骨盤骨折
J Am Fam Physician 2014;89:945-951
股関節骨折は重大な罹患率を引き起こし、死亡率の上昇を伴う。股関節骨折の 80%は女性であり、股関節骨折を起こす人の平均年齢は 80 歳である。股関節骨折の多くは転倒と関連しているが、その他の危険因子としては、骨密度の低下、活動レベルの低下、慢性的な薬剤の使用などが挙げられる。
股関節骨折の患者は鼠径部に痛みがあり、患肢に体重をかけることができない。身体所見では、転位骨折は外旋および外転を呈し、脚は短縮しているように見える。仰臥位での股関節の側面像 (cross table lateral X ray) と骨盤の前後面像による単純 X 線撮影で、通常は診断が確定する。潜因性股関節骨折が疑われ、X 線検査で異常がない場合は、MRI 検査を行う。
患者に重大な合併症があったり、余命が短かったりしない限り、ほとんどの骨折は外科的に治療される。外科的処置は、受診した整形外科医が選択する。患者は手術前に予防的抗菌薬、特に黄色ブドウ球菌に対する抗菌薬を投与されるべきである。さらに、血栓塞栓予防のため、できれば低分子ヘパリンを投与する。長期的な回復にはリハビリテーションが重要である。禁忌でない限り、ビスフォスフォネート療法を行い、股関節骨折のリスクを減らすべきである。転倒予防の評価が有益な患者もいる。
高齢患者は一般的に股関節骨折を経験するが、これは重大な合併症を引き起こし、死亡率の上昇に関連する。家庭医の役割は、股関節骨折のリスクが高い患者を特定すること、股関節骨折を迅速に診断すること、長期的なリハビリテーションを促進すること、次の股関節骨折のリスクを減らすこと、併存疾患を管理すること、など複数の目的がある。
エビデンスに基づく推奨
・股関節骨折が疑われる患者の最初の検査は、単純 X 線撮影であるべきである。エビデンスの質:C
・股関節骨折の手術は、併存疾患を安定させるために遅らせる必要がない限り、骨折後 24-48 時間後に行うべきである。エビデンスの質:C
・股関節骨折の手術を受ける患者は、血栓塞栓症予防と抗菌薬予防を受けるべきである。エビデンスの質: A
・股関節骨折後は、禁忌でない限り、骨密度にかかわらず、通常ビスフォスフォネート製剤による治療を受けるべきである。エビデンスの質:C
・股関節骨折後、ほとんどの患者は正式な転倒予防評価を受けるべきである。エビデンスの質:C
・患者は機能的能力を回復させるために骨折後のリハビリテーションを受けるべきである。エビデンスの質:B
疫学
股関節骨折の生涯有病率は女性で 20%、男性で 10%である。2050 年までに新たに発生する股関節骨折の年間予測は 50~100 万件である。米国の年間推定コストは約 103~152 億ドルである。
股関節骨折は死亡率の増加と関連しており、股関節骨折患者の 12~17%が最初の 1 年以内に死亡し、長期的な死亡リスクは 2 倍に増加する。機能的自立に関しては、患者の 50%が骨折前の日常生活動作能力を回復し、25%が手段的日常生活動作能力を完全に回復する。
危険因子
性別と年齢は、股関節骨折のリスク上昇に大きく関連する非修正性の危険因子である(表 1)。
表 1. 股関節骨折のリスク因子
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2014/0615/p945.html#afp20140615p945-t1
股関節骨折の既往、股関節骨折の家族歴、社会経済的地位の低さもリスクの上昇と関連している。プライマリケアにおいてハイリスク患者を特定するために、股関節骨折の臨床的リスクスコアが開発されている(例: https://www.aafp.org/afp/2007/0715/p273.html)
修正可能な股関節骨折の危険因子は、転倒、骨密度の低下、活動レベルの低下、慢性的な薬剤の使用などである。転倒は股関節骨折の最も重大な危険因子であり、骨折の 90%は転倒に関連している。転倒は通常、立位で起こり、防御反応の低下、反応時間の遅延、全身の筋力低下と関連している。転倒は将来の転倒に対する恐怖を生じさせ、活動性や可動性の低下、筋緊張の増大を招く。多くの高齢者は加齢とともに活動性が低下し、骨折の危険性が高まる。
