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内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床についての論文のまとめ

悪性腫瘍にともなう高カルシウム血症

2024-06-05 07:39:41 | 電解質異常
悪性腫瘍に関連する高カルシウム血症とその治療
Front Endocrinol (Lausanne) 2023; 14: 1039490

がんに関連した高カルシウム血症は、進行がん患者に典型的にみられる一般的な所見であり、約 20-30%の症例にみられる。入院患者における高カルシウム血症の最も多い原因は、悪性腫瘍による高カルシウム血症である。この臨床的問題は、固形がん患者および血液がん患者の両方でみられる。高カルシウム血症は、腫瘍患者の予後不良と関連している。

この病理学的状態はさまざまな機序により起こりうるが、通常は骨吸収、腸管からの吸収または腎排泄に起因するカルシウム恒常性の異常により引き起こされる。高カルシウム血症は、消化器症状から神経症状まで幅広い症状を呈することがある。

医師による迅速な診断と治療の開始は、合併症のリスクを著しく低下させる。治療は、カルシウム排泄を増加させ、骨吸収を減少させ、腸管カルシウム吸収を減少させることにより、血清カルシウムを減少させることを目的とする。治療の主軸は、輸液、ビスホスホネート (bisphosphnate) およびカルシトニン (calcitonin)、デノスマブ (denosumab)、一部の患者ではプレドニゾン (predonisone) およびシナカルセト (cinacalcet) である。基礎疾患として進行した腎疾患があり、難治性の重症高カルシウム血症の患者は、血液透析の適応を評価すべきである。腫瘍患者を扱うすべての医師は、高カルシウム血症の最も迅速で効果的な管理法を知っておくべきである。

1. はじめに
悪性腫瘍性高カルシウム血症(hypercalcemia of malignancy: HCM)は、血清カルシウム値が正常値を超える病態である。高カルシウム血症に起因する症状は、軽度なものから生命を脅かすものまでさまざまである。悪性腫瘍は高カルシウム血症の最も一般的な原因の一つであり、特に骨転移を伴うがん患者において顕著である。高カルシウム血症は、がん患者の約 30%が罹患していると推定されている。

HCM に関連する一般的な悪性腫瘍には、多発性骨髄腫、乳がん、肺がん、扁平上皮がん、腎がん、卵巣がん、および特定のリンパ腫がある。高カルシウム血症の重症度は、血清総カルシウム濃度によって分類される。高カルシウム血症は、がんによる骨形成および骨吸収過程の異常の結果として起こる臨床的問題である。

悪性腫瘍による高カルシウム血症は、新しい治療薬の導入により減少しているが、依然として臨床上よくみられる問題である。本総説の目的は、悪性高カルシウム血症の機序、診断および管理に関する現在の文献を要約することにより、臨床医の啓発に貢献することである。

2. カルシウム代謝
カルシウムバランスとは、体内、特に骨におけるカルシウム貯蔵状態のことである。骨カルシウムバランスは、成長、加齢、後天的または遺伝性の疾患などいくつかの要因によって、正、負または正味の変化なしになる。カルシウムの恒常性とは、副甲状腺ホルモン、1,25-ジヒドロキシビタミン D(カルシトリオール, calcitriol)、および血清イオン化カルシウム自体によるイオン化血清カルシウムのホルモン制御を指し、これらの因子はともに腸、腎臓、および骨におけるカルシウム輸送を調節する(図 1)。

図 1. カルシウム代謝
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10073684/figure/f1/

悪性腫瘍において高カルシウム血症を引き起こす主な機序は 3 つある。第一に、最も多い(80%)のは、腫瘍からの副甲状腺ホルモン関連ペプチド (parathyroid hormone related peptide: PTHrP の分泌であり、これは副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone: PTH)と同様の作用により高カルシウム血症を引き起こす。第二は、腫瘍内の 1α-水酸化酵素による 1,25-(OH)2 D の自律的産生によるカルシウム吸収の亢進である。第 3 の機序は、骨組織における腫瘍細胞の破骨細胞活性の亢進によって起こる骨吸収である(図 2)。

