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内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床についての論文のまとめ

フレイル状態にある人々の周術期ケアに関するガイドライン

2025-05-18 22:39:15 | 老年学
フレイル状態にある人々の周術期ケアに関するガイドライン
英国老年医学会 2019

待機手術の場合

プライマリ・ケアからの紹介 (待機手術の場合)
・非外科的選択肢の議論を含む共有意思決定(shared decision making: SDM)を開始する
・すべての接点を活かす(Make Every Contact Count):医学的・生活習慣の最適化を行う
・フレイルスコア(CFS[Clinical Frailty Scale]または eFI[electronic Frailty Index])の評価

Clinical Frailty Scale
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tool/pdf/tool_14.pdf

electronic Frailty Index
https://www.england.nhs.uk/ourwork/clinical-policy/older-people/frailty/efi/#the-contract-requires-general-practice-to-use-an-appropriate-tool-for-example-the-electronic-frailty-index-efi-what-is-the-efi

・併存疾患の有無、重症度、およびその管理状況の確認
・事前指示書(Advance Care Directive: ACD)、治療制限の指示(Advance Decision to Refuse Treatment: ADRT)、蘇生拒否(Do Not Attempt Resuscitation: DNAR)決定、健康・福祉に関する代理人(lasting power of attorney: LPA)の有無の確認

外来での術前評価 (待機手術の場合)
・プライマリ・ケアからの情報を活用する
・フレイル状態を再評価し、記録する
・最適化のため、周術期フレイルチームや他のサービスに紹介する、またはフレイル介入ツールを使用する
・ACD, ADRT, DNAR の決定、および LPA を確認し、治療のエスカレーションプランに合意する
・非外科的および緩和的外科オプションの議論を含め、SDM を行う
・家族や介護者の関与を検討する
・入院および退院計画を立てる

救急外来 (緊急手術の場合)
外来での外科および術前評価サービス
・フレイル状態(CFS)を評価し、記録する
・フレイルのために外科疾患が非典型的な症状を呈している可能性を考慮する
・補足的な病歴を取得する
・ACD, ADRT, DNAR 決定、LPA の有無を確認し、治療エスカレーションプランに合意する
・周術期フレイルチームや他のサービスに紹介する、またはフレイル介入ツールを使用して最適化を行う
・せん妄のリスク要因を評価・記録し、修正する
・SDM を行い、家族や介護者の関与を検討する
・ 緊急ケアの診療パスに従う

手術室
・ハイリスク症例には専門的な外科医および麻酔科医が関与する
・チームブリーフィングにおいて、フレイル状態および併存疾患を把握する
・フレイルを考慮した体位や移動の戦略を採用する
・フレイルを考慮して生理的恒常性を維持する
・フレイルの状態および合意された治療エスカレーションプランに基づき、術後ケアの必要性と治療場所を予測し、手術終了時に再度確認する

外科病棟
フレイルを評価し、記録する。
以下を予測・予防・治療する。
・せん妄
・疼痛(痛み)
・ 内科的および外科的合併症
・ 入院による身体機能の低下(病院起因の廃用)

治療エスカレーションプランを見直す。

回復の促進と適切なタイミングでの退院を図る。
・ 退院計画を見直す
・ 定期的な多職種チームカンファレンスを行う
・患者との積極的なコミュニケーションを図り、家族や介護者の関与も検討する

地域へのケア移行
患者およびかかりつけ医に対して、タイミングよく、かつ包括的な書面による退院情報を提供する。内容には以下を含める
・診断名
・治療内容(手術あり/なしを問わず)
・合併症
・継続する内科的および/または機能的障害
・薬剤の変更点
・フォローアップ計画および紹介先
・セーフティネットに関する助言および連絡先
・患者および介護者への教育内容
・合意された治療エスカレーションプランおよび事前ケア計画

元文献
https://www.bgs.org.uk/sites/default/files/content/attachment/2021-09-28/Guideline%20for%20Perioperative%20Care%20for%20People%20Living%20with%20Frailty%20Undergoing%20Elective%20and%20Emergency%20Surgery.pdf

股関節骨折患者の術後管理を老年病内科医が行うと術後 4 ヶ月の運動機能が改善する。

2025-05-06 22:53:50 | 老年学
股関節骨折患者に対する包括的高齢者ケア: 前向き無作為化比較試験
Lancet 2015;385:1623-1633

背景
股関節骨折は高齢者(70 歳以上)に多く、世界的な課題である。人口の高齢化により、脆弱性骨折は医療システムや社会にとってますます大きな負担となっている。

股関節を骨折する高齢者の多くは虚弱で、併存疾患があり、老年患者に典型的な機能低下を示す。骨折後、患者の短期的・長期的見通しは一般的に不良であり、1 年死亡率が上昇し(18~33%)、日常生活動作や移動に悪影響を及ぼす。関連研究の加重平均を要約した股関節骨折患者の長期障害に関するレビューによると、骨折後 1 年間に、生存者の 42%が骨折前の運動能力に戻らず、35%が自立歩行ができず、20%が自立した買い物ができず、約 20%が介護施設に入所すると推定されている。

股関節骨折は、社会経済的に大きな影響を及ぼし、急性期および急性期後の施設介護を主として、多額の費用がかかる。

股関節骨折後の転帰を改善するためには外科的治療が極めて重要であるが、高齢者の股関節骨折は整形外科的疾患というよりもむしろ老年医学的疾患であるという提案から、新たな臨床的アプローチが求められている。

包括的な老年医学的ケアは代替的なケアの 1 つであり、老年医学専門病棟で実践されれば、急性期に入院した虚弱な高齢患者の転帰を改善する。

ガイドラインや勧告では、従来の治療に代わるものとして、老年医学的治療と整形外科的治療を併用することの重要性が取り上げられているが、最適な治療モデルは不明である。レビューに要約されているように、老年医学コンサルトチーム、老年医学医と整形外科医の共同ケア、および様々な学際的整形外科ケア・パスウェイを含む、整形外科ケアのいくつかの院内モデルが開発されてきた。これらのモデルは、せん妄、合併症発生率、および死亡率に有益な効果をもたらしている。

学術文献に報告されている老年医学的ケアのモデルのほとんどは、手術後に開始され、整形外科的な状況で実施され、特定の病院内および退院後のリハビリテーションプログラムと関連している。

無作為化されていないいくつかの研究では、手術以外のすべての評価と治療が学際的チームによって老年病棟内で行われる急性期整形外科医療パスウェイが調査されている。これらの研究の 1 つでは、合併症発生率、歩行能力、死亡率に重要な有益性が示されている。Oslo Orthogeriatric Trial の研究者らは、股関節骨折患者を対象としたクリニカルパスウェイを報告したが、そこでは手術を除くすべての評価と治療プログラムが急性期老年病棟で行われた。しかし、主要アウトカムである認知機能には効果がみられなかった。

本試験の目的は、包括的な老年医学的ケアと、入院期間全体を通じて提供される通常の整形外科的ケアとの有効性を評価することであり、骨折の評価と外科的治療のみを整形外科医が行った。無作為に割り付けた患者について、術後 1, 4, 12 ヵ月後に評価を行い、短期転帰と長期転帰の両方を調査した。移動不能は骨折の直接的な結果であり、長期的な機能低下にもつながるため、主要転帰として 4 ヵ月後の移動可能性を選んだ。

方法
前向き単施設ランダム化並行群間比較試験を行った。2008 年 4 月 18 日から 2010 年 12 月 30 日の間に、骨折前に 10 m 歩行が可能であった 70 歳以上の在宅の股関節骨折患者を、包括的な老年病ケアまたは救急部での整形外科的ケアのいずれかに無作為に割り付けた。

表 1. 高齢者包括的ケア v.s. 整形外科ケアの比較

高齢者包括的ケア (Geriatric Care)
所属科: 内科、高齢医学部門
病棟・設備: 高齢者病棟 (15 床のうち 5 床を股関節骨折患者用に確保)
スタッフ数 (ベッドあたり):
・老年科医: 0.13 人
・看護師・准看護師: 1.67 人
・理学療法士: 0.13 人
・作業療法士: 0.13 人
・整形外科医: 該当なし

整形外科ケア (Orthopaedic Care)
所属科: 整形外科・リウマチ科
病棟・設備: 整形外傷病棟 (移転前:19 床/1~4 人部屋、移転後:24 床/個室)
・老年科医: 該当なし
・看護師・准看護師: 1.48 人
・理学療法士: 0.09 人 (移転後は 0.07 人)
・作業療法士: なし
・整形外科医: 0.11 人 (移転後は 0.08 人)

治療内容の違い
高齢者包括的ケア(包括的・体系的・学際的なアプローチ):
・身体的健康:併存疾患の管理、薬剤見直し、疼痛、栄養、水分・排泄管理、骨粗鬆症、転倒予防
・精神的健康:うつ病、せん妄のケア
・機能評価:移動能力、日常生活動作(ADL, IADL)、社会的背景
・早期退院支援、早期リハビリ・離床の開始

整形外科ケア:
・整形外科部門の標準的なルーチンに従う

共通の治療内容(両群共通)
・術前の静脈輸液、鎮痛(大腿神経ブロック、アセトアミノフェン、必要時のオピオイド)
・血栓塞栓予防、術前抗菌薬投与、褥瘡予防マット使用
・麻酔科医による術前評価

手術内容
・非転位性大腿骨頸部骨折:2 本スクリューによる固定
・転位性大腿骨頸部骨折:人工骨頭置換術(半関節置換術)
・転子部・転子下骨折:スライディングヒップスクリュー、または前方髄内釘固定(一部)

無作為化は、ウェブベースのコンピュータによるブロック法で行われ、ブロックサイズは不明であった。主要アウトカムは、intention to treat で分析され、骨折の手術後 4 ヵ月の運動能力を SPPB(Short Physical Performance Battery)で測定した。治療の種類は患者やケアを提供するスタッフには隠されておらず、評価者はフォローアップ中の治療について部分的にマスクされたのみであった。

