日本は素晴らしい国である。
それは疑いようもない真実だ。
しかし、深刻な問題も抱えていることを直視しなくてはならない。
その課題を克服すれば、日本はより素晴らしい社会へと進化していくだろう。
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48歳「市の臨時職員」、超ブラック労働の深刻
6/5(火) 15:00配信 東洋経済
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは、「市の臨時職員として働いているが、市長が変わっても正規職員に登用される見込みもなく不安になっている」と編集部にメールをくれた48歳の男性だ。
「すみません。年度末は時間が取れそうにありません」
「今週、来週ですが、(4月に)異動してきた正職員の指導や、引き継ぎなどがあり日程的に厳しいです」
首都圏のある地方自治体に勤める臨時職員のヨシツグさん(48歳、仮名)に、最初にメールで取材のお願いをしたのは2月下旬のことだった。仕事が立て込んでいるなどの理由で、何度か日程のキャンセルと再調整を繰り返した。ようやく会えたのは5月の連休明け。年度の変わり目とはいえ、非正規公務員もここまで忙しいものなのか。
「忙しいです。昼休みが10分くらいしか取れないことも珍しくありません。弁当をかきこんで終わりです。昼ご飯を食べる時間もないような民間のひどい会社に比べたら、まだマシと言われてしまうかもしれませんが……」
■典型的な「官製ワーキングプア」
税務部門で、土地や家屋に関する税額を算定する仕事に携わっているヨシツグさんはさらにこう続ける。
「2月、3月は申告関係の書類が集中して提出され、案件によっては記載内容が正しいかどうかを電話などで確認しなければなりません。4月は記載に誤りがあったり、駆け込み申告されたりしたケースについて、納税通知書の差し替え作業に追われます。年度によっては(正規の)新人職員が配属され、教育係を任されます。残業時間はそう多くはないのですが、日中はつねに時間に追われている感じです」
勤続10年以上。フルタイムで働きながら、年収は190万円に届かない。典型的な「官製ワーキングプア」である。
ただでさえ忙殺される年度末、ヨシツグさんには、さらに非正規公務員ならではの大きなストレスがある。この時期、契約更新のための面接を受けなければならないのだ。「4月以降も自分はここで働けるだろうか――。毎年、不安で仕方ありません。3月中旬に面接が行われた年もあり、このときは本当に胃が痛くなりました」と振り返る。
ヨシツグさんにとっていちばんの不満は賃金の低さである。
働き始めて1年目、上司から給与の引き下げを打診された。年収ベースで約20万円のダウン。このとき、「(引き下げに)同意するなら契約を更新する」と告げられた。一方的な賃金カットは法律でも原則禁止されているが、失業したくない非正規労働者にとって拒絶するという選択肢はない。ヨシツグさんもはらわたが煮えくり返る思いを押し隠し、賃下げを受け入れたという。
ヨシツグさんは「正規職員と同じ仕事をしているんですから、同一労働同一賃金を守ってほしい」と訴える。
総務省が実施した「地方公務員給与実態調査」に基づくデータによると、ヨシツグさんが勤務する地方自治体の職員の平均年収はおよそ700万円。1800近い自治体のうち上位100団体にランクインしている。残業は主に正規職員が担っているとはいえ、彼の年収は正規職員の4分の1ほど。「あまりにも差がありすぎます」。
■公務員試験合格は格差の根拠となるのか?
正規職員の中には、難関とされる公務員試験を突破したことをもって格差の根拠とする人もいるが、ヨシツグさんはこう持論を展開する。
「肝心なのは、非正規も正規も日々の仕事に違いはない、ということです。試験に受かったのは事実でしょうが、それは通過点にすぎない。ここまでの格差を正当化する根拠にはなりません」
正規職員の同僚らはボーナスの支給時、さりげなくその話題を避けるなど気を使ってくれるという。職場の人間関係には恵まれているが、それによって賃金格差への不満が和らぐことはない。「(職場には)1000万円プレーヤーもいます。私たちのような臨時職員を安く使いながら、彼らにさらにボーナスを支給する必要がありますか」とヨシツグさんは怒る。
大学を卒業後、地元の金融機関に就職。年収は350万円ほどあったが、別の金融機関に吸収合併されたのを機に辞めた。
ヨシツグさんに言わせると、合併相手の金融機関は、地元では融資の回収方法が強引などと評判が悪かったほか、同業者の間でもノルマが厳しいとのうわさがあった。合併に向けた準備は先方の金融機関社員の指示の下で進められ、このときは連日深夜までのサービス残業と休日出勤を強いられた。わずか数カ月で体重が10キロ落ち、これは体がもたないと、退職を決めたという。
