Mのミステリー研究所

古今東西の面白いミステリーを紹介します。
まだ読んでいないアナタにとっておきの一冊をご紹介。

『チャイルド44』トム・ロブ・スミスのミステリ

2015-06-21 11:44:19 | ミステリ小説
                                 

来月7月3日公開予定のミステリ映画『森に消えた子供たち』の原作本です。
スターリン体制化のソ連が舞台で主人公のレオは国家保安省の捜査官です。
みんな平等なのだからこの社会に犯罪は存在しない。これがこの国の基盤であって主人公のレオは国家に忠実に仕事をしてきました。信用しろ、しかし、確かめろ、これが上層部の人間が一般市民を見る目です。

当然このような状況下では隣人同士で相互監視が起きます。密告により反体制派として逮捕され強制収容所送りや処刑される者は跡を絶ちません。レオたち捜査官が一般市民の住むアパートとは比べ物にならない
ほどの部屋に住めるのも与えられた任務に忠実に励むからです。

しかし、ある出来事からレオの人生は一転します。 ソ連に実在した大量殺人犯を追うレオの物語ですが、壮絶な展開が次から次へと続くストーリーで、文庫本で
上・下に分かれている長編ですが一気読みをするほどの面白さでした。

いい加減な調べで適当な人物を犯人として捕らえ処理する捜査機関。共産国家には犯罪は無いとする建前上それが当たり前のやり方です。単独の事件として処理されている子供ばかりが殺される事件。
レオは連続殺人と確信を抱きます。しかし、そのようにして大っぴらに捜査は出来ません。そのように発言することさえ危険です。

そんな時同僚の捜査官ワシーリの異状なまでのライバル心から謀略に嵌まり、保安省の捜査官から地方警察の警官に地位を剥奪されます。そして国家に反する要注意人物にされます。
こういった経緯からレオはこれまでの自分を捨て、何故か気になる子供を殺し続ける犯人を追います。密かに調べるとこれまで広範囲に渡り四十人以上の子供が殺されていました。

散りばめられた伏線とピッタリ合うラストの意外性など確かな筆致で描かれたスリルとサスペンスに富んだ物語です。


ジェットコースター・ムービーのように波乱に満ちた展開がレオと妻のライーサに降りかかります。 これはレオとライーサの夫婦の物語でもあり、
宿敵ワシーリーとの物語でもあります。  そして主人公レオの絶対の敵となるのが国であり機関です。ワシーリたち中央の 監視の目をくぐって子供を殺し続ける犯人を追う

レオ。 存在しない事件を追うレオに想像を絶する事態が、最悪の状況が続きます。 映画のほうは分かりませんがこの本はとても良く出来た面白さでした。


『ありふれた祈り』ウィリアム・K・クルーガーのミステリ

2015-06-14 08:09:54 | ミステリ小説
                                  

トマス・H・クックの「緋色の記憶」に似た物語です。
いや、似ているのは語り手が四十年前のひと夏の出来事を回想する、その設定だけでしょう。

ミステリというよりもひとつの家族の物語といっても良いでしょう。13歳の少年フランクがミネソタ州の小さな田舎町で暮らしていた
あの年の夏、三人の人の死に遭遇しこれまで知らなかった大人の世界を垣間見ることになる、そのような物語をきめ細やかな筆致で描いています。

父と母のちょっとした感情のすれ違い。吃音のせいで友達のいない弟。芸術家肌の母に似た姉。
小さな町の人々の暮らしとその土地の風土や当事の社会情勢などが丹念に書かれており読み手の心に沁み込んで来ます。

映画「スタンドバイ・ミー」のように大切なひと夏の様子と出来事が描かれた物語は、明らかになる真実も切なく家族の葛藤がより鮮明になる
事件のようになっています。 過ぎ去ったひと夏、その時間と共にまた去っていった人たちのその後を語るエピローグがとても良い余韻を

もたらし、この物語を締めくくる最後の一文は親子の絆を表わすとても深い言葉です。


                                    

                          

『鳩の撃退法』佐藤正午のミステリ

2015-06-07 07:37:47 | ミステリ小説
                                 

映画「パルプ・フィクション」のように時系列をシャッフルした書き方と、作中
主人公(過去に直木賞を取った作家という男)が書き綴った小説風の文章が交互に読むものに示されるという構成になっています。

あった事実とあり得たであろう事実(主人公が書く虚構)が交差して、登場する人物も一見何の関係もなく脈絡の無さそうな話も読み進むうちに
バラバラのピースがピタッと嵌まるようにして一枚の絵が完成する、そのような手法で書かれた物語です。

単行本で上・下巻に分かれているボリュームですが途中退屈することなく読み進めます。忽然と消えた一家三人、偶然手にした偽札、デリヘル嬢の
送り迎えのドライバーをする元作家のだらしない男。彼が見聞きした出来事がバラバラの話しのような出来事が一本の線に繋がっていく訳ですが

主人公の男のだらしなさや会話の部分の面白さ、そして取り巻く彼の日常の世界の人々。しっかりと読み手の胸のうちに届くのは
なんといっても作者の筆の確かさです。長編にも係わらず中だるみも無く最後まで飽きることなく読み進むのは作者の文章の上手さにあります。

ピーターパンの本とサマセット・モームの劇場と漱石の虚美人草やらが出てくるが結局は漱石の「運命は丸い池を作る。池を巡るものはどこかで落ち合わねばならぬ」が
この本のすべてを表わしていることになっています。

消えた家族、干上がった池から現れた二人の死体、三千万を越える現金と偽札、シニカルで笑いも含んだ出来事がひとつの終息に向かう様を
主人公の行動と執筆した文章、記憶と回想で綴られた物語です。