図 2. 悪性腫瘍にともなう高カルシウム血症の原因

2.1. 副甲状腺ホルモン関連ペプチド
固形がん患者における高カルシウム血症の原因で最も多いのは、PTHrP の分泌である。これは、悪性腫瘍の液性高カルシウム血症としても知られる。これは、肺がん、腎臓がん、膀胱がん、乳がん、頭頸部がんなどの固形がんでも、非ホジキンリンパ腫、成人 T 細胞性白血病、慢性骨髄性白血病などの疾患でも起こりうる。

PTHrP による高カルシウム血症は、特に扁平上皮組織型の腫瘍で頻繁に観察される。PTHrP は、特に最初の 13 個のアミノ酸の配列から PTH と相同性を持つ。この PTH との密接な類似性の結果、PTHrP は PTH と同じ PTH-1 受容体に結合し、それによって下流のシグナル伝達経路を活性化する。血中の PTHrP は骨と腎臓の PTH 受容体を刺激する。これにより骨吸収が亢進し、遠位尿細管でのカルシウム再吸収が亢進するため、骨からのカルシウム放出が起こり、カルシウムの排泄能も低下する。

PTHrP は PTH よりも 1,25-ジヒドロキシビタミン D の産生を刺激しにくい。PTHrP は PTH よりも 1,25-ジヒドロキシビタミン D の産生を刺激しにくいため、PTHrP を介した高カルシウム血症の患者における 1,25-ジヒドロキシビタミン D の測定値は変動する可能性がある。液性高カルシウム血症患者における典型的な検査所見は、血清 PTHrP が高く、血清インタクト PTH が非常に低いか抑制されていること、および血清 1,25-ジヒドロキシビタミン D 値が変動することである。

2.2. 1,25-(OH)2 D の産生
正常人では、25-ヒドロキシビタミン D(カルシジオール, calcidiol)は、PTH の影響下、腎尿細管で 1-ヒドロキシラーゼを介して 1,25-ジヒドロキシビタミンD(カルシトリオール, calcitriol、ビタミン D の最も活性の高い形態)に変換される。線維芽細胞増殖因子 23(fibroblast growth factor-23: FGF-23)は、高リン血症を介してこの変換を抑制する。高カルシウム血症は PTH の放出を抑制するため、1,25-ジヒドロキシビタミン D の産生を抑制する。しかし、腫瘍の種類によっては、PTH の制御とは無関係に、25-ヒドロキシビタミン D から腎外で 1,25-ジヒドロキシビタミン D が産生されるものもある。

1,25-ジヒドロキシビタミン D(カルシトリオール)の制御不能な産生は、ホジキンリンパ腫ではほぼ全例、非ホジキンリンパ腫では約 3 分の 1 の高カルシウム血症の原因である。この機序による高カルシウム血症は、卵巣未分化胚細胞腫 (ovarian dysgerminoma) およびリンパ腫様肉芽腫症 (lymphomatoid granulomatosis) の患者でも報告されている。

2.3. 骨吸収
骨吸収による高カルシウム血症は、骨内の腫瘍細胞による破骨細胞活性を亢進させるメディエーターの放出の結果として起こる。TNF ファミリーの一員である可溶性タンパク質 RANKL は破骨細胞の分化、活性、生存の中心的な調節因子である。このタンパク質は骨芽細胞と T 細胞によって合成され、破骨細胞の分化と活性化を指令する。マクロファージコロニー刺激因子(macrophage colony stimulating factor: M-CSF)にさらされた造血前駆細胞は、NFκB(RANK)結合受容体を発現する。RANK と RANKL が結合すると、破骨細胞への分化が誘導される。

加えて、マクロファージ由来タンパク質 MIP-1a, IL-3, -8, -6, -17, -18, アクチビン A を含む複数の RANKL 非依存性破骨細胞(osteoclast)刺激因子が、がん細胞によって産生されるか誘導される。MIP-1α は多発性骨髄腫(multiple myeloma)細胞の 70%が産生するケモカインであり、ヒト破骨細胞の強力な誘導因子である。MIP-1α 遺伝子の発現は多発性骨髄腫における骨吸収と高い関連性があり、MIP-1α 高値は極めて予後不良と関連している。MIP-1α は破骨細胞前駆細胞の走化性因子として働き、破骨細胞前駆細胞の分化を誘導し、RANKL 非依存性の破骨細胞形成に寄与する。さらに、MIP-1α は RANKL とインターロイキン (interleukin: IL)-6 が誘導する OCL 形成を増強する。MIP-1a はまた、腫瘍細胞上の β1 インテグリンの発現を増加させ、腫瘍細胞が骨髄に定着することを可能にする。その結果、骨髄間質細胞による RANKL、IL-6、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)、腫瘍壊死因子-a(tumor necrosis factor-α: TNF-α)の産生が増加し、腫瘍細胞の増殖、血管新生、骨吸収がさらに促進される。

