高齢入院患者のせん妄
N Engl J Med 2017;377:1456-1466
概要
75 歳の男性が、腹部の大手術を予定して入院している。機能的には自立しているが、軽度の物忘れがある。術中の経過は問題ないが、術後 2 日目に重度の錯乱と興奮が出現した。何が起こっているのだろうか?あなたならこの患者のケアをどうするだろうか?この患者を予防することは可能だっただろうか?
臨床的問題
せん妄は急性脳障害と考えることができ、急性心不全と同様に複数の機序に共通する最終的な結果である。精神障害の診断と統計マニュアル第 5 版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition: DSM-5)におけるせん妄の正式な定義では、急性に発症し変動する傾向のある注意と意識の障害が必要とされている(表 1)。
表 1. せん妄の診断基準 (DSM-5)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T1
せん妄の診断には、以下のすべての基準を満たすことが必要である
・注意と意識の障害
・障害は急性に発現し、重症度は変動する傾向がある。
・少なくとも 1 つの認知障害がある。
・認知障害は既存の認知症では説明できない。
・重度の覚醒レベルの低下や昏睡状態において、認知障害は生じない。
・根底に器質的な原因がある。
錯乱アセスメント法(Confusion Assessment Method: CAM)
せん妄の存在には、1 と 2、および 3 または 4 のいずれかが必要である。
変動する精神状態の急性変化
2. 不注意
3. 思考の混乱
4. 意識レベルの変化
せん妄の病態生理学的メカニズムはまだ十分に解明されていないが、代表的なモデルとしては神経伝達物質の不均衡や神経炎症が挙げられる。
せん妄は、入院中の高齢者に非常によくみられる。70 歳以上の一般内科患者の 3 分の 1 がせん妄を有する。このような患者の半数は入院時にせん妄を認め、残りの半数は入院中にせん妄を発症する。せん妄は高齢者における最も一般的な手術合併症であり、待機的手術 (elective surgery) 後の発生率は 15~25%、股関節骨折整復術や心臓手術などのハイリスク手術後の発生率は 50%である。集中治療室(intensive care unit: ICU)で機械的人工呼吸を受けている患者では、せん妄の累積発生率は、昏迷や昏睡と合わせると 75%を超える。救急外来では、高齢者の 10~15%にせん妄がみられる。緩和ケアの現場では、終末期のせん妄の有病率は 85%に迫る。
多くの臨床家はせん妄患者を興奮状態にあると考えるが、過活動せん妄 (hyperactive delirium) は症例の 25%にすぎず、それ以外は低活動性(hypo-active)せん妄である。低活動性せん妄は予後不良と関連するが、これは認識される頻度が低いためと考えられる。
せん妄の危険因子は、素因 (predisoosing) と誘因 (precipitating) の 2 つに分類されている。高齢、認知症(臨床的に認識されないことが多い)、機能障害、重度の併存疾患は、一般的な素因である。また、男性、視力・聴力の低下、抑うつ症状、軽度認知障害、臨床検査値の異常、アルコール乱用もリスクの増加と関連している。
誘因のうち、薬物(特に鎮静催眠薬と抗コリン薬)、手術、麻酔、高度の疼痛、貧血、感染症、急性疾患、慢性疾患の急性増悪が最も多く報告されている。このことは、若年成人ではせん妄を引き起こさないような誘因をもつフレイルの高齢者にせん妄がしばしば発症する理由を説明している。
せん妄は一過性のものであるというのが古典的な教えである。システマティックレビューによると、入院中のせん妄が退院時に持続した症例は 45%、1 ヵ月後には 33%であった。せん妄持続の危険因子としては、高齢、認知症の既往、複数の既往症、せん妄の重症度、身体拘束 (physical restraints) の使用などが挙げられる。(身体拘束についてはせん妄の病因である可能性もあるし、重症のせん妄の結果である可能性もある)。