現在は両親と同居。自分の雇用形態や給与については詳しく話していない。自宅から電車の最寄り駅まで、バスなどを乗り継いで1時間以上かかるため車は必需品だと言い、車両の維持費や実家に入れる「家賃」などを差し引くと、貯金をする余裕はない。「1人暮らしは到底無理」。
結婚については「願望がないわけではありませんが、今のままでは(相手に)絶対に迷惑をかけます」と躊躇する。結婚する場合、共働きが条件となる。ヨシツグさんは「生活のために働いてもらわなくてはならないというのが、どうにも申し訳なくて。どこかに、“家計を支えるのは男”という古い考えの自分がいるんだと思います」と分析する。
また、子どもを持つことは「ギャンブルでしかない」と言う。「今の仕事だっていつまで続けられるかわからない。その先はもっとわからない。(非正規労働者にとって)子どもを育てることは、危険すぎるギャンブルです」。
現在も定期的にハローワークに通うなど就職活動を続けている。条件は「生活できるだけの給料と、うつ病にならない程度の(業務の)密度」。誰もががむしゃらに働き、仕事で自己実現したいと思っているわけではない。ヨシツグさんの希望は当然で、簡単なことのはずなのに、実際にはこれらの条件を満たす仕事を見つけるのは難しいのが現実だ。
■「労働組合には不信感しかない」
ヨシツグさんに話を聞く中で、どこまでも平行線をたどった話題がひとつあった。職場の労働組合をめぐる評価である。
実は、ヨシツグさんの給与は今年4月から大幅にアップした。年収で約20万円の増加。自治体の正規職員らでつくる労働組合が市と交渉した結果だという。しかし、彼は「労働組合には不信感しかない。まったく信用していない」と突き放す。なぜなのだろう。
「(勤続1年目で)賃下げされたとき、労働組合に匿名で投書をしたのですが、無視されました。世間で“非正規の待遇がひどい”と騒がれるようになってようやく動くなんて遅すぎます。それに、今回は(一部の嘱託員など)賃金が上がらなかった職員もいます。それなのに、労働組合はまるで非正規職員全員の賃上げを勝ち取ったかのように、ビラなどで大々的にアピールしたんです」
ヨシツグさんによると、給与は今回の賃上げにより、10年前の水準に戻ったにすぎない。一方で職場の労働組合に加入している非正規職員はゼロで、彼自身も組合員ではないという。
私はあえて彼に「正論」をぶつけてみた。
――労働組合は基本、組合員の利益のために賃上げや労働環境の改善に取り組む組織である。そして賃上げは本来、働き手が労働組合に入るなどして、自らが要求して勝ち取るものだ。今回、労働組合は自分たちの『取り分』を削り、組合員ではない非正規職員のために賃上げを実現させたのであり、ヨシツグさんは、組合に入って声を上げることもせず、組合費も払わず、利益だけを享受したということになるのではないか――。
すると、ヨシツグさんはこう反論した。
「労働組合なんて、入れるわけないでしょう。そんなことしたら即雇い止めです」
■「非正規」で働くことの現実
十数年前、私が非正規労働者の過酷な働かされ方について記事を書くと、正社員を中心とした、主に企業内労働組合の組合員から「まずは正社員が直面している賃下げや不当解雇の問題について書くべきだ」「正社員の待遇が上がれば、それと連動して非正規社員の待遇も改善される」と指摘され、議論になったことが何度かあった。そして現在――。本音は知らないが、さすがに表立ってそのような物言いをする労組関係者はいなくなった。
多くの労働組合が非正規労働者の組織化や待遇改善に取り組むようになった「変化」を、私は肯定的に眺めてきた。しかし、当の非正規労働者から見える景色は少し違うのかもしれない。長年にわたり無視され、冷たく見放されてきた恨みは簡単に払拭できない。「10年前の賃下げを行ったのは自治体であり、労働組合ではない」という「正論」はヨシツグさんにとってはさして重要ではないのだ。
ヨシツグさんと会ったのは、彼の希望もあり、職場の最寄り駅からは5駅ほど離れた場所だった。理由は「職場の人に見られるとまずいから」。
非正規労働は自由に選べる多様な働き方のひとつなどというのはきれいごとだと、あらためて思った。賃金カットにノーと言うこともできない。自らの給与について親にさえ屈託なく話すこともできない。仕事の不満を語るのにも人目をはばかり、クビが恐ろしくて労働組合に入って権利を主張することもできない――。これが非正規で働くことの現実である。
この日の天気は土砂降り。視界不良の中、マイカーで遠い家路につくヨシツグさんを見送った。
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
