NPO法人 専攻科 滋賀の会

盲・聾・養護学校高等部への専攻科設置拡大、そして広く特別な教育的ニーズを有する青年たちの教育機会の保障をめざす滋賀の会

皆さまへのお願い

2017年11月25日 21時29分05秒 | 会員募集のお知らせ

 当会は皆さまの支援金で運営しており、来年の7月で10周年を迎えます。ここまで来れたのは、一重に皆さまの温かいご支援のおかげであることを常にこころがけながら、日々の活動に勤しんでおります。

支援金を頂いております会員登録数が300名を超える皆さまがいらっしゃいます。しかし、この一方でしかしながら、年間更新率が大凡半分以下となっております。。

 ここで、皆様へのお願いとなりますが、叶うことであれば、当会にご協力を継続頂ければと思い、メッセージとして掲載した次第です。

今後とも宜しくお願い申し上げます。 

当会理事一同

当会の主な運営事業である、障がい児・者の学びの場創り(啓蒙活動)である

「サンデー専攻科」のこれまでの一例と活動概要を御参考までお知らせ致します


 

「専攻科滋賀の会」(年間会費1,000円)入会・継続処理のご協力をお願いします

  障がい児・者の専攻科づくり全国運動は日増しに広まりつつあります。

私たち「専攻科滋賀の会」は滋賀県内の全ての養護学校の保護者・教師・作業所職員にアンケート調査をしたところ、実に74%以上の関係者の皆さまが養護学校(特別支援学校)高等部18才卒業後、更に2~4年間学べる「専攻科」の設立を強く願っておられる事が判明しました。

 この県民ニーズをしっかりと受けとめ、福祉作業所、養護学校(特別支援学校)高等部、ならびに学校法人内に学びの場を増やしていくため、2009年7月「専攻科滋賀の会」を立ち上げ学びの場創りや各種啓蒙活動を続けながら、2011年12月にはNPO法人化しました。運動は年々充実しているものの、財政面は改善しない状況が続いております。

 どうかこの願いを実現させるため、後期中等教育の延長という課題解決を一人でも多くの皆様のご理解、ご協力をお願いします。ご賛同の方は、「専攻科滋賀の会」会員としてご入会を。。また、既に会員の方は年間会費の継続処理継続処理とは、毎年のご入金でございます:期末は毎年6月末切替)のご協力を賜りますよう改めてお願い申し上げます。

・郵便振替払込料金 1口 1,000円(以上)➤ 郵便口座記号 00970 6 178996

・お問合せ:メールアドレス senkouka.shiga@gmail.com

     :郵便 〒529-1433 滋賀県東近江市五個荘木流町372‐1 立岡 晄 宛て

       :電話    090‐1075‐0962  (同)

     :FAX:0748−46−5529 「専攻科滋賀の会」事務局 宛て


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七転び八起きの「自分づくり」 ~知的障害青年期教育と高等部専攻科の挑戦~ 

2017年11月23日 08時50分18秒 | 会員募集のお知らせ

今回は書籍のご案内になります。

当会が所属する全専研(全国専攻科(特別ニーズ教育)研究会)の仲間、「鳥取大学附属特別支援学校高等部専攻科」の書籍七転び八起きの「自分づくり」 ~知的障害青年期教育と高等部専攻科の挑戦~》は、お読みになられたでしょうか?
第3部の第2章で、全専研の國本真吾副会長(鳥取短期大学准教授)が、専攻科設置を中心とした教育年限延長の要求運動について執筆しています。是非、各地での運動の学習素材に活用していただきたく思います。

2006年4月鳥取大学附属特別支援学校に、全国で先駆けとなる国公立知的障害特別支援学校内に高等部専攻科が設置されてから11年経過しました。
現在の専攻科での取り組みや、修了生とその保護者への調査をまとめることで、特別支援学校高等部卒業から社会へ出るまでの「専攻科での2年間の学びの延長のいか
に大切なのか」が感じられる実践参考書となっています。


ご興味のある方は、専攻科滋賀の会メールアドレス:senkouka.shiga@gmail.com まで一報頂ければお取次ぎ致します。

また、ご購入の方は下記からもお取り寄せが可能です。是非、ご高覧ください!