病院においては、せん妄は合併症、入院期間の延長、介護施設入所の強力な危険因子である。長期転帰に関しては、平均 22.7 ヵ月間追跡された約 3000 人の患者を対象としたメタアナリシスによると、せん妄は死亡リスクの増加(オッズ比、2.0;95%信頼区間 [confidence interval: CI], 1.5~2.5)、施設入所(オッズ比、2.4;95%CI, 1.8~3.3)、認知症発症(オッズ比、12.5;95%CI, 11.9~84.2)と独立して関連していた。 せん妄と長期的な認知機能との関係を調べた研究は数多くある。心臓手術を受けた患者を対象とした研究では、せん妄は急性の認知機能低下と回復の遅れに関連していることが示された。せん妄を発症した患者において、認知機能は 1 ヵ月後にベースラインを有意に下回ったままであり、完全に回復することはなかった(ただし、6 ヵ月後および 12 ヵ月後のベースラインからの変化は、せん妄を発症した患者とせん妄を発症していない患者で有意差はなかった)。ICU 集団を対象とした別の研究では、ベースラインの認知機能は測定していないが、ベースラインの障害が考えにくい 50 歳未満の患者においても、せん妄後の認知機能は軽度認知障害レベルであった。
戦略とエビデンス
診断
臨床記録と調査による評価を比較した研究によると、せん妄症例の 12~35%しか認知されていないことが示唆されている。システマティックレビューでは、Confusion Assessment Method(CAM)が最も有用なベッドサイド評価ツールとして支持されている(表 1)。CAM アルゴリズムでは、次の 4 つの特徴の有無によってせん妄の診断を確定する。
・変動する経過を伴う急性期の精神状態の変化
・不注意
・思考の混乱
・意識レベルの変化
日常診療の観察から CAM を用いてせん妄の有無を評価をすると、感度が低い。一方、精神状態検査を組み込んだ CAM に基づく簡易検査法は感度が高い。これには、集中治療室における錯乱アセスメント法(Confusion Assessment Method for the Intensive Care Unit: CAM-ICU)、救急外来患者用の簡易錯乱アセスメント法(Brief Confusion Assessment Method: bCAM)、一般内科患者用の混乱評価法を用いた 3 分間せん妄診断面接法(the 3-Minute Diagnostic Interview for Delirium Using the Confusion Assessment Method: 3D-CAM)がある(表 2)。
表 2. 混乱アセスメント法を用いたせん妄の 3 分間診断面接(3D-CAM)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T2
患者の反応:症状あり、反応が不正確、反応がない、無意味な反応を認める場合は機能障害があると判定する。
変動する精神状態の急性変化
患者が過去 1 日以内に以下のような経験をしたかどうかを尋ねる。
・混乱している。
・自分が病院にいないと思う。
・実際にはないものが見える。
2. 不注意
患者に次のことをやってもらう。
・3 桁の数字の逆唱
・4 桁の数字の逆唱
・曜日の逆唱
・月の逆唱
3. 思考の混乱
患者に以下のことを述べてもらう。
・現在の年
・曜日
・病院の種類
4. 意識レベルの変化
・特になし
4AT(覚醒度、認知度(見当識と注意)、精神状態の急性変化を調べる検査)は、CAM アルゴリズムに基づかない、せん妄を評価するためのもう 1 つの簡便なツールである。(これらのツールの比較がしたければ、NEJM.org で本論文の全文とともに入手可能な Supplementary Appendix を参照のこと)。これらの検査法は、臨床医がせん妄が疑われる症例の確認や高リスク患者の発見に用いることができる。より短時間の「超簡単な (ultra-brief)」スクリーニングは、より低リスクの患者の発見に用いることができる。このようなスクリーニングには、数字の逆算、曜日と月の逆算などの注意力テストが含まれる。
せん妄の鑑別診断では、認知症、うつ病、急性精神症候群 (acute psychiatric syndrome) をすべて考慮すべきである。これらの症候群はしばしば併発し、患者は複数の症候群を合併している可能性がある。患者の精神状態がベースラインと一致しているという医療記録や家族からの明確な報告がない場合は、常にせん妄と考えるのが最も安全である。精神状態の急変、数分から数時間にわたる変動、意識レベルの異常などの報告は、CAM 基準を満たし、せん妄の可能性が高くなる。このような患者を精神疾患と決めつけ、重要な医学的問題を見逃すのではなく、せん妄の有無を評価することが賢明である。
評価