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この文章の中に、現代日本の病巣を見ることができる。
現代社会のありとあらゆる問題が集約されていると言っても過言ではない。
「構造改革」と称して、終身雇用や年功序列といった日本型経営のシステムが破壊され、非正規雇用が拡大した結果が引用したヨシツグさんのような人たちが陥っている「貧困強制社会」なのである。
この日本型経営から「構造改革」への転換とは、戦前に原型が作られ戦後の高度経済成長と「一億総中流」の共同体社会を作り上げた国民社会主義=日本型社会主義から新自由主義へ転換した時期と一致する。
戦前日本の国民社会主義 https://blog.goo.ne.jp/shishisamurai/e/27cce87117597c25fc6743ddff360719の記事も御覧下さい。
支那事変遂行のために1938年に制定された「国家総動員法」は後に同盟国となるナチス・ドイツ第三帝国や世界恐慌の影響を受けず経済成長していたソビエト連邦の影響を受けていた。
総動員体制の樹立を目指した企画院(旧内閣調査局)の革新官僚らの思想の根拠となる国家社会主義には、凡そ同盟国ドイツのナチズムと関連した全権委任法を模倣したとも言える。
また、企画院事件に見られるように、社会主義的であり、ソ連の計画経済(5ヶ年計画)の影響を受けていた。官僚による産業統制が規制型経済構造であったことが、1940年体制とも言われる所以である。
実際、当時の右翼・反共主義者は「国家総動員法」をマルクス主義的と批判していた。
大財閥などは社会主義的な政策に反発していたのである。
同法によって国家統制の対象とされたものは、以下の6点に大別できる。
1.労働問題一般 - 国民の産業への徴用、総動員業務への服務協力、雇用・解雇・賃金等の労働条件、労働争議の予防あるいは解消
2.物資統制 - 物資の生産、配給、使用、消費、所持、移動
3.金融・資本統制 - 会社の合併・分割、資本政策一般(増減資・配当)、社債募集、企業経理、金融機関の余資運用
4.カルテル - 協定の締結、産業団体・同業組合の結成、組合への強制加入
5.価格一般 - 商品価格、運賃、賃貸料、保険料率
6.言論出版 - 新聞・出版物の掲載制限
法律上には上記統制の具体的内容は明示されず、すべては国民徴用令をはじめとする勅令に委ねられていた。このことから、同法をナチス党政権下のドイツ第三帝国による1933年(昭和8年)制定の授権法の日本版になぞらえる説もある。
社会主義政党である「社会大衆党」の西尾末広は「国家総動員法」を推進する軍部・革新官僚を支持し、このように演説した。
「日本は未曾有の変革を為さんとしております。 明治天皇の五ヶ条の御誓文の中にも『旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし』と記されております。 近衛首相はこの精神をしっかりと把握されまして、もっと大胆率直に日本の進むべき道はこれであると、 かのヒトラーの如く、ムッソリーニの如く、あるいはスターリンの如く大胆に進むべきであると思うのであります」
まさに、「国家総動員法」とは日本における全体主義・社会主義(日本型社会主義)の確立であった。
戦後の産業政策に見られるように経済官僚が産業を統制する規制型経済構造を構築した契機となったことから、大政翼賛会の成立した年であった1940年(昭和15年)にちなんで「1940年体制」、 国民学校令が発布され、帝国国策遂行要綱が作られた年であった1941年(昭和16年)にちなんで「昭和十六年体制」という言葉も存在しているのである。
また、日本型経営も同じく確立されていった。
支那事変・大東亜戦争に至る前の日本社会では企業内で養成した熟練工の定着率が悪く、職の移動は常態化していた。
業務の熟練化による生産性向上は総力戦体制構築のために必要不可欠であり、産業報国運動の一環として昭和初期頃より各企業は終身雇用、年功序列制度を設けて熟練工の定着化を行ったことで日本的経営の制度が普及するようになった。
企業が家族のような経営家族主義の源流は、江戸時代の商家や武家の「御恩」「奉公」の精神に源流があった。
ジェイムズ・アベグレンの著書『日本の経営』(1958年)では、次の3点が日本的経営の特徴とされた。また、日本的経営は、西ヨーロッパやアメリカでは近代化の過程において解体した共同体が、企業体において再生産され続けたことによって成りたっていた面も指摘される。なお、これらの経済政策はケインズ主義を実行した内容であるが、これらは池田勇人などの明治30年代生まれ(1897年-1906年生まれ)が実現させた内容である。
1.終身雇用
2.年功序列
3.企業別組合
※企業別組合