結果
1,077 人の患者の適格性を評価し、680 人を除外した。その主な理由は、ナーシングホームに居住している、あるいは 70 歳未満であるなどの組み入れ基準を満たしていなかったためである。残りの患者のうち、198 人を包括的高齢者ケアに、199 人を整形外科ケアに無作為に割り付けた。4 ヵ月後の時点で、174 人の患者が包括的高齢者ケア群に、170 人の患者が整形外科ケア群に残っていた。4 ヵ月後の平均 SPPB 得点は、包括的高齢者ケア群で 5.12 点(SE 0.20)、整形外科ケア群で 4.38 点(SE 0.20)であった(群間差 0.74, 95%CI 0.18-1.30, p = 0.010)。

議論
私たちは、股関節骨折の患者が、通常の整形外科病棟ではなく、急性期の高齢者病棟において学際的チームから手術以外のすべての評価と治療を受けた場合に、何らかの利益が得られるかどうかを検討した。

主要評価項目である「手術後 4 か月時点の SPPB (短時間身体パフォーマンスバッテリー)による移動能力」は、従来の整形外科ケアよりも包括的な高齢者ケアで良好な結果を示した(詳細は付録を参照)。また、ほとんどの副次的評価項目においても、整形外科ケアより包括的な高齢者ケアのほうが良好であった。これには、12 か月後の移動能力と認知機能、4 か月および 12 か月後の日常生活動作、転倒に対する恐怖、生活の質などが含まれる。

入院期間は包括的高齢者ケア群で有意に長かったが、自宅に直接退院できた患者は、整形外科ケア群よりも有意に多かった。

1 年間のフォローアップ期間中の居住場所、再入院数、リハビリテーション施設または長期介護施設への入所者数には群間で差はなかったが、手術後 4~12 か月の間に短期的に介護施設に入所した患者の数は、包括的高齢者ケア群で少なかった。

この解析は、70 歳以上の患者において、包括的高齢者ケアが整形外科的ケアよりも費用と効果の両面で優れている可能性が高いことを示唆している。移動能力は、骨折によって即座に失われる機能であり、股関節骨折を起こした高齢患者では歩行能力が著しく、かつ永続的に低下することが多いため、主要評価項目として選ばれた。

SPPB(短時間身体パフォーマンスバッテリー)は、身体機能の客観的評価指標とされており、被験者の健康状態も反映する。そのため、4 か月時点における群間の有意な差(0.74 ポイント)は臨床的に意味のある変化とみなされ、包括的高齢者ケアによる長期的な移動能力の改善は重要な発見である。

この結果は、Shyu らによる急性期整形外科の文脈で行われた整形外科に対する高齢者医学ケア(orthogeriatric)研究とも一致している。Oslo Orthogeriatric 試験におけるサブグループ解析(高齢者ケアの文脈で実施)でも、自宅生活を送る患者において移動能力の改善が認められている。

一方で、副次的な移動能力指標である TUG (Timed Up and Go テスト)では、群間の有意差は認められなかった。TUG は、SPPB よりも変化に対する感度が低いと考えられ、これは TUG を実施できない患者にスコアが与えられないことが一因である可能性がある。

4 か月および 12 か月時点での IADL(手段的日常生活動作)に対する包括的高齢者ケアの効果は、過去の股関節骨折患者に関する研究では示されておらず、本研究の重要な成果である。IADL の自立は、独立した生活を営むために極めて重要である。

また、Shyu らの研究や過去のリハビリ研究と一致して、ADL(基本的日常生活動作)に対するわずかな改善も包括的高齢者ケア群で確認された。

4 か月および 12 か月時点の QOL(生活の質)における差の大きさは、報告されている最小重要差(Minimally Important Difference)の平均とほぼ一致しており、ADL の改善という結果をさらに裏付けている。

12 か月時点における MMSE(認知機能検査)の平均スコアにおける 1.44 ポイントの差は、フレイルな高齢者集団においては臨床的に意味のある差と考えられる。個人の認知症患者において臨床的意味を持つためには 3 ポイントの差が必要とされるが、本研究では集団レベルでの意義がある。

FES-I(転倒に対する恐怖尺度)においても、1、4、12 か月時点で 1.2 ポイントの差が認められ、これは臨床的にも重要な改善とみなされる。

自宅へ直接退院した患者の割合は、整形外科ケア群よりも包括的高齢者ケア群で有意に多かった。この結果は、退院計画や早期の身体活動開始に向けた病院内プログラムの質の高さによる可能性がある。

この仮説は、術後 4 日目に装着型センサーを用いて測定した結果、包括的高齢者ケア群の患者の方が整形外科ケア群よりも立位や歩行に費やす時間が長かったことからも裏付けられる。

一方で、入院期間は包括的高齢者ケア群で有意に長かった。これは、過去の orthogeriatric に関する研究結果とは対照的である。今回の研究では、整形外科病棟における外傷患者用ベッドの需要増加により、整形外科ケア群での退院が早まった可能性も考えられる。

退院方針に関する別の説明として、包括的高齢者ケアと退院計画には時間がかかることが挙げられる。また、数日の追加入院により、患者が自宅へ直接退院できる状態になる場合もあったと考えられる。

サービスカテゴリーごとに分けた費用を見ると、初回入院費用は包括的高齢者ケア群の方が整形外科ケア群より高かった。その後の入院、リハビリ施設や介護施設での滞在、在宅医療サービスにかかる費用においては、群間の有意な差は見られなかった。

費用、死亡率、QOL(生活の質)の差を合わせた効果を ICER(増分費用効果比)で評価した結果、包括的高齢者ケアは整形外科ケアよりも費用対効果に優れた代替手段であることが示された。股関節骨折患者における整形外科と老年医学の共同管理についてのこれまでのランダム化試験では、包括的高齢者ケアの費用対効果に関する報告はなかったが、非ランダム化研究では示されている。

本研究の主な強みは以下のとおりである:

・整形外科ケアを通常通り受ける対照群を用いたランダム化比較試験である点
・大規模なサンプルサイズと高い追跡完了率
・長期的な機能的転帰と費用対効果に焦点を当てていること
・自己申告ではなく、詳細なパフォーマンステストを主要評価項目としたこと

また、解析は事前に定められた統計解析計画に従って実施され、最初のデータ解析時には治療割り当てが非公開であった。

本研究の主な限界は、治療割り当てのマスキング(盲検化)や隠蔽が不完全であったことにある。患者や治療に関わるスタッフのマスキングは不可能であり、追跡調査においても評価者のマスキングは一部しか実現できなかった。このマスキングの欠如は、パフォーマンステストや質問票による結果に影響を与えた可能性がある。

ただし、「退院先」「居住地」「医療サービス利用状況」のデータは、群割り当てを隠した状態で収集された。また、術後 4 日目の活動量測定データも、主要評価項目の結果を支持している。したがって、マスキングが不十分であったにもかかわらず、結果は信頼できると考える。

費用対効果解析における重要な限界は以下の通り:

・EQ-5D-3L(生活の質評価)のベースライン測定がなかったため、初期値の不均衡を補正することができなかった。
・費用データはレジストリから取得されたため、リコールバイアスや選択バイアスの回避はできたが、誤ったコーディングや記録漏れの影響を受ける可能性がある。
・経済評価は副次的評価項目に基づいて行われたため、費用差を示すには試験の統計的パワーが不十分だった可能性がある。

本研究は単一施設で実施された試験であり、他施設への一般化可能性(外的妥当性)や実現可能性に関する疑問が残る。包括的高齢者ケアは、多職種による統合的な評価と治療を伴う複雑な介入であり、その治療効果は特定の一人のスキルや専門性に依存するものではない。

研究は大規模な病院で実施され、整形外科手術部門では国内外のガイドラインに従った治療が提供されていた。したがって、整形外科ケア群で行われた治療は、北欧の多くの病院における標準的治療と類似していると考えられる。

さらに、本研究のサンプルサイズは大きく、在宅生活を送っており歩行能力を保持している高齢の股関節骨折患者を代表するものであり、適格とされた股関節骨折患者 530 名のうち 397 名(75%)が登録された。主な除外理由は、年齢が若く包括的高齢者ケアを必要としないと判断されたこと、あるいはすでに介護施設に恒常的に入所しており、本研究の主要および副次評価項目の対象とならなかったことである。

また、本研究の結果は、これまでに行われた整形外科と老年医学の連携による股関節骨折治療の研究結果および、一般的な虚弱高齢者を対象とした包括的高齢者ケアの研究結果によって裏付けられている。

ゆえに、本研究の結果は妥当であり、包括的高齢者ケアは他の医療現場においても実施可能であると考えられる。ただし、この仮説をより強固に支持するには、多施設共同研究が必要である。

本研究は、70 歳以上の股関節骨折患者を包括的高齢者ケアのために老年病棟へ直接入院させた際に、その有用性および費用対効果があることを示した初の試験である。既存のガイドラインにおいては、脆弱性骨折を有する高齢患者の治療は整形外科と老年医学が連携する 'orthogeriatric care' として組織されるべきであると推奨されている。

本研究は、股関節骨折を有する高齢患者に対するこれらの推奨を支持するものであり、術前および術後における orthogeriatric care が、従来の整形外科外傷病棟での治療と比較して、術後 4 か月および少なくとも 1 年にわたって転帰を改善することを示している。

元論文
https://www.academia.edu/55776744/Comprehensive_geriatric_care_for_patients_with_hip_fractures_a_prospective_randomised_controlled_trial