新たにせん妄と診断された場合は、生命を脅かす緊急事態の前兆であり、罹患した患者には病歴聴取、身体診察、神経学的診察、臨床検査を含む迅速かつ適切な評価が必要である。急性脳障害(脳卒中、けいれん発作など)はせん妄の原因となりうるが、高齢者では、治療可能な原因のほとんどが脳外にある。複数の病因が存在することが多いので、DELIRIUM ニーモニック (記憶しやすいように工夫された語呂合わせなどをニーモニックという)(表 3)のすべての要素を徹底的に検討する必要がある。
表 3. せん妄の評価と管理
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T3
修正可能なせん妄に影響する要因
・Drugs
新規に開始した薬物、用量の増加、相互作用、市販薬、アルコールなどの病因的役割を考慮する。特に高リスク薬物の影響を考慮する。用量を減らす、薬物を中止する、より精神作用の弱い薬物で代用する。
・Electrolyte disturbances
特に脱水、ナトリウムの不均衡、甲状腺異常の評価と治療
・Lack of drugs
アルコールや睡眠薬を含む鎮静剤の長期使用による離脱症状の可能性を評価する。コントロール不良の疼痛を評価し治療する。オピオイドの使用を最小限に抑える対策と予定された治療レジメンを使用する(メペリジン [meperidine, 合成オピオイド鎮痛薬のひとつ] は避ける)。
・Infection
特に尿路感染症、呼吸器感染症、軟部組織感染症の評価と治療
・Reduced sensory input
視覚(例:眼鏡の使用を勧める)や聴覚(例:補聴器や携帯アンプの使用を勧める)に関する問題に対処する。
・Intracranial disorders
新たな局所神経学的所見や頭蓋内病変を示唆する既往歴がある場合、あるいは中枢神経系以外に原因がなさそうな場合は、中枢神経系の疾患(感染症、出血、脳卒中、腫瘍など)を考慮する。
・Urinary and fecal disorders
尿閉(いわゆる膀胱炎症候群)と便秘の評価と治療
・Myocardial and pulmonary disorders
心筋梗塞、不整脈、心不全、低血圧、重度の貧血、慢性閉塞性肺疾患の増悪、低酸素症、高炭酸ガス血症の評価と治療
予防または治療すべき合併症
・尿失禁
定期的に排泄できるようにする。
・動かないこと (immobidity) と転倒
身体拘束を避け、介助しながら患者を移動させる。
・褥瘡
患者の体位を頻繁に変え、圧痛点をモニターする。
・不眠
非薬物療法的に睡眠環境を整える。鎮静剤を避ける。バイタルサイン測定のための不必要な覚醒を最小限にする。
・不十分な食事摂取量
食事摂取量をモニタリングし、必要に応じて摂食介助を行い、誤嚥に注意し、必要に応じて栄養補給を行う。
患者が安全で快適な環境で過ごすためにするべきこと
・行動への介入
多動または興奮しているせん妄患者を落ち着ける術を病院スタッフに教える。家族の訪問を促す。
・薬物療法
高用量の向精神薬は必要な場合にのみ使用する。
患者の機能維持のためにできること
・病院の環境整備
散らかっているものや騒音を減らし、十分な照明を設置する。
・見当識を取り戻すためのサポート
スタッフは、少なくとも 1 日 3 回、患者の時間、場所、人についての見当識を取り戻せるように (reorient) サポートする。
・日常生活動作の能力維持
理学療法や作業療法を行う。せん妄が治まったら、能力に合ったリハビリテーションを行う。
・家族の教育、サポート、参加
せん妄、その原因と可逆性、患者と接する最良の方法、機能回復における家族の役割について教育を行う。
・退院の計画と教育
退院時に必要な日常生活動作の支援を強化する。回復のバロメーターとして精神状態を観察するよう家族に指導する。
臨床医は、精神状態の変化がいつ始まったのか、他の症状(例えば、呼吸困難や排尿障害)や薬剤の変更と併発しているのかを尋ねるべきである。せん妄のあるすべての患者に対して、徹底的な薬歴のレビューが必要である。これには、アルコールの摂取、非処方薬や栄養補助食品を含めるべきである。身体診察では、バイタルサイン(酸素飽和度を含む)、心臓、肺、腹部を評価する。神経学的検査では、頭蓋内の原因(脳卒中など)を示唆する新規の局所所見がないかを評価する。
臨床検査と画像診断は、病歴と診察に基づいて選択されるべきである。日常的に必要とされる検査には、血算、電解質、血中尿素窒素、クレアチニンの測定などがある。尿検査、尿培養、肝機能検査、胸部 X 線検査、心電図検査もしばしば有用である。状況に応じて有用な追加検査としては、血液および尿毒物検査 (toxicology test)、血液培養、動脈血ガス分析(過呼吸が疑われる場合)、脳画像検査(頭部外傷または新たな局所神経学的所見のある患者)、腰椎穿刺(髄膜炎または脳炎が疑われる場合)、脳波検査(けいれんが疑われる場合)などがある。
