86と花咲け歌々同窓会

花咲け歌々同窓会と静高86期卒業生諸君!!好き勝手なこと書いていますが他意はありません。たかがブログ・・・・

共存共栄

2016-12-28 17:28:57 | 管理人と遊ぼう

「持ちつ持たれつ」でも良いです。

子供の頃、立地条件の良い商店のウインドウには、様々な「ポスター」が貼ってありました。

美観も糞もない時代でしたから、接着方法もガムテープやらなんやら、乱雑に、

正に「寿司を食って醤油を飲めば同じことだ」という考え方の時代でした。

「人間なんて立って半疊寝て1疊あれば生きていける、贅沢は言うな」

「母や姉たちが作ってくれた、ご飯やおかずに甘いだしょっぱいだ文句を言うのは

もってのほかだ、感謝しろ」

こんな時代でしたから無理もありません。


ポスターの話から横にそれましたが、私の実家のショーウインドウにも市会議員やら

県会議員やらのポスターが党派を超えて貼るという時代がありました。(昔の話です)

小学校の頃、そんなにいろんな「党」がゴチャゴチャでいいの?と母に聞いたことが

ありました。母は「商売屋はね、お願いに来たものは何でも貼ってあげればいいの。」

と一言でした。その頃、隣は魚屋さんで、着るもの履くもの全部「M百貨店」で

購入していました。学校制服もです。母は魚を買うのは全部隣でした。

隣とは家族ぐるみの非常に良い関係で、子供たちももちろん仲良しで

83期や79期位の先輩もいらっしゃいました。衣料品(制服を含む)を隣で買わない

理由は未だにわかりません。


私の売り場がある建物の1階外にタクシー乗り場があります。

2社が偶数月奇数月で交互に乗り入れます。偶数月は「アンビア」さんで奇数月

は「不二」さんです。アンビアさんはいつも12月が取れていいなと思って見ています。

社員食堂も3年くらいで業者が変わります、警備会社も何年かで変わります。


今、何十年も1社でというやり方はしないようです。「公平」にが多いようです。

何でも話し合いでわかり合い、共存共栄、持ちつ持たれつの時代ですね。

ドライな時代という見方もあります。「次はお宅で買うわよ」なんて方が

増えています。


私の後輩が清水の大きな会社(Dプラザ)の社長していた時、生きている観葉植物を

50本以上を地元の老夫婦の農家とリース契約をしていて、そこに人工観葉植物に

切り替えるべきだと強くお勧めしたら、その社長から

「あの老夫婦が食べて行けなくなっちゃうんだよ、ご理解ください。」と言われました。

これはこれで全く異論はありません。




上のお正月アレンジは私の作で、会心の作の一歩手前位です。(高さ60~70cm)

地下のキーコーヒーさんに飾ってあります。

キーコーヒーさんの目の前にエレベーターがあり、それに乗り、2階で降りて

いただくと私の売り場があります。中高年の溜まり場、キーコーヒーさんに

お貸ししているフラワーアレンジはなかなかの「営業」をしてくれます。



ピコ太郎の紅白出場が嬉しくてたまらない!!

2016-12-25 06:39:40 | 管理人と遊ぼう

もうそろそろこの人を知らないという方々の方が少数派となっているでしょう。

ピコ太郎。

アメトークという雨上がり決死隊MCの人気深夜番組で、うちわウケネタばかりの

番組で、他に見るものがない時、たまに見ていました。

もう何年か前、「実力はあるのだがイマイチ売れない芸人」みたいな特集に

古坂大魔王さんという芸人が、他数人の芸人さんたちと出演した。

華やかにスポットを浴びている後輩芸人たちが、その人たちをイジルといったもの

だったが、引っ張り上げたくてイジっているのはよくわかる。(お笑いさんの仲間を大切に

する気持ちは凄いものがあります)

この古坂大魔王という男、楽屋では超人気者らしい。

「メガネを外したらどうだ」と後輩、「目つきが悪く怖い」んだそうだと古坂。

その後同番組で「ギターうま芸人」特集というのがあり、芸人の中で

ギターの上手な方を特集した。またしても古坂大魔王が出演して、その実力を

見せてくれた。このあたりからジワジワ来ていたのだろうがまた潜伏してしまいました。


そして、あの動画になって登場ということになりました。

さらに、何と上り詰め、紅白に出演です。


彼、相当な苦労をしてきたと思います。悔しい思いをしてきたと思います。


その彼が、紅白のステージに舞うのです。多少の批判もあるかもしれませんが、

ままままま、あれはあれでいいの、わからない方にはわからなくていいの、

わかるわからないを超越したギャグですから。コンコルドよりいいでしょ。

(コンコルドだって悪くないのですが、ハドメが効かなくなっているね、

もうフィニッシュでいいのでは?)


