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内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床についての論文のまとめ

不眠症

2024-09-24 08:11:35 | 精神
不眠症の管理
N Engl J Med 2024; 391: 247-258

症例提示
50 歳の女性が、週に数日、入眠困難と睡眠持続が 6 ヵ月間続き、仕事の能率に影響を及ぼしているとの訴えで受診した。彼女は、過去 1 年間、軽度から中等度の不安と抑うつの症状があったと報告している。彼女は甲状腺機能低下症であり、レボチロキシン (levothyroxine) 療法を受けている。市販の睡眠導入剤(バレリアン [valerian]、メラトニン [melatonin])を試したが効果は乏しく、催眠作用のある睡眠導入剤(ロラゼパム [lorazepam]、エスゾピクロン [eszopiclone])を試したこともある。彼女は薬物依存を心配しているが、睡眠問題が悪化しているとも考えている。あなたはこの患者の不眠症にどのように対処するだろうか?

2. 臨床的問題
不眠症 (insomnia disorder) は、入眠や睡眠維持の困難あるいは睡眠の質に対する不満があり、相当な苦痛がある、あるいは日中の活動に支障を来していることを特徴とする。不眠症は、不眠が週に 3 日以上あり、3 ヵ月以上持続し、睡眠の機会が不十分な結果ではない睡眠障害である。他の医学的疾患(疼痛など)や精神疾患(うつ病 [depression] など)、他の睡眠障害(レストレスレッグス症候群 [restless legs syndrome] や睡眠時無呼吸症候群 [sleep apnea] など)と併発することが多い。

3. 不眠症治療のポイント

·不眠症は一般的な疾患であり、他の医学的、精神医学的、その他の睡眠障害がある場合によく起こる。
·不眠症は、相当な苦痛、日常生活や労働の支障、および大うつ病、高血圧のリスク上昇など健康上の有害なアウトカムと関連している。
·現在のガイドラインでは、不眠症の第一選択治療として不眠症の認知行動療法(CBT-I)を推奨している。CBT-I には、睡眠習慣 (sleep habit) を修正し、睡眠覚醒スケジュール (sleep-wake schedule) を調整し、睡眠からの覚醒 (arousal from sleep) を減らし、睡眠と不眠に関する有益でない信念を再構成するための実践的な戦略が含まれている。

·不眠症に適応のある薬物(例、ベンゾジアゼピン受容体作動薬 [benzodiazepine receptor agonist]、デュアルオレキシン受容体拮抗薬 [dual orexin receptor agonist]、ドキセピン [doxepine])で、米国食品医薬品局 (Food and Drug Administration: FDA) によって承認されているものは、代替または補助的治療として推奨される。不眠症に対する市販薬、抗精神病薬、代替薬を支持する十分な証拠はない。

·不眠症に対して推奨される治療法は、不眠症状、入眠潜時 (sleep-onset latency)、入眠後の覚醒時間に臨床的に意味のある減少をもたらす。CBT-I 単独または薬物療法は、不眠症状を長期にわたって迅速かつ持続的に軽減する。

成人の約 10%が不眠症の基準を満たし、さらに 15-20%が不眠症状を時々訴える。不眠症は、女性や精神的・医学的問題を抱えている人に多くみられ、その罹患率は中年期以降、更年期や閉経期に増加する。不眠症の病態生理学的メカニズムはまだ十分に解明されていないが、心理的・生理的過覚醒が中心的な特徴であると認識されている。

不眠症は状況的なものとエピソード的なものがあるが、50%以上の患者で慢性的な経過をたどる。最初のエピソードは、ストレスの多い生活状況、健康問題、非定型的な仕事のスケジュール、複数のタイムゾーンをまたぐ旅行(時差ぼけ)などから生じるのが一般的である。ほとんどの患者は、原因となる出来事に適応した後、通常の睡眠に戻るが、リスクの高い人では慢性不眠症に移行することがある。心理的、行動的、医学的要因が慢性的な睡眠障害を長引かせることが多い。例えば、朝寝坊や昼寝は、当初は睡眠障害に対処するのに役立つが、同じ習慣が時間の経過とともに睡眠障害を悪化させ、治療目標となることがある。更年期女性では、血管運動神経症状 (vasomotor symptoms) が、睡眠障害を誘発する因子であると同時に、睡眠障害を持続させる因子でもある。慢性不眠症は、大うつ病、高血圧、アルツハイマー病、就労困難のリスク増加と関連している。

不眠症は、症状、経過、併発症状、その他の要因についての慎重な病歴聴取に基づいて診断·評価される(表 1)。

表 1. 評価で重要な要素
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcp2305655#t1

24 時間の睡眠覚醒行動の履歴から、介入すべき行動や環境の目標がさらに見つかるかもしれない(図 1)。

図 1. 不眠の評価に用いる 24 時間の睡眠覚醒行動履歴
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcp2305655#f1

患者報告式の評価ツールと睡眠日誌は、不眠症状の性質と重症度に関する貴重な情報を提供し、他の睡眠障害のスクリーニングや治療経過のモニタリングに役立つ(表 2)。

表 2. 不眠の評価に役立つツール

3. 治療戦略とエビデンス
不眠症に対する現在の治療法には、処方薬および市販薬、心理療法および行動療法(不眠症に対する認知行動療法 [cognitive behavioral therapy for insomnia: CBT-I] とも呼ばれる)、補完療法および代替療法がある。一般的な治療法としては、市販薬の使用や、不眠症が専門医に指摘された場合には処方薬による治療が行われる。CBT-I を受ける患者は少ないが、これは十分な訓練を受けたセラピストが少ないためでもある。

3-1. CBTI-I
CBT-I には、不眠症の一因となっている行動習慣や心理的要因(例えば、睡眠に関する過剰な心配や役に立たない信念)を変えることを目的としている。CBT-I の中心的な構成要素には、行動および睡眠スケジュール戦略(睡眠制限 [sleep restriction] および刺激制御 [stimulus control] の指示)、リラクゼーション法、不眠症に関する役に立たない信念や過度の心配を変えることを目的とした心理的および認知的介入(またはその両方)、睡眠衛生教育が含まれる(表 3)。 Acceptance and Commitment Therapy や Mindfulness-Based Therapy などの心理学的介入も不眠症に適応されているが、その有効性を支持するデータは少なく、効果が得られるまでに時間がかかる(表 3)。

表 3. 不眠症患者に対する認知行動療法
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcp2305655#t3

CBT-I は規範的であり、睡眠に焦点を当て、問題解決を志向する。通常、メンタルヘルスセラピスト(例えば、心理士)が 4-8 回の診察の中で指導する。CBT-I の実施方法には、簡略形式やグループ形式、他の医療提供者(例えば、ナースプラクティショナー)の関与、遠隔医療やデジタルプラットフォームの使用など、いくつかのバリエーションがある。

CBT-I は現在、いくつかの専門機関の診療ガイドラインで推奨されている第一選択の治療法である(GRADE [Grading of Recommendations Assessment, Development, and Evaluation] 法に基づいて「強い推奨」とされている)。臨床試験やメタアナリシスから、CBT-I が患者報告アウトカム (通常、標準化された効果量測定法 [Cohen's d または Hedges' g] を用いて測定される) を実質的に改善させることが示されている。効果量は、群間の差の大きさを示す尺度であり、効果量が 0.2 の場合は効果が小さい、0.5 の場合は中程度、0.8 の場合は大きいと判定される。メタアナリシスにおいて、CBT-I は、不眠症状の重症度(効果の大きさ: 0.98; 95%信頼区間 [confidence interval: CI], 0.82-1.15)、入眠潜時(効果の大きさ: 0.57; 95%CI, 0.50-0.65)、入眠後の覚醒時間(効果の大きさ: 0.63; 95%CI, 0.53-0.73)の改善を示した。睡眠の継続性の改善は、睡眠効率(ベッドで過ごした時間に対する睡眠時間の比率;効果量: 0.71; 95%CI, 0.61-82)の対応する増加とも関連していた。総睡眠時間は、治療終了時には緩やかに増加していたが(効果の大きさ: 0.16; 95%CI, 0.08-0.24)、治療終了後数週間または数ヵ月後にさらなる効果がみられることが多かった。

効果の大きさは、全体的な不眠症状の重症度で最も強い。有効性は、年齢、不眠症の重症度、併存疾患の有無、催眠薬の使用によって影響されないようである。日中の症状(疲労や気分など)や QOL については、改善が小さいことが指摘されているが、これは、不眠症のために特別に開発されたものではない一般的な測定法を用いたことに一因があると考えられている。患者の約 60-70%が臨床的反応を示し、不眠症重症度指数(Insomnia Severity Index: ISI;スコアの範囲は 0-28 で、スコアが高いほど不眠症が重症であることを示す)で 7 ポイント以上の低下によって定義される臨床的反応は、患者の 60-70%で認めた。ISI フォームのサンプルは、NEJM.org で本論文の全文とともに入手可能な補足付録に示されている。不眠症患者の約 50%が 6-8 週間の治療で寛解(ISI スコアの合計が 8 未満)し、40-45%は 12 ヵ月間寛解を維持した。日中の眠気は、ベッドにいる時間を制限する治療初期の段階では潜在的な有害事象であるが、その影響は睡眠時間が長くなるにつれて消失する傾向がある。

デジタル CBT-I (eCBT-I) は過去 10 年間で人気を博しており、CBT-I への需要とアクセスの間の重要なギャップを縮める可能性がある。SHUTi と Sleepio のアプリケーションについては、その有効性を支持する相当なエビデンスが公表されている。

SHUTi
https://mindtools.io/programs/shuti/

sleepio
https://www.bighealth.com/sleepio

ウェブベースの CBT-I を試験した 1,460 人の参加者を含む 11 件のランダム化臨床試験についてのメタアナリシスでは、eCBT-I がいくつかの睡眠アウトカム(すなわち、不眠症の重症度、睡眠効率、主観的睡眠の質、入眠後の覚醒、入眠潜時、総睡眠時間、夜間覚醒回数)に対してプラスの効果を示し、その効果量は 0.21-1.09 であった。これらの効果は、対面式 CBT-I の試験で観察されたものと同様であり、追跡調査後 4-48 週間維持された。その他のデジタル CBT-I 製品(例、 CBT-i コーチ、Go! To Sleep、Sleep Reset)は、同様の治療原理を用いているが、公表されている有効性データはないか、限られている。

うつ病や慢性疼痛などの併発疾患を治療することで、不眠症状は緩和されるかもしれないが、完全に解消されることはふつうない。逆に、不眠症の治療は、併発疾患にともなう睡眠は改善するが、併発している疾患そのものに対して一貫した効果を与えることは少ない。例えば、不眠症の治療はうつ病の症状を緩和し、うつ病の発症や再発を減少させるが、慢性疼痛に対する効果はわずかである。

ステップケアアプローチ (stepped-care approach) は、従来の心理療法や行動療法におけるリソースの限界に対処するのに役立つ可能性がある。このようなモデルの 1 つでは、第 1 段階で教育、モニタリング、自助アプローチを、第 2 段階でデジタルまたはグループベースの心理・行動療法を、第 3 段階で個別の心理・行動療法を、そして各段階で短期的な補助として薬物療法を推奨している。