二重エネルギー X 線吸収法 (dual energy x-ray absorptiometry: DEXA) で測定した骨密度 T スコアが -2.5 未満であることは、骨折リスクの増加と関連している。低骨密度スコアは、カルシウム摂取不足、ビタミン D 欠乏症、骨粗鬆症の家族歴と関連している。ビタミン D 濃度が 20 ng/mL(50 nmol/L)未満は、転倒リスクの上昇と関連している。
選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (selective serotonin reuptake inhibitors) やベンゾジアゼピン系薬剤 (benzodiazepines) を含む精神作用薬は、転倒や骨折のリスク増加と最も一貫して関連している。プロトンポンプ阻害薬 (proton pump inhibitors) の長期使用やレボチロキシン (levothyroxine) の高用量投与は、骨折のリスク増加と関連している。
既往歴
股関節骨折の患者は鼠径部に疼痛があり、患肢に体重をかけることができない。痛みは大腿骨遠位部や膝上部に及ぶこともある。まれに、杖や松葉杖、歩行器を使って歩行できることもある。歩行が可能であっても、体重負荷や歩行によって臀部や鼠径部の疼痛が悪化するのが一般的である。高齢者が転倒後に股関節の痛みを訴えた場合、そうでないことが証明されるまでは、股関節骨折が起こったものとして治療されるべきである。
身体検査
疲労骨折 (stress fracture) や非転位性骨折では、明らかな変形が見られないことがある。しかし、ほとんどの患者においては骨折の転位が存在する。その結果、患者が仰臥位をとると、患肢は外旋および外転位となり、短縮して見える。ログロール法 (log roll maneuver)(仰臥位で下腿および大腿を穏やかに内旋・外旋する操作)などの回旋運動により疼痛が誘発される。また、患側の四肢に軸圧 (axial load) を加えた際に鼠径部に疼痛が生じる場合には、骨折が疑われる。疼痛および不安定性のため、患者は自らな下肢を挙上することができない。斑状出血(Ecchymosis)は初期にはほとんど認められない。末梢の脈拍および感覚を評価し、記録する必要がある。加えて、他に併発した損傷がないかを確認すべきである。
検査
股関節骨折の初期診断検査としては、単純 X 線写真が用いられる(図 1)。
図 1. 大腿骨転子部骨折 (intertrochanteric fracture) の X 線写真像、わずかに転位している
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2014/0615/p945.html#afp20140615p945-f1
適切な撮影法としては、股関節の仰臥位側面像および骨盤の前後像(正面像)が挙げられる。frog-leg 肢位での撮影は避けるべきである。この体位では四肢の位置決めに際し強い疼痛を引き起こし、非転位性骨折の転位や転位性骨折の悪化を招くおそれがある。X 線撮影で異常が認められず、なおも股関節骨折が疑われる場合には、磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging: MRI)または骨シンチグラフィーを実施すべきである。撮像の際には、骨盤骨折、疲労骨折、病的骨折といった他の可能性についても評価しなければならない。コンピュータ断層撮影(computed tomography: CT)も使用可能ではあるが、骨粗鬆症に伴う骨折においては、骨梁の損傷や骨折線周囲の骨髄浮腫は明らかにならないことが多い。
治療
股関節骨折は、予後に関連する部位に基づいて分類される。分類は、関節包外骨折 (extracapsular fracture)(大腿骨転子部骨折 [intertrochanteric fracture] および転子下骨折 [subtrochanteric fracture])と関節包内骨折 (intracapsular fracture)
(大腿骨頭骨折 [femoral head fracture] および大腿骨頸部骨折 [femoral neck fracture])の 2 つに大別される(表 2 に要約)。
表 2. 股関節骨折の分類と特徴