IL-3 は骨髄に存在するもう一つの破骨細胞刺激因子である。IL-3 はまた、破骨細胞の発生に対する RANKL の作用を増大させることによって、間接的に破骨細胞形成を誘導することができる。この因子はまた、骨芽細胞の分化を阻止するアクチビン A を刺激することにより、骨吸収にも寄与する。

TNF-α は、骨髄間質細胞における Runx2 と Gfi-1 の発現に対する作用を通じて、破骨細胞形成を誘導し、骨芽細胞分化を抑制することができる二つの機能を持つサイトカインである。

形質転換増殖因子 β (transforming growth factor β: TGF-β) は、骨転移において上昇する因子であり、腫瘍-骨微小環境に複数の影響を及ぼす。TGF-β は腫瘍細胞による IL-6 と VEGF の産生を増加させる。

これら 3 つの主な機序とは別に、悪性腫瘍による高カルシウム血症のあまり一般的でない原因がある。

2-4. 異所性 PTH 分泌
異所性 PTH を分泌する腫瘍は、文献に症例報告として報告されている。これらの腫瘍の例としては、卵巣がん、肺小細胞がんおよび肺扁平上皮がん、神経外胚葉性腫瘍 (neuroectodermal tumors)、甲状腺乳頭がん、転移性横紋筋肉腫 (rhabdomyosarcoma)、膵がんおよび胃がんがある。これらの患者の血液検査では、一般的に PTH 高値、カルシウム高値、リン低値を認める。

2-5. 偽性高カルシウム血症
高カルシウム血症のもうひとつのまれな原因は、偽性高カルシウム血症である。これは、カルシウムが異常な免疫グロブリンに結合することによる測定誤差が原因である。原子吸光光度計 (atomic absorption spectrophotometry) を用いてこれを見分けることが可能である。

2-6. マイクロ RNA(microRNA: miRNA)の役割
miRNA は骨の恒常性維持において微妙な調節因子として働く。miRNA が破骨細胞形成に必須であるという基本的な証拠は、miRNA合成に必須な酵素である DICER1 を欠失させた遺伝学的研究によって得られている。DICER 欠損マウスや破骨細胞特異的 DICER 遺伝子欠損は、破骨細胞の形成と活性の両方に障害をもたらす。破骨細胞の形成を支持・抑制する miRNA が存在することが知られている。miRNA の機能は一部しか知られていないが、今後研究が進めば、悪性腫瘍や高カルシウム血症などの治療にも利用されるようになるだろう。

3. 臨床所見
高カルシウム血症の症状は、少なくとも 2 つの因子、すなわち高カルシウム血症の程度および血清カルシウムの変化率によって異なる。血清総カルシウム値に対する高カルシウム血症の程度は、軽度高カルシウム血症 (10.5-11.9 mg/dL)、中等度高カルシウム血症 (12-13.9 mg/dL)、および重度高カルシウム血症 (>14 mg/dL) である。軽度の高カルシウム血症は、無症状であるか、しびれや痛みなどの軽度の非特異的症状を伴うことがある。対照的に、重症で急速に進行する高カルシウム血症は、生命を脅かすさまざまな症状を伴うことがある。

臨床的に明らかな高カルシウム血症の発現には、高カルシウム血症の程度とその発現速度という少なくとも 2 つの因子が関与していることに注意することが重要である。悪性腫瘍にともなう高カルシウム血症の患者は、非常に高いレベルの高カルシウム血症を短時間で発症するため、他の原因の高カルシウム血症の患者よりも症状が強い。高カルシウム血症によって影響を受けるのは主に、神経系、消化器系および腎である。ほとんどすべての患者で消化器症状がみられる。軽度のカルシウム上昇は、食欲不振および便秘として現れる。重度の高カルシウム血症の患者では嘔気および嘔吐が発現することがあるが、これらの症状は腫瘍治療の副作用または腫瘍自体によって直接生じる症状と混同されやすい。原発性副甲状腺機能亢進症でみられるようなけいれん性の腹痛は稀に遭遇するが、消化性潰瘍や膵炎などの重篤な合併症が起こることはそれよりもはるかに少ない。

