Mのミステリー研究所

古今東西の面白いミステリーを紹介します。
まだ読んでいないアナタにとっておきの一冊をご紹介。

『満願』米澤穂信のミステリ

2016-03-27 10:18:13 | ミステリ小説
                       
   
                                         

今もっとも勢いのある作家さんでしょう。二年連続でこのミステリがすごいの年度ベストワンに選出されるなど乗っている作家と云えます。

デビュー作から読んでいますが「犬はどこだ」とか「愚者のエンドロール」といった好みの作品が多く、着想の妙や切り口の新鮮さがそのまま面白いミステリになっているところなど好きな作家のひとりです。

この本は長編ではなく短編集になっていますが、どれも面白い話が選ばれて載せられています。

六つの短編が収められていますが、それぞれ味も色彩も違った内容の話しで楽しませてくれます。熟成された文章と切れ味鋭い感性で描かれた物語世界はどれも満足のいく内容でした。

いってみればリラックスした気分で美味しい料理を味わい、充実した満足感で満たされる六つのメニューがあるお店という感じです。

新米巡査の隠された真意が明るみに出る「夜警」。いかにもありそうで妙な現実感に囚われる「死人宿」の遺書の落とし物にまつわる話。

ひとりの女と男の物語で意味深な展開から意外な決着を見せる「柘榴」。商社で仕事に没頭し海外でのプロジェクトを立ち上げる段階の現地でのトラブルに振り回されて殺人まで犯す「万灯」の主人公の末路。

良くある都市伝説に乗っかった安っぽいホラー話しと思わせておいて一転してミステリ手法によってオチに至る結末の意外さが上手く描かれた「関守」。

苦学生だった主人公が下宿していた家の婦人が犯した殺人。弁護士となって裁判に当たるが主人の病死に突然控訴を取りやめて刑に服した夫人。出所の電話を受けて回想する彼がフト思い至った真実を描いた表題作の「満願」。

それぞれがみせるのは人の心の複雑さと深いところに隠された思いといったところでしょう。普遍的といってよいテーマですが作家によって見せる切り口があります。

これはこれで面白い話として読むことができました。

しかし、他の本を凌駕してこの短編集が年度ベストワンというのも正直に言えば物足りません。逆に言えば他の作家さんにはもっとしっかりしていただきたいと思います。

米澤穂信の勢いにストップをかけるのは誰なのか、そちらの方に興味があるのも事実です。


                                    
                                    

『プラスティック』井上夢人のミステリ

2016-03-20 14:39:36 | ミステリ小説
                                   
                                      

この本を読む前にマーガレット・ミラーの「狙った獣」を読みました。「狙った獣」は1956年のエドガー賞を受賞した作品です。

1956年にこんな内容のサスペンスを書いていたことに驚きますが井上夢人のこの本も同じネタを使ったものでした。偶然とはいえ同じネタの本を続けて読んだことになります。


                                   
 

内容的に気をつけないと直ぐにネタバレになる可能性が高いのですが、サラリと内容を紹介します。ある女性が夫の出張中にこれまで利用したことのない町の図書館を訪れますと、昨日に利用登録を

済ませ貸し出しを受けていますと告げられます。名前も住所も全く同じで女性は心当たりもなくどういうことなのか混乱します。こういったプロローグからストーリーが始まりますが、いきなりの謎で

読みやすい文章もあって物語にのめり込んでいきます。住んでいるマンションの自分の部屋で顔を切り刻まれた女性の死体が見つかり、気付けば向かいの部屋で目覚めた女性。殺された女性はいったい

誰なのか、夫はどこに消えたのか。 各人の名前で出来事をファイルに記した文章を読者は読んでいくことになります。このへんの構成は見事ですが云わばこの部分がこのストーリーの肝ですから

工夫を凝らすのは当たり前という所でしょう。 このネタ事態は一時期流行ったもので、海外では有名な本や映画などもあります。

でもこの本は井上夢人らしい味のミステリに仕上がっていると思います。 マーガレット・ミラーも1956年には書いていたというその着想のすばらしさ。

ちょっと調べてみれば当時の日本では鮎川哲也の「黒いトランク」や「りら荘事件」が出ています。でもこういった着目のものはありませんから、マーガレット・ミラーのセンスの良さといったものが

感じ取れます。 ここで小さなトリビアを、このマーガレット・ミラーの旦那さんは「さむけ」などで有名なハードボイルド作家のロス・マクドナルドです。

え、知っていました?それは残念でした。