かなり前になりますが、gooブログを始める前、私の店の旧サイトに今のブログのような記事を書いていました。
そんな中から、「旧ホームページでのつぶやき」というカテゴリでご紹介させていただくことにしました。
こんなことを書いていたんだと、自分で自分を面白がってます。(笑)
それでは第1回「遅いことは牛でもする」
************************************************
「遅いことは牛でもする」 昔よくこういうふうに親に怒られました。「さっさと物事を片付けなさい」という意味なんですが、アマノジャクの私はふと思ったのです。今の人はなかなか気分的にのんびりできることが少ない。そこで、時間に追われる毎日の中で、あえて遅くする(じっくり取り組む)ことって出来るだろうかと。
さっそく、自分で実験してみました。
1時間で出来る仕事を、あえて2~3時間かけてみる。案外難しいんですよね。なかなか辛抱できないですね。 さっさと済ませてしまいたいという欲求を抑えられなかったり、忙しいのに早くしてしまわなければという強迫観念がでてきたりして・・・
気をつけているつもりなのに、けっこう時間に毒されているんだなと自分で感心してしまいます。
忙しいのに、別に無理して時間をかけなくてもいいのかもしれませんが、こんな実験をして気になるのは時間をもてあましてしまうこと。もてあましてしまうということは、言い換えればいつも時間に追われているということの裏返しです。(ついつい時間に追われて流される毎日です・・・)
好きなことにはいくらでも時間をかけられる。でも、しなければならないとなれば、早く終わらせたいというのが人情ですよね。でも気持ちに余裕があると時間をかけられるんでしょうね。
気持ちにもゆとりがあるから、時間をかけて仕事をする。ミスにも気がついたり、もっといいアイデアが浮かぶってことにもつながるのでしょう。 仕事に限らず、いつもこんな心がけでいたいものです。
牛は食べたものを反芻(はんすう)して、なんどもこなしますよね。人間もよく反芻(はんすう)する余裕が必要だと思います。(自分への戒めです ^^;)
「遅いことは牛でもする」(さっさと物事を片付けなさい)のことわざは、「遅いことは牛じゃないとできない」とか「早いことはだれでもする」(もっと気持ちにゆとりを持って物事をよく反芻しなさい)に変えたほうが良いのかもしれませんね?!
あなたは遅いこと、できますか? 私は まだまだです・・・
2004.7.22
そんな中から、「旧ホームページでのつぶやき」というカテゴリでご紹介させていただくことにしました。
こんなことを書いていたんだと、自分で自分を面白がってます。(笑)
それでは第1回「遅いことは牛でもする」
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「遅いことは牛でもする」 昔よくこういうふうに親に怒られました。「さっさと物事を片付けなさい」という意味なんですが、アマノジャクの私はふと思ったのです。今の人はなかなか気分的にのんびりできることが少ない。そこで、時間に追われる毎日の中で、あえて遅くする(じっくり取り組む)ことって出来るだろうかと。
さっそく、自分で実験してみました。
1時間で出来る仕事を、あえて2~3時間かけてみる。案外難しいんですよね。なかなか辛抱できないですね。 さっさと済ませてしまいたいという欲求を抑えられなかったり、忙しいのに早くしてしまわなければという強迫観念がでてきたりして・・・
気をつけているつもりなのに、けっこう時間に毒されているんだなと自分で感心してしまいます。
忙しいのに、別に無理して時間をかけなくてもいいのかもしれませんが、こんな実験をして気になるのは時間をもてあましてしまうこと。もてあましてしまうということは、言い換えればいつも時間に追われているということの裏返しです。(ついつい時間に追われて流される毎日です・・・)
好きなことにはいくらでも時間をかけられる。でも、しなければならないとなれば、早く終わらせたいというのが人情ですよね。でも気持ちに余裕があると時間をかけられるんでしょうね。
気持ちにもゆとりがあるから、時間をかけて仕事をする。ミスにも気がついたり、もっといいアイデアが浮かぶってことにもつながるのでしょう。 仕事に限らず、いつもこんな心がけでいたいものです。
牛は食べたものを反芻(はんすう)して、なんどもこなしますよね。人間もよく反芻(はんすう)する余裕が必要だと思います。(自分への戒めです ^^;)
「遅いことは牛でもする」(さっさと物事を片付けなさい)のことわざは、「遅いことは牛じゃないとできない」とか「早いことはだれでもする」(もっと気持ちにゆとりを持って物事をよく反芻しなさい)に変えたほうが良いのかもしれませんね?!
あなたは遅いこと、できますか? 私は まだまだです・・・
2004.7.22
何でしょうね、この心理は。
私は丑年ということもあり、また動作がゆっくりしていたので、幼いころから「牛みたいな子供」と言われていました(笑)。
小学生の頃、教科書に高村光太郎の「牛」という詩が掲載されていて、牛の素晴らしさを謳っていたので、全文を写して机の前に貼っていたことがあります。
というより、気が付かないうちによりせわしくなっていたりしています。
便利になるにつれ、「待つ」ことへの抵抗が大きくなってきたように思います。やっぱり、時代に毒されているのかなあ・・・