高齢者のフレイル

2025-05-03 08:56:27 | 老年学
高齢者のフレイル
N Engl J Med 2024;391:538-548

フレイル(frailty)とは、生理的予備能が低下し、健康上のさまざまな不利な結果に対する脆弱性が高まった、臨床的に特定可能な状態のことである。世界 62 カ国を対象とした報告では、地域住民におけるフレイルの有病率は、50~59 歳で 11%、90 歳以上で 51%であった。急性期病院や介護施設に入所している高齢者、低・中所得国の高齢者、社会的に脆弱な立場にある高齢者は、いずれもフレイルのリスクが高い。

ここではまず、フレイルの生物学的メカニズム、測定法、臨床管理について簡単に概説する。続いて、患者のフレイルレベルに基づいて臨床管理を個別化するアプローチと、フレイルと関連する健康アウトカムを改善するための介入について考察する。最後に、高齢化社会でフレイルを大規模に管理するための、現在のエビデンスのギャップと今後の方向性について提言する。

フレイルの定義
フレイルの定義は様々だが、フレイルの概念は症候群としてのフレイルと、状態としてのフレイルの 2 つが主流である。特筆すべきは、それぞれにフレイルとされる集団が異なることである。身体的フレイルの表現型は、代謝の変化とストレス反応の異常に起因する臨床的症候群である。特徴的な症状は、疲労(最初の症状)、脱力、動作緩慢、運動不足、体重減少(最後の症状)である: 何もなければ「健常」、1~2 個なら「プレフレイル」、3~5 個なら「フレイル」である。5 つすべての特徴を持つ場合は、危機的な移行を意味し、死亡率が上昇し、逆転の可能性は小さくなる。Fried physical frailty (Fried らによって提唱された身体的フレイルの定義) の表現型は、マルチモビディティ (multimorbidity) やディサビリティ (disability)とは異なる。

状態としてのフレイルは、加齢に伴う健康欠損 (health deficit) の蓄積による健康不良の状態を定義している。欠損の選択は、その背景や利用可能な情報(調査、包括的老年アセスメント、電子カルテ、行政データ、バイオマーカーなど)によって異なり、診断、認知機能、身体機能、ディサビリティ、栄養状態、臨床検査などが含まれる。その程度は、評価された欠損の数のうち欠損の存在する割合であるフレイル指数 (fralty index) によって定量化される。ほとんどの研究では、生存を脅かすような欠損の負担があることが示唆されるフレイル指数が 0.70 を超える人は 1%未満である。フレイルの定義の決定版 (once and for all) を求める声はあるが、身体的フレイルも、欠損蓄積状態としてのフレイルも、依然として使用されている。

フレイルの生物学
フレイルの生物学的メカニズムに関する現在の理解は発展途上であり、不完全である。慢性炎症、細胞老化、ミトコンドリア機能障害、栄養センシング (nutrient sensing) の調節障害を含む、細胞内および細胞レベルでの老化加速のプロセスが、複数の生理学的システムの機能障害を引き起こし、フレイルの臨床症状を引き起こすと考えられている。これらの生物学的プロセスを標的とすることで、フレイルを予防あるいは回復させることができるかどうかは、現在活発に研究されている分野である。現在までの研究のほとんどが前臨床試験であるため、これらの知見がヒトにどのように反映されるかは不明である。

慢性炎症は、細胞老化やミトコンドリア機能障害などの非感染性の引き金に反応して起こる可能性があり、成長因子の発現を阻害し、異化を亢進させるため、サルコペニアやフレイルの一因となる。抗炎症性サイトカインであるインターロイキン-10 を産生できない遺伝子改変マウ スは、血清インターロイキン-6 濃度が高く、酸素消費量が減少し、筋力が低下する 。DNA 損傷、がん変異、酸化ストレスが引き金となり、一部の細胞は永久的な細胞周期の停止状態(細胞老化)に入るが、その間は生存能力を維持し、炎症性分子を分泌する(老化に伴う分泌表現型)。ダサチニブ (dasatinib) やケルセチン (quercetin) などの老化抑制剤は、老化細胞を除去し、肥満マウスの炎症と代謝機能不全の軽減、特発性肺線維症マウスの肺コンプライアンスの改善とフレイルの軽減、マウスの加齢に伴う骨量減少の回復をもたらす。慢性炎症は免疫反応を減弱させ、感染症への感受性を高め、ワクチン接種後の抗体反応を損なう可能性もある。

ミトコンドリア DNA の変異、呼吸鎖複合体の不安定化、ミトコンドリアのホメオスタシスの乱れによって引き起こされるミトコンドリア機能障害は、フレイルの発症に関与するもう一つの重要なメカニズムである。その結果、細胞のエネルギー産生が低下し、活性酸素の産生が増加し、炎症が起こる。酸化ストレスが高いスーパーオキシドジスムターゼ-1 ノックアウトマウスでは、体重減少、筋力低下、運動不足、疲労がみられたが、食事制限によって軽減された。ヒトでは、骨格筋のミトコンドリア機能障害は、筋力低下、運動不耐性、疲労と関連していた。ミトコンドリア減少のマーカーであるミトコンドリア DNA コピー数の低下は、Fried による身体フレイルの表現型や欠損蓄積型フレイルと相関していた。

栄養センシングの異常もまた、フレイルの発生に関与している。栄養センシング経路には、アデノシン一リン酸活性化プロテインキナーゼ (adenosine monophosphate-activated protein kinase: AMP kinase) とサーチュイン-1/3 (sirtuin-1/3)(栄養欠乏センサー)だけでなく、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体 1 (mammalian target of rapamycin complex-1: mTORC1)(栄養センサー)が関与している。アデノシン一リン酸活性化プロテインキナーゼ経路とサーチュイン経路を活性化し、哺乳類ラパマイシン標的経路を阻害することによって、カロリー制限は健康と長寿に恩恵をもたらす。アカゲザルでは、長期間のカロリー制限により、自由摂取と比較して、身体フレイルの表現型が予防され、筋力低下、動作緩慢、運動不足、疲労が改善された。ラパマイシンによる哺乳類ラパマイシン標的経路の阻害、メトホルミンによるアデノシン一リン酸活性化プロテインキナーゼの活性化、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド前駆体によるサーチュイン-1/3 の活性化は、動物モデルにおいて筋肉量と機能を改善した。

加齢は、同化ホルモン(例えば、デヒドロエピアンドロステロン硫酸、テストステロン、成長ホルモン/インスリン様成長因子-1)の減少や異化ホルモン(例えば、コルチゾール)の増加などのホルモン変化と関連している。これらのホルモン変化は、骨格筋の成長を阻害し、分解を促進し、レジリエンス(ストレス要因から回復する能力)の喪失やフレイルの一因となる可能性がある。

フレイルの評価
フレイルを評価するための方法は数多くある。ほとんどのフレイル評価ツールは、健康上の有害な転帰を予測するものであり、外来、入院、救急部、術前クリニックで使用できる簡単なスクリーニングツールが豊富にある。これらは、自己報告(疲労、抵抗、歩行、病気、体重減少に関する質問票など)、臨床的判断(Clinical Frailty Scale など)、または電子カルテを用いるものがある。包括的な老年医学的評価に基づく多領域ツール(例:deficiency accumulation frailty index、Edmonton Frail Scale)は、可逆的な状態や介入の対象となる領域を明らかにすることができる。包括的な老年医学的評価とは、治療とフォローアップのための協調的で統合された計画を立案するために、高齢者の医学的、機能的、身体的、心理学的、社会環境的な状態を決定することを目的とした、多職種からなるチームまたは専門的な臨床家によって行われる多面的な評価である(オンライン上の補遺にある包括的な老年医学的評価の詳細を参照)。ストレスの多い治療(例えば、化学療法や手術)に関する意思決定には、一般的なツールよりも、特定の治療集団で試験されたツールの方が治療成績の予測に優れている可能性がある。eFrailty.org では、フレイル評価ツールの選択ガイドと、一般的に使用されるツールの電子計算機が利用できる。

パフォーマンス評価(歩行速度、握力など)は、急性疾患によって影響を受けたり、病院内では実用的でなかったりすることがある。その場合、パフォーマンステストを伴わないツールが有用である。急性疾患の症状をフレイルのせいにしないために、評価は評価時ではなく、最近(例えば 2 週間前)の健康状態を尋ねるべきである。Fried による身体フレイルや欠損蓄積型フレイルの軌跡の悪化は、死亡リスクの上昇や QOL の低下と関連している。異なるフレイル評価ツールの結果を比較する際には注意が必要である。

特定の状況 (たとえば、手術) で健康状態の評価する場合にしばしば起きることであるが、Friedの身体フレイルを修正したり、異なるフレイル指標を使用したりすると、一貫性のない結果が得られることがある。誤った解釈を避けるためには、使用するフレイルのツールを特定すべきである。一般的に使用されているフレイル評価ツールの比較を可能にするガイドラインがある。

フレイルのスクリーニングと介入の有用性に関するエビデンス
フレイルのスクリーニングと介入に関する現在のエビデンスは限られている。フレイルへの介入を評価する臨床試験のほとんどは、サンプルサイズが小さく、研究集団が不均一であり、使用するフレイル評価ツールがまちまちで、介入やアウトカム評価指標が異なっており、これらすべてがエビデンスの質を低下させる一因となっている。これらの限界にもかかわらず、特定の介入はフレイルと関連アウトカム(例えば、運動能力、筋力、機能状態、転倒)を改善することが実証されている(表 1)。

表 1. フレイルおよび関連する臨床転帰を予防または改善するための介入に関するエビデンスのまとめ
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11634188/#T1

これらの試験では、適格性の判定にフレイル評価が用いられているが、プライマリケアにおける通常のケアと比較して、ルーチンのフレイルスクリーニングが患者の転帰を改善し、医療利用や医療費を削減に有効であるかどうかについては不確実性が残っている。フレイルスクリーニングの有用性は、腫瘍学と外科学で最もよく実証されている。臨床試験の管理された環境では有効性が証明された介入策も、より実際的で日常的なケア環境では一貫して同様の有効性を示していない。有効性の欠如を結論づけるのではなく、これらの介入策をどのように実施するのが最善かを理解し、その利点を日常的なケアに反映させるためには、さらなる努力が必要である。

