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内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床についての論文のまとめ

メキシコにおける肥満対策

2023-10-02 21:29:06 | 肥満
メキシコにおける肥満の再評価 ー世界的な肥満蔓延の理解のために
Lancet Diabet Endocrinol 2023; 11: 5-6. https://doi.org/10.1016/S2213-8587(22)00348-5

バルケラとリベラが The Lancet Diabetes & Endocrinology で報告したように、メキシコは「急速な疫学的変遷」を遂げており、国勢調査によると、2000 年から 2018 年の間に肥満率(BMI ≧ 30 kg/m2)は人口変化で調整しても
42.2%増加している。

メキシコは消費者の食習慣を改善させることを目標にして、肥満の蔓延と闘ってきた。2014 年、メキシコ政府は肥満の抑制を期待して、砂糖入り飲料と高カロリー食品に物品税を導入した。さらに 5 年後には、栄養基準値を超える製品のカロリー、砂糖、トランス脂肪、ナトリウムの過剰をパッケージ前面に表示することを義務付けた。

2019 年のシミュレーションでは、メキシコの物品税が肥満 23,900件 と糖尿病 61,340 件を予防する可能性があると推定された。同様のモデリングによると、食品表示はメキシコの肥満率を 14.7%低下させ、関連コストを 18 億米ドル (2.7兆円) 削減する可能性があるとされている。

肥満とその合併症に取り組むメキシコの政策は、国際社会から大きな賞賛を集めている。2016 年、汎米保健機構のカリッサ・エティエンヌ事務局長は、メキシコが砂糖入り飲料への課税を強化し、"健康的なライフスタイルを促進する政策と行動 "に取り組んでいることについて、「世界的なリーダーシップ」を称賛した。エティエンヌはさらに、「(この地域の)他の国々も、メキシコの成功例に倣って砂糖入り飲料への課税を確立するよう」呼びかけた。同様に、経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development: OECD)のアンヘル・グリア事務総長は、メキシコの消費者中心の取り組みを「勇気づけられる」と評価し、食品市場規制の拡大、メニュー表示、身体活動の処方、「高エネルギー製品」への課税、「健康的な」食品への補助金など、さらに「包括的な健康政策パッケージ」を提案し、さらなる行動を提唱した。

我々は、メキシコで行われている政策には根拠がありそうだということは認める。しかし、我々は消費者のインセンティブばかりにフォーカスする取り組みについては慎重でなければならない。実際、肥満は多くの因子が関わる、複雑で再発しやすい疾患である。国レベルおよび国際的な戦略は、消費者中心の食品政策という単一の側面に頼るのではなく、この複雑性を受け入れる必要がある。世界的な肥満の蔓延には、食事によるものもあるが、遺伝的、生理的、心理社会的要因も重要な役割を果たしている。

特にメキシコでは、構造的・社会政治的な決定要因も考慮しなければならない。バルケラとリベラが示唆するように、飲料水インフラへの持続的な投資不足と不十分な規制が、メキシコにおける清涼飲料水消費の誘因となっている。

国際貿易政策も肥満の蔓延に影響を与えている。1994 年の北米自由貿易協定(Free Trade Agreement: FTA)によって貿易が自由化され、メキシコ経済は外国からの直接投資に開放され、外国産加工食品の流入に拍車がかかった。実際、メキシコの一部の州では、飲料水よりもコカ・コーラ製品の方が手ごろで入手しやすいため、栄養不良の人々の間でこうした高糖分飲料が普及している。メキシコのコカ植民地化と呼ばれるこの現象は、世代を超えた食習慣を変えてしまうことで肥満を助長している。

包括的な保健政策パッケージを求める OECD のグリア事務総長の呼びかけは、一般原則としては間違いなく賢明である。しかし、そのようなパッケージは、食品市場の規制を上回るものでなければならない。経済的インセンティブを通じて個人の食事選択を形成することは、メキシコの不十分な水インフラや、グローバルヘルスを考慮しない国際貿易自由化政策など、肥満の構造的決定要因に対処する、より広範な生物社会的政策のネットワークの構成要素のひとつであるべきだ。

包括的な政策を展開するためには、不十分な肥満医療にも対処しなければならない。肥満とその合併症は複雑であるため、政府、医療、地域社会、企業、信仰に基づく機関など、幅広い利害関係者の連携による多面的なアプローチが必要である。

肥満に対する一般的なアプローチを見直すことは、現在の政策決定の枠組みを支える偏見を打ち消すために不可欠である。肥満の遺伝的または構造的な決定要因についての議論を避けることによって、政策立案者は暗黙のうちに肥満という病気を持つ個人を非難しているのである。このような肥満に対する偏見は、消費者の食生活を変えるだけで肥満の蔓延を解決でき、生物社会的アプローチは余計なものであるという支配的な感覚を強めている。