高カルシウム血症は腎の尿濃縮能を損なう。尿細管障害は後天性腎尿細管性アシドーシス (aquired tubular acidosis)、尿糖 (glucosuria)、アミノ酸尿 (aminoaciduria) を引き起こす。腎症状としては、腎性尿崩症 (nephrogenic diabetes insipidus) による多尿 (polyuria) がある。臨床的に明らかな高カルシウム血症の全ての患者は、多尿と嘔気および嘔吐による経口摂取量の減少のために腎前性の急性腎障害を来す。腎石灰化および腎結石は、長期にわたる高カルシウム血症を必要とするため、悪性高カルシウム血症ではあまりみられない。

無気力 (apathy)、気分の変化、疲労などの精神神経症状は、高カルシウム血症の症状としてしばしばみられるが、これは基礎にある悪性腫瘍によるものだろうと見なされ、見過ごされることがある。腫瘍患者においては、筋力低下によって運動量が減るために、骨からのカルシウム吸収を促進し、高カルシウム血症を増加させる。高カルシウム血症が悪化し続けると、精神状態の変化、錯乱、最終的には昏睡などの重篤な症状が現れることがある。まれに、可逆性後頭葉白脳症(posterior reversible leukoencephalopathy syndrome: PRES)を発症することもある。これは頭痛、痙攣として発症し、画像では皮質下浮腫を認める。

心血管系の所見は、心電図上の QT 間隔の短縮として認められる。心室細動などの致死的な心室性不整脈は、重度の高カルシウム血症の患者に発現することがある。

骨痛は、悪性腫瘍そのものによっても高カルシウム血症によっても起こり得る、よくある症状である。骨痛は、髄内圧の上昇、虚血、または微小骨折を引き起こす骨転移の存在と関連している可能性があるが、この症状は、明らかな骨転移がない場合にもみられる。

4. 患者の評価
症候性高カルシウム血症が疑われる患者では、まず血清カルシウム濃度を測定する。血清カルシウムは、生理的に不活性な担体結合型カルシウムと血清カルシウムの活性型であるイオン化カルシウムの合計である。したがって、カルシウム濃度が高いことが判明した場合は、これらの検査がイオン化カルシウムを測定しているのか総カルシウムを測定しているのかを知る必要がある。

総カルシウム値は、血清蛋白や pH など多くの因子の影響を受けうる。そのような場合は、イオン化カルシウム濃度がより重要である。カルシウムの恒常性はアルブミン濃度に大きく影響されるため、血清カルシウム濃度の解釈には血清アルブミン濃度の測定が必要である。アルブミンに異常がある場合は、血清カルシウムを以下の式で補正すべきである。

補正カルシウム濃度 (mg/dL) = 総カルシウム濃度 (mg/dL) +[0.8×(4.0-アルブミン (g/dL)]

重度の脱水がある場合、蛋白質やカルシウムの濃度が上昇している可能性がある。アルブミン-カルシウム系は pH に非常に敏感であり、pH の変化によってアルブミンに結合するカルシウムイオンの割合が変化することを覚えておくことが重要である。したがって、血清カルシウムが高いかどうかは、常にくり返し検査して確認することが推奨される。

悪性腫瘍に関連した高カルシウム血症を評価するための次のステップは、PTH と PTHrP の両方を測定することである。PTH と PTHrP は類似した分子であるため、複数の原因がない限り、両者が同時に上昇することはない。悪性腫瘍のほとんどの症例では、血清 PTH 値は抑制されているか正常であるように見える。高カルシウム血症で PTH 値が高値正常の場合は、PTH 介在性高カルシウム血症または副甲状腺がんの存在を示唆する。PTHrP または PTH による高カルシウム血症は、低リン血症、高クロール血症、および軽度の代謝性アルカローシスを引き起こすことがあるため、血清リンおよび他の電解質を測定すべきである。