フレイルに基づいた臨床管理へのアプローチ
フレイルの概念は、臨床現場において有用なツールであり、臨床医が加齢に関連した健康状態の予後やリスクを予測したり、エビデンスに基づいた介入を行う際の的を絞ったり、ストレスのかかる治療(化学療法、大手術など)の決定を含む臨床管理を調整したりすることを可能にする。高齢者のフレイルの程度を、健康な状態から重度にフレイルな状態までのスペクトルで考えることは、エビデンスと老年医学的ケアの原則をどのように適用するかを考える上で有益である(図 1)。

図 1. フレイルの程度に基づく高齢患者の臨床管理へのアプローチの提案
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11634188/#F1

目標は 2 つある:1)頑健性 (robustness)(ストレス要因からのダメージを最小限に抑える)と回復力(resilience)(ダメージを修復する)を高めるために生理的予備力 (physiologic reserve) を高めること、2)ストレス要因を予防または軽減することである。フレイルのない人の管理は、健康的なライフスタイル、慢性疾患の管理、予防的ケアを通じて生理的予備能を高めることに重点を置くべきである。

フレイルが疑われる患者に対しては、入念な医学的評価または包括的な老年医学的評価を行い、前駆症状と増悪因子を特定し、介入目標を決定する必要がある。管理は、患者の目標とフレイルの程度に応じて、生理的予備力を維持し、ストレス要因を予防して、機能と QOL を最大化することを目的とする。そのために重要なことは、日常的なケアをより危険の少ないものにすることである。フレイルは、有効な治療を差し控えるための便宜的な手段として使われるべきではなく、むしろ患者中心のケアを促進するための道具として使われるべきである。治療を患者の健康上の優先事項に合わせることで、治療の負担や不必要なケアを減らすことができる。ポリファーマシーや不適切な可能性のある薬剤を最小限に抑える努力は必要であるが、治療法によっては(例えば、運動)、フレイルのある人により大きな利益をもたらす可能性がある。フレイルを予後予測モデルに組み込むことで、余命予測が改善され、がん検診を継続するべきか否かの判断に役立つ。慣れ親しんだ環境での日常生活の維持、社会的つながりの維持、資源の動員など、個人に合わせた適応的対処戦略は、フレイルによる制約があったとしても患者がセルフケアを行い、社会的役割を継続するのに役立つ。

終末期に近いフレイルを特定することは、機能低下のパターンが予測できないため困難である。このような患者は、Fried による身体フレイルのすべての特徴を示すことが多く、欠損蓄積フレイル指数が 0.70 に近づいたり、身の回りの世話に完全に依存したりすることがある。その場合は、緩和ケアやホスピスケアなど、快適さと尊厳を提供することに重点を置くことを検討する。

フレイルが進行すると、ケアプランの遵守を確実にし、健康管理や日常生活を支援するための社会的支援が重要になる。脆弱性が高まるため、予防接種と家庭環境の改善は、回避可能なストレス要因を予防するための重要な方法である。

フレイルに対する介入
フレイルおよび関連アウトカムを予防または改善するための介入について、ランダム化比較試験のメタアナリシスおよびシステマティックレビューから得られたエビデンスを臨床場面別にまとめた(表 1)。

一般に、フレイルの改善に有効な介入(運動や包括的な老年学的評価など)は、さまざまな生理学的システムに影響を与えるが、単一の生理学的異常を対象とした介入(ホルモン療法など)は有効性を示していない。

地域在住の高齢者では、運動かつ/または経口栄養補給を行い、包括的な老年医学的評価を行うことで、Fried による身体フレイルの表現型にプラスの効果を及ぼす可能性がある。有酸素運動や筋力強化を含む運動介入は、通常、週 1~4 回、1 回 30~60 分の頻度で行われる。ヨガや太極拳も、運動能力や筋力を高め、日常生活動作を改善し、転倒を減少させる可能性が高い。

包括的な老年医学的評価は、フレイルの老人ホーム入所や死亡のリスクに影響は与えないが、予定外の入院を予防する可能性がある。

薬物療法の最適化には、包括的な薬物療法の見直しと、有害な作用や効果が不明確な薬物の減量や中止が含まれ、死亡率や機能低下を減少させる可能性がある。ビタミン D、オメガ 3、性ホルモン、成長ホルモンの補充は、フレイル、身体機能、日常生活動作にほとんど影響を及ぼさなかった。

入院中の高齢患者において、経口栄養補給を伴う運動は、Fried による身体フレイル、欠損蓄積フレイル、可動性、日常生活動作を改善する可能性がある。運動のみ、または経口栄養補給のみでは、身体機能および日常生活動作に対する効果は不明確である。

介護施設入居者では、薬物療法の最適化が転倒、死亡、入院を減少させる。経口栄養補給とビタミン D 補給の有益性は不明である。

プライマリケアと急性期病院におけるフレイルのスクリーニング
有効性が確認されたフレイル評価ツールやランダム化比較試験で証明された有効な介入が利用可能であることから、日常的なフレイルスクリーニング、スクリーニング陽性患者に対する包括的な老年医学的評価、そして個々の患者に合わせた介入を含む、プライマリケアに基づいた統合的ケアモデルは、フレイルの予防と管理の可能性を秘めている。しかし、オランダで実施された 6 つのランダム化比較試験と 2 つの対照研究のメタアナリシスでは、このようなモデルは通常のケアと比較して、1 年後の機能状態、QOL、臨床転帰を改善できなかったことが示されている。イギリスで実施された、急性期入院の最初の 72 時間以内にフレイル患者を特定し、包括的な老年医学的評価を実施するための質改善共同研究では、実施後 11 ヵ月間の入院期間、院内死亡率、30 日再入院、施設入所の減少は認められなかった。これらの所見は、注意深く選択された患者を対象に実施された臨床試験から得られた、運動、経口栄養補給、および包括的な老年医学的評価のプラスの効果とは対照的である。一貫性のない所見の説明として考えられるのは、候補者の選択、比較群の標準ケア、介入の忠実性と遵守の違いなどである。他の医療環境における統合ケアモデルの有効性については、さらなる研究が必要である。

ストレスの多い治療前のフレイルスクリーニング
ストレスの多い治療前のフレイルスクリーニングの理論的根拠は、候補者の選択を改善し、リスクを積極的に最適化し、治療転帰を改善するために患者中心のケアを提供することである。米国の 40 の腫瘍科クリニックを対象としたクラスターランダム化比較試験では、包括的老年学的評価から得られた領域特異的障害の要約とそれに合わせた推奨を腫瘍科医に提供することで、高齢のがん患者において治療効果を損なうことなく重篤な化学療法毒性が減少した。包括的老年学的評価群では、より集中的でない化学療法を開始した患者が多く、包括的老年学的評価の所見に基づいて治療強度が変更されたことが示唆された。オーストラリアの多施設共同ランダム化比較試験では、高齢のがん患者に対するがん治療に包括的な老年医学的評価を組み入れることで、QOL が改善し、予定外の入院が減少した。米国の大規模な医療システムでは、ルーチンの術前フレイルスクリーニング、それに続く患者のフレイルと予後に関する外科医との話し合い、患者の目標と期待を明確にするための緩和ケア相談、治療計画の修正(手術の決定や手技の選択など)が、術後死亡率の低下と関連していた。同様の所見は、英国の国民保健サービス(National Health Service)が、重傷で入院したすべての高齢患者に対して老年医学専門医による評価を金銭的に奨励するガイドラインを導入した際にも観察された。プレハビリテーションプログラムは、一般的に 4 週間の運動、患者教育、栄養補給、禁煙を含むことにより、手術成績不良の修正可能な危険因子を最適化することを目的としており、整形外科手術や大腸がん手術後の機能回復を促進する可能性がある。

エビデンスのギャップと研究の方向性
ある種の介入はフレイルとともに生きる人々にとって有益であるが、日常的なフレイルスクリーニングとそれに続く個別化された介入の有益性は、特定の臨床場面(例えば腫瘍科や外科)以外では一貫して証明されていない。このような矛盾があることから、フレイル同定戦略(ルーチンか標的か)、フレイル評価ツールの選択、ルーチンケアにおける介入実施に関する追加研究が求められる。フレイルを予防または逆転させるための介入とその費用対効果、フレイル介入を評価するための標準的なアウトカム指標、フレイルによる治療効果の異質性(すなわち、フレイルの程度によって治療の有益性と有害性がどのように異なるか)については、エビデンスギャップが存在する。未解決のニーズは医療全般にわたって存在するが、高いリスクと結果の即時性を考慮すれば、フレイルを伴う高齢者にとってより安全な病院医療を実現することは、最優先事項であると考えるべきである。老年心臓病学、老年腫瘍学、老年整形外科学、およびそれらの近縁分野は、そのようなアプローチが既成事実 (fait accompli) ではなく、検証可能な仮説としてとらえられる限り、他の分野にとって実行可能なモデルであることを証明するかもしれない。老年医学では、複雑なニーズを持つ人々に対して、個別化されたケアプランに基づく複雑な介入を行っている。このようなアプローチは模倣に値する。いくつかの国(フランス、カナダ、中国など)では、地域に根ざしたスクリーニングと管理が開始されている。このような取り組みの長期的な有効性については、まだ明らかにされていない。フレイルの生物学的な理解が深まれば、修正可能な危険因子が特定され、フレイルの予防と治療のための潜在的な治療薬(「geroprotector」など)が開発されるであろう。

geroprotector
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28580190/

差し迫ったニーズ、医療制度におけるばらつき、費用と時間のかかるランダム化比較試験の性質を考慮すると、このような試験はしばしば非現実的である。この課題に対処するための革新的な戦略のひとつが、hybrid effectiveness-implementation study である。

hybrid effectiveness-implementation study
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3731143/