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2014/0615/p945.html#afp20140615p945-t2
転子間部は海綿骨が豊富で、血流も十分に存在する。そのため、この部位の骨折は一般に転位した骨を整復する手術(観血的整復 [open reduction and internal fixation: ORIF) およびプレートやスクリューによる内固定 (internal fixation) により良好に治癒する傾向にある。
一方、転子下骨折では、髄内ロッドまたはネイルが必要になることが多く、高い応力がかかるためにデバイスの破損率が高くなる。
大腿骨頸部は骨膜が薄く、海綿骨が少なく、血流も比較的乏しい。このため、関節包内骨折では阻血性骨壊死 (avascular necrosis: AVN) 、偽関節や変形治癒、変性 (degenerative changes) の発生率が高くなる。
初期対応では、適切な鎮痛処置と整形外科医へのコンサルテーションに重点を置くべきである。手術は、ほとんどの患者にとって最も現実的な選択肢である。非手術的治療は、重度の衰弱がある患者、重篤かつ修正不可能な疾患を有する不安定な患者、歩行不能な患者、あるいは終末期の患者に限定して行われる。ただし、安定した嵌入型骨折を有する一部の患者については、非手術的管理が検討されることもある。
初診時には、医師は併存疾患に対応するとともに、他の損傷の有無を調べるべきである。手術計画を立てる際には、出血リスクの評価が必要である。以下のうち 2 項目を満たす場合、出血リスクが高いと判断される:転子部周囲骨折、初診時のヘモグロビン値が 12 g/dL 未満、高齢(75 歳超)。
手術のタイミングは最終的な転帰に影響を与える可能性がある。早期手術(24~48 時間以内)は賢明な選択である。これにより早期の可lリハビリテーションが可能となり、機能回復が早まり、肺炎、皮膚潰瘍、深部静脈血栓症、尿路感染症などのリスクが軽減される。さらに、早期手術は疼痛の軽減および入院期間の短縮とも関連している。併存疾患を有する患者では死亡リスクが増加するため、これらの状態を安定させる目的で、骨折後 48~72 時間まで手術を延期する必要がある場合がある。
一部の医師は手術前に牽引 (traction) を検討するが、有益性を示すデータは存在しない。
手術においては、全身麻酔が最も一般的であるが、一部の患者では脊椎麻酔が選択されることもある。区域麻酔は術後のせん妄を軽減する可能性があるものの、両者の麻酔法の間で臨床的に重要な差異があることを示す証拠は存在しない。
最も適切な手術手技は、コンサルテーションを受けた整形外科医が決定する。大腿骨頸部骨折に対しては、観血的整復および内固定と人工関節置換術のいずれが優れているかについては議論がある。
人工関節置換術(Arthroplasty)では、寛骨臼 (acetabulum) および大腿骨頭 (head of the femur) の両方を置換するが、半関節置換術 (hemiarthroplasty) では大腿骨頭のみを置換する。内固定は、出血量の減少や深部創感染のリスク低下など、合併症が低いという利点がある。
しかし、再手術率は人工関節置換術の方が低いとされている。さらに、人工関節置換術は阻血性骨壊死および偽関節のリスクを低減し、早期回復を可能にするという利点もある。
転子部骨折は、観血的整復および内固定、あるいは人工関節置換術によって治療されることがある。どちらの方法が最も優れているかについては、現時点では十分なエビデンスが存在しない。
大転子または小転子の骨折は、通常、若年で活動的な患者に生じる単独の裂離骨折 (avulsion fractures)
であることが多い。これらは多くの場合、保存的かつ非手術的治療により治癒するが、1 cm を超える有意な転位が認められる場合には、整形外科医への相談が必要である。非転位性骨折の患者は、3~4 週間は荷重をかけないようにし、通常は 3~4 か月以内に完全な活動に復帰可能である。
