NPO法人 専攻科 滋賀の会

盲・聾・養護学校高等部への専攻科設置拡大、そして広く特別な教育的ニーズを有する青年たちの教育機会の保障をめざす滋賀の会

記念講演 ~ゆたかカレッジの挑戦と展望~ を振り返って

2023年08月04日 20時05分10秒 | 会からのお知らせ

写真:滋賀県内の名峰、湖南アルプスから見た近江盆地と三上山

先日当会記念講演で、ゆたかカレッジの長谷川先生に大変貴重な講話をいただきました。当会の森本が今回の講演の企画から実施に至るまでの経緯と、当会副理事長としての今後の展望の他、友人としての長谷川先生、ならびに、ご家族の方々への想い等を纏めていただきました。是非、ご参照ください。

1.はじめに            

昨年秋に行われた専攻科滋賀の会の事務局会議で、「来年度総会の記念講演でゆたかカレッジグループの代表取締役社長である長谷川氏に来てもらってはどうか」という提案をした。NPO法人専攻科滋賀の会が発足して15回目の節目の総会であり、また発足当初の法人役員の一部交代もあり、法人が目指すべき目標と現在の到達点を確認するとともに、新たな運動の展開への起爆剤として、氏の力を借りたいとの思惑もあっての提案であった。事務局会議では「長谷川氏なら」と全員の賛同を得て、11月下旬に私が研修会へ出席するため東京に出張した際、直接出会って依頼をしたところ快く引き受けていただくことができた。しかし、その際今後の事業展開について尋ねたところ、「昨年度予想外に多くの退職者を出してしまったが、そのことで自分自身の経営方針が当初の理念からズレてきていることを痛感した。しばらくは新たな事業展開を控え、社員が働きやすく働き甲斐を感じる職場づくりに専念したい。」と話し、氏は大学の経営者セミナーにも参加しているとのことであった。

 専攻科滋賀の会がNPO法人として発足して15年、その数年前より毎年県内特別支援学校保護者、教職員、きょうされん加盟の作業所職員に対し、高等部卒業後の学びの場の必要性についてアンケートを行い、その結果を踏まえてさまざまな活動を行ってきた。しかし、当時中心的役割を担ってきた役員たちは、理事長と特別支援学校保護者であった理事を除けば私も含め全員が現役の教員や公務員であり、退職後の仕事では自らが福祉事業を運営する立場となったため多忙となり、また高齢化に伴って二足三足のわらじを履くのが厳しくなってきたのである。当法人では、専攻科発足をめざし、自立訓練事業と放課後等デイサービス、相談支援事業の三本柱で事業計画をたて進めてきた。しかし、場所や送迎車、人(利用者、専任職員)の確保の問題があり、当面は役員が個人的に購入した民家を借用し、日中一時支援事業と相談支援事業のみを行うことになった。(2020年度)ところが、コロナ感染拡大の影響もあり、自立訓練事業と放課後等デイサービスを展開する見通しが持てなくなった。現在は日中一時支援事業と相談支援事業を行っており、利用者の増加や新たな講師・法人役員の確保もすすんできてはいるが、やはり専任職員の雇用や次の事業展開は正直厳しい状況にある。

 一方県内では、この間障害者自立訓練事業所を立ち上げたところや、今後立ち上げようとする動きもある中で、それらの事業所と専攻科滋賀の会との連携を深めるとともに会の理念を広め、新たな活動の広がりへとつなげていきたいとの思いもあり、関東を中心に数多くの福祉事業所を運営している長谷川氏の講演会をそのきっかけにしたいと考えた。当日の参加者は当初の50名という目標に対し、会場参加41名オンライン参加5名計46名であり、会場もほぼ満席に近い状況であった。講演者である氏は開催の三日前に突然身内に不幸があり、会よりオンラインでの講演を打診したが、「是非とも直接皆さんと話がしたい」との強い意思表示があり、何とか開催することができた。講演は氏の情熱と行動力のすばらしさにあふれた内容であり、参加者からも「とても分かりやすかった」「元気をもらった」「私たちが目指すべき社会の姿が理解できた」との感想が寄せられた。しかし、参加者の顔ぶれをみるとサンデー専攻科の利用者や講師とその家族、これまで会と交流や協力関係にあった団体の関係者がほとんどであり、特別支援学校や行政関係者、県内の他の障害者自立訓練事業を行っている事業所関係者の参加はなく、運動の広がりと連携という当初の目的から考えれば決して成功とばかりは言えない。