この研究デザインは、現実のローカルな環境における介入の有効性を評価するだけでなく、それを実施する最善の方法を探るものである。意思決定者にとっての利点は、特定の現場での実施に影響する地域的要因を考慮しつつ、こうした介入策を迅速に取り入れることができる点にある。あるフレイル指標が他の指標よりも優れているという説得力のある証拠がない場合、このような研究は意思決定者が最も適切なフレイル指標を選択する際の指針となる。もう一つの戦略は知識変換(Knowledge Translation)であり、研究エビデンスを組み立てて実施するプロセスである。これは、様々な臨床現場においてエビデンスを適応、評価、発展させるものであり、イギリスの外傷センターで老年医学的治療がどのように採用されたかに代表される。

結論
フレイルを評価することで、臨床医は健康状態や医学的複雑性のばらつきを理解し、個人の目標や健康上のニーズに合わせたケアを提供し、その人の脆弱性に基づいてストレスのかかる治療法を行うべきか否かの判断をすることができる。フレイルに導かれた臨床ケアは、高齢者を断片的な病気の集合体としてではなく、総合的に治療することによって、現在のケアモデルの非効率性を克服する可能性を秘めている。フレイル評価に基づくクリニカルケアの利点を十分に発揮するためには、評価、新規治療、臨床管理、多様な環境における臨床家への最適なトレーニングなど、知識のギャップを縮めるためのさらなる研究が必要である。

元論文
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11634188/

高齢者の急性疼痛管理

2025-04-23 22:35:22 | 老年学
高齢者の急性疼痛の管理
Clin Med 2022;22:302-306

高齢者は多くの生理学的変化を経験する可能性があり、それは医療専門家による急性疼痛の認知、診断、管理に影響を与える。これらの違いを理解することで、高齢者の急性疼痛の同定、評価、治療が可能となる。鎮痛薬を慎重に選択し、適切な漸増とモニタリングを行うことで、高齢者の鎮痛ニーズを満たすことができる。

要点
・高齢者における鎮痛薬の選択を決定するためには、定量的・定性的な疼痛評価方法の両方が有用である。

・高齢者に処方される鎮痛薬の選択は、生理的変化、心理的問題、既存の薬物、認知機能など複数の要因によって決定される。

・痛みの治療が不十分であったり過剰であったりすると、せん妄や転倒などの重大な結果を招く可能性があるため、急性の痛みを有する高齢者に処方する際にはこの点を考慮しなければならない。

・高齢者には、疼痛を適切に管理するために、可能な限り短期間に最低量の鎮痛薬を投与すべきである:低用量から開始し、慎重に漸増する。

・初期治療と継続的治療の有効性を判断するために、高齢者の疼痛を定期的に再評価する。

はじめに
痛みは有害な刺激による主観的な経験であり、急性疼痛は最大 3 ヶ月続く疼痛と定義される。高齢者はいくつかの生理学的な変化を経験する可能性があり、それが急性期の痛みの経験や医療者による診断・管理方法に影響を与える。急性疼痛はプライマリケアとセカンダリーケアの両方で受診するすべての患者にとって非常に多く、入院患者の 50%以上が入院中に重大な痛みを経験すると推定され、痛みの有病率は年齢とともに増加し、特に筋骨格系の問題やうつ病の既往歴のある患者において増加することがわかっている。本稿の目的は、高齢者の痛みの感じ方を変化させる可能性のある、痛みに関する生理学的な加齢変化を概説し、この痛みを評価し治療する際に必要な調整を概説することである。

侵害受容と痛みの知覚に関する加齢変化
高齢者では、痛みの感じ方に影響を与えるような生理学的な変化が数多く見られる。神経線維、特に鋭い局所の痛みの感覚を生み出す有髄 Aδ 神経線維は、加齢とともに減少する。高齢者の神経細胞は再生せず、増殖する非神経性グリア細胞に置き換わるため、痛みに対する反応が低下する。固有知覚 (proprioception) の喪失や末梢神経の伝導性の変化など、さらなる変化が傷害のリスクを高め、疼痛を発症する可能性が高くなる。

また、高齢者は多疾患に罹患する可能性が高く、痛みを伴う可能性のある疾患が蓄積しやすい。例えば、パーキンソン病、脳卒中後の痛み、脊髄 (小脳)変性症 (degenerative spinal disease)、関節炎、糖尿病性神経障害などである。また、高齢者は認知症などの認知障害を発症する可能性が高く、その結果、痛みの感覚が変化することもある。

高齢者における痛みの影響
痛みが個人に与える影響は多岐にわたるが、特に高齢者においては顕著である。痛みは、機能障害、睡眠障害、社会性の低下、抑うつ、運動能力の低下、リハビリテーションの遅れをもたらす。高齢者、特に虚弱な高齢者は機能的予備能が低下している可能性があり、痛みに関連した障害は運動能力、認知能力、自立性により深刻な影響を及ぼす可能性がある。

高齢者の痛みの評価
痛みは主観的な現象であり、直接測定することはできない。その結果、痛みを定量化するために、簡単な言語による評価尺度、視覚的アナログ尺度、絵による痛み尺度、さらに McGill Pain Questionnaire や Brief Pain Inventory のような複雑な評価ツールなど、自己報告式の痛み測定ツールが使用されている。

患者やその介護者は、痛みを「正常な」加齢に起因するものとして過小評価する可能性があり、その結果、過少報告、ひいては過少治療につながるため、患者とともに積極的に痛みについて検討することが重要である。また、患者や介護者は鎮痛に伴う副作用やポリファーマシーを懸念し、医療従事者に痛みを報告することを避けるかもしれない。ある研究では、65 歳以上の高齢者の 5 分の 1 が 4 つ以上の部位で痛みを訴えた。

最も妥当な痛みの評価は自己申告であるが、これは多くの要因(気分、無気力、鎮静剤など)に影響される可能性がある。また、入院中の痛みの記録は乏しく、痛みのスコアが高いからといって、必ずしも鎮痛薬が多く投与されるとは限らないことも認識されている。高齢者の場合、認知障害(認知症やせん妄など)やコミュニケーション障害(失語症など)のために、痛みの評価がさらに複雑になり、痛みの報告が減り、これらのツールの精度が低下する可能性がある。このような患者にとって、痛みは報告されず、認識されていない可能性がある。そのため、非言語的な行動(顔の表情やボディランゲージの変化など)と、痛みに関連する生理的変化(頻脈など)を組み合わせて、痛みのレベルを引き出すための観察型疼痛評価ツールが考案されている。そのようなツールの一例として、言葉を発することができない認知症患者の痛みを測定するために考案されたアビー・ペイン・スケール(Abbey Pain Scale)(図 1)がある。

図 1. アビーペインスケール
https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S1470211824029300-gr1_lrg.jpg

高齢者の鎮痛効果
高齢者の鎮痛効果は、複数の理由により若年者とは異なる。第一に、鎮痛薬の薬物動態を変化させる加齢に関連した代謝の変化が多数存在する。高齢者では全身の水分が減少するため、水溶性薬剤(モルヒネなど)の分布容積が小さくなる。また、除脂肪体重が減少し、体脂肪が増加するため、薬剤の筋肉分布容積が小さくなり、脂溶性の薬剤が蓄積する。さらに生理的な変化として、肝や腎のサイズ、血流が減少し、鎮痛薬の効力、持続時間、クリアランスが変化する。

高齢者はまた、多疾病やポリファーマシーを経験する可能性が高い。臨床の現場では、高齢者に鎮痛薬を処方する場合、慎重な薬剤選択、用量調整、鎮痛薬の効果の綿密なモニタリングが必要となる。鎮痛薬のカテゴリー別に具体的な影響を表 1.1 に概説する、

表 1.1 鎮痛薬のカテゴリー別の高齢者に与える影響
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1470211824029300#tbl1

高齢者の疼痛治療
急性期の疼痛管理には、温熱や氷の使用、マッサージ療法、理学療法、代替療法(鍼治療など)など、多くの非薬物療法がある。高齢者に薬を処方する際の課題について先に述べたことを考慮すると、非薬物療法は副作用が少ない傾向にあり、一般的には第一選択療法として考慮されるべきである。しかし、これらの治療法では十分でない場合もあるため、鎮痛薬が痛みの治療法の基本をなすことが多い。鎮痛薬の選択は、世界保健機関の疼痛ラダー(図 2)に概説されている原則に裏打ちされている。

図 2. 世界保健機関の疼痛ラダー
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1470211824029300#fig2

しかし、高齢者に鎮痛薬を処方する際には、多くの考慮が必要である(表 1)。特定の局所的鎮痛は、大腿骨頚部骨折後の大腿神経ブロックの使用など、選択的な急性期において特に有効である。これらの鎮痛法は、全身的な有害作用(認知機能障害や鎮静など)を軽減できるという利点があるが、高齢者にとっては投与が困難な場合がある。

結論
急性期において高齢者に適切な鎮痛を提供することは、生理機能の変化、ポリファーマシー、多疾病、薬物処理の変化、痛みの過少報告や過少認識などの結果、困難な場合がある。痛みについて積極的に尋ねたり、痛みを正確に評価するための追加的な方法を取り入れたりすることは、特に効果的なコミュニケーションがとれない患者にとって重要である。鎮痛薬の注意深い選択、漸増、モニタリングと組み合わせることで、この患者群の鎮痛ニーズがうまく満たされるようになる。

元論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1470211824029300

高齢入院患者のせん妄

2025-04-11 23:16:31 | 老年学
高齢入院患者のせん妄
N Engl J Med 2017;377:1456-1466

概要
75 歳の男性が、腹部の大手術を予定して入院している。機能的には自立しているが、軽度の物忘れがある。術中の経過は問題ないが、術後 2 日目に重度の錯乱と興奮が出現した。何が起こっているのだろうか?あなたならこの患者のケアをどうするだろうか?この患者を予防することは可能だっただろうか?