4. 薬物療法
米国における催眠薬の処方パターンは、過去20年間で大きく変化した。ベンゾジアゼピン受容体作動薬 (benzodiazepine receptor agonist) の処方は着実に減少し、トラゾドン (trazodone) の処方は、不眠症治療に対する適応がないにもかかわらず、着実に増加している。さらに、オレキシン受容体拮抗薬 (orexin receptor agonist) が 2014 年に導入され、広く使用されている。催眠薬は、女性、高齢者、非ヒスパニック系白人の患者に処方される割合が高いが、これは不眠症の疫学的特徴を反映している。催眠薬は長期的に使用されることが多いにもかかわらず、長期的な有効性と副作用に関するデータはほとんどない。

4-1. ベンゾジアゼピン受容体作動薬
ベンゾジアゼピン受容体作動性睡眠薬には、ベンゾジアゼピン系と非ベンゾジアゼピン系(Z-ドラッグとしても知られる)がある。これらのサブクラスは化学構造が異なるが、どちらも γ-アミノ酪酸 A 型(GABA A)受容体上の共通の結合部位のアロステリックモジュレーターであり、これが類似した作用と副作用の理由である。いくつかのベンゾジアゼピン受容体作動薬(例えば、ゾルピデム [zolpidem])は GABA A 受容体に対する相対的特異性を有する。そして、この受容体は、抗不安作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用よりも睡眠促進に関与する。しかし、実際には、ベンゾジアゼピン受容体作動薬間の薬力学的な相違は、薬物動態学的特性、特に半減期の相違よりも顕著ではない。

臨床試験およびメタアナリシスにより、ベンゾジアゼピン受容体作動薬は、入眠潜時および入眠後の覚醒を減少させ、総睡眠時間をわずかに増加させるという有効性が示されている(表 4)。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬の患者報告に基づく副作用には、前向性健忘(5%未満)、翌日の鎮静(5-10%)、夢遊病、食事、運転などの睡眠中の複雑な行動(3-5%)があり、ゾルピデム、ザレプロン (zalepron)、エスゾピクロン (eszopicron) に対する警告の原因となっている副作用である。これらの副作用は、高用量、他の鎮静薬との併用、(健忘と鎮静の場合)持続時間の長い薬剤で起こりやすい。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬の誤用(すなわち、処方箋なしに、または処方された量より大量に、あるいは長期間にわたって使用すること)は比較的よくみられるが、ベンゾジアゼピン受容体作動薬が関与する薬物中毒はまれである。

疫学的データでは、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期使用により、股関節骨折や認知症のリスクが用量依存的、期間依存的に増加することが示されているが、適応症による交絡がこれらの観察されたリスクに寄与している可能性がある。

4-2. 鎮静性複素環式薬物
三環系薬(例、アミトリプチリン [amitriptyline]、ノルトリプチリン [nortriptyline]、ドキセピン [doxepine])および複素環系薬(例、ミルタザピン [mirtazapine]、トラゾドン [trazodone])を含む鎮静作用のある抗うつ薬は、不眠症の治療によく処方される。これらのうち、不眠症に対して FDA の承認を受けているのはドキセピン(1 日 3-6 mg、夜間服用)のみである。不眠症で使用される用量はうつ病よりも少なく、不眠症ではうつ病よりも作用発現が早いことから、これらの適応症では作用機序が異なることが示唆される。

広く使用されているにもかかわらず、不眠症の治療における鎮静性抗うつ薬の有効性は、ドキセピンの場合を除き、対照試験によって十分に支持されていない。トラゾドンの睡眠薬としての効果を検討した試験についてのメタアナリシスでは、入眠潜時、入眠後の覚醒、および総睡眠時間に対する一貫性のない効果が示されている。

現在のエビデンスでは、鎮静性抗うつ薬は全体として睡眠の質、睡眠効率、総睡眠時間を増加させるが、睡眠潜時はほとんど影響しないことが示唆されている。副作用には、鎮静、口渇、心伝導遅延、低血圧、高血圧などがある。クエチアピン (quetiapine) やオランザピン (olanzapine) など、統合失調症や双極性障害の治療薬として承認されている鎮静作用のある複素環系薬剤が不眠症の治療に用いられることもある。しかし、これらの薬剤は副作用として心血管、代謝、神経学的リスクがあり、精神疾患を併発している患者以外には使用できない。

4-3. オレキシン受容体拮抗薬
視床下部外側のオレキシン (orexin)(ヒポクレチン [hypocretin])含有ニューロンは、脳幹と視床下部の覚醒促進核を刺激し、視索前野 (preoptic area) 腹外側および正中の睡眠促進核を抑制する。逆に、オレキシン作動性神経伝達を阻害すると覚醒が抑制され、睡眠が促進される。

3 つのデュアルオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント [suvorexant]、レンボレキサント [lemborexant]、ダリドレキサント [daridrexdnt])が不眠症の治療薬として FDA に承認されている。臨床試験では、睡眠導入症状および睡眠維持症状に対する有効性が支持されている。

副作用には、鎮静、疲労、異常な夢想などがあるが、ベンゾジアゼピン受容体作動薬に比べ、認知機能障害は少ない。内因性オレキシンの欠乏はカタプレキシーを伴うナルコレプシーを引き起こすため、オレキシン拮抗薬はこの疾患の患者には禁忌である。

4-4. メラトニンとメラトニン受容体作動薬
メラトニン (melatonin) は松果体ホルモン (pineal hormone) の一種で、夜間の暗闇の中で内因性に分泌される。外因性メラトニンは、特定の投与量と製剤によってさまざまな期間、生理的血中濃度を上回る。不眠症の治療に適切なメラトニンの用量は分かっていない。成人を対象とした対照試験では、入眠に対する効果はわずかで、睡眠中の覚醒 や総睡眠時間に対する効果はほとんどないことが示されている 。メラトニンは、小児の睡眠問題の治療に使用されることが多くなっているが、神経発達障害のある小児を除いて、その有効性と安全性は十 分に確立されていない 。

メラトニンの MT1 および MT2 受容体に結合する薬剤は、睡眠時不眠症(ラメルテオン [ramelteon])および概日リズム睡眠覚醒障害(タシメルテオン [tasimelteon])の治療薬として承認されている。メラトニンと同様、これらの薬剤は入眠後の覚醒や総睡眠時間にはほとんど影響を与えない。傾眠と疲労が最も一般的な副作用である。

4-5. その他の薬物療法
市販薬(ジフェンヒドラミン [diphenhydramine] およびドキシラミン [doxylamine])や処方薬(ヒドロキシジン [hydroxidine])で入手できる抗ヒスタミン薬は、不眠症の治療に最もよく使用される薬のひとつである。その有効性を支持するデータは乏しいが 、ベンゾジアゼピン受容体作動薬と比較して入手しやすく、安全であると認識されていることが、おそらくその人気の一因であろう。鎮静作用のある抗ヒスタミン薬は、過度の鎮静、抗コリン性の副作用、認知症リスクの上昇を引き起こす可能性がある。ガバペンチン (gabapentin) やプレガバリン (pregabalin) などのガバペンチノイド (gabapentinoid) は、慢性疼痛の治療によく用いられ、むずむず脚症候群の治療の第一選択薬でもある。疲労、傾眠、めまい、運動失調が最も一般的な副作用である。

5. 補完代替療法
カンナビス (cannabis)、カンナビジオール(cannabidiol: CBD)、デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール(delta-9-tetrahydrocannnabinol: THC)製剤も睡眠障害の治療に広く使用されているが、有効性についての知見はさまざまである。不眠症に対するカンナビノイドの有効性を支持するエビデンスの質は低い。その根拠としては、大規模で良好に対照された臨床試験がないこと、および慢性的な投与によって催眠効果に対する耐性が生じることが明らかであることである。大麻由来の製剤のばらつきも関係している。例えば、CBD は低用量では刺激的であり、高用量では鎮静的である。

6. 睡眠薬の選択
薬物療法を選択する場合、ほとんどの臨床場面では、短時間作用型のベンゾジアゼピン受容体作動薬、オレキシン拮抗薬、低用量の複素環式薬物が妥当な第一選択となる。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬は、主に入眠困難の不眠症患者、若年成人、および短期間の使用が考えられる場合(例えば、急性または周期的なストレス因子による不眠の場合)の治療において好ましい。

低用量の複素環式薬物またはオレキシン拮抗薬は、主に睡眠維持または早期覚醒に関連する症状を有する患者、高齢者、および物質障害または睡眠時無呼吸症候群の患者の治療に好まれる。

物質使用障害
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/08-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%96%BE%E6%82%A3/%E7%89%A9%E8%B3%AA%E9%96%A2%E9%80%A3%E7%97%87%E7%BE%A4/%E7%89%A9%E8%B3%AA%E4%BD%BF%E7%94%A8%E7%97%87

65 歳以上の患者に比較的不適切とされる薬剤の Beers Criteria リストには、ベンゾジアゼピン受容体作動薬と複素環式薬が含まれるが、ドキセピン、トラゾドン、オレキシン拮抗薬は含まれない。最初の薬物治療では、2-4 週間毎晩使用し、その後効果と副作用を再評価することが多い。長期使用が適切であれば、間欠投与(週 2-4 回)が推奨される。患者には就寝の 15-30 分前に薬を服用するよう指導すべきである。薬物の長期使用により、特にベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用では、一部の患者で薬物依存が発現する。系統的な漸減スケジュール(例えば、週 25%ずつ)は、長期使用後の睡眠薬の使用の漸減中止に役立つ。

7. 併用療法または単独療法
CBT-I と催眠薬 (主に Z-drugs) は、短期間 (4-8 週間) では同等の睡眠継続性の改善をもたらすが、薬物療法は CBT-I よりも総睡眠時間を増加させることが示されている。併用療法は CBT-I 単独療法よりも早く睡眠の改善をもたらすが、この利点は治療開始 4-5 週目には減少する。患者によっては、睡眠薬の服用という簡便な選択肢がある場合、認知行動療法の遵守率が低くなることがある。

8. 今後明らかにされるべき領域
薬物の長期的有効性および不眠症治療薬に対する耐性の発現に関するエビデンスは不足している。間欠的な薬物療法の有効性や適切な投与スケジュールもまだ不明である。ネットワークメタ解析では、異なる薬物クラスの相対的な有効性と副作用が調べられているが、異なる薬物クラスを直接比較した大規模試験はほとんどない。テレヘルスとデジタル CBT プラットフォームは、一部の患者には良い選択肢である可能性があるが、最も恩恵を受ける患者を特定するためにはより多くの情報が必要である。不眠症の表現型を分類し、それらの表現型を持つ患者が、より個別化された治療アプローチに対して異なる反応を示すかどうかを検証するためには、さらなる研究が必要である。