2.ゆたかカレッジの取り組み

長谷川氏はもともと北九州市で無認可の共同作業所運営からスタートし、やがて日本で初めて小舎制を取り入れた重度障害者の入所施設や様々な障害に対応した作業所、グループホームを数多く運営する社会福祉法人「鞍手ゆたか福祉会」の理事長であった。法人名からもわかるように彼は名古屋の大学で学び、学生時代に出会った「ゆたか福祉会」の活動に共感し、それを自分の生まれ育った地元の北九州市で実践していた。その頃の彼の関心事は行動障害のある自閉症の人たちへの対応であり、最先端の理論と実践を学ぶために海外にも行き、自らが運営する施設で当時としては先進的な取り組みを行っていたが、その頃の実践はドキュメンタリー映画「明日天気になる?」として紹介もされた。そんな氏が大学院での同期である私をきっかけに専攻科のことを知ったことで、重度障害があり学校が大好きだった娘の明日奈さんに、高等部卒業後ももっと学べる場を作ってあげたいとの強い思いで、法人の新規事業として設立したのが「カレッジ福岡」である。その頃の彼は「将来的には学校法人を設立し、知的障害者が高等教育を学ぶことのできる学校をつくりたい。」と言っていた。その後、北九州と長崎にもカレッジを設立し、この国の未来を変えるためにはやはり東京に進出しなければとの思いで、社会福祉法人から独立し株式会社「ゆたかカレッジ」グルーブとして東京や神奈川に次々とキャンパスを設立していったのである。

 高等部卒業後すぐに一般就労した知的障害者の職場定着率が3年後で50%、5年後で30%と低い実態がある一方、まじめな彼らは『何とかがんばろう』と精一杯努力をするが、やがて出勤することができなくなってしまい、『もう二度とこんな思いをしたくない』と一般就労を諦めてしまうケースが多いという。しかし、就労に必要なスキルだけでなく社会人として必要なスキルを身につけたカレッジ卒業生の就労先は、一般就労と最低賃金が支払われるA型事業所を合わせると7割にもなり、職場定着率も90%を超えているそうだ。カレッジ在学中にたくさん失敗を経験し、そこから多くのことを学び、失敗しても乗り越えられる「生きる力」を身つけていく青年たちを間近に、やはり彼らにこそモラトリアム(大人への移行期間)が必要だという長谷川氏の言葉は確信に満ちていた。今後労働者人口が減少する中、ヨーロッパ諸国と比べると随分と低い現在の障害者雇用率は確実に高くなることが予想されるため、企業は働くことのできる障害者を雇用したいと考える。したがって、これまで障害者雇用の中心だった身体障害者から知的障害者や精神障害者に拡大していくことは確実であり、そこには大きなチャンスが広がっており、実際カレッジの卒業生たちはいくつもの企業から内定をもらっているとのことである。

 文部科学省もようやく知的障害者の学校卒業後の学びに注目しはじめ、「学校卒業後の障害者の学びの支援に関する実践的研究事業」を全国で21か所に委託している。事業を受託したゆたかカレッジ横浜キャンパスでは、地元の相模女子大学と連携共同した取り組みをすすめているが、それぞれのキャンパスでも地元の大学との連携に取り組んでいる。障害者との学びは大学生にとっても良い影響となっており、交流に参加した大学生たちが新たな価値観に目覚めた感想文がいくつか紹介された。私自身も県内の大学で教員を目指す学生たちを対象に授業を担当しており、小学校入学以来ずっと人との比較の中で序列化される経験を通して身についた価値観をどう切り崩していくか毎年苦慮している。しかし、障害のある人たちと実際に交流することで、多くの学生がこれまで当たり前と思っていた価値観とは異なる価値観があることに気づくのである。特に日本の学校教育では分離教育が行われており、障害のある人のことをほとんど知らずに社会に出る若者も多い。そんな彼らが誤った価値観を身につけたまま、社会の中心的役割を担うことのリスクの大きさに、もっと多くの人たちが早く気づくべきだろう。

3.ゆたかカレッジの目指す社会

長谷川氏の講演では、ゆたかカレッジでの学びを通して社会人として必要なスキルを身につけ、社会の担い手として活躍する多くの青年たちの姿が語られたが、それは決して「障害者も納税者に」という政府がすすめる政策に迎合したものではない。高度経済成長期に政府が障害者も納税者にするために障害者施策を拡充したが、糸賀一雄はすでに実践を通して「どんなに重い障害があっても発達する可能性は無限である」という発達保障思想を確立しており、政府の政策は「一歩間違えると生産性のない重度障害者に税金を使うのは、税金をどぶに捨てるようなもの」という考え方に繋がりかねないと警鐘を鳴らした。ゆたかカレッジでは、就労はあくまでも自己実現の手段の一つであり、それを目的としていない。そのためカレッジでは、A型事業所や一般就労の困難な重度障害者が、高等部卒業後に学ぶ場も保障している。つまり、カレッジが目指すのは対象を限定した職業教育ではなく、障害のある人をも含めたすべての人を対象にした高等教育である。

 これは「障害者権利条約」第24条第5項「締約国は、障害者が差別なしに、かつ、他の者との平等を基礎として、一般的な高等教育、職業訓練、成人教育及び生涯学習を享受することができることを確保する。」という内容と一致するものである。いうまでもなく国際条約は国と国との約束であり、日本の最高法規である「日本国憲法」とその他の一般法との間に位置する重要なものである。したがって、日本国憲法以外の一般法は、憲法や日本が批准した条約に沿ったものでなくてはならない。しかし、我が国の学校教育で行われている分離教育や過度な競争主義教育は、「障害者権利条約」が目指すインクルーシブな共生社会とは相いれず、国連から改善するように指摘を受けている。また、2015年9月の国連サミットで採択されたSDGsは、2030年までに達成するために掲げられた具体的目標であり、その中の169のターゲットの中には「2030年までに、全ての人々が男女の区別なく、手の届く質の高い技術教育・職業教育及び大学を含む高等教育への平等なアクセスを得られるようにする。」ということが書かれている。