臨床的問題
せん妄は急性脳障害と考えることができ、急性心不全と同様に複数の機序に共通する最終的な結果である。精神障害の診断と統計マニュアル第 5 版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition: DSM-5)におけるせん妄の正式な定義では、急性に発症し変動する傾向のある注意と意識の障害が必要とされている(表 1)。

表 1. せん妄の診断基準 (DSM-5)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T1
せん妄の診断には、以下のすべての基準を満たすことが必要である

・注意と意識の障害
・障害は急性に発現し、重症度は変動する傾向がある。
・少なくとも 1 つの認知障害がある。
・認知障害は既存の認知症では説明できない。
・重度の覚醒レベルの低下や昏睡状態において、認知障害は生じない。
・根底に器質的な原因がある。

錯乱アセスメント法(Confusion Assessment Method: CAM)
せん妄の存在には、1 と 2、および 3 または 4 のいずれかが必要である。

変動する精神状態の急性変化
2. 不注意
3. 思考の混乱
4. 意識レベルの変化

せん妄の病態生理学的メカニズムはまだ十分に解明されていないが、代表的なモデルとしては神経伝達物質の不均衡や神経炎症が挙げられる。

せん妄は、入院中の高齢者に非常によくみられる。70 歳以上の一般内科患者の 3 分の 1 がせん妄を有する。このような患者の半数は入院時にせん妄を認め、残りの半数は入院中にせん妄を発症する。せん妄は高齢者における最も一般的な手術合併症であり、待機的手術 (elective surgery) 後の発生率は 15~25%、股関節骨折整復術や心臓手術などのハイリスク手術後の発生率は 50%である。集中治療室(intensive care unit: ICU)で機械的人工呼吸を受けている患者では、せん妄の累積発生率は、昏迷や昏睡と合わせると 75%を超える。救急外来では、高齢者の 10~15%にせん妄がみられる。緩和ケアの現場では、終末期のせん妄の有病率は 85%に迫る。

多くの臨床家はせん妄患者を興奮状態にあると考えるが、過活動せん妄 (hyperactive delirium) は症例の 25%にすぎず、それ以外は低活動性(hypo-active)せん妄である。低活動性せん妄は予後不良と関連するが、これは認識される頻度が低いためと考えられる。

せん妄の危険因子は、素因 (predisoosing) と誘因 (precipitating) の 2 つに分類されている。高齢、認知症(臨床的に認識されないことが多い)、機能障害、重度の併存疾患は、一般的な素因である。また、男性、視力・聴力の低下、抑うつ症状、軽度認知障害、臨床検査値の異常、アルコール乱用もリスクの増加と関連している。

誘因のうち、薬物(特に鎮静催眠薬と抗コリン薬)、手術、麻酔、高度の疼痛、貧血、感染症、急性疾患、慢性疾患の急性増悪が最も多く報告されている。このことは、若年成人ではせん妄を引き起こさないような誘因をもつフレイルの高齢者にせん妄がしばしば発症する理由を説明している。

せん妄は一過性のものであるというのが古典的な教えである。システマティックレビューによると、入院中のせん妄が退院時に持続した症例は 45%、1 ヵ月後には 33%であった。せん妄持続の危険因子としては、高齢、認知症の既往、複数の既往症、せん妄の重症度、身体拘束 (physical restraints) の使用などが挙げられる。(身体拘束についてはせん妄の病因である可能性もあるし、重症のせん妄の結果である可能性もある)。

病院においては、せん妄は合併症、入院期間の延長、介護施設入所の強力な危険因子である。長期転帰に関しては、平均 22.7 ヵ月間追跡された約 3000 人の患者を対象としたメタアナリシスによると、せん妄は死亡リスクの増加(オッズ比、2.0;95%信頼区間 [confidence interval: CI], 1.5~2.5)、施設入所(オッズ比、2.4;95%CI, 1.8~3.3)、認知症発症(オッズ比、12.5;95%CI, 11.9~84.2)と独立して関連していた。 せん妄と長期的な認知機能との関係を調べた研究は数多くある。心臓手術を受けた患者を対象とした研究では、せん妄は急性の認知機能低下と回復の遅れに関連していることが示された。せん妄を発症した患者において、認知機能は 1 ヵ月後にベースラインを有意に下回ったままであり、完全に回復することはなかった(ただし、6 ヵ月後および 12 ヵ月後のベースラインからの変化は、せん妄を発症した患者とせん妄を発症していない患者で有意差はなかった)。ICU 集団を対象とした別の研究では、ベースラインの認知機能は測定していないが、ベースラインの障害が考えにくい 50 歳未満の患者においても、せん妄後の認知機能は軽度認知障害レベルであった。

戦略とエビデンス
診断
臨床記録と調査による評価を比較した研究によると、せん妄症例の 12~35%しか認知されていないことが示唆されている。システマティックレビューでは、Confusion Assessment Method(CAM)が最も有用なベッドサイド評価ツールとして支持されている(表 1)。CAM アルゴリズムでは、次の 4 つの特徴の有無によってせん妄の診断を確定する。

・変動する経過を伴う急性期の精神状態の変化
・不注意
・思考の混乱
・意識レベルの変化

日常診療の観察から CAM を用いてせん妄の有無を評価をすると、感度が低い。一方、精神状態検査を組み込んだ CAM に基づく簡易検査法は感度が高い。これには、集中治療室における錯乱アセスメント法(Confusion Assessment Method for the Intensive Care Unit: CAM-ICU)、救急外来患者用の簡易錯乱アセスメント法(Brief Confusion Assessment Method: bCAM)、一般内科患者用の混乱評価法を用いた 3 分間せん妄診断面接法(the 3-Minute Diagnostic Interview for Delirium Using the Confusion Assessment Method: 3D-CAM)がある(表 2)。

表 2. 混乱アセスメント法を用いたせん妄の 3 分間診断面接(3D-CAM)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T2

患者の反応:症状あり、反応が不正確、反応がない、無意味な反応を認める場合は機能障害があると判定する。

変動する精神状態の急性変化
患者が過去 1 日以内に以下のような経験をしたかどうかを尋ねる。
・混乱している。
・自分が病院にいないと思う。
・実際にはないものが見える。

2. 不注意
患者に次のことをやってもらう。
・3 桁の数字の逆唱
・4 桁の数字の逆唱
・曜日の逆唱
・月の逆唱

3. 思考の混乱
患者に以下のことを述べてもらう。
・現在の年
・曜日
・病院の種類

4. 意識レベルの変化
・特になし

4AT(覚醒度、認知度(見当識と注意)、精神状態の急性変化を調べる検査)は、CAM アルゴリズムに基づかない、せん妄を評価するためのもう 1 つの簡便なツールである。(これらのツールの比較がしたければ、NEJM.org で本論文の全文とともに入手可能な Supplementary Appendix を参照のこと)。これらの検査法は、臨床医がせん妄が疑われる症例の確認や高リスク患者の発見に用いることができる。より短時間の「超簡単な (ultra-brief)」スクリーニングは、より低リスクの患者の発見に用いることができる。このようなスクリーニングには、数字の逆算、曜日と月の逆算などの注意力テストが含まれる。

せん妄の鑑別診断では、認知症、うつ病、急性精神症候群 (acute psychiatric syndrome) をすべて考慮すべきである。これらの症候群はしばしば併発し、患者は複数の症候群を合併している可能性がある。患者の精神状態がベースラインと一致しているという医療記録や家族からの明確な報告がない場合は、常にせん妄と考えるのが最も安全である。精神状態の急変、数分から数時間にわたる変動、意識レベルの異常などの報告は、CAM 基準を満たし、せん妄の可能性が高くなる。このような患者を精神疾患と決めつけ、重要な医学的問題を見逃すのではなく、せん妄の有無を評価することが賢明である。

評価
新たにせん妄と診断された場合は、生命を脅かす緊急事態の前兆であり、罹患した患者には病歴聴取、身体診察、神経学的診察、臨床検査を含む迅速かつ適切な評価が必要である。急性脳障害(脳卒中、けいれん発作など)はせん妄の原因となりうるが、高齢者では、治療可能な原因のほとんどが脳外にある。複数の病因が存在することが多いので、DELIRIUM ニーモニック (記憶しやすいように工夫された語呂合わせなどをニーモニックという)(表 3)のすべての要素を徹底的に検討する必要がある。

表 3. せん妄の評価と管理
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T3

修正可能なせん妄に影響する要因
・Drugs
新規に開始した薬物、用量の増加、相互作用、市販薬、アルコールなどの病因的役割を考慮する。特に高リスク薬物の影響を考慮する。用量を減らす、薬物を中止する、より精神作用の弱い薬物で代用する。

・Electrolyte disturbances
特に脱水、ナトリウムの不均衡、甲状腺異常の評価と治療

・Lack of drugs
アルコールや睡眠薬を含む鎮静剤の長期使用による離脱症状の可能性を評価する。コントロール不良の疼痛を評価し治療する。オピオイドの使用を最小限に抑える対策と予定された治療レジメンを使用する(メペリジン [meperidine, 合成オピオイド鎮痛薬のひとつ] は避ける)。

・Infection
特に尿路感染症、呼吸器感染症、軟部組織感染症の評価と治療

・Reduced sensory input
視覚(例:眼鏡の使用を勧める)や聴覚(例:補聴器や携帯アンプの使用を勧める)に関する問題に対処する。

・Intracranial disorders
新たな局所神経学的所見や頭蓋内病変を示唆する既往歴がある場合、あるいは中枢神経系以外に原因がなさそうな場合は、中枢神経系の疾患(感染症、出血、脳卒中、腫瘍など)を考慮する。