企業ごとに常勤の従業員だけを組合員として組織する労働組合。横断的な組合である職業別組合が多い諸外国と大きく違うところ。企業との雇用関係がなければ存在しない。また、組織運営の独立性が強いのが特徴である。
当該企業の実態にあった労使交渉が行われるメリットがある一方で、同種産業や同業他社の動向から乖離した労使交渉が行われるデメリットもある。
その他に、日本的経営の制度に年功序列・定年制・稟議制などがある。
日本型経営を形作った主な経営者に、武藤山治(1867年生まれ)や出光佐三(1885年生まれ)が挙げられる。
政策として実行した政治家に池田勇人(1899年生まれ)が挙げられる。
いずれも明治20~30年代生まれの先人たちの業績であった。
欧米では近代に入って資本主義発展により共同体社会が失われたが、日本では企業の中で共同体が維持されたのである。
これは、世界的に共同体社会再建を考える上で参考にできるだろう。
『終戦後、日本的経営は、GHQによる財閥解体、労働組合の結成の推奨による経済民主化政策と共に、日本の企業は企業別組合による労使一体による経営と高度成長による右上がりの経済成長で定着した。経済成長が横ばいになると、終身雇用放棄論が声高に主張されたが、賃上げ抑制など労使協調で乗り越えた。1980年代には日本の驚異的な経済成長の立役者として懐古的にもてはやされていた。
しかし、1991年末にソ連崩壊やバブル崩壊などにより、「グローバリゼーション」という名でアメリカ型経営方式が礼賛されるようになった。更に、この時期は、日本国内では「ギブ・ミー・チョコレート」で育った世代が企業のトップに就き、アメリカでは1980年代からの整理解雇ブームが続いていた。
従って、「失われた20年」が始まったことによって、日本企業は軒並みアメリカナイゼーションを実行し、それまでの日本型経済を投げ棄てた。
しかしながら、その後の景気回復傾向や、失業の増大の中で、「失われた20年」の中においても日本式経営を継続させてきた企業が世界的に成功する例も現れ始めており、再評価の気運が高まっている。』
(https://ja.wikipedia.org/wiki/日本的経営)
つまり、江戸・明治の精神の世代からアメリカナイズされた世代に交代したとき、日本型経営が途絶えてしまったのである。
戦前の1920年代に日本型経営が形成されたことは、日本型経営・日本型社会主義を破壊した張本人である新自由主義者の竹中平蔵や池田信夫も指摘している。
竹中平蔵
「1920年代に、日本型雇用慣行の基礎ができあがった。それ以前の日本は、従業員の定着率が極めて低く、従業員の企業に対する忠誠心も低かったと考えられている。1920年代に生まれ広がった終身雇用と定期昇給は、戦後に定着し、労働生産性が長期安定的に改善に向かうための重要な基盤がつくられた。日本型雇用慣行は歴史は浅いものであり、決して日本固有の文化に根ざしたものではなかった」
池田信夫
「年功序列は日本の伝統、儒教の影響ではなく、戦時経済の『総動員体制』のためにつくられた制度であり、戦後も官庁・大企業に受け継がれた」
しかし、彼らは日本固有の文化ではないと否定しているが、家族型の企業の在り方は丁稚奉公に通じるものであり、日本的・武家的・儒教的であることは否定できない。
新自由主義者の屁理屈に過ぎないのである。
「失われた20年」どころか30年に突入しようとしている経済低迷から脱却する方法とは日本型社会主義の復活であり、経営者と労働者双方が安定した生活の中で幸福を享受する道は日本型経営の復活しかないのである。
そして、もう一つ引用したヨシツグさんが置かれていた日本社会の病巣が「労働組合」の問題である。
上述した企業別組合がそうであるように、労働組合とは労働者の利益と生活を経営者に認めさせるために存在しているのであり、その目的のためには経営者と労働者が対立することは好ましくなく、出来れば労使協調が望ましい。
ところが、戦後の労働組合運動は左翼に牛耳られ、経営者の側を必要以上に警戒させてしまった面がある。
労働者の権利のための闘いではなく、反戦運動など左翼の運動に組合が動員された歴史など愚の骨頂である。
「世間で“非正規の待遇がひどい”と騒がれるようになってようやく動くなんて遅すぎます。」と本文中にあるように、本義である労働者の権利のために動くのが遅いとは何のための労働組合であるのか?
労働組合の在り方をあるべき姿に戻さなくてはならない。
正規労働者が長時間労働に苦しみ、非正規雇用に移らざるを得なかった人々も低賃金に喘ぐ現状では、消費も伸びる筈がなく経済は成長しない。
結婚ができなくなれば、国防は危うくなり、やがて日本民族は滅亡する。
貧困強制社会を克服しなければ日本は滅びるのである。
日本型社会主義の復活こそ日本が生き残る道である!