 先にも述べたように、文部科学省は最近になってようやく学校卒業後の障害者の学びの支援について取り組み始めたが、それは今のところ学校教育以外での学びが中心であり、全国のほとんどの特別支援学校では相変わらず卒業と同時に就労を目指すという方向性に変わりはない。そのことによって、本来は一人ひとりの発達を保障し人格形成を目指すべき教育の役割が、大きくゆがめられていることにどれ程の教育関係者が気づいているのだろうか。東京へ進出した当初は長谷川氏たちもかなり苦労したようで、特別支援学校の進路担当者に卒業後の学びの必要性について訴えても、なかなか理解してもらえなかったそうである。しかし、最初に氏の話に真剣に耳を傾けたのは、やはり障害児の保護者であった。そして、2014年関東で最初にできた「早稲田キャンパス」は少人数でのスタートであったが、その中で確実に成長する障害青年の姿に直接触れる中で、カレッジのスタッフたちは自分たちの目指すものが正しいことに確信をもつようになり、次第に熱心な保護者たちの間で話題となり、各地でカレッジの誘致活動が広がっていった。そして、最近になってようやく特別支援学校でも、ゆたかカレッジのことが認知され始めたのである。

4.おわりに

現在九州にある三つのキャンパスは、発足当時と同様に社会福祉法人が運営を行い、長谷川氏が社長を務める株式会社「ゆたかカレッジ」は関東を中心に9か所のキャンパスを運営し、合計407名の学生が学んでいる。福祉業界では業種を問わずほとんどのところが人材難で苦しんでいる中、「ゆたかカレッジ」には全国から教員免許や福祉関係の国家資格を持つ優秀な人材が集まってくる。そして彼らの多くは、今の学校教育や福祉事業に不満や物足りなさを感じ、自分の理想を求めてカレッジにやって来るそうである。氏は、これまで私が交流してきた福祉関係者とは全く異なり、その行動力や経営能力、先見性は卓越している。マスコミにもよく取り上げられ、国会の障害者議員連盟でレクチャーを行い、政府の政策立案にかかわる本省の幹部職員や大学教授とのつながりも強い。それでいてそのことを偉ぶるところが全くなく、自分の信念に基づいて、真剣にこの国を格差社会から誰もが生きやすいインクルーシブな共生社会へと修正することに邁進している。私は氏の友人であることに、この上ない喜びと誇りを感じている。権力を目の前にし、それをかさに女性に卑劣なセクハラ行為を繰り返し、現在訴訟を起こされている県内で多くの福祉施設を運営する某社会福祉法人の元理事長とは大違いである。

「ゆたかカレッジ」が現在行っている事業は、障害者総合支援法の自立訓練事業と就労移行事業、そして重度障害者のための生活介護事業である。しかし、氏が目指すのはあくまでも知的障害者の高等教育であって、それは学校教育の制度の中で実現すべきと考えている。なぜなら、カレッジを利用している障害青年たちは、比較的恵まれた家庭環境の人たちが多く、保護者がわが子のためにより良い教育環境を求める中で、カレッジにたどり着いたのである。私はこれまで長年障害児入所施設に勤めてきたが、どんなに劣悪な家庭環境の子であっても、またどんなに重い障害や行動障害があっても、彼らのほとんどが義務教育終了後は特別支援学校高等部に進学する。つまり氏が目指すのは、どんな環境であってもどんな障害があっても利用することができる高等教育である。長谷川夫妻は重度障害のあるわが子のために専攻科を始め、娘さんを何度か専攻科に連れて行って入学をすすめたそうだが、彼女は現在のグループホームから生活介護事業所に通うことを楽しみにしており、興味を示さなかったそうである。しかし、夫妻が目指すだれもが高等教育にアクセスすることのできるインクルーシブな社会は、娘さんにとっても今よりずっと生きやすい社会であることは間違いない。

 長谷川氏の講演から私たちは多くのことを学び、勇気と希望をいただいた。しかし滋賀県の現状を見ると、障害者自立訓練事業や就労移行事業を実施している事業所の多くは一般就労させることを第一義的な目的としており、一部の軽度障害者のみを対象としている。そのため、重度障害のある青年やその保護者は、最初から卒業後の進路先としての選択肢にはなく、教職員も同様の認識である。また、特別支援学校高等部では就労に必要なスキルを身につけるための授業が中心であり、残念ながらその内容は糸賀がここ滋賀の地で確立した「発達保障」思想とは随分とかけ離れてきている。私たち専攻科滋賀の会の活動がそのような人たちにどのような希望と展望を示すことができるのか、ますますその真価が問われている。  森本 創


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