・Urinary and fecal disorders
尿閉(いわゆる膀胱炎症候群)と便秘の評価と治療

・Myocardial and pulmonary disorders
心筋梗塞、不整脈、心不全、低血圧、重度の貧血、慢性閉塞性肺疾患の増悪、低酸素症、高炭酸ガス血症の評価と治療

予防または治療すべき合併症
・尿失禁
定期的に排泄できるようにする。

・動かないこと (immobidity) と転倒
身体拘束を避け、介助しながら患者を移動させる。

・褥瘡
患者の体位を頻繁に変え、圧痛点をモニターする。

・不眠
非薬物療法的に睡眠環境を整える。鎮静剤を避ける。バイタルサイン測定のための不必要な覚醒を最小限にする。

・不十分な食事摂取量
食事摂取量をモニタリングし、必要に応じて摂食介助を行い、誤嚥に注意し、必要に応じて栄養補給を行う。

患者が安全で快適な環境で過ごすためにするべきこと

・行動への介入
多動または興奮しているせん妄患者を落ち着ける術を病院スタッフに教える。家族の訪問を促す。

・薬物療法
高用量の向精神薬は必要な場合にのみ使用する。

患者の機能維持のためにできること
・病院の環境整備
散らかっているものや騒音を減らし、十分な照明を設置する。

・見当識を取り戻すためのサポート
スタッフは、少なくとも 1 日 3 回、患者の時間、場所、人についての見当識を取り戻せるように (reorient) サポートする。

・日常生活動作の能力維持
理学療法や作業療法を行う。せん妄が治まったら、能力に合ったリハビリテーションを行う。

・家族の教育、サポート、参加
せん妄、その原因と可逆性、患者と接する最良の方法、機能回復における家族の役割について教育を行う。

・退院の計画と教育
退院時に必要な日常生活動作の支援を強化する。回復のバロメーターとして精神状態を観察するよう家族に指導する。

臨床医は、精神状態の変化がいつ始まったのか、他の症状(例えば、呼吸困難や排尿障害)や薬剤の変更と併発しているのかを尋ねるべきである。せん妄のあるすべての患者に対して、徹底的な薬歴のレビューが必要である。これには、アルコールの摂取、非処方薬や栄養補助食品を含めるべきである。身体診察では、バイタルサイン(酸素飽和度を含む)、心臓、肺、腹部を評価する。神経学的検査では、頭蓋内の原因(脳卒中など)を示唆する新規の局所所見がないかを評価する。

臨床検査と画像診断は、病歴と診察に基づいて選択されるべきである。日常的に必要とされる検査には、血算、電解質、血中尿素窒素、クレアチニンの測定などがある。尿検査、尿培養、肝機能検査、胸部 X 線検査、心電図検査もしばしば有用である。状況に応じて有用な追加検査としては、血液および尿毒物検査 (toxicology test)、血液培養、動脈血ガス分析(過呼吸が疑われる場合)、脳画像検査(頭部外傷または新たな局所神経学的所見のある患者)、腰椎穿刺(髄膜炎または脳炎が疑われる場合)、脳波検査(けいれんが疑われる場合)などがある。

管理
一般原則
医師、看護師、他の医療提供者、さらには家族による十分な統合ケアは、せん妄でしばしばみられる合併症や不良な転帰を予防するのに役立つ。評価で同定されたせん妄のすべての修正可能な要因に対処することが決定的に重要であり、小さな介入を複数回行うことで大きな効果が得られる。表 4 は、一般的な誘発薬とその代替薬のリストである。

表 4. せん妄のハイリスク薬剤とその代替薬
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T4
ベンゾジアゼピン
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静と離脱症状
・代替薬または別の対応: 非薬物療法による睡眠プロトコル
・コメント: 入院患者におけるせん妄との関連、患者がすでに服用している場合は、用量を維持するか減らす。

2. オピオイド
・副作用の薬理: 抗コリン作用による毒性、中枢神経系鎮静作用、便秘
・代替薬または別の対応: 局所的鎮痛、神経を刺激しない鎮痛薬(アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬など)を定時で服用、オピオイドはブレークスルー疼痛や重篤な疼痛に使用する。
・コメント: コントロールできない痛みはせん妄の原因にもなるため、リスクとベネフィットを考慮する。

3. 非ベンゾジアゼピン系鎮静性催眠薬 (ゾルピデムなど)
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静と離脱症状
・代替薬または別の対応: 非薬物療法による睡眠プロトコル
・コメント: 他の鎮痛薬と同様にせん妄の原因となり得る。

4. 抗ヒスタミン薬 (特に鎮静作用のある第一世代、ジフェンヒドラミン [商品名: ドリエル])
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: 非薬物療法による睡眠プロトコル、上気道のうっ血に対してはシュードエフェドリン、アレルギーに対しては鎮静作用のない抗ヒスタミン薬
・コメント: 第一世代抗ヒスタミン薬は処方箋なしで購入できるので、市販薬の服薬についても確認するべきである。

5. アルコール
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静と離脱症状
・代替薬または別の対応: 大量摂取歴がある場合は、注意深く観察し、離脱症状にはベンゾジアゼピン系薬を使用する。
・コメント: 病歴聴取にはアルコール摂取に関する質問を含めること。

6. 抗コリン薬
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: 尿失禁に対しては、少量で使用するか、行動的アプローチを用いる(例:計画的なトイレ介助)。
・コメント: 低用量ではせん妄は稀である。

7. 抗てんかん薬 (プリミドン、フェノバルビタール、フェニトインなど)
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静
・代替薬または別の対応: 発作のリスクが低く、最近の発作歴がない場合は、代替薬を使用するか、中止を検討する。
・コメント: 治療薬濃度にもかかわらずせん妄が起こることがある。

8. 三環系抗うつ薬、特に三級アミン(アミトリプチリン、イミプラミンなど)
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: セロトニン再取り込み阻害薬、セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬、第二級アミン三環系薬(ノルトリプチリン、デシプラミンなど)
・コメント: 新しい薬剤(デュロキセチンなど)は、慢性疼痛の補助療法として 3 級アミンと同程度に有効である。

9. H2 受容体拮抗薬
・副作用の薬理: 抗コリン作用
・代替薬または別の対応: 量を減らすか、制酸剤またはプロトンポンプ阻害剤で代用する。
・コメント: 抗コリン作用による毒性は、主に高用量の静脈内投与で発現する。

10. 抗パーキンソン病薬 (レボドパやアマンタジン)
・副作用の薬理: ドパミン作動性作用
・代替薬または別の対応: 投与量を減らすか、投与スケジュールを調整する。
・コメント: ドパミン作動性作用による毒性は主に進行したパーキンソン病と高用量での使用で起こる。

11. 向精神薬、特に低力価の定型向精神薬(クロルプロマジンなど)
・副作用の薬理: 抗コリン作用と中枢神経系の鎮静
・代替薬または別の対応: 完全に中止するか、必要であれば高力価の薬剤を低用量で使用する。
・コメント: せん妄における使用のリスクとベネフィットを慎重に検討する。

12. バルビツール酸
・副作用の薬理: 中枢神経系の鎮静および重度の離脱症状
・代替薬または別の対応: 漸減中止またはベンゾジアゼピンへの置換
・コメント: ほとんどの場合、バルビツール酸系薬剤は処方すべきではない。

せん妄管理には環境要因も重要である。病棟は日中は明るく、夜間は暗く静かであるべきである。オリエンテーションを改善し感覚遮断を減らすための介入としては、時計、カレンダー、眼鏡や補聴器の着用を患者に勧めることなどがある。家族の訪問を奨励し、オリエンテーションと安心感を与えるべきである。

合併症はせん妄の経過を長引かせたり悪化させたりすることが多いため、監視と予防が管理の重要な要素である(表 3)。このようなアプローチとしては、尿閉の治療に必要な場合を除き、できれば尿道カテーテルを使用せずに、排便と排尿を監視することが挙げられる。便秘は下剤を適切に使用することで予防できる。特にオピオイド鎮痛薬を常用する場合は予防が不可欠である。患者を臥床から椅子に座らせ、できれば歩かせることで、無気肺、廃用 (deconditioning)、および褥瘡 (pressure ulcer) を予防することができる。食事と水分の摂取量をモニタリングすることで、栄養不良や脱水のリスクがある患者を特定することができ、そのような患者には食事介助 (assisted feeding) が有用である。せん妄のある患者の中には、誤嚥予防およびモニタリングが必要な場合がある。

行動障害
臨床経験に基づくと同時に、薬物治療の有益性(および潜在的な有害性)のエビデンスが不足していることから、非薬物学的介入がせん妄における行動的問題の管理の要である。看護師は興奮している患者を落ち着ける技術 (de-escalation) の訓練を受けるべきである。また、必要に応じてシッターを雇うことで、患者の安全を確保することができる。

一般内科病棟および外科病棟では、身体拘束 (physical restraints) の使用は排除しないまでも最小限にすべきである。ICU では、気管内チューブ、動脈内留置デバイス、中心静脈カテーテルの抜去を防ぐために拘束が必要な場合がある。拘束を行う場合は、患者の傷害リスクを軽減するために注意深く監視し、必要がなくなったらすぐに中止すべきである。

苦痛を伴う知覚障害や妄想に対して、言葉による説得がうまくいかない場合、または患者や他者にとって危険な行動に対しては、薬物療法が必要となることがある。ベンゾジアゼピン系薬は、アルコールまたはベンゾジアゼピンの離脱に伴うせん妄など、予防的投与も適応となるような特定の適応症にのみ用いるべきである。それ以外の症例では、向精神薬の方がリスク・ベネフィット比において有利である。しかし、米国における向精神薬の使用はすべて適応外 (off-label) であり、食品医薬品局(the US Food and Drug Administration: FDA)が承認したせん妄治療薬はない。