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同盟ブロガーの「大和民族の団結」様のブラック企業問題と労働問題解決、日本型社会主義・日本型経営復活の主張を是非ご覧下さい。
ブラック企業問題の原因は、デフレと労働規制の緩和にある http://blog.livedoor.jp/yamatodanketsu/archives/26690550.html
それは疑いようもない真実だ。
しかし、深刻な問題も抱えていることを直視しなくてはならない。
その課題を克服すれば、日本はより素晴らしい社会へと進化していくだろう。
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48歳「市の臨時職員」、超ブラック労働の深刻
6/5(火) 15:00配信 東洋経済
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは、「市の臨時職員として働いているが、市長が変わっても正規職員に登用される見込みもなく不安になっている」と編集部にメールをくれた48歳の男性だ。
「すみません。年度末は時間が取れそうにありません」
「今週、来週ですが、(4月に)異動してきた正職員の指導や、引き継ぎなどがあり日程的に厳しいです」
首都圏のある地方自治体に勤める臨時職員のヨシツグさん(48歳、仮名)に、最初にメールで取材のお願いをしたのは2月下旬のことだった。仕事が立て込んでいるなどの理由で、何度か日程のキャンセルと再調整を繰り返した。ようやく会えたのは5月の連休明け。年度の変わり目とはいえ、非正規公務員もここまで忙しいものなのか。
「忙しいです。昼休みが10分くらいしか取れないことも珍しくありません。弁当をかきこんで終わりです。昼ご飯を食べる時間もないような民間のひどい会社に比べたら、まだマシと言われてしまうかもしれませんが……」
■典型的な「官製ワーキングプア」
税務部門で、土地や家屋に関する税額を算定する仕事に携わっているヨシツグさんはさらにこう続ける。
「2月、3月は申告関係の書類が集中して提出され、案件によっては記載内容が正しいかどうかを電話などで確認しなければなりません。4月は記載に誤りがあったり、駆け込み申告されたりしたケースについて、納税通知書の差し替え作業に追われます。年度によっては(正規の)新人職員が配属され、教育係を任されます。残業時間はそう多くはないのですが、日中はつねに時間に追われている感じです」
勤続10年以上。フルタイムで働きながら、年収は190万円に届かない。典型的な「官製ワーキングプア」である。
ただでさえ忙殺される年度末、ヨシツグさんには、さらに非正規公務員ならではの大きなストレスがある。この時期、契約更新のための面接を受けなければならないのだ。「4月以降も自分はここで働けるだろうか――。毎年、不安で仕方ありません。3月中旬に面接が行われた年もあり、このときは本当に胃が痛くなりました」と振り返る。
ヨシツグさんにとっていちばんの不満は賃金の低さである。
働き始めて1年目、上司から給与の引き下げを打診された。年収ベースで約20万円のダウン。このとき、「(引き下げに)同意するなら契約を更新する」と告げられた。一方的な賃金カットは法律でも原則禁止されているが、失業したくない非正規労働者にとって拒絶するという選択肢はない。ヨシツグさんもはらわたが煮えくり返る思いを押し隠し、賃下げを受け入れたという。
ヨシツグさんは「正規職員と同じ仕事をしているんですから、同一労働同一賃金を守ってほしい」と訴える。
総務省が実施した「地方公務員給与実態調査」に基づくデータによると、ヨシツグさんが勤務する地方自治体の職員の平均年収はおよそ700万円。1800近い自治体のうち上位100団体にランクインしている。残業は主に正規職員が担っているとはいえ、彼の年収は正規職員の4分の1ほど。「あまりにも差がありすぎます」。
■公務員試験合格は格差の根拠となるのか?
正規職員の中には、難関とされる公務員試験を突破したことをもって格差の根拠とする人もいるが、ヨシツグさんはこう持論を展開する。
「肝心なのは、非正規も正規も日々の仕事に違いはない、ということです。試験に受かったのは事実でしょうが、それは通過点にすぎない。ここまでの格差を正当化する根拠にはなりません」
正規職員の同僚らはボーナスの支給時、さりげなくその話題を避けるなど気を使ってくれるという。職場の人間関係には恵まれているが、それによって賃金格差への不満が和らぐことはない。「(職場には)1000万円プレーヤーもいます。私たちのような臨時職員を安く使いながら、彼らにさらにボーナスを支給する必要がありますか」とヨシツグさんは怒る。
大学を卒業後、地元の金融機関に就職。年収は350万円ほどあったが、別の金融機関に吸収合併されたのを機に辞めた。
ヨシツグさんに言わせると、合併相手の金融機関は、地元では融資の回収方法が強引などと評判が悪かったほか、同業者の間でもノルマが厳しいとのうわさがあった。合併に向けた準備は先方の金融機関社員の指示の下で進められ、このときは連日深夜までのサービス残業と休日出勤を強いられた。わずか数カ月で体重が10キロ落ち、これは体がもたないと、退職を決めたという。