9. 結論と提言
冒頭で提示した患者は、入眠までの時間や睡眠時間にかなりのばらつきがあり、長時間ベッドで過ごしている。彼女は、入眠と睡眠維持について心配性であると述べている。私たちは、CBT-I を開始し、睡眠効率を改善するために全体的な在床時間を減らすこと、睡眠のリズムを強化するために規則的な睡眠覚醒時間を維持すること、睡眠について過度に思い悩むことを減らすために認知エクササイズを行うことに重点を置く。ストレスの多いライフイベントで不眠症が再発した場合は、そのような機会にドキセピンを間欠的に使用するように処方する。

元論文
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcp2305655

悪性症候群

2024-08-27 21:06:23 | 精神
悪性症候群
Curr Neuropharmacol 2015; 13: 395-406

悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome: NMS)は、抗精神病薬 (antipsychotic syndrome) による治療によって起こりうる、まれではあるが生命を脅かす可能性のある副作用である。症状は一般に、発熱 (hyperpyrexia)、筋硬直 (muscle rigidity)、自律神経機能障害 (autonomic dysfunction)、精神状態の変化 (altered mental status) などである。

本総説では、NMS の原因と治療法に関する過去と現在の進展について概説する。NMS の疫学的発生率に関する研究を評価し、Canada Vigilance Adverse Reaction Online データベースから、1965 年から 2012 年の間に報告された薬剤特異的 NMS および抗精神病薬ポリファーマシーによる NMS の症例に関する新しいデータを提供する。

確立された危険因子については、薬理学的および環境的原因に重点を置いて要約されている。NMS の病因論については、ドパミン受容体遮断の影響や筋骨格系線維毒性が寄与する可能性など、主要な理論が議論されている。

臨床的観点からは、NMS の臨床症状と現象論について詳述し、NMS の診断とその鑑別について解説する。現在の治療戦略について概説し、NMS の症状緩和のための薬物療法および非薬物療法について論じる。

はじめに
NMS は、せん妄、筋強剛、発熱、自律神経系の調節障害を特徴とする、まれではあるが生命を脅かす疾患である。精神医学に抗精神病薬が導入された直後の 1960 年に Delay らによって最初に報告されたが、その診断は容易ではない。加えて、その疫学、病因、命名法に関して多くの論争が残っている。本研究の目的は、臨床的観点から NMS に関する最新の文献をレビューすることである。

我々の解析では、非定型抗精神病薬に関連した NMS 症例の約 39%は、複数の抗精神病薬を服用していた患者であった。これらの患者の約 42%では、2 番目かつ/または 3 番目の抗精神病薬が定型抗精神病薬であった。それにもかかわらず、これらの症例が非定型抗精神病薬誘発性 NMS の発生率推定に含まれたのは、i) 報告者が非定型抗精神病薬が被疑薬であるとした、ii) 非定型抗精神病薬が後から開始されたため、症状が誘発されたと推定された、iii) 特定の併用抗精神病薬が記載されていなかった(「他の抗精神病薬」として報告された)、などの理由のいずれか(または組み合わせ)であった。定型抗精神病薬の使用に関連した NMS における抗精神病薬ポリファーマシーの頻度は約 68%であり、これらの症例のほぼ 72%が非定型抗精神病薬との併用であった。したがって、これらの推定にはかなりの重複がある。

1990 年から 1999 年の間、CVARO の解析における定型抗精神病薬投与に関連した NMS の症例は、フルフェナジン (fluphenazine)、フルペンチキソール (flupentixol)、ロキサピン (loxapine)、ペリシアジン (periciazine)、プロクロルペラジン (prochlorperazine)、メトトリメプラジン (methotrimeprazine)、クロルプロマジン (chlorpromazine)、チオリダジン (thioridazine)、トリフルオペラジン (trifluoperazine)、ハロペリドール (haloperidol) などの複数の異なる薬剤に分布していた。しかし、2000 年以降は、ズクロペンチキソール (zuclopenthixol) に関連した 2 例(2002 年と 2009 年)を除き、ハロペリドール (haloperidol) に関連した症例のみが報告されている。症例数のピークは 2009 年で、13 症例が発表された。

逆に、非定型抗精神病薬に関連する NMS の報告数が最も多かったのは 2002 年であり、同年に発表された 62 件の報告のうち 41 件がクロザピンに関連するものであった。NMS が疑われる症例が大幅に増加した理由として考えられるのは、2002 年 1 月にノバルティス社がカナダの医療関係者向け書簡を発表し、クロザピンに関連する心血管イベント(疲労、インフルエンザのような症状、原因不明の発熱、低血圧、不整脈、頸静脈圧の上昇など)を医療関係者に警告したことであろう。NMS も同様に発熱と自律神経失調を特徴とする。したがって、医療従事者は心毒性作用に注意深くなることで、NMS が疑われる症例や NMS と確定診断された症例をより多く把握できるようになったのかもしれない。

定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬に関連した NMS の症例は、患者背景の点でも異なっていた。定型抗精神病薬による NMS 患者の平均年齢は 45.1 歳、非定型抗精神病薬による NMS 患者の平均年齢は 47.2 歳であった。非定型抗精神病薬では 88%、定型抗精神病薬では 63%が男性であった。非定型抗精神病薬による NMS 発症前の抗精神病薬曝露期間の中央値は 23 日であり、定型抗精神病薬による NMS 発症前の抗精神病薬曝露期間の中央値は 6 日であった。死亡率は非定型抗精神病薬による NMS で 11%、定型抗精神病薬による NMS で 12%であった。

当初、NMS は抗精神病薬による治療を受けた精神病性障害の患者のみが罹患する病態として報告されていたが、最近では、抗精神病薬の適応外使用の増加に伴い、様々な精神疾患や他の医学的疾患においても報告されており、抗精神病薬による治療後だけでなく、他の向精神薬による治療後においても報告されている。NMS は統合失調症 (shizophrenia)、統合失調感情障害 (shizoaffective)、その他の精神病の患者において最も多く報告されているが、双極性障害 (bipolar disorder)、せん妄 (delirium)、精神遅滞 (mental retardation) などの他の精神疾患においても観察されている。抗精神病薬はパーキンソン病、脳炎、認知症などの神経疾患と関連することもある。NMS の症例に関与する薬剤としては抗精神病薬が最も多いが、他のクラスの化合物でも NMS 様症状を引き起こすことが報告されている。リチウム (lithium) やカルバマゼピン (carbamazepine) などの気分安定薬、パロキセチン (paroxetine)、セルトラリン (sertraline)、アミトリプチリン (amitriptyline) などの抗うつ薬、メトクロプラミド (metocloplamide) などの制吐薬などである。

危険因子
NMS は、ドパミン拮抗薬やその他の化合物の投与に関連した特異的で予測不可能な反応であるとみなされることが多いが、NMS 発症の可能性を高める危険因子は数多く存在する。これらの危険因子は、薬理学的危険因子(薬物の種類、薬物動態、ポリファーマシー)、環境的危険因子(高い周囲温度、拘束、脱水)、人口統計学的危険因子(年齢、併存疾患)、遺伝的危険因子(NMS の既往歴、緊張性障害 [catatonic disorder] の家族歴、チャネロパチー [channelopathy])の 4 つに分類できる(表 1)。

表 1. 悪性症候群の危険因子
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T1/

薬理学的要因
NMS は薬物治療中いつでも起こりうるが、治療開始後数ヵ月間や用量変更後に起こることが多い。抗精神病薬の高用量投与は NMS 発症のリスクが高いことと相関している。さらに、非経口投与(筋肉内投与または静脈内投与)の場合もリスクが高い。とはいえ、NMS はすべての標準用量、すべての投与経路で発現し得ることが報告されている。抗精神病薬の種類に関しては、定型抗精神病薬(または「第一世代」抗精神病薬)は非定型抗精神病薬(または「第二世代」抗精神病薬)に比べて NMS 発症リスクが高い。この仮説の一般的な根拠は、定型抗精神病薬のドパミン D2 受容体親和性が高く、受容体との結合解離定数が低いことに関連している。この仮説は魅力的ではあるが、それを支持する疫学的証拠は現在のところない(前述)。最後に、ポリファーマシーが NMS の危険因子であるとい う逸話的報告もある。特に、複数の抗精神病薬による治療、または抗精神病薬とリチウムやカルバマゼピンの同時投与は、NMS の症例いくつかに関与している。

環境因子
NMS に関連する環境因子としては、身体拘束、高い外気温、水分摂取不足による脱水などがある。これらはいずれも熱放散を妨げ、図 3 に示す病態生理を構成する。

図 3. 悪性症候群の病態生理
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/figure/F3/

患者背景
高齢、精神疾患、内科的合併症は NMS 発症リスクに重要な影響を及ぼす可能性がある。また、NMS エピソードの既往歴、カタトニアの個人歴および/または家族歴のいずれかが NMS 発症の危険因子であることはよく知られており、これはおそらく遺伝的な起源が不明な NMS の遺伝的素因を反映していると考えられる。

病態生理
NMS の病態生理に関しては、主に 2 つの仮説が提唱されているが、これらは必ずしも相互に排他的なものではない。第一に、NMS は中枢神経系におけるドパミン作動性 D2 受容体遮断の結果であると考えられてきた。DA 受容体が遮断されると自律神経系の調節に異常を来たし、体温上昇、筋硬直、意識障害といった一連の反応を引き起こす。第二に、NMS は薬物の筋線維に対する毒性作用の結果であり、さらに別の要因が加わって完全な症候群を引き起こすという説が最近提唱されている。NMS の病因に関するこれら 2 つの有力な説に加えて、最近では、急性期反応蛋白と炎症反応が NMS に果たす役割についても注目されている。現在のところ、炎症反応が NMS の原因なのか結果なのかは不明であるが、鉄欠乏は NMS および炎症反応の程度と相関している。

ドパミン受容体遮断仮説
ドパミン神経伝達は、視床下部の体温調節中枢、特に視索前核 (anterior pre-optic nucleus) を介する体温調節において中心的な役割を果たしている 。したがって、体温調節中枢のニューロンにおけるドーパミン受容体を介したシグナル伝達に対する定型抗精神病薬の拮抗作用は、体温調節障害を引き起こす可能性がある。

ドパミン受容体を介したシグナル伝達の障害が NMS を引き起こすという仮説は、パーキンソン病患者でドパミン作動薬による治療中止直後に NMS を発症することがあることを説明できる。さらに、カテコールアミンを減少させる薬剤で治療を受けた患者で NMS を発症することがあることは、NMS の病態生理として、ドパミン神経伝達の阻害があることを示す傍証となっている。したがって、1. シナプス後受容体の遮断、2. シナプス後受容体刺激の急激な減少、3. 神経伝達物質の不足のいずれにせよ、共通する要因は、体温調節系におけるドパミン作動性神経伝達の欠如であり、これが NMS の最大の特徴のひとつである高体温を引き起こす。加えて、運動協調や筋緊張を調節する皮質下核群である大脳基底核におけるドパミン神経伝達の変化も、NMS の他の症状の原因となっている可能性がある。