最近のメタアナリシスでは、せん妄治療に対する向精神薬の 12 件のランダム化試験を検討し、せん妄の持続時間や重症度、ICU や入院期間、死亡率は減少しなかったと結論している。したがって、向精神薬を使用するかどうかは、興奮、幻覚、妄想の即時軽減と鎮静や向精神薬による合併症のリスクとのトレードオフを考慮しなければならない。

表 5 は治療に使用される向精神薬について検討したものである。

表 5. 過活動性せん妄の治療薬
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5706782/#T5
ハロペリドール (haloperidol)
・クラス: 定型向精神薬
・開始用量: 0.25-0.5 mg, 最大用量: 3 mg
・投与経路: 経口、静脈注射、筋肉注射
・鎮静作用: 弱い
・錐体外路症状のリスク: 高い
・副作用: 1 日の投与量が 3 mg を超えると錐体外路症状のリスクが高まる。
・コメント: せん妄の治療薬として最も長い実績がある、複数の大規模試験が進行中。

2. リスペリドン (risperidone)
・クラス: 非定型向精神薬
・開始用量: 0.25-0.5 mg, 最大用量: 3 mg
・投与経路: 経口または筋肉注射
・鎮静作用: 低い
・錐体外路症状のリスク: 高い
・副作用: 低用量での錐体外路症状のリスクはハロペリドールよりわずかに低い。
・コメント: 小規模な試験の結果からはハロペリドールとよく似ていると考えられている。

3. オランザピン (Olanzapine)
・クラス: 非定型向精神薬
・開始用量: 2.5-5 mg, 最大用量: 20 mg
・投与経路: 経口、舌下または筋肉注射
・鎮静作用: 中等度
・錐体外路症状のリスク: 中等度
・副作用: ハロペリドールより鎮静作用が強い。
・コメント: 小規模な試験の結果からは急性症状の管理においては経口投与は他の投与方法と比べて効果が低い。

4. クエチアピン (Quetiapine)
・クラス: 非定型向精神薬
・開始用量: 12.5-25 mg, 最大用量: 50 mg
・投与経路: 経口
・鎮静作用: 高い
・錐体外路症状のリスク: 低い
・副作用: ハロペリドールより鎮静作用が強い。
・コメント: 小規模試験;パーキンソニズムのある患者には注意しながら使用できる。

5. ロラゼパム (lorazepam)
・クラス: ベンゾジアゼピン
・開始用量: 0.25-0.5 mg, 最大用量: 2 mg
・投与経路: 経口、筋肉注射、静脈注射
・鎮静作用: とても高い
・錐体外路症状のリスク: なし
・副作用: ハロペリドールよりも逆説的興奮 (paradoxycal excitation) と呼吸抑制が強い。
・コメント: 第二選択薬である。鎮静剤やアルコールの離脱症状、または悪性症候群の既往歴のある患者に使用する。

小規模の非劣性試験で、これらの向精神薬が同様に有効であることが示されており、その選択は副作用に基づいて行われることが多い。ハロペリドールは最も鎮静作用が弱いが、錐体外路症状のリスクが最も高く、クエチアピンは最も鎮静作用が強く、錐体外路症状が最も少ない。静脈内投与が可能かどうかは ICU 患者にとって重要であろう。どの薬物を選択するにしても、反応には大きなばらつきがあるため、初回投与量は少なくすべきである。追加投与は、望ましい行動エンドポイントが達成されるまで(例えば、患者が幻覚を見なくなるまで)30~60 分ごとに行うことができる。その後は、必要に応じて投与することができる。

せん妄が長引く患者には、継続的な定期投与(例えば、1 日 1 回、2 回、3 回)が必要な場合がある。身体拘束と同様に、これらの薬剤はできるだけ早く中止すべきである。退院後も向精神薬が必要とされるまれな状況においては、明確な中止期間と中止条件を退院時の書類に記載すべきである。

予防
1999 年の研究では、病棟ベースの予防的多因子介入であるホスピタル・エルダー・ライフ・プログラム(Hospital Elder Life Program: HELP)によって、70 歳以上の入院患者のせん妄発生率が減少した。入院時に存在したせん妄の危険因子に基づいて介入は訓練されたボランティアによって実施され、介入項目としてはリオリエンテーション、非薬理学的睡眠プロトコール、患者の離床と歩行、眼鏡と補聴器の使用の奨励、水分摂取の奨励などが含まれていた。2015 年のメタアナリシスでは、せん妄に対する HELP のような多因子非薬理学的介入の有効性が検討された。合計 14 件の質の高い介入研究(そのほとんどが無作為化試験)が同定された。このうち、せん妄の発生率の評価した 11 件の研究では発生率の有意な減少が示され(オッズ比、0.47;95%CI, 0.38~0.58)、転倒の発生率を評価した 4 つの研究では院内転倒のさらに大きな有意な減少が示された(オッズ比、0.38;95%CI, 0.25~0.60)。せん妄予防のためのもう一つの効果的な非薬理学的アプローチは、せん妄リスクの高い手術患者に対する積極的な老年医学的コンサルテーションである。コンサルテーションは手術前に開始され、退院まで継続される。例えば、オピオイドの使用を減らすためにアセトアミノフェンの定時投与 (round-the-clock) と局所疼痛管理を使用する、睡眠薬のルーチンの使用 (standing order) を中止する、などである。高齢の股関節骨折患者を対象とした 2 つの研究では、このモデルの使用によりせん妄の発生率が低下することが示された。1 つの無作為化試験では、コンサルテーション群は通常ケア群よりもせん妄の発生率が 36%低かった(せん妄 1 例を予防するために必要な治療数: 5.6)。

精神作用薬 (psychoactive medications) の使用を減らすことは、上述の予防戦略の重要な要素である。観察研究では、睡眠薬などの鎮静薬の使用を減らし、ICU での深い鎮静の使用を減らすことの潜在的な有益性が示唆されている。小規模ランダム化試験では、股関節骨折整復術の脊椎麻酔時に軽い鎮静を受けた患者は、深い鎮静を受けた患者よりも術後せん妄の発生率が低かった。

せん妄予防のための薬理学的アプローチの有効性は依然として不明である。上で引用した向精神薬に関するメタアナリシスでは、せん妄のリスクが高い手術患者を対象に低用量の向精神薬を予防的に投与することの臨床的意義を検証した 7 件のランダム化試験についても検討されている。せん妄の発生率は介入群の方が対照群よりも低いようであったが、試験間にはかなりの異質性があり、群間差は有意ではなかった(プールオッズ比、0.56;95%CI, 0.23~1.34)。このメタアナリシスでも、向精神薬の予防的使用が ICU や入院期間、死亡率に及ぼす有意な効果は示されなかった。したがって、精神作用薬の使用を減らすことは、上述の予防戦略の重要な要素である。

メラトニン (melatonin) とその類似体もせん妄の発生率を減少させるかもしれない。67 人の患者を対象としたラメルテオン(ramelteon, メラトニン類似物質)の予防的投与に関する 1 つの小規模無作為化試験では、せん妄のリスクに関して有意な有益性が示された(3% v.s. プラセボ投与群 32%, P = 0.003)。しかし、529 人の患者を含む 3 件の試験のデータをプールした最近のコクランレビューでは、メラトニンまたはメラトニン作動薬の使用がプラセボと比較してせん妄の発生率を減少させるという明確な証拠はないと結論している。

不確実な領域
せん妄の系統的な症例発見が患者の転帰、特に低活動性せん妄の転帰を改善するかどうかは依然として不明である。せん妄の重症度、表現型、またはバイオマーカーを測定することで、せん妄エピソード後の予後を改善できるかどうかも不明である。せん妄の予防と治療に対する抗精神病薬やその他の薬剤の効果を明らかにするためには、ランダム化試験によるさらなるデータが必要である。さらに、せん妄の治療に対する多因子的アプローチ(予防に成功したものと同様のもの)の試験が必要である。

ガイドライン
入院高齢者のせん妄の予防と管理に関するガイドラインは、英国国立医療技術評価機構(the United Kingdom National Institute for Health and Care Excellence, NICE)および米国老年医学会(American Geriatrics Society Section for Enhancing Geriatric Understanding and Expertise among Surgical and Medical Specialists)によって作成されている。本稿の提言は、概ねこれらのガイドラインに沿ったものである。

結論と推奨
冒頭に提示した患者は、重度の術後の活動性せん妄であった。CAM で診断を確定した後にするべきことは可逆的な原因を慎重に評価し、可能な限り多くに対処することである。興奮はまず非薬理学的戦略で管理すべきである。身体的拘束は避けるべきである。向精神薬は、患者の安全を脅かすような症状が続く場合にのみ使用すべきである。必要であれば、ハロペリドール(初回投与量 0.25 mg)、オランザピン(2.5 mg)、クエチアピン(12.5 mg)が、求められる鎮静の程度に応じて、妥当な第一選択となるであろう。この患者の軽度の物忘れが術前に認識されていれば、せん妄のリスクが高いことがわかり、リスクを軽減するための積極的な戦略を実施できたであろう。

重要な臨床ポイント
入院高齢者のせん妄
・せん妄は急性の混乱状態であり、入院中の高齢者に極めてよくみられ、短期および長期の転帰不良と強く関連している。

・せん妄のリスクは、素因(ベースライン因子)と誘因(急性因子)の有無によって評価できる。素因が多ければ多いほど、少ない誘因でせん妄が引き起こされる。

・せん妄管理の第一歩は正確な診断であり、Confusion Assessment Method アルゴリズムにある特徴を評価する検証済みの簡易ツールが推奨される。

・せん妄の診断を受けた患者は、可逆的な原因がないか徹底的に評価する必要がある。

・行動障害は、まず非薬理学的アプローチで管理すべきである。患者の安全のために必要であれば、低用量の高力価向精神薬が通常選択される治療法である(適応外使用)。治療は特定の行動に的を絞り、できるだけ早く中止すべきである。

・積極的で多因子的な介入と老年医学的コンサルテーションは、せん妄の発生率、重症度、期間を減少させることが示されている。