現在は両親と同居。自分の雇用形態や給与については詳しく話していない。自宅から電車の最寄り駅まで、バスなどを乗り継いで1時間以上かかるため車は必需品だと言い、車両の維持費や実家に入れる「家賃」などを差し引くと、貯金をする余裕はない。「1人暮らしは到底無理」。
結婚については「願望がないわけではありませんが、今のままでは(相手に)絶対に迷惑をかけます」と躊躇する。結婚する場合、共働きが条件となる。ヨシツグさんは「生活のために働いてもらわなくてはならないというのが、どうにも申し訳なくて。どこかに、“家計を支えるのは男”という古い考えの自分がいるんだと思います」と分析する。
また、子どもを持つことは「ギャンブルでしかない」と言う。「今の仕事だっていつまで続けられるかわからない。その先はもっとわからない。(非正規労働者にとって)子どもを育てることは、危険すぎるギャンブルです」。
現在も定期的にハローワークに通うなど就職活動を続けている。条件は「生活できるだけの給料と、うつ病にならない程度の(業務の)密度」。誰もががむしゃらに働き、仕事で自己実現したいと思っているわけではない。ヨシツグさんの希望は当然で、簡単なことのはずなのに、実際にはこれらの条件を満たす仕事を見つけるのは難しいのが現実だ。
■「労働組合には不信感しかない」
ヨシツグさんに話を聞く中で、どこまでも平行線をたどった話題がひとつあった。職場の労働組合をめぐる評価である。
実は、ヨシツグさんの給与は今年4月から大幅にアップした。年収で約20万円の増加。自治体の正規職員らでつくる労働組合が市と交渉した結果だという。しかし、彼は「労働組合には不信感しかない。まったく信用していない」と突き放す。なぜなのだろう。
「(勤続1年目で)賃下げされたとき、労働組合に匿名で投書をしたのですが、無視されました。世間で“非正規の待遇がひどい”と騒がれるようになってようやく動くなんて遅すぎます。それに、今回は(一部の嘱託員など)賃金が上がらなかった職員もいます。それなのに、労働組合はまるで非正規職員全員の賃上げを勝ち取ったかのように、ビラなどで大々的にアピールしたんです」
ヨシツグさんによると、給与は今回の賃上げにより、10年前の水準に戻ったにすぎない。一方で職場の労働組合に加入している非正規職員はゼロで、彼自身も組合員ではないという。
私はあえて彼に「正論」をぶつけてみた。
――労働組合は基本、組合員の利益のために賃上げや労働環境の改善に取り組む組織である。そして賃上げは本来、働き手が労働組合に入るなどして、自らが要求して勝ち取るものだ。今回、労働組合は自分たちの『取り分』を削り、組合員ではない非正規職員のために賃上げを実現させたのであり、ヨシツグさんは、組合に入って声を上げることもせず、組合費も払わず、利益だけを享受したということになるのではないか――。
すると、ヨシツグさんはこう反論した。
「労働組合なんて、入れるわけないでしょう。そんなことしたら即雇い止めです」
■「非正規」で働くことの現実
十数年前、私が非正規労働者の過酷な働かされ方について記事を書くと、正社員を中心とした、主に企業内労働組合の組合員から「まずは正社員が直面している賃下げや不当解雇の問題について書くべきだ」「正社員の待遇が上がれば、それと連動して非正規社員の待遇も改善される」と指摘され、議論になったことが何度かあった。そして現在――。本音は知らないが、さすがに表立ってそのような物言いをする労組関係者はいなくなった。
多くの労働組合が非正規労働者の組織化や待遇改善に取り組むようになった「変化」を、私は肯定的に眺めてきた。しかし、当の非正規労働者から見える景色は少し違うのかもしれない。長年にわたり無視され、冷たく見放されてきた恨みは簡単に払拭できない。「10年前の賃下げを行ったのは自治体であり、労働組合ではない」という「正論」はヨシツグさんにとってはさして重要ではないのだ。
ヨシツグさんと会ったのは、彼の希望もあり、職場の最寄り駅からは5駅ほど離れた場所だった。理由は「職場の人に見られるとまずいから」。
非正規労働は自由に選べる多様な働き方のひとつなどというのはきれいごとだと、あらためて思った。賃金カットにノーと言うこともできない。自らの給与について親にさえ屈託なく話すこともできない。仕事の不満を語るのにも人目をはばかり、クビが恐ろしくて労働組合に入って権利を主張することもできない――。これが非正規で働くことの現実である。
この日の天気は土砂降り。視界不良の中、マイカーで遠い家路につくヨシツグさんを見送った。
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
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この文章の中に、現代日本の病巣を見ることができる。
現代社会のありとあらゆる問題が集約されていると言っても過言ではない。
「構造改革」と称して、終身雇用や年功序列といった日本型経営のシステムが破壊され、非正規雇用が拡大した結果が引用したヨシツグさんのような人たちが陥っている「貧困強制社会」なのである。