思いっきり舞って欲しい。




Yダの「お正月インテリア」



サボテン(フェイク)を紅くペイントして「水引」を絡める。

これでも、お正月になってしまう。




今年最後の伊藤元重氏の「論壇」







これは静岡新聞を見ることができない86期の仲間に贈るものです。

静新のデジタル版でも見ることができません。







12/17、86期忘年会!

2016-12-20 08:56:57 | 同窓会への道
時間自由でスタート!

三田菜(モニカの下のサンタナ)で食事の方、

モニカからの方、

遅れてくる方、

相変わらず殆ど自由な気風な86期会。

ただ、お願いがあります。変更はあっても良いので、メールの返事だけは

必ずお願いします。1分もかからないこと、面倒なことはないと思います。

返事しなけりゃいけない人にはさっと返事しているでしょ?



1年に1回位はとKイチロー君、「孫を風呂に入れなきゃ」と早めにお帰りだった

そうです。三重県のMツエさん、ご遠方からありがとうございました。

総勢7名位、楽しい夜を送られたとのことです。R 子ちゃんも出席予定でしたが

体調不良で欠席となりました。これで、4年にわたるモニカでの定例会での

私の皆勤賞が遂に止まりました。





私、前日までは出席の予定でおりましたが、急遽欠席させていただくことになりました。

というのは、12月6日の夜9時ちょっと前に夕食後家内が、「目が回る」と言い出し、

じゃ、ソファーにと座らせ、2匹の犬は喜んで戯れていましたが、そのうち「寒い」と

言い出したので、布団を持ってきて掛けて上げました。「寒い」の言葉がおかしく

なって来ました。ムニャムニャゴニョゴニョ何を言っているのかわかりません。

ここで「ハッ」と思い出しました。中3の真冬の早朝、父が起きてこない。

母が「起こしてきて」という。中々起きない父、上半身を起こすがいびきをかいている

ようだ、「これは眠ってているんじゃない、先生を呼ばないと」父は脳溢血でした。

似ている。



救急車かタクシーか兎に角何でもドクターHサシだ、電話をかけると怒鳴り声

「すぐ救急車をよべ!」

気持ち悪いくらいに、スピーディーにことが運ぶ。救急車がくるまで5分、

質問応急処置から当番医の日赤まで15分、着くや否や直ぐに治療、かなり重篤との

先生の深刻な顔での説明だったが、4時間後には言語四肢とも奇跡的な回復、

医師3名が得意げな、これ以上にない笑顔を見せてくれるとは思いもよりませんでした。

病名は脳幹梗塞でした。

そして4週間の入院予定が、入院8日後の14日の見舞い時に、メインの医師が突然

「退院したい?日赤としての治療は全部やりました。あとは近所の提携医院とで自宅治療を

やってください。じゃ2時退院」ということになりました。

この病気は、早ければ早いほど必ず治ります。最終的に原因は「不整脈」が起因

ということの説明がありました。「不整脈」侮れません。心臓から脳に

小さな小さな血液の塊が飛んでいくのです。(脳梗塞全般)



