Mのミステリー研究所

古今東西の面白いミステリーを紹介します。
まだ読んでいないアナタにとっておきの一冊をご紹介。

『スロウハイツの神様』辻村美月のミステリ

2015-10-31 13:35:27 | ミステリ小説
                                                                                                                                    

ミステリの手法を使った青春小説と思って読んだ方が良いでしょう。

ベースはトキワ荘物語かも知れません。スロウハイツと呼ばれるアパートに住み始めた人々の物語です。若きクリエーターの卵たちと一緒に住む人気作家。それぞれの

夢や過去の物語を絡ませながら挫折を繰り返し少しずつ成長する姿を追っていく展開です。こう書くと良くあるパターンの青春物ですが、始めから伏線が散りばめられています。

いろんなセリフやサラリと描写された出来事が最後には皆繋がっていく様子は鳥肌ものです。

しかし、文章が濃いです。拘った言い回しや理屈っぽい話し言葉がずーっと続きます。ちょっと疲れるかも知れません。

脚本家、映画監督、漫画家、イラストレーター。いろんなジャンルで世に出ようとする若者たちの生態を描きながら、その実は重要人物の生きてきた過去と現在がリンクします。

いろんなエピソードが回収されていく後半の山場は、もう読むことを止められません。

似たようなタイプに乾くるみの『イニシエーション・ラブ』があります。どっちが好みと聞かれたら迷わずこの『スロウハイツの神様』と答えます。

だって、「たっくん」よりも「コウちゃん」の方が人間としてずっと魅力的だからです。

最後のページでは不覚にも目頭が熱くなりました。

自分の才能を信じ尊敬する人に一歩でも近づきたい。そんな思いだけで毎日を過ごす彼らの生活を描いた物語。

別に懐古趣味でなくても誰にも好まれるストーリーでしょう。

そして、最後の驚きの事実。

読まずにいるのはもったいないですよ。

                        
                        

『窓辺の老人』マージェリー・アリンガムのミステリ

2015-10-18 09:40:56 | ミステリ小説
                                   

英国四代女流ミステリ作家のひとり、マージェリーアリンガムが創造した探偵キャピオン氏を主人公にした短編集です。

七編のミステリが収められていますが、殺伐とした殺人事件などなくコンゲームのような内容の話しが多くて肩の凝らないミステリとして楽しめます。

タイトルになっている「窓辺の老人」にしても、何年も窓辺に座り続ける老人の謎が意外な形で明らかになる話の持って行き方やそのオチが上手く決まっていて楽しめます。

古典を読むと現代とはかけ離れた生活習慣のため、当時でなければ成立しないトリックと思えるのが多々あるのは仕方がありません。

でもこの本に収められているのは今読んでも面白いと感じる内容です。機械的なトリックよりも心理的なトリックに寄った話が多いせいでしょう。

個人的には「懐かしの我が家」が好みで、こんな話は現代風にアレンジしても十分に読める面白さです。

と云うかありそうな話で私が読んでいないだけかも知れません。主人公の探偵キャビオンも正体がはっきりしない人物として書かれています。

巻末にあるキャビオンについてのアリンガムのエッセイでも、時折話す彼の言葉から素性が推察されると書かれていて神秘性を持った人物になっています。

いずれにしても古典といっても古臭さばかりが鼻に付くような内容ではなく、ちょっとした時間に珈琲片手に読むにはぴったりの小品と云ったところです。


      

『五番目の女』ヘニング・マンケルのミステリ

2015-10-11 08:12:15 | ミステリ小説
                                     



クルト・ヴァランダー警部シリーズ10作品の中の6作品目に当たるものです。
このシリーズは警察小説のジャンルに入るような形態のものですが、ミステリとしても大変良く出来た作品が書かれておりどれから読んでも楽しめると思います。

捜査チームの各刑事たちの個々のエピソードも、物語の彩を添えるという観点からはとても良く描かれ、ストーリーの厚みを持たせる役割は十分に果たしています。

残虐な殺人事件の犯人像がまるで掴めないヴァランダー警部たちですが、地道な捜査を繰り返し一歩ずつ犯人へ近づいていきます。

しかし、証拠を残さずミスリードを誘う犯人に迷わされ、時には悩み他の刑事の意見に耳を傾けながら個々の刑事の特徴を生かした捜査方法で

姿の見えない犯人に迫っていく、その過程がじっくりと描かれているのがこの物語の特徴です。

過酷な刑事たちの日常と生活の様子を見せながら、殺害の動機などまったく見えない五里霧中の中で社会的要因なども入れた
犯人側の視点も書かれていて、単なる残忍な殺人事件としないところがこの著者の良さです。

個々の刑事たちのエピソードも人間味溢れる事柄で、チームとしての繋がりがさらに深まる内容になっていて、シリーズとしての脂の乗った作品であると思います。

試行錯誤の末に始めに感じた違和感を信じて捜査を進めるヴァランダーたちイースタ警察のチームの活躍が楽しめる本作。
文庫本上・下の厚みのある内容ですが、物語の中に入り込み読み進むとそのボリュームも苦にもならず読み終えました。

一言一句が味のあるこの著者のミステリ、一読をお勧めします。


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