この日本型経営から「構造改革」への転換とは、戦前に原型が作られ戦後の高度経済成長と「一億総中流」の共同体社会を作り上げた国民社会主義=日本型社会主義から新自由主義へ転換した時期と一致する。
戦前日本の国民社会主義 https://blog.goo.ne.jp/shishisamurai/e/27cce87117597c25fc6743ddff360719の記事も御覧下さい。
支那事変遂行のために1938年に制定された「国家総動員法」は後に同盟国となるナチス・ドイツ第三帝国や世界恐慌の影響を受けず経済成長していたソビエト連邦の影響を受けていた。
総動員体制の樹立を目指した企画院(旧内閣調査局)の革新官僚らの思想の根拠となる国家社会主義には、凡そ同盟国ドイツのナチズムと関連した全権委任法を模倣したとも言える。
また、企画院事件に見られるように、社会主義的であり、ソ連の計画経済(5ヶ年計画)の影響を受けていた。官僚による産業統制が規制型経済構造であったことが、1940年体制とも言われる所以である。
実際、当時の右翼・反共主義者は「国家総動員法」をマルクス主義的と批判していた。
大財閥などは社会主義的な政策に反発していたのである。
同法によって国家統制の対象とされたものは、以下の6点に大別できる。
1.労働問題一般 - 国民の産業への徴用、総動員業務への服務協力、雇用・解雇・賃金等の労働条件、労働争議の予防あるいは解消
2.物資統制 - 物資の生産、配給、使用、消費、所持、移動
3.金融・資本統制 - 会社の合併・分割、資本政策一般(増減資・配当)、社債募集、企業経理、金融機関の余資運用
4.カルテル - 協定の締結、産業団体・同業組合の結成、組合への強制加入
5.価格一般 - 商品価格、運賃、賃貸料、保険料率
6.言論出版 - 新聞・出版物の掲載制限
法律上には上記統制の具体的内容は明示されず、すべては国民徴用令をはじめとする勅令に委ねられていた。このことから、同法をナチス党政権下のドイツ第三帝国による1933年(昭和8年)制定の授権法の日本版になぞらえる説もある。
社会主義政党である「社会大衆党」の西尾末広は「国家総動員法」を推進する軍部・革新官僚を支持し、このように演説した。
「日本は未曾有の変革を為さんとしております。 明治天皇の五ヶ条の御誓文の中にも『旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし』と記されております。 近衛首相はこの精神をしっかりと把握されまして、もっと大胆率直に日本の進むべき道はこれであると、 かのヒトラーの如く、ムッソリーニの如く、あるいはスターリンの如く大胆に進むべきであると思うのであります」
まさに、「国家総動員法」とは日本における全体主義・社会主義(日本型社会主義)の確立であった。
戦後の産業政策に見られるように経済官僚が産業を統制する規制型経済構造を構築した契機となったことから、大政翼賛会の成立した年であった1940年(昭和15年)にちなんで「1940年体制」、 国民学校令が発布され、帝国国策遂行要綱が作られた年であった1941年(昭和16年)にちなんで「昭和十六年体制」という言葉も存在しているのである。
また、日本型経営も同じく確立されていった。
支那事変・大東亜戦争に至る前の日本社会では企業内で養成した熟練工の定着率が悪く、職の移動は常態化していた。
業務の熟練化による生産性向上は総力戦体制構築のために必要不可欠であり、産業報国運動の一環として昭和初期頃より各企業は終身雇用、年功序列制度を設けて熟練工の定着化を行ったことで日本的経営の制度が普及するようになった。
企業が家族のような経営家族主義の源流は、江戸時代の商家や武家の「御恩」「奉公」の精神に源流があった。
ジェイムズ・アベグレンの著書『日本の経営』(1958年)では、次の3点が日本的経営の特徴とされた。また、日本的経営は、西ヨーロッパやアメリカでは近代化の過程において解体した共同体が、企業体において再生産され続けたことによって成りたっていた面も指摘される。なお、これらの経済政策はケインズ主義を実行した内容であるが、これらは池田勇人などの明治30年代生まれ(1897年-1906年生まれ)が実現させた内容である。
1.終身雇用
2.年功序列
3.企業別組合
※企業別組合
企業ごとに常勤の従業員だけを組合員として組織する労働組合。横断的な組合である職業別組合が多い諸外国と大きく違うところ。企業との雇用関係がなければ存在しない。また、組織運営の独立性が強いのが特徴である。
当該企業の実態にあった労使交渉が行われるメリットがある一方で、同種産業や同業他社の動向から乖離した労使交渉が行われるデメリットもある。
その他に、日本的経営の制度に年功序列・定年制・稟議制などがある。
日本型経営を形作った主な経営者に、武藤山治(1867年生まれ)や出光佐三(1885年生まれ)が挙げられる。
政策として実行した政治家に池田勇人(1899年生まれ)が挙げられる。
いずれも明治20~30年代生まれの先人たちの業績であった。
欧米では近代に入って資本主義発展により共同体社会が失われたが、日本では企業の中で共同体が維持されたのである。
これは、世界的に共同体社会再建を考える上で参考にできるだろう。