個人が悪役や被害者(環境に対して無力)という物語から逃れるためには、解決策は多面的であるべきである。肥満者を、自分の健康に対する主体性を持ちながら、生理的な制約や、コントロールが制限されたより大きな肥満発生環境の中で活動する主人公として理解することで、より正確な物語を語ることができる。肥満の複数の要因や解決策を取り上げる際には、生活体験が極めて重要である。

肥満の多面的な因果関係を認識し、それに応じて保健政策を立案することは、肥満をめぐる物語を転換するための不可欠な戦略のひとつである。実際、批評的学問は、保健当局が疾病の生物学的、歴史的、社会学的説明を受け入れることを提唱している。私たちは、メキシコやその他の国々における肥満へのアプローチが、最終的にこのニュアンスに富んだ分析的枠組みを活用することを望んでいる。

https://www.thelancet.com/journals/landia/article/PIIS2213-8587(22)00348-5/fulltext

思春期の肥満に対する薬物療法の費用対効果

2023-09-14 05:25:06 | 肥満
思春期の肥満に対する薬物療法の費用対効果
JAMA Netw Open 2023. 10.1001/jamanetworkopen.2023.29178

目的
12歳以上の肥満に対しては、抗肥満薬物療法が推奨されている。米国食品医薬品局(FDA)により、思春期に使用する薬剤がいくつか承認されているが、最も費用対効果の高い薬剤は依然として不明である。


方法
マイクロシミュレーションモデルを用いて、BMI 37 kg/m2 の15歳の肥満 100,000 人 (女性: 58%, 58,000人) の仮想コホートにおいて、13 ヵ月、2 年、5 年にわたり、1. 生活習慣指導のみ、または 2. リラグルチド、3. 中用量フェンテルミン·トピラマート、4. 高用量フェンテルミン·トピラマート、または 5. セマグルチドと生活習慣指導併用による健康および費用の転帰を予測した。モデルの入力は、臨床試験、発表文献、および国内の情報源から得た。2022 年 4 月から 2023 年 7 月までのデータを解析した。

主要アウトカムは、質調整生存年(quality-adjusted life years: QALY)、費用、増分費用効果比(incremental cost-effectiveness ratios: ICER)とし、将来の費用と QALY は 1年毎に 3.0% 割引とした。ICER が獲得 QALY あたり 100,000 ドル未満であれば、その戦略は費用対効果に優れていると考えた。好ましい戦略は、費用対効果がありながら QALY を最も増加させる戦略であるとした。パラメータの不確実性を評価するために、一元的および確率的感度分析を用いた。


結果
13 ヵ月時と 2年時には、生活習慣指導のみが望ましい戦略であると推定された。5年時では、高用量のフェンテルミン·トピラマートが好ましい戦略であると予測され、獲得 QALY あたりの ICER は 56,876 ドルだった。セマグルチドは最も多くの QALY を獲得すると予測されたが、フェンテルミン·トピラマートの併用療法と比較すると、1 QALY あたり 110万ドルという不利な ICER であった。モデル結果は、生活習慣指導のみと高用量フェンテルミン·トピラマートによる体重減少および体重減少の有用性を示すものだった。

図: 費用対効果受容曲線
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結論
思春期の肥満に対する薬物療法についてのシミュレーションでは、生活習慣指導にフェンテルミン·トピラマートを併用すると、5 年後に費用対効果があると推定された。この結果を十分に評価するためには、思春期を対象とした長期臨床試験が必要である。


所感
図を見るとセマグルチドのコスパの悪さに戦慄する。1 QALY あたり 110万ドル (1億5000万円くらい) かかるのはさすがに高すぎだろう。

https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2808942

減量手術と薬物療法

2022-12-16 22:23:03 | 肥満
New England Journal of Medicine の教育動画
減量手術と薬物療法
 
減量手術が行われるようになってからおよそ 10年が経つ。よく行われる術式はスリーブ胃切除と胃バイパス術である。
 
減量手術の適応となるのは、BMI >35 kg/m2 で肥満と関連する合併症 (2型糖尿病、高血圧症、脂質異常症、睡眠時無呼吸症候群)を認めることである。BMI は肥満を見つけるには有用な指標だが、肥満の重症度の指標ではない。手術の適応を決めるためには、合併症がいくつあるかを考慮する必要がある。
 
減量手術の禁忌としてはコントロールされていない精神疾患、摂食障害、薬物依存がある。また重度の凝固異常や重度の心不全、重度の肝疾患など手術一般に禁忌とされるものも含まれる。
 
減量手術の合併症としては、逆流性食道炎、慢性的な嘔気·嘔吐、特定の食物が食べられなくなる、減量の失敗あるいは体重の増加、骨密度低下·骨折がある。
 
鉄とビタミンは減量手術後にしばしば欠乏する。手術後は定期的に鉄とビタミンを確認し、欠乏があれば補充することが重要である。
 
BMI 27-30 kg/m2 で肥満に関連する合併症 (2型糖尿病、高血圧症、脂質異常症、睡眠時無呼吸症候群) をともなう場合は薬物療法の適応となる (米国の場合)。
 