メタル・オン・メタル(metal on metal: MoM)インプラントについては、他の軸受材料と比較して高い破損率が報告されており、安全性への懸念がある。これらのインプラントは通常、患者の残りの生涯にわたって機能する設計であるが、破損率は 12%(業界平均の 2 倍)に達し、5 年以内に再手術(修正手術)が必要となる例もある。最近のデータでは、術後 7 年間追跡された患者において、MoM 軸受面とがん診断リスクとの関連は示されていないが、これらの金属の生体内影響については未だ完全には解明されていない。
予防措置
患者には、特に主な病原菌である黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)に対する予防的抗菌薬を、手術の 1~2 時間前に投与すべきである。一般的には、セファゾリン 1~2 g を 8 時間ごとに静脈内投与し、手術の 1 時間以内に初回投与を行うことが推奨されている。
アレルギーがある患者には、バンコマイシン 1 g を 12 時間ごとに静脈内投与し、手術の 2 時間以内に開始する必要がある。抗菌薬の投与期間は 24 時間とする。
また、患者には血栓塞栓症の予防措置も講じるべきであり、理想的には低分子量ヘパリンを用いる。ただし、低分子量ヘパリンと未分画ヘパリンを比較した研究では、出血率に差は見られなかった。
米国胸部疾患学会(American College of Chest Physicians)のガイドラインでは、出血リスクを軽減するため、低分子量ヘパリンを手術の 12 時間以上前または手術後に開始し、手術の 4 時間以内に投与することは避けるよう推奨している。さらに、このガイドラインは、10~14 日間ではなく最長 35 日間まで予防的抗凝固療法を延長することで、1,000 人あたり 9 件の静脈血栓塞栓症を追加で予防できるとしている。アスピリンも使用可能ではあるが、血栓塞栓症の予防効果としては不十分であり、第一選択とはされない。
間欠的空気圧迫装置(Intermittent Pneumatic Compression Devices)の使用は、抗凝固療法と併用し、患者が定期的に歩行可能になるまで継続することが推奨されている。一方で、抗凝固療法に耐えられる患者に対しては、段階的圧迫ストッキング(Graduated Compression Stockings)の日常的使用は推奨されていない。
長期的ケア
股関節骨折の既往は新たな股関節骨折のリスク因子であり、ビスホスホネート製剤はそのリスクを軽減することから、骨密度の結果にかかわらず、禁忌がない限り患者にはビスホスホネート療法を行うべきである。
通常、カルシウム(1 日あたり 1,000 mg)およびビタミン D(少なくとも 1 日 800 IU)の補給がビスホスホネート療法と併用される。ビスホスホネートの使用によるリスクは、5 年以上の長期使用で増加する可能性がある。
ほとんどの患者にとって、転倒予防のための評価が有益であり、その内容には、自宅環境における危険因子の除去、内服薬の見直し、筋力・バランス・歩行の評価などが含まれる。
すべての患者は退院後にリハビリテーション療法を必要とするが、可動性を最大限に改善するための最適な戦略は完全には解明されていない。リハビリテーションの実施場所(自宅、外来、あるいは介護施設)は、患者の身体能力や意欲に応じて決定される。外来でのリハビリテーションは、機能的状態の改善につながる可能性がある。最適なリハビリテーションの期間については明確な基準がない。早期の歩行開始は予後を改善する効果があり、荷重制限がなくなった時点で歩行を開始する場合もある。
栄養状態に関する問題も対処すべきであり、低栄養の患者においては、たんぱく質補給により医学的合併症の発生率が低下することが確認されている。
転位を伴う骨折では、阻血性骨壊死のリスクが高まる。したがって、手術後には定期的な X 線撮影を行うべきである。撮影の頻度は患者の健康状態に応じて個別に設定され、整形外科医との協議が必要である。阻血性骨壊死が疑われる場合、単純 X 線では壊死発症から 6 か月間変化が見られないことがあるため、MRI が必要となる場合がある。
長期的なケアは、患者を可能な限り速やかに最も機能的な状態、理想的には骨折前の活動レベルに戻すために不可欠である。
元論文
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2022/1200/hip-fractures.html#afp20140615p945-b37