パーキンソン病(Parkinson's disease: PD)では、中脳 (midbrain) の黒質 (substantia nigra) にあるドパミンニューロンの神経変性により、ドパミン作動性伝達が失われ、筋緊張の亢進、硬直、振戦が起こる。したがって、PD 患者はドパミンシグナル伝達を回復させ、臨床症状を緩和するためにドパミン受容体作動薬で治療される。逆に、定型抗精神病薬で治療を受けている患者は、振戦、硬直、筋緊張亢進といったパーキンソン様症状を発症するリスクがある。したがって、大脳基底核におけるドパミン受容体の遮断が、NMS で観察される硬直、振戦、筋緊張亢進の根底にある薬理学的メカニズムであるという仮説が成り立つ。さらに、NMS の二次的症状として筋緊張の亢進がみられ、視床下部におけるドパミンシグナル伝達の障害によって生じる中枢性高熱の一因となって、体温がさらに上昇するという仮説もある。

筋線維毒性仮説
NMS が筋線維の毒性によって引き起こされる病態であるという見解は、NMS と悪性高熱症との臨床的類似性、NMS におけるダントロレンに対する治療反応、骨格筋線維のカルシウム調節に対する典型的な抗精神病薬の作用から得られた証拠によって支持されている。悪性高熱症 (malignant hyperthermia) は、ハロゲン系麻酔薬の投与後に発症する高体温を特徴とする非常にまれな疾患である。この病態を発症した被験者では、ハロセン (halothane) やカフェイン (caffeine) への曝露に反応して、in vitro で骨格筋線維の異常収縮反応が見られるのが非常に特徴的である。NMS を経験したことのある患者から採取した筋線維をハロタンやカフェインに曝露すると、同様の結果が得られる。


ダントロレン (dantrolene) はヒダントイン (hydantoin) 誘導体であり、リアノジン受容体 (ryanodine receptor) に結合することで筋細胞の興奮-収縮結合を抑制し、細胞内カルシウム濃度を低下させる 。当初は、痙縮を引き起こす神経症状に対して筋弛緩作用があるとして使用されていたが、悪性高熱症の治療に有効な唯一の薬剤であることがわかり、その後、NMS の治療に有効であることがわかった。このように、骨格筋線維にカルシウムが大量に入り込むことが、持続的な収縮、ひいては硬直と体温上昇の主要因であると推測されている。これを裏付けるように、クロルプロマジン (chlorpromadine) やフルフェナジン (flufenadine) などの典型的な抗精神病薬には、カルシウムを筋小胞体へ輸送する作用があることが、いくつかの in vitro 研究で示されている。

臨床症状と診断
NMS の典型的な臨床症状としては、高熱、筋硬直、せん妄、自律神経失調症がある(図 3)。

通常、発熱は非常に高く、日内変動や日差変動はなく、悪寒を伴わない。筋硬直は全身性、左右対称性で、軽度の筋緊張亢進から弓なり緊張 (opisthotonos) のような極端な全身硬直までみられる。

弓なり緊張
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK559170/

局所的な筋緊張の亢進は、眼瞼痙攣、眼球上転発作 (oculogyric crisis)、開口障害 (trismus) の形で現れることもある。眼振、嚥下障害、構音障害、失声症も筋緊張亢進の結果として現れることがある。精神状態に関しては、意識レベルの典型的な変動、見当識障害、精神運動興奮を伴うせん妄がこの病態の特徴的な症状である。自律神経失調症では、心拍数の不安定、不安定な高血圧、極度の発汗がみられる。後者の症状に関しては、多量の汗が「脂っぽい」質感を示すことがあり、発汗がみられる他の疾患とはかなり異なる。また、顕著な唾液漏と尿失禁がみられることもある。

検査では、ふつう >600 UI/L のクレアチンキナーゼ高値(creatin kinase: CK)と白血球数高値を認める。C 反応性蛋白(C-reactive protein: CRP)、フィブリノゲン、赤血球沈降速度(erythrocyte sedimetation rate: ESR)の上昇などの炎症マーカーの上昇は、非特異的な所見であるが、ほとんどの場合認められる 。鑑別診断のために他の検査が行われることがあるが、ふつう、大型血小板比率分析 (large platelet ratio: P-LCR) 、CT スキャン、Zn2+ および Mg2+ 濃度については有意な所見を認めない。筋電図検査と筋生検では非特異的な所見を認めるのみで、NMS の存在を確認したり、他の疾患を 除外したりすることはできない。

NMS の評価、臨床検査
NMS の正確な診断に最も重要なことは、病歴の聴取と詳細な身体診察である。特に、詳細かつ包括的な薬歴を収集し、すべての薬剤について、投与期間、投与量、 投与経路、投与順序に関する情報を収集する ことが非常に重要である。

病歴、身体診察に加えて、臨床検査も必要である。臨床検査は、感染症や炎症性疾患など中枢神経系(central nervous system: CNS)に影響する重篤な疾患を除外するために必要な情報を得ることが目的である。しかし、腰椎穿刺かつ/または CNS についての画像診断を「セカンドライン」の検査と考える研究者もいる(表 2 参照)。また、臨床検査では、他臓器への影響(腎機能検査や肝機能検査、pH や電解質バランスなど)など病態の重症度を評価すべきである。さらに、臨床検査は診断に役立つだけでなく、病態の経過をモニターするものでなければならない(例:血算[complete blood count: CBC]、クレアチンホスホキナーゼ[creatine phosphokinase: CPK])。基本的なワークアップを表 2 にまとめた。

表 2. 悪性症候群のワークアップ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T2/

ワークアップに関連するいくつかの問題を考慮することは価値がある。第一に、NMS を発症した場合、CPK の上昇 は通常 1,000 UI/L 以上(実際には 100,000 UI/L まで上昇することがある)であることに注意すべきである。特に、身体拘束や薬剤の筋肉内注射などによっても CPK が上昇することがあるため、この点は重要である。すなわち、身体拘束や薬物の筋肉内注射では、CPK の上昇は通常 600 UI/L 以下である。注目すべきは、CPK のモニタリングは診断目的だけでなく、病態のモニタリングにも役立つということである。

筋生検は NMS の診断には役に立たず、 筋障害の原因として別の疾患が強く疑われる場合にのみ実施すべきである。

合併症
適切な管理が行われていれば、合併症を発症しない限り、NMS は通常 3-14 日で治癒する。NMS は重大な合併症を伴う疾患であり、驚くべきことに死亡率は 10%である。この高い死亡率は、NMS の結果として起こる重篤な合併症が原因である。最も頻度の高い重篤な合併症は、誤嚥に起因する肺感染症、およびミオグロビン尿症に起因する急性腎不全である。播種性血管内凝固症候群や多臓器不全も報告されている。さらに、自律神経系が侵された結果、たこつぼ心筋症が起こることもある。

診断基準
NMS に特徴的な徴候や "ゴールドスタンダード "と呼ばれる診断テストがないため、NMS は診断基準に従って診断される。1980 年代半ば以降、NMS の診断基準を標準化する試みがいくつかなされてきた。これには、Levenson ら、Pope ら、Addonizio ら、Adityanjee & Aderbigbe、そして最近では DSM-5 による基準がある。表 3 に相違点と類似点を詳しく示す。

表 3. 悪性症候群の診断基準の比較
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T3/

例えば、Levenson の基準は抗精神病薬投与を基準としていないが、Lazarus の基準は抗精神病薬投与を基準としている。いずれの基準も、類似の症状群を呈する他の疾患を除外する必要があることを示しており、 ほとんどのグループは、筋硬直と高体温を鑑別診断の重要な症状とみなしている。

DSM の基準を満たさな いNMS、特に高熱や筋強剛を完全に欠くか軽度の NMS は「非定型 NMS」に分類されることが多い。非定型症例は、クロザピン (clozapine)、アリピプラゾール (aripiprazole)、パリペリドン (paliperidone) などの非定型抗精神病薬の使用により頻繁に起こることが報告されている。非定型 NMS の診断基準と抗精神病薬の有害作用のいくつかにはかなりの重複があり、心血管や代謝の合併症も含まれる可能性があるため、非定型 NMS を独立した病態とする考え方は従来から疑問視されてきた。しかし、Picard らは、1980-2000 年に発表された多くの症例報告から、非定型 NMS の診断的妥当性を支持する証拠が得られており、ほとんどの場合、病初期の定型 NMS と真の非定型 NMS を区別することが困難であると論じている。

鑑別診断
前述のように、鑑別には筋硬直および/または高体温が顕著な疾患を含める必要がある。したがって、中枢神経系感染症、リチウム中毒、ヒートショック、悪性カタトニア (lethal catatonia)、中枢性抗コリン症候群 (central anticholinergic syndrome)、および悪性高熱症は、鑑別診断で除外すべき疾患の一部である。これらの病態の違いと対比を詳しく示すために、比較表を示す(表 4)。

表 4. 悪性症候群と鑑別すべき疾患
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/table/T4/

セロトニン症候群 (serotonin syndrome: SS) は、鑑別診断に関して特に注意を要する。セロトニン症候群は、過剰なセロトニン作動性ニューロンの興奮により、精神状態の変化、激越、クローヌス、反射亢進、および高体温の存在を特徴とする病態である 。NMS と同様、臨床的に診断するものであり、診断に有用な検査はない。臨床症状が重複していることから、SS が NMS と間違われても不思議ではない。このことは、抗うつ薬治療の結果として NMS を発症したとする報告があることの説明にもなる。さらに、抗うつ薬と抗精神病薬の同時投与は、セロトニン作動性伝達がドパミン作動性伝達を阻害するため、NMS のリスクを高める可能性が示唆されている。

SS の最も効果的な治療薬は、セロトニン受容体拮抗薬であるシプロヘプタジン (cyproheptadine) であり、SS の治療においてはダントロレン、ビペリデン (biperidene)、ブロモクリプチンの効果はなく、逆もまた同様である。したがって、発熱と筋硬直を呈し、抗精神病薬と抗うつ薬の両方の治療歴がある患者は、NMS と SS の治療方針が異なるために鑑別することが重要である。しかし、NMS と SS の鑑別に有用な診断基準は、まだ開発されていない。

NMS の病像
NMS を独立した病態とみなすべきか、それともカタトニア (catatonia) の悪性型(すなわち、緊張病症候群の極端な重症型)とみなすべきかは、議論の分かれるところである。前者の主張は、ドパミン受容体の遮断が NMS の病因であると考える著者たちによって支持されている。一方、Taylor と Fink ら多くの研究者は、NMS は悪性カタトニアの一種であると主張している。

この主張は、NMS が緊張病症候群の臨床的特徴に重篤な自律神経系の調節障害を加えた病態を呈し、緊張病症候群と同じ治療法(例えば ECT)に非常によく反応すること、抗精神病薬が開発される以前から NMS 様の病態がよく報告されているという事実によって裏付けられている。

治療

非薬物療法
病歴や臨床所見から NMS が疑われる場合に最も重要なのは、被疑薬を中止することである。CPK などの検査結果を確認するために、中止を遅らせてはいけない。NMS が疑われる場合には、直ちに有害な可能性のある薬物を中止すべきである。