PTHrP 値が低い場合は、次のステップとして、ビタミン D 介在性高カルシウム血症をスクリーニングするために、1,25-ジヒドロキシビタミン D 値を測定すべきである。PTH、PTHrp、1,25-ジヒドロキシビタミン D が低い患者では、溶骨性転移による高カルシウム血症が、悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症の原因と考えられる。

まれではあるが、患者は悪性腫瘍とともに家族性高カルシウム血症の症状を示すことがある。24 時間尿中カルシウムクリアランス-クレアチニンクリアランス比(FECa)は、家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症の評価に有用であろう。FeCa が低い(0.01 未満)場合は、家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症を疑うべきであり、確定評価には CaSR、AP2S1、または GNA11 遺伝子の変異の遺伝子検査が含まれる。しかし、がん患者において、悪性腫瘍に関連した高カルシウム血症の機序が 1 つだけではないことに注意することが重要である。

5. 高カルシウム血症の治療
高カルシウム血症の治療における主な目標は、根本的な原因を見つけ、治療を開始することである(表 1)。

表 1. 悪性腫瘍にともなう高カルシウム血症の治療選択肢
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10073684/table/T1/

特に軽症の高カルシウム血症では、この目標に全力を注ぐことができるが、中等症から重症の高カルシウム血症では、対症療法も併用する必要がある。カルシウム値が 14 mg/dL(3.5 mmol/L)を超える患者には、より積極的な治療が必要である。さらに、血清カルシウム濃度に関係なく神経症状(例えば、嗜眠、昏迷)を呈する患者は、緊急の積極的治療が必要である。

5-1. 血管内容量の回復と腎カルシウム排泄促進
前述のように、高カルシウム血症の患者は、嘔気、嘔吐、精神状態の変化による不十分な水分補給、および高カルシウム血症による腎性尿崩症によって脱水状態となる。さらに、体液量の減少自体も、カルシウムの腎クリアランスを低下させ、悪循環をもたらす。したがって、水分補給は高カルシウム血症における治療の基本である。血管内容量の回復のためには、等張晶質液(例えば、正常食塩水)を使用すべきである。一般に、進行した高カルシウム血症の患者には、約 200-300 mL/時の速度から輸液を開始すべきである。

患者は、体液過剰の徴候(例: 呼吸困難、浮腫)がないか定期的に評価すべきである。基礎疾患として心疾患および腎疾患がある患者では、溢水のリスクを最小化するために、輸液速度を低下させるべきである。フロセミドのようなループ利尿薬のルーチン使用は、体液減少および電解質異常の発現のため推奨されないことに注意することが重要である。フロセミドの使用は、輸液を受けている間に体液過剰の徴候が発現した患者に限定すべきである。

5-2. カルシトニン
カルシトニンは甲状腺の C 細胞によって産生される強力なカルシウム低下ホルモンである。薬理学的用量のカルシトニンは、腎カルシウム排泄を増加させ、さらに重要なことに、破骨細胞機能を阻害して骨吸収を抑制することにより、血清カルシウム濃度を低下させる。さらに、カルシトニンは NF-kB リガンド(RANKL)受容体活性化因子の破骨細胞形成作用を阻害する。

カルシトニンは筋肉内または皮下投与する必要がある。カルシトニンは安全であり、軽度の嘔気を伴う過敏反応を除いて副作用はほとんどない。開始用量は 4 単位/kg である。血清カルシウムは 4-6 時間後に測定する。カルシウム低下反応が認められた場合、患者はカルシトニン感受性であり、カルシトニンを 12 時間ごとに合計 24-48 時間繰り返すことができる。反応が不十分な場合は、6-12 時間ごとに 8 単位/kg に増量できる(総治療時間 24-48 時間)。カルシトニンは比較的弱い薬物であるが、速やかに作用し、4-6 時間以内に血清カルシウム濃度を最大 1-2 mg/dL(0.3-0.5 mmol/L)低下させる。