ご購入の方はこちらから▼

(AMAZONでは取り扱い一時中止)

専攻科滋賀の会ブログに戻る場合はブラウザの戻るボタンから

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12/9-10全国専攻科(特別ニーズ教育)研究会開催のお知らせ

2017年11月23日 08時24分38秒 | 会員募集のお知らせ

全国専攻科(特別ニーズ教育)研究会では、毎年研究集会を開催しています。14回目となった2017年は12月9日(土)・10日(日)に愛知県立大学長久手キャンパスで開催します。

☆詳しくはこちらから:全専研ページへ☆彡

※専攻科滋賀の会ブログに戻る場合は、ブラウザの戻るボタンを押してください。

当会でもメンバーが多数参加する予定です。ご興味のある方、または我々と一緒に参加してみたい方は専攻科滋賀の会メールアドレス: senkouka.shiga@gmail.com  までお知らせください。

(既に申込締切は過ぎておりますが、当会にて最大限調整させて頂きます)


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寄稿:「松ちゃん」の思い出

2017年11月18日 12時14分51秒 | 会員募集のお知らせ

滋賀県長浜市の社会福祉法人ひかり福祉会後援会役員の千田さんより寄稿文を頂戴しましたので、ここにご紹介させていただきます。

戦後間もない頃ですので、1979年(昭和54年)に養護学校が義務教育になるはるか前の時代です。

千田さんの幼少期(小学生低学年)ご経験談になり、当時障がい者本人および保護者の意思に関わらず、多くの障害児の保護者に対して「就学猶予や就学免除」の適用がされており、教育を授かる事が不可能な時代であり、障がいを持つ児童・生とは学校での健診等も受診できず健康状態でも粗悪な環境におかれておりました。

なお、幼少期当時の千田さんの実体験寄稿をそのまま掲載し、あえて注釈を加えておりません。「障がい児(者)冷遇期」の体験談としては貴重なものとなりますので、その旨ご理解いただきながらご参照頂ければ幸いです

■御参考:障がい者の歴史➤東京大学市川研究室WEB (専攻科滋賀の会WEBに戻る時はブラウザの「戻る」ボタンを)

 

◆小学一年生頃の「松ちゃん」の鮮烈な思い出

 

~牛小屋につながれていた「松ちゃん」の事~

ひかり福祉会後援会役員

千田敏彦(75才)


  私は昭和17年生まれで、昭和24年に小学校に入学しています。疎開してきた関係で、小学校までのことはあまり記憶にありません。

私が見た昭和24年頃、近所の大人から聞いた「松ちゃん」と呼ばれる女性は私と同じ村の障害者で10代後半から20歳前後ではなかったかと思われます。

松ちゃんの長兄が戦死され、次兄が家を継がれました。

私達子どもは松っちゃんの家を知っていたのですが「あの家(うち)の奥の牛小屋へは絶対近づくな。」と村人から常にきびしく戒められていました。

その頃は子どもも多く、やんちゃばかりしていましたので、ある時誰かが「お化けが出るちゅうあの奥の牛小屋を覗こうや」と言うので、私もしぶしぶ怖い物見たさでついて行きました。

真っ暗で何も見えませんでしたが、じっと見つめているとだんだんとなかの様子が見えてきました。

真ん中に一本棒が立ってあり、じっとみると、誰かがくくられていました。更によく見ると真っ白な顔の女の人がくくられていました。その女の人はニタッと笑っていました。 

着物も破れ放題で、髪もぼうぼうでまるでお化けのようでした。誰かが「ギャー」と声を立てたので、みんな一斉に逃げました。

その声に気付かれた腰の曲がったお母さんが、コラーッといって棒で追いかけてきました。 

私達は夢中で逃げました。


 その人が松ちゃんと呼ばれる重度の心身障がい者であったことは、この方が亡くなった後に知りました。はっきりわかりませんが、松っちゃんは20歳前後で亡くなったと聞いています。

その頃は重度の障がい者を預かるところなどなかったのでしょう。その上、田舎では障がい者が生まれると、前世のたたりだと言って差別扱いされて、嫁も来ない状態で、ここでもお嫁さんが来るに当たっては、松ちゃんを牛小屋に隔離し、お母さんが面倒を見る以外にはなかったのでしょう。

 いつも田んぼの真ん中に竹とひもで吊されたボロボロの着物や腰巻きを見て、「ボロ屋、ボロ屋」とはやし立てる私達子どもを、棒で追いかける腰の曲がったお母さんの姿がいまだに眼に焼き付いて離れません。

 当時のお母さんの悲しみを思うと後悔しきれません。

                2017年10月(記)

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