Mのミステリー研究所

古今東西の面白いミステリーを紹介します。
まだ読んでいないアナタにとっておきの一冊をご紹介。

「さむけ」 ロス・マクドナルドのミステリ

2018-06-28 09:10:59 | ミステリ小説


   

ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーと並んでハードボイルド小説の御三家と言われている

ロス・マクドナルドの「さむけ」は私立探偵リュウ・アーチャーを主人公にしたものの12作目にあたる作品です

そのせいか主人公の私立探偵リュウ・アーチャーについてはこれといった記述がないので

彼自身、どういった人物なのか読んでいてイマイチ分かりません

人物像がハッキリしないので感情移入が少し難しく思うことはあります

でもこの作品は中身はミステリそのもので、複雑な人間関係を解きほぐしていき事件の真相に迫るリュウ・アーチャーの動きが

丹念に描かれています  しかし、彼の動きはハッと天才的な閃きで事件を追うのではなくコツコツと足で情報を集める地味な捜査です

これは他の作品もそうですが、クイーンやクリスティのような本格物とは違いますから当然とも言えます

新婚旅行の二日目から妻がいなくなった青年から妻を探し出すように依頼されます


風変わりな依頼で動き出す私立探偵リュウ・アーチャー  物語の出だしとして掴みはOKと言ったところです

登場人物も多く複雑な相関図になるので多少まごつくかも知れません

でもいろいろな人物に会って話を聞いて回る彼の動きを追っていく展開は同時に読んでいる読者とも情報を共有しているということです

話しの中にウソは無いか真実を語っているか見極める必要があります

こういった展開はミステリそのものです        派手な格闘シーンも無いのでじっくりと彼の動きを追っていく様子だけとなります

でもだからと言って退屈になるといったことはありません    過去に揉み消された事件や現在に起こった殺人事件が繋がっていく様子が

とても上手く描かれています   複雑な人物の心理と動きが丁寧に書かれています  衝撃を受けた女性の心の傷が精神的圧迫となり混乱するなど

人間の心理面なども精神科医の言葉で説明されるなどしているところがこの時代の本としてちょっと驚きでした

レイモンド・チャンドラーのあの味とは違いますがこの本自体は良く出来たミステリとして楽しめる一冊です

                                                    


「殺人犯はそこにいる」ノンフィクションの迫力

2018-06-17 08:19:47 | ミステリ小説

     


これは実際の事件を追ったノンフィクションです。

著者は清水 潔 東京生まれのジャーナリスト。 新潮社「FOCUS」編集部を経て日本テレビ報道局記者・解説委員。

群馬と栃木の県境、半径10キロという狭い範囲で起きた5人の少女の行方不明事件。

始まりはちょっとしたきっかけだった。

しかし、調べ始めていくと一つの違和感に襲われる。 その時は足利で起きた事件は解決済みだった。

他の事件は未解決。 そして別個の単独の事件として各々の警察署が捜査にあたっていた。

著者は違うのではないかと思い始める。群馬、栃木の県境たかだか10キロの範囲で17年の間に5人の幼女が連れ去られ殺害されている。

これは『連続幼女誘拐殺人事件』じゃないのかと。

そうなると足利で起きた事件は犯人が捕まり終わっているのはどうなる?

著者はここから始める。

収監されている犯人に会い話を聞く。 世の中にある冤罪事件のほとんどは密室での取り調べという状況と、法律の事は無知であり

気の弱い人間ほど精神的に参ってしまうということがあります。そのためやってもいないことを自白するという結果になります。

もちろん自白だけで裁判を闘うことは出来ませんので検察側も起訴出来るだけの材料は用意します。

その一つがDNA鑑定です。 このころはDNA鑑定も証拠と足りうる科学的根拠があるということで裁判で採用されていたころです。

結果を言うとこの犯人は無実でした。裁判で無実を勝ち取り釈放されました。著者の活動があったからともいえます。

さて、これで『連続幼女誘拐殺人事件』の図式が出来ました。

各事件を著者は丹念に取材します。迷惑がられたり無視されたりしながら一つひとつ目撃情報を検証していきます。

いろいろある目撃情報も警察の捜査の方向で取り上げられたり捨てられたりします。

ミステリ小説でよくある、警察の捜査方針にあった証言だけを採用して他の証言は黙殺する、そういうことは実際の捜査の中でも行われるんです。

著者は地道な取材の中でこれまで取り上げられなかった証言や新しい証言を捜査機関の幹部などに提供します。

しかし、良い感触を得るところまでは行きますがダメになります。

一人の人物による連続した事件であるといくら訴えても警察は動きません。一つは群馬と栃木で起きた事件だからです。

捜査する県警、警察署の管轄が違います。

驚くのは著者のチームが独自の取材の中で真犯人に迫ることです。

断っておきます。 これは実際に起きた事件を追ったノンフィクションです。

著者はあの桶川ストーカー事件も取材し警察の対応に問題提起しています。

ひとつの現実としてこの本に目を通しておくのも良いかもしれません。

                                             