管理
一般原則
医師、看護師、他の医療提供者、さらには家族による十分な統合ケアは、せん妄でしばしばみられる合併症や不良な転帰を予防するのに役立つ。評価で同定されたせん妄のすべての修正可能な要因に対処することが決定的に重要であり、小さな介入を複数回行うことで大きな効果が得られる。表 4 は、一般的な誘発薬とその代替薬のリストである。
表 4. せん妄のハイリスク薬剤とその代替薬
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T4
ベンゾジアゼピン
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静と離脱症状
・代替薬または別の対応: 非薬物療法による睡眠プロトコル
・コメント: 入院患者におけるせん妄との関連、患者がすでに服用している場合は、用量を維持するか減らす。
2. オピオイド
・副作用の薬理: 抗コリン作用による毒性、中枢神経系鎮静作用、便秘
・代替薬または別の対応: 局所的鎮痛、神経を刺激しない鎮痛薬(アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬など)を定時で服用、オピオイドはブレークスルー疼痛や重篤な疼痛に使用する。
・コメント: コントロールできない痛みはせん妄の原因にもなるため、リスクとベネフィットを考慮する。
3. 非ベンゾジアゼピン系鎮静性催眠薬 (ゾルピデムなど)
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静と離脱症状
・代替薬または別の対応: 非薬物療法による睡眠プロトコル
・コメント: 他の鎮痛薬と同様にせん妄の原因となり得る。
4. 抗ヒスタミン薬 (特に鎮静作用のある第一世代、ジフェンヒドラミン [商品名: ドリエル])
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: 非薬物療法による睡眠プロトコル、上気道のうっ血に対してはシュードエフェドリン、アレルギーに対しては鎮静作用のない抗ヒスタミン薬
・コメント: 第一世代抗ヒスタミン薬は処方箋なしで購入できるので、市販薬の服薬についても確認するべきである。
5. アルコール
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静と離脱症状
・代替薬または別の対応: 大量摂取歴がある場合は、注意深く観察し、離脱症状にはベンゾジアゼピン系薬を使用する。
・コメント: 病歴聴取にはアルコール摂取に関する質問を含めること。
6. 抗コリン薬
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: 尿失禁に対しては、少量で使用するか、行動的アプローチを用いる(例:計画的なトイレ介助)。
・コメント: 低用量ではせん妄は稀である。
7. 抗てんかん薬 (プリミドン、フェノバルビタール、フェニトインなど)
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静
・代替薬または別の対応: 発作のリスクが低く、最近の発作歴がない場合は、代替薬を使用するか、中止を検討する。
・コメント: 治療薬濃度にもかかわらずせん妄が起こることがある。
8. 三環系抗うつ薬、特に三級アミン(アミトリプチリン、イミプラミンなど)
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: セロトニン再取り込み阻害薬、セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬、第二級アミン三環系薬(ノルトリプチリン、デシプラミンなど)
・コメント: 新しい薬剤(デュロキセチンなど)は、慢性疼痛の補助療法として 3 級アミンと同程度に有効である。
9. H2 受容体拮抗薬
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: 量を減らすか、制酸剤またはプロトンポンプ阻害剤で代用する。
・コメント: 抗コリン作用による毒性は、主に高用量の静脈内投与で発現する。
10. 抗パーキンソン病薬 (レボドパやアマンタジン)
・副作用の薬理: ドパミン作動性作用
・代替薬または別の対応: 投与量を減らすか、投与スケジュールを調整する。
・コメント: ドパミン作動性作用による毒性は主に進行したパーキンソン病と高用量での使用で起こる。
