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何をやっても素人なわたしの雑記帳

掌編小説 「中山の恋」

2010-11-12 22:00:37 | 小説
             
中二の時、塾に通っていた。両親が、わたしを近所の塾に通わせることに決めたから。
めんどくさいなあ、とわたしは思った。勉強は嫌いだった。一九時三〇分からのドラマ「愛と誠」も見られない。。。。
だけど、成績が下がり始めたから、選択の余地はなかった。週三回、おとなしく塾に通った。
塾には四人のクラスメートがいた。アオさんと松つぁんとカズミは、同じ公立中学校の同級生。カズオは私立大学の付属中学に通っていた。わたしを含めて五人とも、成績はドングリの背比べ状態の落ちこぼれ組だった。
塾なんてちっとも楽しくなかった。
講師の中山は、アルバイトの大学生だった。
短足で太め。肩に届きそうで届かない長さの髪はボサボサ。
「アイツ、三畳風呂なしアパートで、鍋からラーメンすすってそう・・・」
「きっと、中野あたりのプラモデル屋に入り浸ってるよね」
わたしたちは、中山のことをそんなふうに噂していた。
どことなく気弱で、中学生のわたしたちを相手に話す時でさえ、おどおどしているように見える中山。
だけど、優しい雰囲気を持っていた。
「先生、英語難しいよ。全然わからないよ。」
わたしが訴えると、
「そうか、そうか。そうだよね」
と親身になってうなずいてくれた。
だからといって何かフォローしてくれるというわけでもない。
ただ「そうか、そうか」と言って困ったような顔をするだけだった。
頼りないヤツ。
でも、中山を見ていると何となくほっとした。
この人、誰かに騙されることはあっても、騙すことは絶対にない。そんなふうに思えた。

わたしはまだ一四歳だった。

塾も勉強も意味ない、と思っていた。塾での一、二時間。これをどうやってやり過ごそうか…そんなことばかり考える、やる気のない生徒だった。
一年後の高校受験も遠い先のことのように思えたし、将来の夢なんてまるで見つからなかった。
学校もつまらなかった。
オシャレと男の子に少し興味を持ち始めたけれど、それよりも、「藤の木パン」のチョコロールが大きいとか小さめだとか、そんなことのほうが重要な問題だった。

「自分で勉強するから」・・・・口先だけの約束を両親と交わして、わたしは塾を辞めることにした。
塾通い最後の日、わたしはせいせいした気持ちで席を立った。
その時、中山がモソモソと何か言った。窓の外を見ながら・・・わたしやクラスメートたちに背を向けながら。
「え?」
聞き返すと、中山は振り返ってもう一度言った。
「唯一のレディーでした」
とても熱い視線が、真っすぐにわたしに注がれていた。
ダサい・・・それなのに、すごくドキドキした。

わたしはまだ一四歳で、一度も恋をしたことがなかった。だから、下手くそで真っすぐな中山の恋を、どう受け止めればいいのか解らなかった。
わたしは聞こえないふりをして、そのまま教室を出た。

・・・その後、いくつかの恋をした。
愛することを知った。
わたしは大人になった。

中山にもう一度会いたい・・・・そう思うこともある。
中山の恋を受け止められる大人に、なったのだから。
けれども、もしもどこかで再会しても、あの日の中山には、もう会えないのだろう。
下手くそで真っすぐだったあの日の中山は、もういない。
一四歳だったあの日のわたしも、もう、いない。