「ロング・グッドバイ」私立探偵フィリップ・マーロウ

2018-06-16 09:02:01 | ミステリ小説


      

 1958年に清水俊二氏の翻訳で「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」として刊行された「長いお別れ」

チャンドラーがフィリップ・マーロウを主人公にした長編小説を書きあげたのは七冊で

「ロング・グッドバイ(長いお別れ)」は1953年に六冊目として書かれた

ここに上げた本は村上春樹による翻訳で2007年早川書房より刊行された単行本の軽装版です

訳者あとがき、として凖古典小説としての「ロング・グッドバイ」の評論がありますが、このレイモンド・チャンドラーに関しての

アレコレはとても興味深い一文ですから一読をお勧めします

ある意味では彼のお説のとおりだった。テリー・レノックスは私にたっぷりと迷惑をかけてくれた。しかし、

考えてみれば面倒を引き受けるのが私の飯のたねではないか。

「最後に彼に会ったのはいつで、場所はどこだ」私はエンドテーブルの上のパイプを手に取り、煙草を詰めた。

グリーンは身を乗り出してじっと私を見ていた。背の高い若者はずっと後ろの方に腰掛け、赤い縁のついたメモ帳にボールペンを向けていた。

「そこで私が『いったい何があったんだ?』と尋ね、君たちは『質問するのは我々だ』と言うんだろうね」

「分かってもらえると話が早い」

「彼が警察を動かしている訳じゃないぜ」とグリーンが言った。

「本人もそう言っていたよ。市警本部長や地方検事を買収してもいないそうだ。きっと彼が居眠りしている時に、相手の方から膝に上がり込むんだろうな」

「ほざいてろ」とグリーンは言って、私の耳の中でがちゃんと電話を切った。

何をするでもなく、ただ静かに待っていた。バニー・オールズから電話がかかって来たのは九時だった。

すぐこちらに来てくれと彼は言った。途中で寄り道して花を摘んだりするなよ、と念を押された。

「私はロマンティックなんだよ、バーニー。夜中に誰かが泣く声が聞こえると、いったい何だろうと足を運んでみる。そんなことをしたって一文にもならない。

常識を備えた人間なら、窓を閉めてテレビの音量をあげる。あるいはアクセルを踏み込んで、さっさとどこか遠くに行ってしまう。

他人のトラブルには関わり合わないようにつとめる。関わりなんか持ったら、つまらないとばっちりを食うだけだからね。

最後にテリー・レノックスにあったとき、我々は私が作ったコーヒーをうちで一緒に飲み、煙草を吸った。そして彼が死んだことを知ったとき、

私はキッチンに行ってコーヒーを作り、彼のためにカップに注いでやった。そして彼のために煙草を一本つけてやった。コーヒーが冷めて、

煙草が燃え尽きたとき、私は彼におやすみを言った。そんなことをやっても一文にもならない。君ならそんなことはしないだろう。

だから君は優秀な警官であり、私はしがない私立探偵なんだ。

「名前を言えよ。どこの誰だ?」

「マーロウというものだ」

「どのマーロウだ?」

「君はチック・アゴスティーノか?」

「いや、チックじゃない。合言葉を言ってみろ」

「顔を火で焙ってきやがれ」

相手はくすくす笑った。「このまま待ってろ」

フランス人はこのような場にふさわしいひと言を持っている。フランス人というのはいかなる時も場にふさわしいひと言を持っており、

どれもがうまくつぼにはまる。

さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。



                           


                                



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「ジェリーフィッシュは凍らない」市川優人のミステリ

2018-06-15 09:16:39 | ミステリ小説

     