みなさん、是非普段から奥さんとはこまめな連絡を習慣付けてください。

これが、私が昼間仕事中だったとしたら、家内は死亡の可能性も充分ありました。

二人が家の中にいても危険な場合がありますが、私の知人のご主人がナイス機転で

助かっています。奥さんが庭で洗濯物を干している時にご主人が発作を起こしました。

声もでないご主人はやっとの思いで見ていたテレビのボリュームを最高に上げました。

奥さんが怒って部屋に入ってきて異変に気付き事なきを得ました。

いろんなケースで作戦を練っておきましょう。




写真のお正月飾り私作です、好評です。

しきたりを教えましょう。今でこそ日本はクリスマスにドアを占拠されて

いますが、本来は大掃除が済んだご家庭は、16日からお正月飾りを飾って

よいのです。しかし、クリスマスリースを取り外すまで待ちなので、どうしても

26日以降になってしまいます。そのお正月飾りを目印に、天から「年神様」が

降りて来ます。新年7日まで滞在した年神様は各ご家庭に幸せの種を植え付け、

どんど焼きの煙に乗り天にお帰りになります。こんなお話しをお孫さんに

お話ししてください。実行できなくても、知っていることが大事です。






毎月第3金曜日の夜

2016-12-18 07:14:11 | 管理人と遊ぼう
「いいっすねー」

毎月第3金曜日の夜はジャズパーティー。

先日の16日の金は年に1度の「クリスマスパーティー」で、この日は何か

被っていくのがお約束。手前左がAンたっちゃん。その奥が元小学校の

教頭先生、その奥(P)がマーガレットハウスのお客様。

場所は駿河区泉町です。お亡くなりになった(P)のマスターのあとを継いで

奥様が毎週金土だけ営業していらっしゃいます。お客様はなるべく、おしぼりや飲み物の

上げ下げのお手伝いをしていらっしゃるようです。ここのお亡くなりになった

マスターは私の結婚式でBGMのピアノを担当してくださいました。

静岡病院に入院された時、86期の鈴木Mェさんチームに面倒を見てもらい

繋がりが出来ています。なお、こちらのお店は軽い会員制で、私の従兄弟また従兄弟

位の関係なら何方でも入れてくれると思いますが、Mノ君はダメでしょう。

しかし、楽しそうでいいじゃないですか。もちろん、普段はカラオケもありますよ。




この曲、20代位の頃でしょうか大ヒットでした。





最近、この3番の歌詞が妙に気になりましてね、


♪あーあんまり飲んではいけないよー

あー帰りの車も気をつけてー

ひとりの身体じゃないなんて・・・・

赤い文字のところ、どう思います?飲酒運転だけど気をつけてなのか、

歩いて帰るのに車に轢かれないように気をつけてなのか、

こんなことも特別問題にならない平和な時代でしたね。


大学時代、世田谷で酒気帯び運転で2回車を止められたことがありましたが、

「学生さん?気をつけてお帰りくださいね!」でしたからね。



さて、静岡新聞が届かない地域の方に、お馴染み86期伊藤元重くんのアレです。









白杖の女性

2016-12-14 21:01:15 | 管理人と遊ぼう

先ずはこちらのブログの11/5の記事より「白杖の女性」


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富士市からJRを使ってお出かけくださいました。先日売り場にお問い合わせの

お電話をくださった方でした。白い杖だとは気がつかないほど、ご高齢ですが

眼差しもお顔立ちも99.8%物を見ることができない方だとは思いもよらず

接客をさせていただきました。墓地に飾る「菊の花」を探しに来られました。


これまでに、地元(富士市)の造花の取り扱いをしているお店で菊1本が4~500円や

100~200円クラスのものは購入していたようです。しかし、その作りに納得は

いっていなかったようです。ご自分の息子さんが眠っていらっしゃるお墓には、

もっと“でき”のよい造花を飾ってあげたいのだそうです。親しい生花店さんに相談したら、

「そういうものは東京に行かなけりゃ手に入らんだろう。」と言われたそうです。

すごい高額な造花が東京にある(飯田深雪アートフラワー)というところまでは

お調べになったようです。

「でも、もしかしたら静岡の松坂屋さんならあるかもしれない。」とふと思ったそうです。

お電話をいただいた時、「飯田深雪アートフラワー」のご説明もいたしました。

マーガレットハウスでもそのお花(飯田深雪アートフラワー)はお作りすることができます。

ただし、水濡れ湿気は絶対に禁物、屋外に飾ることはできません。

そのあたりのご説明と国内の造花事情(ランキングなど)をご説明いたしました。

そして、その数日後の本日、5人くらいの方に聞きながらJR静岡駅に着き、

地下道から真っ直ぐ松坂屋の地下入り口に入り、館内でまた5人位の方に聞きながら

北館2階の花屋(マーガレットハウス)に着くことができました。

目が生き生きとお綺麗なので、話をしていてすぐに不自由であることを忘れてしまいます。

私のこと立っているのか座っているのか黒い塊だけで何も見えないそうです。

価格だけで善し悪しの判断はして欲しくないので、カウンターの椅子にかけて

いただいてからも品質の良さを説明し、ご自分がお好きな色、「黄色の菊の花」

16本を墓地の4箇所の花入れにすぐ入れられるように加工し、亡くなったワンちゃん用

と息子さんのお仏壇用と一緒にお送りすることになりました。

「随分と下の方まで葉っぱが沢山付いているのね」と、

用途は、お正月に息子さんのお墓を綺麗にしてあげたいと言うことでしたが、

その一心で静岡まで白杖をついてお出かけ下さったのです。

12月10日頃着の配送伝票も私の代筆で済ませ、そのまま「見えないけど大道芸を見てきた」

という話から、1時間弱位楽しい世間話に花を咲かせ、エレベーター口までお送りしました。

地下の食品売り場までお送りしようと思いましたが、「人に迷惑を掛けたり

心配させたり世話をかけたりが大嫌い」とおっしゃるのでそこでお別れでした。

平成元年にお亡くなりになった息子さんは存命ならば59歳です。

「私、ひとに負けるのが嫌いなんです」と言葉を残し、お帰りになりました。

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このお話のお花を12月中旬に送って欲しいということで、一昨日配送させて

いただきました。この女性、お若い時(視力は失っていない頃)、タクシーの配車

のお仕事をされていたそうで、大石寺や大石寺に隣接する富士美術館を目当てに

いらっしゃった外国の方、国内の方で大賑わいのその市では「タクシー御殿」と

言われ、運転手さんたちが我も我もと豪華な一戸建ての住居をお建てになった

そうです。日本自体が良き時代でした。

「ちょっと見せて、触らせて・・・・いい色ですね」

これ、目の不自由な方の言葉です。

指先で感じ取っているのです。