『終戦後、日本的経営は、GHQによる財閥解体、労働組合の結成の推奨による経済民主化政策と共に、日本の企業は企業別組合による労使一体による経営と高度成長による右上がりの経済成長で定着した。経済成長が横ばいになると、終身雇用放棄論が声高に主張されたが、賃上げ抑制など労使協調で乗り越えた。1980年代には日本の驚異的な経済成長の立役者として懐古的にもてはやされていた。
しかし、1991年末にソ連崩壊やバブル崩壊などにより、「グローバリゼーション」という名でアメリカ型経営方式が礼賛されるようになった。更に、この時期は、日本国内では「ギブ・ミー・チョコレート」で育った世代が企業のトップに就き、アメリカでは1980年代からの整理解雇ブームが続いていた。
従って、「失われた20年」が始まったことによって、日本企業は軒並みアメリカナイゼーションを実行し、それまでの日本型経済を投げ棄てた。
しかしながら、その後の景気回復傾向や、失業の増大の中で、「失われた20年」の中においても日本式経営を継続させてきた企業が世界的に成功する例も現れ始めており、再評価の気運が高まっている。』
(https://ja.wikipedia.org/wiki/日本的経営)
つまり、江戸・明治の精神の世代からアメリカナイズされた世代に交代したとき、日本型経営が途絶えてしまったのである。
戦前の1920年代に日本型経営が形成されたことは、日本型経営・日本型社会主義を破壊した張本人である新自由主義者の竹中平蔵や池田信夫も指摘している。
竹中平蔵
「1920年代に、日本型雇用慣行の基礎ができあがった。それ以前の日本は、従業員の定着率が極めて低く、従業員の企業に対する忠誠心も低かったと考えられている。1920年代に生まれ広がった終身雇用と定期昇給は、戦後に定着し、労働生産性が長期安定的に改善に向かうための重要な基盤がつくられた。日本型雇用慣行は歴史は浅いものであり、決して日本固有の文化に根ざしたものではなかった」
池田信夫
「年功序列は日本の伝統、儒教の影響ではなく、戦時経済の『総動員体制』のためにつくられた制度であり、戦後も官庁・大企業に受け継がれた」
しかし、彼らは日本固有の文化ではないと否定しているが、家族型の企業の在り方は丁稚奉公に通じるものであり、日本的・武家的・儒教的であることは否定できない。
新自由主義者の屁理屈に過ぎないのである。
「失われた20年」どころか30年に突入しようとしている経済低迷から脱却する方法とは日本型社会主義の復活であり、経営者と労働者双方が安定した生活の中で幸福を享受する道は日本型経営の復活しかないのである。
そして、もう一つ引用したヨシツグさんが置かれていた日本社会の病巣が「労働組合」の問題である。
上述した企業別組合がそうであるように、労働組合とは労働者の利益と生活を経営者に認めさせるために存在しているのであり、その目的のためには経営者と労働者が対立することは好ましくなく、出来れば労使協調が望ましい。
ところが、戦後の労働組合運動は左翼に牛耳られ、経営者の側を必要以上に警戒させてしまった面がある。
労働者の権利のための闘いではなく、反戦運動など左翼の運動に組合が動員された歴史など愚の骨頂である。
「世間で“非正規の待遇がひどい”と騒がれるようになってようやく動くなんて遅すぎます。」と本文中にあるように、本義である労働者の権利のために動くのが遅いとは何のための労働組合であるのか?
労働組合の在り方をあるべき姿に戻さなくてはならない。
正規労働者が長時間労働に苦しみ、非正規雇用に移らざるを得なかった人々も低賃金に喘ぐ現状では、消費も伸びる筈がなく経済は成長しない。
結婚ができなくなれば、国防は危うくなり、やがて日本民族は滅亡する。
貧困強制社会を克服しなければ日本は滅びるのである。
日本型社会主義の復活こそ日本が生き残る道である!
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同盟ブロガーの「大和民族の団結」様のブラック企業問題と労働問題解決、日本型社会主義・日本型経営復活の主張を是非ご覧下さい。
ブラック企業問題の原因は、デフレと労働規制の緩和にある http://blog.livedoor.jp/yamatodanketsu/archives/26690550.html
まさに、日本の伝統に基づく雇用体制が、日本式経営であると思います。
アメリカナイズによるその破壊の時期と、ブラック企業急増、日本の経済低迷の時期が全く重なっている現状を無視し、新自由主義の失敗と日本型社会主義の成功を決して認めず、未だにさらなる構造改革や労働規制緩和を求める竹中や池田信夫などの新自由主義者は、本当に愚かであるとしか言いようがありません。
国防問題や財政問題、あるいは福祉・医療問題など、現代日本の様々な問題は、全て日本型社会主義の復活により解決するでしょう。
経団連も以前の比べると横柄な主張が目立つようになりました。これは冷戦が終結して共産主義が崩壊し、資本主義が勝利したとされたときから西側先進国の政治家や経営者から緊張感が失われたのでしょう。
江戸時代の打ちこわし、昭和初期の血盟団事件など貧富の格差を放置していると国民から報復を受けることは歴史が証明しているのに本当に危機感がありませんね。