売り文句が、新時代の「そして誰もいなくなった」登場!と、あります。

「そして誰もいなくなった」とはもちろんあのクリスティの名作です。

第26回鮎川哲也賞受賞作ですが、そこにこの謳い文句があれば読まざるを得ません。

メインキャストの女刑事と相棒の男性刑事のコンビは、新鮮さはありませんが掛け合い漫才のようなセリフ回しはまぁ良しとしましょう。

トリックも途中で見破られるというレベルの低さはではありません。

それどころか良く書かれているなぁと感じ入ります。

並みの新人ではないと思う筆力も感じます。

その筆力がしっかりと見れるのは二作目の「ブルーローズは眠らない」です。

                               

この二作目が出たということで一発屋でないことが証明されました。

個人的にはこの二作目の「ブルーローズは眠らない」の方が出来としては上だと思います。読ませ方もそうとは読者に気づかせないように

工夫を凝らしてありそのおかげで謎の部分がさらに深くなっているという具合です。

「ジェリーフィッシュは凍らない」はいわゆるクローズドサークルもので「ブルーローズは眠らない」は密室ものです。

物語の深さ、面白さではやはり二作目ですね。

次に何を出してくるかちょっと楽しみではあります。

              

「熊と踊れ」アンデシュ・ルースルンド

2018-06-14 09:19:58 | ミステリ小説

          

北欧ミステリです。
スティーグ・ラーソン原作の「ドラゴン・タトゥーの女」以降、北欧ミステリがもてはやされている印象ですね。

まあ、面白ければどこの国のミステリでも良いのですが、ただ国が違えば文化風習が変わるので警察の捜査方法なども

日本のやり方とは大分違っていて面白いとな~と感じたり、そんな悠長な捜査の仕方で良いの?というようなことが多々あります。

この辺は海外ミステリならではのギャップというか一つのお約束というところでしょうか。

この作家は先に「三秒間の死角」という本が出ています。



「熊と踊れ」は厳格な父親に育てられた男の三兄弟がその影響により犯罪に手を染め警察と必死の攻防を繰り広げる様子が描かれています。

厳格な父といっても下層階級の暮らしをする家庭の中で、男としての意地を失くさず例え相手が強くとも逃げずに向かっていけと闘い方などを

息子たちに教える父親です。  しっかりと働いて家族を養い家庭を大事にする父親であれば、父としての言葉にも説得力があるでしょう。

しかし、酒を飲み仕事が無いことは世の中のせいにして母親を虐げる父親を見る子供の眼は怒りと畏れがない混じっています。

銀行の現金輸送車を襲い、初めての仕事としては運よく成功した彼らは歯止めが効かなくなります。

警察も派手な犯罪には世間の目が集まりますから解決には全力を尽くします。

逃げるものと追うものの構図の中で描かれる男たちの物語。

ドキュメンタリーのようなテイストで描かれた犯罪に手を染める家族の物語です。

「三秒間の死角」は潜入捜査官が麻薬組織の撲滅を任務にある組織に入り込んでいます。

長い時間をかけ組織の上層部まで入り込んだ男。 当然そのような彼の経歴は消されています。警察署内でもこのことを知っているのは

潜入捜査官として彼をスカウトした直の上司と他には数名だけです。 そんななか組織はさらに利益を上げるために刑務所をマーケットにすることに

目を付けます。安定した客がいて売る時に金が無く支払えないような相手でもそれを貸しとして組織の言いなりになる人間を増やすのは

組織にとってマイナスではありません。でっち上げた罪で彼は刑務所に入りました。 しかし以前取引の現場でトラブルにより一人の男が殺されました。

殺された男も実は潜入捜査官でしたがお互いそんなことは知らずにいたことです。 警察は捜査の過程で殺された男が潜入捜査官だったと気付きます。

そして犯人を追ううちに刑務所に入った彼に行き当たります。彼は中で対立する組織を潰し自分の組織の商売を始めようとします。

一方事件の捜査に当たっている警部が刑務所内にいる彼に接近しようとしていることに危機感を抱いた上層部は彼を切り捨てる決断をします。

潜入捜査官としての身分がバレた彼は刑務所内の組織の連中からも命を狙われます。

さて彼の運命は・・・・・・。といったお話ですが、けっこうスリリングな展開が続き飽くことなく最後まで読ませます。


ざっと荒筋だけ見るとハリウッド映画的なストーリーで、軽いノリで読み進むような感じにとれます。

でもけっこう細部にわたって説得力ある文章で書かれているので物語に引っ張られていきます。

途中で本を閉じて読むのを止めてしまうというようなことはありません。

本のタイトルもこの物語のキメの部分で、少し危ういところはありますが全体を見れば良い出来なので気にはならないでしょう。