古典的な方法で梯子を作っていますが。。。。あまり見せられるものではありません。
ウインチです。(見えるかな?)
高角砲甲板を再現している模型は殆どありません。
参考にできるものがないのですが岡本好司氏の「SUPER ILLUSTRATION 戦艦大和」、軍艦大和「一般艤装図」を参考にしています。右舷と左舷では配置が違うかもしれません。機銃の揚弾筒から脱出・・という記述が戦闘詳報にあります。
工作した部分。
司令塔前面ステー
通風口
旗甲板外縁信号灯
舷燈
通気口横梯子
高角砲甲板側面
煙突上面ジャッキステー
高角砲台座
高角砲
機銃座
防水扉
防水扉は少しこってみました。あまり綺麗ではありません。
出っ張りは後から切ります。やっぱしオーバースケールですかね。
できたところから色塗っています。筆塗りです。
旗甲板の探照燈はWLから流用です。レンズは瞬着で「模型の花道」のHPを参考にさせていただきました。
「模型の花道」 http://www.h3.dion.ne.jp/~mokei/
では台湾に出張してきます。
いろいろな形状で表現されていますが、武蔵の艦上写真からはこのようになっていると思えます。学研の「戦艦大和・武蔵」を参照にしています。
連合艦隊幕僚の艦上記念写真では「口気吸室缶六」などの表示が見えます。細かいところですがジャッキステーやハシゴ?など大和との相違点があります。防水扉には「カ」の表示が見えますが「ア」「イ」・・・「カ」個目の扉?なのでしょうか?
全体像。実艦の写真と較べてみます。
機銃座。
高射員待機所。ここで摩耶からの移乗者が40名戦死されています。
大きな構造物であろうと思われます。
また両舷の高射装置間で行き来できたようなので艦橋後面には人が通行できるスペースを設けました。煙突方面にも移動できなければならないのでこのような大きさとしました。台形の可能性もありますが情報がありません。
装填演習機の場所がないので待機所を右舷にオフセットし演習機を設置予定です。
防空指揮所は見張り伝令の方の配置、艦長/航海長用の伝声管を追加しました。羅針儀はありません。波や水柱をかぶる可能性があるので床面をグレーティングとしました。各艦ごとに追加設置したものとしています。戦艦の公式図などからグレーティングはないとの説もあります。
艦橋両脇の張り出しには18cm双眼鏡があり、製作中です。1/10大和は12cm望遠鏡が2基になっています。
長期の出張から帰宅してみるとトータルカウンタが10000を超えていました。
皆様、本当にご訪問ありがとうございます。これからも宜しくお願い致します。
高角砲が設置されていないのでこの辺は後から見えてしまいます。形状は正しくありませんが、キットの高角砲甲板との兼ね合いでこのようにしています。
滑り止め甲板を0.125mmのプラシートに写し取ってみました。もう少しメリハリが欲しいですね。
ブルネイ出撃時の武蔵です。写真を拡大して輪郭をトレースしています。
・艦橋後部には箱のような構造があるようです。一昔前の模型のような構造なのかもしれません。
・2番探照燈は無いように感じます。代わりに箱型のものがありそうです。噴進砲なのでしょうか?
・8番探照燈はありません。
・舷側に張り出した8番、10番機銃間(白円内)にも何か置いてあるようです。
少し大きめの写真をupします。
元画像です。
高射員待機所。戦闘詳報には旗甲板下に云々とあります。両舷の4.5m測距儀間の構造物下、煙突の前と判断していましたが、127番ビームはこの位置になります。ここに装填演習機を置いて仕上げるつもりでしたが、「軍艦武蔵」の記述をもう少し読んでみたいと思います。装填演習機の被害状況も出てこないので別の場所に移されたのでしょうか。
手塚正巳氏は膨大な量の証言をもとに「軍艦武蔵」著作されています。未公表の証言集を拝見できる機会があればよいのですが。(1庶民には無理でしょうね)
ここを一塊の構造物にすると後部への行き来に不都合を生じます。煙突にも上がれて後方にも移動できるようにしています。待機所にしてはちと狭いような。。
後方から。
煙突と。
キットのものを削っただけです。菊の紋章が付くプレートは改修が必要です。
フェアリーダー部の形状は海底の大和でも付着物が多くよくわかりません。
先週は休みがなかったのでちょっとばてています。
大和と武蔵では少し形が違う予感がします。今日は資料を探しながら寝ます。
皆さん。おやすみなさい。