米国食品医薬品局が肥満治療薬として承認しているのは (日本では承認されていない)、オルリスタット、フェンテルミン、フェンテルミン-トピラマート、ブプルピオン、リラグルチド、セマグルチドの6薬剤である。
 
薬物療法は 5-10%減量効果がある。今までの肥満治療薬は重度の副作用をともなうことが多かったが、最近になって状況は変わりつつある。新しい肥満治療薬は腸から分泌され満腹感を制御するホルモンのはたらきに基づいている。
 
たとえば、GIP 受容体と GLP-1 受容体の作動薬であるチルゼパチドの効果と安全性を検討した SURMOUNT-1 試験では、最大用量の 15 mg で平均 22.5%の減量を達成した。
 
また、GLP-1 受容体作動薬であるセマグルチドの効果と安全性を検討した STEP1 試験では 15%の減量を達成した。
 
体重以外に血圧も低下し、中性脂肪は著明に低下した。
 
GLP-1 受容体作動薬の禁忌としては甲状腺髄様癌、MEN-2 がある。また膵炎および胆嚢疾患、特に胆石症がある場合は注意が必要である。GLP-1 受容体作動薬を開始する前に胆石症の治療を行うべきである。
 
GLP-1 受容体作動薬の副作用としては消化器症状 (嘔気·嘔吐、下痢、便秘) がある。消化器症状のほとんどは増量中に起こる。消化器症状の出現を抑えるためにはゆっくりと増量すると良い。
 
https://youtu.be/jJg5empy-5A

肥満の病態生理

2022-12-15 22:41:38 | 肥満
New England Journal of Medicine の教育動画
肥満の病態生理
 
食事や運動をいかに気を付けても、5%の減量を達成できるのは 1/3 に過ぎない。そして、減量できても 1-2年のうちに元の体重に戻る。
 
これは脳が決めている fat set point に戻るように体重が制御されているからである。
 
手軽に高カロリーの食品が手に入り、運動不足、寝不足で、ストレスも多い現代社会では、体重を制御するしくみがうまく働かず、肥満が増えている。
 
肥満に対する遺伝子の関与は 60-70%で、遺伝と環境の両方が関与している。
 
https://youtu.be/BVqn-4dErCo

運動してもやせないのはなぜか?

2022-12-07 08:09:37 | 肥満

運動してもやせないのはなぜか?

 
内分泌代謝内科医には是非読んでもらいたい本。長年、二重標識水法でヒトや類人猿の消費カロリーを測定してきた人類学者が書いていて、語り口は軽妙だがヒトの代謝について示唆に富んでいる。
 
いくつも面白い論点を含むが、最も重要なのはヒトの消費カロリーは運動量によってほとんど変わらないというもの。アフリカの狩猟採集民は米国人の 10倍ほど活動的だが、体重で標準化した消費カロリーは米国人と変わらない。また、フルマラソンを走れるようにトレーニングした場合は、運動し始めにはわずかに消費カロリーが増えるがその後は運動量によらず消費カロリーは横ばいになる。
 
これはなぜかというと、運動によるカロリー消費が増えると、基礎代謝を減らして、トータルのカロリー消費量を減らすから。運動をすると慢性炎症など必要がない活動に回すエネルギーが削られるので、代謝疾患が減るのではないかと議論している。
 
その他、内分泌代謝内科医として考えさせられたのは、カロリー計算には全く根拠がないという指摘。すなわち、目標体重に身体活動度から決める係数をかけて摂取カロリーを求める方法には生理学的な根拠はない。ヒトの代謝についての理解はようやく始まったばかりなんだと思い知らされた。

https://www.amazon.co.jp/%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%82%E7%97%A9%E3%81%9B%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%8B-%E4%BB%A3%E8%AC%9D%E3%81%AE%E6%9C%80%E6%96%B0%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%8C%E7%A4%BA%E3%81%99%E3%80%8C%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%A7%E3%82%82%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%8D%E7%90%86%E7%94%B1%E3%80%8D-%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%BC/dp/4794226020/ref=mp_s_a_1_1?adgrpid=142620559618&gclid=Cj0KCQiA7bucBhCeARIsAIOwr-_Nc0OatmuqWakpbk__IuYQyr_jR1LdSAe8Thxf_tB6SsYIgbVjL3oaAj49EALw_wcB&hvadid=622826689329&hvdev=m&hvlocphy=1009278&hvnetw=g&hvqmt=e&hvrand=16119197575514915873&hvtargid=kwd-1819573448044&hydadcr=22888_13567885&keywords=%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%82%E7%97%A9%E3%81%9B%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%8B&linkCode=plm&qid=1670366977&sr=8-1