏帽子姿を見るのが何だか新鮮な感じ。
ちなみに『炎立つ』の時は北大路欣也でした…
  

   
と言いたい所ですが、キャストが変わり渡瀬恒彦になった。
『炎立つ』は『琉球の風』と前期後期に分けての1年2本立て(という平泉100年の歴史を半年で放送するというかなりな無茶ぶり)で、ドラマストーリーも1冊しか出ていない。キャストが修正されないままでござった…
 
タッキーが『義経』(※平泉ではいまだにポスターが貼られている)に出ていた時の平清盛が渡瀬恒彦でした。
かっこ良かったけど、牛若がまた神木くんとか本当に同じキャストばっかり使ってくるな。
僧形のイメージと言うか、私の中の秀衡は上の写真のイメージが強くてこの姿で脳内再生(何が)される事が多いです。
『炎立つ』のドラマを見た時キャストが違っていて落ち込んだ^^;

それはいいのですが、平清盛と藤原秀衡、実は同世代になります。
次回放送が殿下乗合事件(1170年)のようなので、清盛の年齢は52歳。
秀衡はもう少し若くて推定49歳位で、平泉が繁栄の真っただ中~少し難しい時期に差し掛かり始めたという辺り。
遮那王(16)が平泉に向かったのが1174年とされるので丁度その辺りの話になりますが、今回放送分はまだ見ていないので(第3部に入ってからちゃんと見られない事が多い)何とも言えないけれど、もう少し先の話になるのか。

次に出てくる話を予測すると、恐らく秀衡が清盛の推挙で鎮守府将軍になります。
殿下乗合事件と同じ年なんだよね。
これが割と特殊というか、何故この時期にというか、そういう印象がある補任。
現地の豪族、しかも中央貴族が夷狄扱いしている人間が鎮守府将軍になったということで、九条兼実の『玉葉』には「乱世のもとだ」なんて書かれている。

最も現地豪族が補任された先例はあります。
平泉の初代御館清衡の父が死んだ前九年の役の際、朝廷側に付いた清原武則(戦後清衡の義祖父となった人物)。
しかしこれは戦の恩賞であって、秀衡の時は全くの平時で彼自身は何かの功績があったわけでもない。
岩手には大きな役職がふたつあって、ひとつが陸奥守、もうひとつが鎮守府将軍。

国司である陸奥守が司法行政軍事のトップ、鎮守府将軍は岩手に置かれていた対蝦夷の軍の司令官になります。
九条兼実の言葉の中には夷狄を討つための役職に夷狄が就いたという意味も多分にあると思う。
アテルイの時代以降は陸奥守が上格になりますが、それでも鎮守府将軍には権力がある。
職権が陸奥守と被る所があり、それが熾烈な権力争いに繋がってもいます。
陸奥守と鎮守府将軍は兼任されることもあったのですが、それにはこう言う一面もあったからじゃないかというのが私の想像。

今まで何度か触れてきましたが、秀衡の場合は舅が元陸奥守藤原基成でした。
任期が切れた後は京都に戻りますが、異母弟藤原信頼が起こした平治の乱の際に連座して陸奥に流され、平泉で暮らすことになる。
平泉では2代御館が陸奥守と厳しく対立して痛い目に遭った事があり、それ以降融和政策を取っていました。
藤原基成も平泉とは融和的でしたし、基成以降も彼の親族が陸奥守に就任している。

当時平泉政権が陸奥守の職権を浸食していたと想像されます。
それにこうした中央との繋がりのある人物を一族に迎えた後に鎮守府将軍に補任。
お墨付きというか、権力を官職によって更に強化されたような感じなのかと思います。
  
後平氏のギリギリの段階に来た所で秀衡には陸奥守を与えられるのですが、鎮守府将軍の頃はまだ平氏の全盛期。
そんな時にどういう狙いがあったのかと思いますが、清盛が本腰を入れようとしていた日宋貿易の資金源というか、その辺りじゃないかなあ…

見られるのかと思うけど、平泉初登場はどんな感じになるんだろう。 

※昨日17日が前九年役が終結した日で、せめて少しでもそれに関するようなことでも書こうと思ったけれどもやっぱり間に合わなかった…(笑)こんなんばっかやなー…



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2 Comments

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東北について (iina)
2012-09-26 09:48:23
先週、中尊寺と毛越寺に、足を運んできました。
戦争で亡くなった霊を敵味方の別なく慰める仏国土を建てたのですね。
Forth!さんブログをめぐると歴史に造詣が深いですね。

歴史は中央つまり勝者によって創られ、中央に従わぬものを敵視したり、利権を拡大しようと攻められます。
黄金を巡る攻防も陸奥に金色堂が残っていることから豊富に埋蔵していたことが分かります。
http://www.geocities.jp/ina570/6.html

「もののふ」について
http://www.geocities.jp/ina570/7.html

*高橋克彦の小説「火怨」がそんな蝦夷を扱っていて面白いです。
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iinaさん (ヒジハラ)
2012-09-27 05:28:15
平泉に行かれたんですね!これまた良い時期に…^^
 
iinaさんの仰る通り清衡は仏国土を作ろうとしたようです。
最終的には歴史の敗者になってしまう都市ですが、清衡の思いや平泉成立までの経緯を知っていると、同じ訪れるにしても随分感懐が違うものだなーと思います(他の所も同じでしょうが)。

東北の黄金は残っている話を見ても莫大な埋蔵量を誇っていたようです。利用のされ方を見ても平泉はどんな都市だったのか興味深々です^^

高橋克彦で蝦夷を扱ったものだとこのエントリに上げている『炎立つ』の他、アテルイを扱った『火怨』と伊治公呰麻呂を扱った『風の陣』があります。
こう言った話はやっぱり高橋克彦でだな~と思ってしまいます^^
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