11. 向精神薬、特に低力価の定型向精神薬(クロルプロマジンなど)
・副作用の薬理: 抗コリン作用と中枢神経系の鎮静
・代替薬または別の対応: 完全に中止するか、必要であれば高力価の薬剤を低用量で使用する。
・コメント: せん妄における使用のリスクとベネフィットを慎重に検討する。
12. バルビツール酸
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静および重度の離脱症状
・代替薬または別の対応: 漸減中止またはベンゾジアゼピンへの置換
・コメント: ほとんどの場合、バルビツール酸系薬剤は処方すべきではない。
せん妄管理には環境要因も重要である。病棟は日中は明るく、夜間は暗く静かであるべきである。オリエンテーションを改善し感覚遮断を減らすための介入としては、時計、カレンダー、眼鏡や補聴器の着用を患者に勧めることなどがある。家族の訪問を奨励し、オリエンテーションと安心感を与えるべきである。
合併症はせん妄の経過を長引かせたり悪化させたりすることが多いため、監視と予防が管理の重要な要素である(表 3)。このようなアプローチとしては、尿閉の治療に必要な場合を除き、できれば尿道カテーテルを使用せずに、排便と排尿を監視することが挙げられる。便秘は下剤を適切に使用することで予防できる。特にオピオイド鎮痛薬を常用する場合は予防が不可欠である。患者を臥床から椅子に座らせ、できれば歩かせることで、無気肺、廃用 (deconditioning)、および褥瘡 (pressure ulcer) を予防することができる。食事と水分の摂取量をモニタリングすることで、栄養不良や脱水のリスクがある患者を特定することができ、そのような患者には食事介助 (assisted feeding) が有用である。せん妄のある患者の中には、誤嚥予防およびモニタリングが必要な場合がある。
行動障害
臨床経験に基づくと同時に、薬物治療の有益性(および潜在的な有害性)のエビデンスが不足していることから、非薬物学的介入がせん妄における行動的問題の管理の要である。看護師は興奮している患者を落ち着ける技術 (de-escalation) の訓練を受けるべきである。また、必要に応じてシッターを雇うことで、患者の安全を確保することができる。
一般内科病棟および外科病棟では、身体拘束 (physical restraints) の使用は排除しないまでも最小限にすべきである。ICU では、気管内チューブ、動脈内留置デバイス、中心静脈カテーテルの抜去を防ぐために拘束が必要な場合がある。拘束を行う場合は、患者の傷害リスクを軽減するために注意深く監視し、必要がなくなったらすぐに中止すべきである。
苦痛を伴う知覚障害や妄想に対して、言葉による説得がうまくいかない場合、または患者や他者にとって危険な行動に対しては、薬物療法が必要となることがある。ベンゾジアゼピン系薬は、アルコールまたはベンゾジアゼピンの離脱に伴うせん妄など、予防的投与も適応となるような特定の適応症にのみ用いるべきである。それ以外の症例では、向精神薬の方がリスク・ベネフィット比において有利である。しかし、米国における向精神薬の使用はすべて適応外 (off-label) であり、食品医薬品局(the US Food and Drug Administration: FDA)が承認したせん妄治療薬はない。
最近のメタアナリシスでは、せん妄治療に対する向精神薬の 12 件のランダム化試験を検討し、せん妄の持続時間や重症度、ICU や入院期間、死亡率は減少しなかったと結論している。したがって、向精神薬を使用するかどうかは、興奮、幻覚、妄想の即時軽減と鎮静や向精神薬による合併症のリスクとのトレードオフを考慮しなければならない。
表 5 は治療に使用される向精神薬について検討したものである。
表 5. 過活動性せん妄の治療薬
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T5
ハロペリドール (haloperidol)
・クラス: 定型向精神薬
・開始用量: 0.25-0.5 mg, 最大用量: 3 mg
・投与経路: 経口、静脈注射、筋肉注射
・鎮静作用: 弱い
・錐体外路症状のリスク: 高い
・副作用: 1 日の投与量が 3 mg を超えると錐体外路症状のリスクが高まる。
・コメント: せん妄の治療薬として最も長い実績がある、複数の大規模試験が進行中。
2. リスペリドン (risperidone)
・クラス: 非定型向精神薬
・開始用量: 0.25-0.5 mg, 最大用量: 3 mg
・投与経路: 経口または筋肉注射
・鎮静作用: 低い