その他の非薬物療法として考慮すべきことは、前述した危険因子に関連するものである。病態を悪化させる可能性のある環境条件を排除すべきである。具体的には、環境温を 21-23℃ 以下に保つことで、熱放散が改善する。冷やした湿潤な貼付剤など、温度調節のための物理的手段については体系的に評価されていないが、低コストでリスクの低い対策である。もう一つの重要なことは、栄養および水分状態を評価し、適切に補充することである。さらに、意識レベルの変動は、嚥下反射の障害を伴うため、死亡率の高い誤嚥性肺炎のリスクが高まることを念頭に置くことは非常に重要である。誤嚥性肺炎のリスクを有意に減少させる低コストかつ低リスクの対策は、半臥位(頭部を 45 度まで挙上させることと定義される)を採用することであることが実証されている。身体拘束は必要かもしれないが、前述のように NMS のリスク増大と関連しているため、慎重に行うべきである。

支持療法
被疑薬を中止し、前述の非薬物療法を展開した後、一般的な支持療法を行う。まず、鼻カヌラで24-28%の FiO2 で酸素を投与する。水分および電解質の不均衡や pH の変化は是正する必要がある。pH を弱アルカリ性に保つことは、ミオグロビン尿の排泄に有効であり、ループ利尿薬を投与するとさらに効果的である。筋毒性仮説に基づくと、骨格筋線維にも有益な効果を及ぼす可能性があるため、不安定な高血圧をコントロールするためには、カルシウム拮抗薬を選ぶと良い。さらに、肺血栓塞栓症の発生を予防するために低分子ヘパリンを投与する。

薬物療法
NMS の薬物療法については、ランダム化比較試験は行われておらず、推奨はコンセンサスと専門家の意見に基づいているため、議論の余地がある。この点に関して、ある研究グループは、NMS を支持療法で治療することを重視している。一方、薬物治療を早期に開始することが必要だと訴えている研究グループもある 。

様々な治療を支持するエビデンスは、ケースシリーズと専門家の意見とコンセンサスに基づいている。薬物療法の選択肢は、ダントロレン、ブロモクリプチン、ビペリデンの 3つである。ダントロレンはヒダントイン誘導体であり、小胞体からのカルシウム放出を阻害することにより筋弛緩を引き起こす。ダントロレンは、1-10 mg/kg 体重を静脈内投与するか、50-600 mg を 1 日 1 回経口投与する。

NMS の病因としてのドパミン遮断仮説に基づき、ブロモクリプチンや、L-ドーパ、アマンタジン、 アポモルヒネ、リスリドなどのドパミン受容体作動薬が臨床試験で使用されている。研究の大半はブロモクリプチンで行われており、他の薬剤については散発的な症例が報告されている。ブロモクリプチンの推奨用量は 2.5 mg 1日3回から開始し、最大 45 mg/日まで 1 日あたり 2.5-7.5 mg ずつ増量する。嘔気、嘔吐、精神状態の悪化などの副作用のモニタリングを行う必要がある。

抗コリン薬はドパミン作動性神経伝達を増加させるため、NMS に対する有用性が検討されているが、筋硬直や高体温への影響はほとんどない。一連の症例研究によると、NMS を最も早く寛解させるのはブロモクリプチン、続いてダントロレンだった。両薬剤とも、単独で支持療法を行うよりもはるかに早く NMS の寛解をもたらした。さらに、両薬剤の同時使用を支持する研究者もいる。

その他の治療法として、ロラゼパム (lorazepam) や電気けいれん療法 (electroconvulsive therapy: ECT) が試みられているが、これらは NMS が緊張症候群のスペクトラムの中の特殊な症例であるという考え方を支持するものである。

NMS と再発
NMS 患者のほとんどは、継続的な抗精神病薬治療を必要としている。したがって、NMS 発症は重大なジレンマを引き起こす。なぜなら、NMS を発症した場合は、NMS 再発の危険因子となるからである 。そのため、低力価のドパミン受容体拮抗薬の処方が勧められ、ゆっくりと増量したり、抗精神病薬の注射薬を避けることが推奨されている。使用できる薬剤の選択肢は多いことから、同じ薬剤を再投与することは避けるべきであり、治療の選択肢として維持 ECT (chronic ECT) も考慮すべきである。

結論
NMS は比較的まれな疾患であるが、生命を脅かす危険性があるため、迅速かつ正確な診断と治療が必要である。特に抗精神病薬治療を始めたばかりの時や、抗精神病薬から別の抗精神病薬に切り替えた時には、臨床医が NMS の症状をよく認識し、モニタリングすることが必要であり、患者が NMS を呈した場合には、基礎疾患である精神病性障害と NMS の両方に対する薬物療法および非薬物療法を考慮すべきである。最後に、この重篤な疾患に対する理解を深め、患者に対するケアやサービスを向上させるため、臨床医には全国的な公的データベースの更新を奨励し、すべての精神保健医療従事者がこれらの経験から利益を得られるようにすべきである。

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4812801/

セロトニン症候群

2024-05-19 19:07:33 | 精神
セロトニン症候群
Cleve Clin J Med 2016; 83: 810-816

うつ病の治療にセロトニン作動薬が使用されるようになり、セロトニン症候群の発生率も増加している。セロトニン症候群に関与する薬剤と、セロトニン中毒の診断、管理、予防のための臨床手段を明らかにする。

キーポイント
·セロトニン症候群は、中枢神経系および末梢神経系におけるセロトニン濃度の上昇によって引き起こされる。

·古典的な症状は、自律神経障害、神経筋興奮、および精神状態の変化の三徴である。これらの症状は、セロトニン中毒の重症度によって異なり、全て揃わないことも多い。

·適切な蘇生措置を確実に行い、症状を悪化させる可能性のある薬剤の使用を止めるためには、早期発見が重要である。

米国では過去 20 年間に抗うつ薬の使用が大幅に増加したため、セロトニン症候群はますます一般的かつ重大な臨床的関心事となっている。1999 年には、18 歳以上の成人の 6.5%が抗うつ薬を服用していたが、2010 年にはその割合は 10.4%に増加している。セロトニン症候群の真の発生率を決定することは困難であるが、米国の毒物管理センターに報告された中等度から重大な有害事象に関連する選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor: SSRI)摂取の件数は、2002年の 7,349 件から 2005 年には 8,585 件に増加している。

臨床症状は軽度から中等度であることが多いが、セロトニン症候群の患者は急速に悪化し、集中治療を必要とすることがある。悪性症候群 (neuroleptic malignant syndrome) とは異なり、セロトニン症候群は薬物に対する極めてまれな特異的反応ではなく、むしろ年齢に関係なくどの患者にも起こりうる、濃度レベルの上昇に基づくセロトニン中毒と考えるべきである。

セロトニン症候群は非特異的な前駆症状と多彩な症状を示すため、注意深く評価しなければ、容易に見落とされたり、誤診されたり、増悪したりする。診断には、疑いの閾値を低くし、病歴と身体所見を丹念に調べる必要がある。セロトニン症候群の最も軽い段階では、症状はしばしば他の原因によるものと誤認され、最重症例では、悪性症候群と間違われやすい。

1. セロトニン症候群とは
セロトニン症候群は、古典的には自律神経障害、神経筋興奮、精神状態の変化の三症状を呈する。これらの症状は、中枢および末梢神経系に影響を及ぼすセロトニンレベルの上昇の結果である。セロトニンは 7 つの受容体からなる受容体ファミリーに作用し、そのうち 5-HT1A と 5-HT2A がセロトニン症候群の原因であることが多い。

セロトニンの調節を変化させうる条件としては、用量、薬物相互作用、意図的または非意図的な過剰投与、薬物の切り替え時に処方が重複することなどがある。その結果、セロトニン症候群に関連する薬物は、下記および表 1 に示すように、以下の 5 つのカテゴリーに分類することができる。

表 1. セロトニン症候群に関連する薬物機序
https://www.ccjm.org/content/83/11/810.long##

セロトニンの分解を低下させる薬物には、モノアミン酸化酵素阻害薬(monoamine oxidase inhibitors: MAOI)、リネゾリド、メチレンブルー、プロカルバジン、シリアンルーなどがある。

セロトニンの再取り込みを低下させる薬物としては、SSRI、セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬(serotonin-norepinephrine reuptake inhibitor: SNRI)、三環系抗うつ薬、オピオイド(メペリジン、ブプレノルフィン、トラマドール、タペンタドール、デキストロメトルファン)、抗てんかん薬(カルバマゼピン、バルプロ酸塩)、制吐薬(オンダンセトロン、グラニセトロン、メトクロプラミド)、ハーブ製剤のセイヨウオトギリソウなどである。

セロトニン前駆体または作動薬を増加させる薬物には、トリプトファン、リチウム、フェンタニル、リゼルグ酸ジエチルアミド(lysergic acid diethylamide: LSD)などがある。

セロトニン放出を増加させる薬物には、フェンフルラミン、アンフェタミン、メチレンジオキシメタンフェタミン(エクスタシー)などがある。

上記の薬剤の分解を阻害する薬剤としては、CYP2D6 および CYP3A4 阻害薬、例えば、エリスロマイシン、シプロフロキサシン、フルコナゾール、リトナビル、グレープフルーツジュースなどがある。

しかし、セロトニン症候群を誘発することが確実に確認されている薬物は、MAOI、SSRI、SNRI、セロトニン放出薬のみである。その他に挙げられている薬物相互作用は症例報告に基づくもので、十分に評価されていない。

現在、SSRI は最も一般的に処方されている抗うつ薬であり、その結果、セロトニン中毒に最も頻繁に関与している。SSRI の過量投与の推定 15%が軽度または中等度のセロトニン中毒を引き起こす。

最終的に、セロトニン症候群の発生率を評価することは困難であるが、誤診しやすく、軽度の症状であれば見逃される可能性があるため、過少報告であると考えられている。

2. セロトニン症候群のリスクがあるのは誰か?
直感的には、慢性疾患を有する患者ではうつ病のリスクが劇的に増加するため、セロトニン症候群は高齢者により多くみられるはずである。加えて、複数の合併症を有する患者はより多くの薬剤を服用するため、ポリファーマシーや副作用のリスクが高まる。

セロトニン症候群の疫学はまだ広範に研究されていないが、年齢と併存疾患が組み合わさることで、この病態のリスクが高まる可能性がある。


3. どのように現れるのか?
セロトニン症候群は、自律神経障害、神経筋興奮、精神状態変化の三徴候として特徴的に現れる。しかし、これらの症状が同時に起こるとは限らない。自律神経障害は患者の 40%、神経筋興奮は 50%、精神状態の変化は 40%にみられる。症状は軽度のものから生命を脅かすものまで様々である(表 2)。

表 2. セロトニン中毒の症状
https://www.ccjm.org/content/83/11/810.long#T2

3-1. 自律神経障害
発汗は 48.8%、頻脈は 44%、吐き気と嘔吐は 26.8%、散瞳は 19.5%にみられる。その他の徴候としては、腸音亢進、下痢、顔面紅潮がある。

3-2. 神経筋興奮
ミオクローヌスは 48.8%、反射亢進は 41%、体温亢進は 26.8%、筋緊張亢進と硬直は 19.5%にみられる。その他の徴候として、自発性または誘発性のクローヌス、オプソクローヌス(注視時の連続的な律動眼振)、振戦がある。

オプソクローヌス
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1416100663

3-3. 精神状態の変化
錯乱 (confusion) は 41.2%、興奮 (agitation) は 36.5%にみられる。その他の徴候は不安、傾眠、昏睡である。

3-4. セロトニン中毒の症状の時間経過
セロトニン中毒の症状は、患者の約 28%で誘発事象(例:服薬)から 1 時間以内に、61%で 6 時間以内に発現する。診断的価値の高い所見としては、反射亢進、誘発性または自発性のクローヌスなどがあり、これらは一般に下肢で顕著である。

3-4. 軽症セロトニン症候群の症状
軽度の中毒では、患者は振戦や痙攣、不安、反射亢進、頻脈、発汗、散瞳を呈することがある。さらに詳しく問診すると、デキストロメトルファンを風邪薬・咳止め薬を最近使用したことが分かるもしれない。

3-5. 中等症セロトニン症候群の症状
中等度の中毒の場合、患者は興奮と不穏を伴い、著明な苦痛を呈する。特徴としては、下肢の反射亢進とクローヌス、オプソクローヌス、腸音亢進、下痢、嘔気、嘔吐、頻脈、高血圧、発汗、散瞳、高体温(<40℃、104°F)などがある。患者の既往歴から、エクスタシーの使用や、プロセロトニン作動性オピオイド、抗てんかん薬、抗うつ薬と CYP2D6 または CYP3A4 阻害薬の併用など、セロトニン作用を増強する薬の併用が明らかになることがある。

3-6. 重症セロトニン症候群の症状
重度のセロトニン中毒は、数時間以内に多臓器不全に至る生命を脅かす病態である。筋硬直が特徴で、体温が急速に 40℃以上に上昇することがある。この筋緊張亢進は、反射亢進やクローヌスという古典的かつ診断的な徴候を覆い隠すことがある。患者は、錯乱やせん妄を伴う不安定で動的なバイタルサインを示すことがあり、強直間代発作を起こすこともある。

筋硬直とその結果生じる高体温が適切に管理されないと、患者は横紋筋融解症、ミオグロビン尿、腎不全、代謝性アシドーシス、急性呼吸窮迫症候群、播種性血管内凝固症候群につながる細胞障害や酵素機能障害を起こすことがある。

セロトニンクリーゼ (serotonin crisis) は通常、抗うつ薬と前述のオピオイドおよび制吐薬のような複数のセロトニン作動性薬剤の同時摂取によって引き起こされる。SSRI と MAOI の併用は最大のリスクをもたらす。あるいは、患者が最近、安全なウォッシュアウト期間を経ずに抗うつ薬を切り替えたために、セロトニン濃度がより高値となっているしている場合もある。

4. セロトニン症候群の診断は?
セロトニン症候群は臨床診断であるため、投薬と身体診察の徹底的な見直しが必要である。血清セロトニン濃度は、毒性の信頼性の低い指標であり、臨床症状とはあまり相関しない。

現在、セロトニン症候群の診断には、ハンターセロトニン中毒基準 (Hunter serotonin toxicity criteria)(図 1)とシュテルンバッハ基準 (Sternbach criteria) の 2 つの臨床ツールがある。

図 1. ハンターセロトニン中毒基準
https://www.ccjm.org/content/83/11/810.long#F1

4-1. ハンター基準
ハンター基準は、身体所見に重きを置いている。患者はセロトニン作動薬を服用しており、以下のいずれかを有していなければならない:

·自発性クローヌス
·誘発性クローヌス+興奮または発汗
·オプソクローヌスおよび興奮または発汗
·誘発性クローヌスまたは眼振に加え、筋緊張亢進および筋温亢進がみられる。
·振戦と反射亢進

4-2. シュテルンバッハ基準
シュテルンバッハ基準は、1. セロトニン作動性薬剤を使用していること、2. 他に症状の原因がないこと、3. 最近神経遮断薬を使用していないこと、4. 以下のうち 3 つを満たすことの 4 つの基準からなる。

·精神状態の変化
·興奮
·反射亢進
·ミオクローヌス
·発汗
·戦慄
·振戦
·下痢
·協調運動障害
·発熱

ハンター基準は推奨されており、臨床毒物学者による診断のゴールドスタンダードと比較した場合、シュテルンバッハ基準よりも特異度が高く(97% 対 96%)、感度が高い(84% 対 75%)。

5. 鑑別診断
セロトニン症候群の鑑別診断には、悪性症候群、抗コリン薬中毒、転移性がん、中枢神経系感染症、胃腸炎、敗血症が含まれる (表 3)。

表 3. セロトニン症候群の鑑別疾患
https://www.ccjm.org/content/83/11/810#T3

5-1. 悪性症候群
セロトニン症候群と誤診されることが最も多い疾患である悪性症候群は、ドパミン拮抗薬(ハロペリドール、フルフェナジンなど)に対する特異的な反応であり、数日から数週間かけて発症する。患者の 70%において、まず錯乱を伴う興奮性せん妄 (agitated delirium) が現れ、続いて鉛管様固縮 (lead pipe rigidity) と歯車様振戦 (cogweel tremor) が起こり、次に体温が 40℃を超える高体温、最後に大量の発汗、頻脈、高血圧、頻呼吸が起こる。

悪性症候群を区別する重要な要素は、臨床経過、bradyreflexia、クローヌスの欠如である。嘔気、嘔吐、下痢の前駆症状も悪性症候群ではまれである。悪性症候群は通常、治癒に平均 9 日を要する。

5-2. 抗コリン中毒
抗コリン中毒は通常、経口摂取後 1-2 時間以内に発症する。症状には、潮紅、無汗、無汗性高熱、散瞳、尿閉、腸音低下、興奮性せん妄、幻視などがある。セロトニン症候群とは対照的に、反射と筋緊張は抗コリン中毒では正常である。

6. セロトニン症候群の治療法は?
セロトニン症候群の管理は、セロトニン作動薬を中止することと支持療法を行うことの 2 つが柱である。ほとんどの患者は、誘因となる薬剤を中止し、治療を開始してから 24 時間以内に改善する。

6-1. 軽症セロトニン症候群の治療
軽症のセロトニン症候群の場合、治療には原因薬剤の中止、点滴による支持療法、バイタルサインの補正、ベンゾジアゼピンによる対症療法が必要である。患者は入院させ、増悪を防ぐために 12-24 時間観察すべきである。

6-2. 中等症セロトニン症候群の治療
中等症のセロトニン症候群の場合、セロトニン作動薬を中止し、支持療法を行う。ベンゾジアゼピンおよび非セロトニン作動性制吐薬による対症療法が推奨され、高体温に対しては標準的な冷却手段を実施すべきである。患者は入院させ、増悪を防ぐために 12-24 時間観察すべきである。

6-3. 重症セロトニン症候群の治療
重症のセロトニン症候群に対しては、気道 (Airway)、呼吸 (Breathing)、循環 (Circulation) の管理、すなわち「ABC」に重点を置いた治療を行うべきである。生命を脅かす 2 つの主要な懸念は、低換気につながる高体温(体温 >40℃または 104°F)と硬直である。重症のセロトニン症候群患者は、鎮静、麻酔、挿管を行うべきである。これにより呼吸筋の筋緊張 (ventilatory hypertonia) が改善し、機械的換気が可能になる。麻酔はまた、筋硬直によって引き起こされる高体温の悪化を防ぐ。高体温は視床下部の体温設定点の変化によるものではないため、解熱剤はセロトニン症候群の治療には役に立たない。高体温の管理には、標準的な冷却手段を用いるべきである。

6-4. セロトニン拮抗薬
セロトニン拮抗薬は、症例報告で一定の成果をあげているが、これを確認するにはさらなる研究が必要である。

シプロヘプタジンは強力な 5-HT2A 拮抗薬であり、患者は通常、投与後 1-2 時間以内に反応する。中毒の重症度にもよるが、20 分から 48 時間の間に症状および徴候は完全に消失している。

推奨されるシプロヘプタジンの初回投与量は 12 mg で、症状が続く場合は 2 mg を 2 時間ごとに投与する。成人の 1 日総投与量は 0.5 mg/kg/日を超えないようにする。シプロヘプタジンは経口剤のみであるが、粉砕して経鼻胃管から投与することができる。

クロルプロマジンは 5-HT1A および 5-HT2A 拮抗薬であり、筋肉注射が可能である。その有効性を挙げた症例報告はあるが、低血圧、ジストニア、悪性症候群のリスクがあるため、あまり望ましい選択肢とはいえないかもしれない。

シプロヘプタジン、クロルプロマジン、その他のセロトニン受容体拮抗薬のセロトニン症候群の治療における有効性と信頼性を明らかにするために、個々の症例報告以上のさらなる研究が必要である。

6-5. その他の薬剤

6-5-1. ベンゾジアゼピン系薬
ベンゾジアゼピン系薬は、抗不安作用と筋弛緩作用があるため、症状緩和のための主薬と考えられている。しかし、動物実験によると、ベンゾジアゼピン系薬による治療は、高体温を抑制するものの、回復までの時間や転帰には影響を及ぼさなかった。

6-5-2. 神経筋遮断薬
重篤な中毒に対して推奨される神経筋遮断薬としては、ベクロニウムなどの非脱分極薬がある。横紋筋融解症や高カリウム血症を悪化させる可能性があるため、サクシニルコリンは避けるべきである。

ダントロレンは筋弛緩作用があり、悪性高熱症への使用も示唆されている。しかし、この治療法はいくつかの症例報告では成功しておらず、動物モデルでも効果がない。

6-6. 身体拘束は避けるべき
等尺性筋収縮は、興奮状態にある患者の高体温や乳酸アシドーシスを悪化させる可能性があるため、身体拘束は好ましくない。薬剤を投与するために身体拘束が必要な場合は、できるだけ早く外すべきである。

7. セロトニン症候群を予防するには?
セロトニン症候群の予防は、患者と医療従事者の教育と認識を向上させることから始まる。患者はまず、処方された薬を注意深く服用し、セロトニン中毒の初期徴候や症状を認識することが重要である。

高齢化社会における抗うつ薬の使用は増加の一途をたどっており、様々な分野の医師が拡大している適応症(例えば、変形性関節症、糖尿病性神経障害、線維筋痛症、化学療法による末梢神経障害の治療に対するデュロキセチン)に対して抗うつ薬を処方しているため、医療提供者はセロトニン症候群とその有害な影響の症例が増えることに備える必要がある。 医師は、セロトニン作動薬の不必要な使用を最小限に抑え、ポリファーマシーを減らすために処方を定期的に見直すべきである。

電子オーダーシステムは、セロトニン症候群のリスクを高くする可能性のある相互作用を検出し、処方者に警告し、処方者が警告に対応するまでオーダーを行わないように設計すべきである。SSRI と MAOI の併用は、重篤なセロトニン症候群を誘発するリスクが最も高いため、常に避けるべきである。

セロトニン作動薬から別のセロトニン作動薬に切り替える場合、医師はふたつの薬剤の作用が重複することを防ぐために安全なウォッシュアウト期間を守るべきである。例えば、セルトラリンのウォッシュアウト期間は 2 週間であるが、フルオキセチンのウォッシュアウト期間は 5-6 週間である。半減期とウォッシュアウト期間を考慮する際には、薬剤師に相談することが有用であろう。