・錐体外路症状のリスク: 高い
・副作用: 低用量での錐体外路症状のリスクはハロペリドールよりわずかに低い。
・コメント: 小規模な試験の結果からはハロペリドールとよく似ていると考えられている。
3. オランザピン (Olanzapine)
・クラス: 非定型向精神薬
・開始用量: 2.5-5 mg, 最大用量: 20 mg
・投与経路: 経口、舌下または筋肉注射
・鎮静作用: 中等度
・錐体外路症状のリスク: 中等度
・副作用: ハロペリドールより鎮静作用が強い。
・コメント: 小規模な試験の結果からは急性症状の管理においては経口投与は他の投与方法と比べて効果が低い。
4. クエチアピン (Quetiapine)
・クラス: 非定型向精神薬
・開始用量: 12.5-25 mg, 最大用量: 50 mg
・投与経路: 経口
・鎮静作用: 高い
・錐体外路症状のリスク: 低い
・副作用: ハロペリドールより鎮静作用が強い。
・コメント: 小規模試験;パーキンソニズムのある患者には注意しながら使用できる。
5. ロラゼパム (lorazepam)
・クラス: ベンゾジアゼピン
・開始用量: 0.25-0.5 mg, 最大用量: 2 mg
・投与経路: 経口、筋肉注射、静脈注射
・鎮静作用: とても高い
・錐体外路症状のリスク: なし
・副作用: ハロペリドールよりも逆説的興奮 (paradoxycal excitation) と呼吸抑制が強い。
・コメント: 第二選択薬である。鎮静剤やアルコールの離脱症状、または悪性症候群の既往歴のある患者に使用する。
小規模の非劣性試験で、これらの向精神薬が同様に有効であることが示されており、その選択は副作用に基づいて行われることが多い。ハロペリドールは最も鎮静作用が弱いが、錐体外路症状のリスクが最も高く、クエチアピンは最も鎮静作用が強く、錐体外路症状が最も少ない。静脈内投与が可能かどうかは ICU 患者にとって重要であろう。どの薬物を選択するにしても、反応には大きなばらつきがあるため、初回投与量は少なくすべきである。追加投与は、望ましい行動エンドポイントが達成されるまで(例えば、患者が幻覚を見なくなるまで)30~60 分ごとに行うことができる。その後は、必要に応じて投与することができる。
せん妄が長引く患者には、継続的な定期投与(例えば、1 日 1 回、2 回、3 回)が必要な場合がある。身体拘束と同様に、これらの薬剤はできるだけ早く中止すべきである。退院後も向精神薬が必要とされるまれな状況においては、明確な中止期間と中止条件を退院時の書類に記載すべきである。
予防
1999 年の研究では、病棟ベースの予防的多因子介入であるホスピタル・エルダー・ライフ・プログラム(Hospital Elder Life Program: HELP)によって、70 歳以上の入院患者のせん妄発生率が減少した。入院時に存在したせん妄の危険因子に基づいて介入は訓練されたボランティアによって実施され、介入項目としてはリオリエンテーション、非薬理学的睡眠プロトコール、患者の離床と歩行、眼鏡と補聴器の使用の奨励、水分摂取の奨励などが含まれていた。2015 年のメタアナリシスでは、せん妄に対する HELP のような多因子非薬理学的介入の有効性が検討された。合計 14 件の質の高い介入研究(そのほとんどが無作為化試験)が同定された。このうち、せん妄の発生率の評価した 11 件の研究では発生率の有意な減少が示され(オッズ比、0.47;95%CI, 0.38~0.58)、転倒の発生率を評価した 4 つの研究では院内転倒のさらに大きな有意な減少が示された(オッズ比、0.38;95%CI, 0.25~0.60)。せん妄予防のためのもう一つの効果的な非薬理学的アプローチは、せん妄リスクの高い手術患者に対する積極的な老年医学的コンサルテーションである。コンサルテーションは手術前に開始され、退院まで継続される。例えば、オピオイドの使用を減らすためにアセトアミノフェンの定時投与 (round-the-clock) と局所疼痛管理を使用する、睡眠薬のルーチンの使用 (standing order) を中止する、などである。高齢の股関節骨折患者を対象とした 2 つの研究では、このモデルの使用によりせん妄の発生率が低下することが示された。1 つの無作為化試験では、コンサルテーション群は通常ケア群よりもせん妄の発生率が 36%低かった(せん妄 1 例を予防するために必要な治療数: 5.6)。
精神作用薬 (psychoactive medications) の使用を減らすことは、上述の予防戦略の重要な要素である。観察研究では、睡眠薬などの鎮静薬の使用を減らし、ICU での深い鎮静の使用を減らすことの潜在的な有益性が示唆されている。小規模ランダム化試験では、股関節骨折整復術の脊椎麻酔時に軽い鎮静を受けた患者は、深い鎮静を受けた患者よりも術後せん妄の発生率が低かった。
せん妄予防のための薬理学的アプローチの有効性は依然として不明である。上で引用した向精神薬に関するメタアナリシスでは、せん妄のリスクが高い手術患者を対象に低用量の向精神薬を予防的に投与することの臨床的意義を検証した 7 件のランダム化試験についても検討されている。せん妄の発生率は介入群の方が対照群よりも低いようであったが、試験間にはかなりの異質性があり、群間差は有意ではなかった(プールオッズ比、0.56;95%CI, 0.23~1.34)。このメタアナリシスでも、向精神薬の予防的使用が ICU や入院期間、死亡率に及ぼす有意な効果は示されなかった。したがって、精神作用薬の使用を減らすことは、上述の予防戦略の重要な要素である。
メラトニン (melatonin) とその類似体もせん妄の発生率を減少させるかもしれない。67 人の患者を対象としたラメルテオン(ramelteon, メラトニン類似物質)の予防的投与に関する 1 つの小規模無作為化試験では、せん妄のリスクに関して有意な有益性が示された(3% v.s. プラセボ投与群 32%, P = 0.003)。しかし、529 人の患者を含む 3 件の試験のデータをプールした最近のコクランレビューでは、メラトニンまたはメラトニン作動薬の使用がプラセボと比較してせん妄の発生率を減少させるという明確な証拠はないと結論している。
不確実な領域
せん妄の系統的な症例発見が患者の転帰、特に低活動性せん妄の転帰を改善するかどうかは依然として不明である。せん妄の重症度、表現型、またはバイオマーカーを測定することで、せん妄エピソード後の予後を改善できるかどうかも不明である。せん妄の予防と治療に対する抗精神病薬やその他の薬剤の効果を明らかにするためには、ランダム化試験によるさらなるデータが必要である。さらに、せん妄の治療に対する多因子的アプローチ(予防に成功したものと同様のもの)の試験が必要である。
ガイドライン
入院高齢者のせん妄の予防と管理に関するガイドラインは、英国国立医療技術評価機構(the United Kingdom National Institute for Health and Care Excellence, NICE)および米国老年医学会(American Geriatrics Society Section for Enhancing Geriatric Understanding and Expertise among Surgical and Medical Specialists)によって作成されている。本稿の提言は、概ねこれらのガイドラインに沿ったものである。
結論と推奨
冒頭に提示した患者は、重度の術後の活動性せん妄であった。CAM で診断を確定した後にするべきことは可逆的な原因を慎重に評価し、可能な限り多くに対処することである。興奮はまず非薬理学的戦略で管理すべきである。身体的拘束は避けるべきである。向精神薬は、患者の安全を脅かすような症状が続く場合にのみ使用すべきである。必要であれば、ハロペリドール(初回投与量 0.25 mg)、オランザピン(2.5 mg)、クエチアピン(12.5 mg)が、求められる鎮静の程度に応じて、妥当な第一選択となるであろう。この患者の軽度の物忘れが術前に認識されていれば、せん妄のリスクが高いことがわかり、リスクを軽減するための積極的な戦略を実施できたであろう。
重要な臨床ポイント
入院高齢者のせん妄
・せん妄は急性の混乱状態であり、入院中の高齢者に極めてよくみられ、短期および長期の転帰不良と強く関連している。
・せん妄のリスクは、素因(ベースライン因子)と誘因(急性因子)の有無によって評価できる。素因が多ければ多いほど、少ない誘因でせん妄が引き起こされる。
・せん妄管理の第一歩は正確な診断であり、Confusion Assessment Method アルゴリズムにある特徴を評価する検証済みの簡易ツールが推奨される。
・せん妄の診断を受けた患者は、可逆的な原因がないか徹底的に評価する必要がある。
・行動障害は、まず非薬理学的アプローチで管理すべきである。患者の安全のために必要であれば、低用量の高力価向精神薬が通常選択される治療法である(適応外使用)。治療は特定の行動に的を絞り、できるだけ早く中止すべきである。
・積極的で多因子的な介入と老年医学的コンサルテーションは、せん妄の発生率、重症度、期間を減少させることが示されている。