予防に関して患者と医師の双方を教育することは、セロトニン症候群のリスクを最小化するのに役立ち、中毒が起こった場合にも評価と管理の効率を高めると考えられる。

https://www.ccjm.org/content/83/11/810

プライマリ·ケアにおける不眠症に対する看護師による睡眠制限療法の臨床的および費用効果

2023-09-28 00:14:32 | 精神
プライマリ・ケアにおける不眠症に対する看護師による睡眠制限療法の臨床的および費用効果:非盲検無作為化比較試験 (HABIT trial)
Lancet 2023; 402: 975-987


目的
不眠症は広く蔓延しており、苦痛を与えているが、第一選択治療である認知行動療法(cognitive behavioural therapy: CBT)へのアクセスは極めて限られている。本研究では、広く実施される可能性のある CBT の主要な構成要素である睡眠制限療法の臨床的および費用対効果を評価することを目的とした。

睡眠制限療法 (睡眠スケジュール法) とは
睡眠障害·睡眠問題に対する支援マニュアル (保健師·対人援助職向け) 国立精神·神経医療センター
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/phn/sleep_manual.pdf


背景
不眠症は成人人口の10%が罹患している。不眠症は一般的に様々な慢性疾患と併発し、治療せずに放置しておくと持続し、かなりの直接的・間接的コストがかかる。

国際的なガイドラインでは、治療の第一選択は多成分の CBT であるべきとされているが、資源や専門知識が不十分なため、世界的にアクセスは極めて限られている。スイスの研究では、CBT を受けた不眠症患者は全体のわずか 1%であった。

このようなアプローチはいずれも不眠症の長期管理に対するエビデンスに基づくものではなく、睡眠薬は様々な副作用と関連している。特に不眠症患者が治療を求める一般診療所において、ガイドラインに基づいた介入へのアクセスを増やすためには、新しいケアモデルが必要である。

治療へのアクセスは、CBT を簡略化することで対処できる。CBT の中心的な要素の 1 つに睡眠制限療法 (sleep restriction therapy) がある。これは、睡眠を定着させ安定させるために、ベッドにいる時間を体系的に制限し、規則正しくするものである。

睡眠制限療法は、不眠を長引かせる行動、特に就寝時間の延長、睡眠・覚醒タイミングの変動、日中の仮眠に対抗するものである。睡眠制限療法の短時間でプロトコール化された性質は、単一要素介入としての有効性の証拠と相まって、睡眠制限が臨床での展開に適した計測可能な介入である可能性を示唆している。

プライマリケアにおける多成分治療の一環として睡眠制限を実施できることは、これまでの研究で示されているが、単成分介入として一般医が実施できるかどうか、不眠症の長期的改善につながるかどうか、費用対効果が高いかどうかについては不確実である。

そこで著者らは、プライマリ・ケアにおいて、看護師による短時間の睡眠制限療法(睡眠衛生アドバイスと並行して)が臨床的に有効であり、費用対効果が高いかどうかを検証するために、実用的試験を行った。


方法
睡眠制限療法と睡眠衛生の実用的、優越性、非盲検、ランダム化比較試験を行った。

イングランドの 35 の一般診療所から不眠症の成人を募集し、ウェブベースの無作為化プログラムを用いて、看護師による睡眠制限療法 4 セッション+睡眠衛生小冊子、または睡眠衛生小冊子のみに無作為に割り付けた(1:1)。いずれの群も通常のケアに対する制限はなかった。

アウトカムは 3 ヵ月後、6 ヵ月後、12 ヵ月後に評価された。主要エンドポイントは、不眠重症度指数(insomnia severity index: ISI)を用いて測定された 6 ヵ月後の自己報告による不眠重症度であった。

費用対効果は、英国国民保健サービスおよび個人福祉サービスの観点から評価され、得られた質調整生存年(quality-adjusted life year: QALY)あたりの増分費用で表された。


結果
2018 年 8 月 29 日から 2020 年 3 月 23 日の間に、642 人の参加者を睡眠制限療法(n = 321)または睡眠衛生療法(n = 321)に無作為に割り付けた。

平均年齢は 55.4 歳(範囲: 19~88 歳)で、489 人(76.2%)が女性、153 人(23.8%)が男性であった。580 人(90.3%)の参加者が、少なくとも 1 つの結果測定のデータを提供した。

6 ヵ月時の ISI スコアの平均は、睡眠制限療法群で10.9(標準偏差: 5.5)、睡眠衛生療法群で13.9(5.2)であり(調整平均差: -3.05、95%信頼区間: -3.83~-2.28, P<0.0001)、睡眠制限療法群の参加者は睡眠衛生療法群よりも不眠症の重症度が低いことが報告された。

6ヵ月時点で、睡眠制限療法群は睡眠衛生療法群に比べ、精神的健康関連QOL(SF-36 MCS)、睡眠関連QOL(GSII)、抑うつ症状(PHQ-9)の低下、活動障害(WPAI)の低下を認めた(表)。これらの指標に関する群間効果は、すべての追跡調査時点において観察された。

被雇用者では、睡眠制限療法群では欠勤が少なく(6ヵ月、12ヵ月)、プレゼンティイズム (presenteeism, 何らかの疾病や症状を抱えながらも出勤し、その結果仕事の生産性が下がること) が少なく(3ヵ月、6ヵ月、12ヵ月)、仕事の生産性低下が少なかった(WPAI;3ヵ月、6ヵ月、12ヵ月)。身体的健康関連 QOL(SF36 PCS)は、3ヵ月時点では睡眠制限療法群の方が高かったが、6ヵ月、12ヵ月時点では群間差は認められなかった。

表: 一次アウトカムおよび二次アウトカムに対する治療効果
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)00683-9/fulltext?dgcid=twitter_organic_lancet_lancet&utm_campaign=lancet&utm_content=265098374&utm_medium=social&utm_source=twitter&hss_channel=tw-27013292#tbl2

獲得 QALY あたりの増分費用は 2076 ポンド (37.7 万円, 2023/9 現在) であり、費用効果閾値 20,000 ポンド (363 万円, 2023/9 現在) において治療が費用効果的である確率は 95.3%であった。各群で 8 人の参加者に重篤な有害事象がみられたが、いずれも介入とは関係ないと判断された。

図: 睡眠衛生指導と睡眠制限療法の費用対効果の比較
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)00683-9/fulltext?dgcid=twitter_organic_lancet_lancet&utm_campaign=lancet&utm_content=265098374&utm_medium=social&utm_source=twitter&hss_channel=tw-27013292#gr3


考察
プライマリケアにおける看護師による短時間の睡眠制限療法は、不眠症状を軽減し、費用対効果が高い可能性が高く、不眠症の第一選択治療として広く実施される可能性がある。

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)00683-9/fulltext?dgcid=twitter_organic_lancet_lancet&utm_campaign=lancet&utm_content=265098374&utm_medium=social&utm_source=twitter&hss_channel=tw-27013292

神経因性食思不振症の合併症

2023-07-10 08:11:18 | 精神
神経因性食思不振症の合併症についての総説
Cleve Clin J Med 2020; 87: 361-366

神経因性食思不振症 (anorexia nervosa: AN) は、摂食自制、著しい体重減少、低栄養を特徴とする精神疾患である。進行すると数多くの合併症が全身に現れる。合併症のいくつかは効果的な栄養リハビリテーションと体重増加で軽快するが、その他の合併症については永続的な障害を来たし得る。

要点

·AN では左室壁の体積低下を特徴とする心筋萎縮が起こる。これによりしばしば僧房弁逸脱 (mitral prolapse) が起こる。

·女性ではほとんどの場合無月経となり、思春期前の状態に戻るのでエストロゲン濃度は低下する。男性ではテストステロン濃度が低下する。

·骨密度が著明に低下し、思春期でも骨減少症または骨粗鬆症を来す。この骨密度低下は永続的なものとなり得る。

·一過性の気胸、縦隔気腫、誤嚥性肺炎などの呼吸器合併症も来たし得る。

·脳全体の萎縮も起こり得る。灰白質も白質も障害され、治療後も永続的な認知機能低下を来すことがある。

1. 疫学

AN は思春期での発症が最も多い。主に発症するのは若い女性だが、罹患率は男性でも女性でも思春期で上昇する。統計によりばらつきはあるが、女性の 1%以上は生涯に AN を発症し、罹病期間は平均で 6年である。

AN は精神疾患の中で最も死亡率が高い。死亡率は 5%で、自殺のリスクは 10倍高い。AN 患者の死亡原因の 20%は自殺である。

AN の病因は複雑であり、遺伝、心理、環境·社会的要因が関与する。一親等以内に AN 患者がいる場合、AN 発症のリスクは 10倍高くなる。うつ病や不安神経症、薬物乱用などの精神疾患がある場合も (AN 発症の) リスクは高くなる。

多くの要因が AN 発症あるいは増悪そして維持に関与している。すなわち、社会的要因、やせて見えることが求められること、食習慣、細身である必要がある職業 (スポーツ選手やモデルなど) 、支持体制の欠如、トラウマ (性的暴力、虐待、ネグレクト) などが要因となる。

2. 評価
AN の評価と診断については精神障害の診断·統計マニュアル第5版 (the 5th edition Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: DSM-5) で更新されている。AN の特徴 (hallmarks) は意図的なカロリー制限による体重減少、体重増加に対する強い恐怖、そしてボディイメージの歪み (すなわち、実際には正常あるいはやせてさえいても、醜く太っていると信じている)である。

DSM-5 では body mass index: BMI に基づく重症度指数により、医療者が低栄養の程度を評価し、必要なケアを判断できるようにしている。重症度指数は、軽度 (BMI >17 kg/m2)、中等度 (BMI 16-16.99 kg/m2)、重度 (BMI 15-15.99 kg/m2)、極重度 (BMI <15 kg/m2) の 4つのカテゴリーに分かれている。

DSM-5 では AN を摂食型 (restricting type)、過食/排出型 (binge-eat/purging type) の2つのサブタイプに分けている。摂食型は過食をともなわないのに対し、過食/排出型は過食と自己誘発嘔吐や利尿薬·緩下剤の不適切な使用などによる排出が特徴である。過食排出型と神経性過食症 (bulimia nervosa) の違いは、過食症については体重減少の基準はなく、過食を制御できないという感覚を持っていることである。

3. 治療

治療の選択肢については現在議論しており、経験的なエビデンスは欠けている。患者の身体的な安定性、精神的な安定性、AN 重症度、年齢、支持体制、罹病期間を評価するべきである。米国では、AN 患者診療の場は一般外来での治療から急性期病院への入院までと幅広い。治療内容は年齢とケアの必要度によって異なる。

小児では多くの場合、家族療法 (family-based therapy) が行われるが、成人では認知機能改善療法 (cognitive remediation therapy) 、曝露療法 (exposure therapy)、弁証法的行動療法 (dialectical behavior therapy) 、アクセプタンス&コミットメント療法 (acceptance and commitment therapy) などさまざまな治療が行われる。どの治療もエビデンスに基づいた最適な治療ではなく、考慮するべき多くの問題があることが示唆される。

4. 予後

AN の寛解率は報告により大きく異なる。小児例の報告では寛解率は 17.2-50%であり、成人例では 13-42.9%だと報告されている。

摂食障害自体は十分に治療されず、うつや不安神経障害、薬物乱用、身体的問題など合併症の治療のみが行われているケースが多い。摂食障害があることに気づき、きちんと評価することができれば、効果的な介入および治療を行うことができ、患者に利することができるだろう。

5. 心合併症

最近の AN についてのシステマティックレビューでは、心臓の構造と機能の変化、自律神経系の変化、心臓の再分極 (? cardiac repolarization) が 起こると報告されている。

AN に特徴的な器質的変化である心筋萎縮は左室壁の筋量低下と左室容量の低下によって特徴づけられる。

僧房弁逸脱は AN で多い。病態生理は詳しく分かっていないが、心筋萎縮と左室容量の低下により、僧房弁の弛緩 (laxity) が相対的に低下することによると考えられており、僧房弁粘液腫様変性 (myxomatous valve degeneration) がなくても起こる。

この僧房弁-左室不均衡仮説 (valvular ventricular disproportion theory) では僧房弁組織が過剰でも、左室容積が不十分でも僧房弁逸脱が起こる。AN 患者で体重が戻ると僧房弁逸脱は消失し、体重が減少すると再び起こることはこの仮説を裏付ける。

あるコホート研究では、重度の AN のほとんどでは僧房弁逸脱を認めるが、左室の大きさと僧房弁逸脱との間には関連を認めなかった。一方、心拍数の少なさは僧房弁逸脱と有意に相関した。したがって、僧房弁逸脱の原因はひとつではなく、迷走神経の緊張 (vagal tone) とそれにともなう徐脈も関与しているかもしれない。

心嚢水は体重減少が進むと貯留し、ふつう体重が戻り、血清トリヨードサイロニン (triiodothyronine: T3) が正常化すると同時に消失する。

洞性徐脈、可逆性の洞不全症候群、起立性低血圧は重症の AN で広く認められる。患者の BMI によって心電図を検討することは適切である。BMI >17 kg/m2 では異常所見を認めないことが多いが、BMI <15 kg/m2 では徐脈などの不整脈を認める可能性が高い。BMI が低下するにつれて、徐脈と低血圧は目立つようになる。

AN に特異的な心機能障害はないが、拡張障害はよく認める。また、脈波伝播速度 (arterial pulse wave velocity) の上昇や動脈スティフネス (aortic stiffness) の上昇も報告されている。

AN 患者では運動耐容能は低下しているが、運動時の血圧、運動時の心血管指標 (酸素消費量など)、左室収縮能は保たれている。

心突然死は AN 患者の早期死亡 (premature death) のよくある原因である。心拍の呼吸性変動によって評価した自律神経系の機能障害は AN 患者で報告されているが、系統的に解析した場合には一貫したパターンは得られていない。同様に、12誘導心電図 (12-lead electrocardiography) における補正 QT (rate-corrected QT: QTc) 時間の延長に表れる再分極の遅延も報告されている。しかし、AN 患者を対象にした最も規模が大きい心電図の研究では、QTc 時間の平均は 417 ms であり、AN 患者で QTc 時間が延長することは示されなかった。

摂食障害患者では QTc 延長とトルサードポワンツが起こるが、QTc 延長と、AN と突然死のリスクとの間には、交絡因子として低カリウム血症と遅延整流カリウムチャネル (delayed rectifier potassium channel) を阻害する薬剤の使用が介在している。

おそらく AN と心臓突然死との関連を支持する最近の研究の中で最も説得力があるものは、デンマークで行われた 430名の AN 患者と 123 名の対照を 10年間追跡したコホート研究である。まとめると、AN 患者と対照の間で、QTc 時間や QTc 延長のリスクは差がなかった。しかし、AN 患者では対照と比較して有意に心イベント (心室頻拍、心拍再開した心停止 (aborted cardiac arrest)、または心停止) のリスクが高く (ハザード比 10.4, 95%信頼区間 2.6-41.6, P=0.01)、全死亡のリスクが高かった (ハザード比 11.2, 95%信頼区間 5.1-24.5, P<0.01)。この心血管イベントおよび全死亡のリスク上昇はベースラインの QTc 時間とは関連しなかった。

r 波増高不良もよく報告されているが、心イベントとの関連は示されていない。

AN 患者では上述のような心血管合併症を認めるが、心血管死の詳しい病理は明らかになっていない。

6. 消化器合併症

体重減少と低栄養の直接の結果として、(食物の) 消化管内における滞留時間は長くなる。

AN 患者では胃不全麻痺 (gastroparesis) と便秘が多く、特に体重減少が重度になると増える。症状がある場合は、体重が増えるまでの短期間メトクロプラミドやマクロライド抗菌薬を処方しても良い。

AN 患者では体重減少にともなう腸間膜脂肪織の萎縮により、上腸間膜動脈症候群 (superior mesenteric artery syndrome) が起こる。正常では脂肪織が上腸管膜動脈をつり上げており、上腸管膜動脈と大動脈の間を通る十二指腸水平部 (third portion of duodenum) を圧排しないようにしている。上腸管膜動脈症候群の患者では腹満感 (fullness)、嘔気、嘔吐で軽快する食直後の心窩部痛 (epigastric pain) を訴える。診断は上部消化管撮影 (upper gastrointestinal series, バリウム検査のこと) または腹部 CT によって確定される。治療は液体あるいは柔らかいもので食事を摂らせ、体重が増えて脂肪織が元に戻るのを待つことである。

食事開始後早期は小腸粘膜が萎縮し、吸収部位が減少するために下痢が起こり得る。

AN 患者ではしばしばトランスアミナーゼが上昇している。この原因は二つあると考えられている。栄養を開始する前であれば、飢餓により肝細胞がアポトーシスするためと考えられる。栄養後であれば、炭水化物を制限した食事のために脂肪肝となったためと考えられる。不思議なことに、重症の AN 患者でもアルブミン濃度は正常である。

機能性腸疾患は AN 患者では多い。

7. 呼吸器合併症

長年、呼吸器は AN の弊害を免れていると信じられてきた。しかし、現在私たちはそれは正しくないことを知っている。

AN 患者では一過性の気胸と縦隔気腫が起こる。また体重減少が高度で咽頭の筋力低下と嚥下障害をともなう場合は誤嚥性肺炎を来し得る。これについては嚥下造影で評価できる。

呼吸機能検査 (pulmonary function test) では閉塞性障害のパターンを呈することがあるが、原因は不明である。

8. 血球減少

低栄養が悪化すると、骨髄の膠様変化 (gelatinous marrow transformation) が起こり得る。骨髄の脂肪組織が高度に萎縮すると骨髄脂肪が厚いムコポリ多糖体に置き換わり、血球の前駆細胞が骨髄から出ていくのを妨げる。これにより白血球、赤血球、血小板の 3系統の減少 (triliner hypoplasia) が認められる。血球減少の頻度は白血球、赤血球、血小板の順に多い。

興味深いことに、AN 患者では明らかに白血球が減少しているが、感染症のリスクは増えない。そのため、好中球減少症患者としての感染予防策を講じる必要はない。また、栄養状態が改善すれば速やかに骨髄機能は正常化するので、高価な成長因子は適応ではない。

AN における貧血はふつう正球性であるが、赤血球指数 (red blood cell indices) が異常の場合はビタミン B12 と葉酸の欠乏がなくても大球性貧血となる。小球性貧血は稀であり、小球性貧血を認める場合は追加の検査が必要である。

9. 内分泌異常

AN 患者ではさまざまな内分泌異常が起こる。

ほとんどの女性で無月経を認める。無月経となっている女性では視床下部-下垂体軸が思春期前の状態に戻り、エストロゲン濃度が低下している。男性の場合はテストステロン濃度が低下している。

月経は標準体重のおよそ 95%まで体重が増えると再開するが、月経再開までには 6-9ヶ月かかる。無月経であっても妊娠はし得ることには注意が必要である。この場合は母体にとっても胎児にとっても危険である。

レプチン濃度低値は栄養リハビリテーションと体重増加によって正常化する。レプチン濃度は正常月経の再開時期と関連するかもしれない。

AN では成長ホルモン抵抗性と血清コルチゾール高値をともなう。ほとんどの AN 患者で甲状腺機能正常症候群 (euthyroid sick syndrome) を認めるが、体重が戻れば自然に治る。

低血糖は重症の AN 患者で、BMI <15 kg/m2 の場合に認めることが多い。低血糖は肝不全、糖新生およびグリコゲン分解の障害を予測する予後不良因子である。

10. 骨密度低下

AN 患者は若いことが多いが、サルコペニアの合併が多く、骨格筋量は低下している。サルコペニアを合併すると危険な筋力低下を引き起こし、重度になると転倒のリスクが増加する。サルコペニアは体重増加と運動療法で完全に回復させることができる。

サルコペニアと関連する深刻でおそらく不可逆的な合併症は骨密度低下である。思春期であっても骨減少症および骨粗鬆症を発症し得る。

骨密度低下の病態生理には、コルチゾール濃度の上昇、レプチンおよび性ホルモン濃度の低下、低体重、成長ホルモン抵抗性など多くの要因が関与していそうである。

AN が寛解してから長い時間が経っても脆弱性骨折 (fragility fracture) のリスクが著明に高い状態が続く。

AN 患者における骨密度低下は閉経後の女性の骨密度低下とは異なる。AN においては、骨密度低下は骨吸収の増加だけでなく、骨形成の低下にもよっている。このように骨吸収の増加しているにも関わらず骨形成が低下することが、AN において骨密度が著明に低下する原因であると考えられている。

AN を発症して 1年以上経っているか、無月経になってから 9-12ヶ月経っている場合は、骨密度を測定することがたいへん重要である。

AN にともなう骨粗鬆症の治療については意見が分かれている。ほとんどの専門家はカルシウムとビタミン D を十分摂取しつつ、体重増加と月経再開を待つべきだと考えている。しかし、一部の専門家は AN にともなう骨粗鬆症に対してはより積極的に治療するべきであり、ビスホスホネートやエストロゲン皮下注射、デノスマブ、テリパラチドによる薬物治療も検討するべきだと主張している。現在のところはいくつかの症例報告でデノスマブの使用が報告されているのみである。AN 患者に骨粗鬆症治療薬を処方する場合は、稀であるとはいえ、副作用について十分に説明するべきである。

AN が活動性である間は 2年毎に骨密度を測定するべきである。

11. 脳の萎縮

AN では脳が著明に萎縮する。脳の中でも特定の領域が特に障害されやすいようである。障害されやすい部位としては、両側灰白質、島皮質 (insula) 、視床 (thalamus) である。

体重が増加すると脳の大きさは元に戻るようである。しかし、脳の萎縮にともなって認知機能障害も進行し、AN の合併症として永続するようである。

脳の萎縮によって重症の AN 患者で見られる味覚、嗅覚、視床機能、体温調節の障害および精神活動全般の不活発 (overall mental slowness) が説明できるかもしれない。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32487556/