カルシトニンの有効性は、反復投与しても最初の 48 時間に限られる。これはおそらく、受容体のダウンレギュレーションによる脱感作 (tachyphylaxis) のためである。カルシトニンの作用時間には限界があるため、カルシウムが 14 mg/dL(3.5 mmol/L)を超える症候性患者では、水分補給およびビスホスホネート (bisphosphonate)(またはビスホスホネート抵抗性の患者ではデノスマブ [denosumab])と併用したほうがより有益である。

5-3. 骨吸収の抑制
ビスホスホネートは骨表面のハイドロキシアパタイト (hydroxyapatite) に結合することで、破骨細胞による骨吸収を抑制する。破骨細胞がビスホスホネートが沈着した骨を吸収し始めると、吸収の際に放出されるビスホスホネートが破骨細胞の機能 (1. 波状縁と呼ばれるひだ状の細胞膜構造を形成し、2. 骨表面に接着し、3. 持続的な骨吸収に必要なプロトンを産生する能力) を損なう。ビスホスホネートはまた、骨髄前駆細胞の分化と動員を減少させ、骨髄アポトーシスを促進することにより、骨髄の活性を低下させる。

破骨細胞に対する抑制効果に加え、ビスホスホネートは骨芽細胞に有益な効果をもたらすようである。この効果のメカニズムは、プロテインキナーゼの活性化を促進するギャップジャンクションタンパク質であるコネキシン 43 に起因すると考えられている。しかし、この抗アポトーシス作用は、おそらくビスフォスフォネートの強力な抗骨吸収作用以上の抗骨粗鬆症効果には大きく寄与していないであろう。

ビスフォスフォネート系薬剤は、効果が出るまでに約 2-4 日かかるため、遅くとも診断後 48 時間以内に投与すべきである。パミドロネートは 60-90 mg を 4-24 時間かけて静脈内投与する。ゾレドロン酸は 4 mg を 15-30 分かけて点滴静注する。

ビスフォスフォネートの重大な副作用のひとつに腎毒性がある。基礎疾患である腎疾患や高カルシウム血症により腎機能に異常がみられる患者では、治療の有益性を検討し、必要であれば投与量を減らすべきである。ビスフォスフォネート療法に加え、十分な水分補給が腎機能の維持に役立つ。難治性の高カルシウム血症に対しては、ゾレドロン酸による再治療が考慮されうるが、2 回目の投与は初回治療から 7 日後でもよい。ゾレドロン酸を追加投与する前に、血清クレアチニン値で腎機能を注意深くモニターすべきである。クレアチニンクリアランスに基づく推奨減量は以下の通りである。 GFR>60 mL/分では 4 mg、GFR 50-60 mL/分では3.5 mg、GFR 40-49 mL/分では 3.3 mg、GFR 30-39 mL/分では 3.0 mg である。

ビスフォスフォネート製剤の最も一般的な副作用は、腎機能障害に関するものである。これに対する調整が必要なことはすでに述べた。その他の一般的な副作用としては、点滴後 1-2 日間の骨の痛みやインフルエンザ様の症状がある。顎骨壊死は、非常にまれではあるが、患者の QOL にとって非常に重要であり、高用量かつ長期間の治療を受けた患者、治療中に侵襲的な歯科処置を受けた患者、口腔ケアが不十分な患者にみられることがある。

5-4. グルココルチコイド
グルココルチコイドは、いくつかの機序により血清カルシウム値を低下させる。グルココルチコイドは、肺およびリンパ節の活性化された単核球を介して、腎外カルシトリオールの合成を抑制することができる。すなわち、1-α 水酸化酵素を阻害することにより、1,25-(OH)2 D の合成を阻害し、その結果として腸からのカルシウム吸収を阻害する。

さらに、グルココルチコイドは腫瘍細胞から直接放出されるサイトカインに対する阻害作用もあり、これらのサイトカインによって起こる破骨性骨吸収を抑制する。グルココルチコイドは通常、ヒドロコルチゾン 200-400 mg/日を 3-4 日間投与した後、プレドニン 10-20 mg/日を 7 日間投与する。治療は最大 10 日間続けるべきであり、高カルシウム血症に対して奏効しない場合は続けるべきでない。

5-5. デノスマブ
デノスマブは、RANKL とその受容体 RANK との結合を阻害するヒト化モノクローナル抗体である。ビスフォスフォネート抵抗性の悪性高カルシウム血症患者の二次治療に使用される薬剤である。

120 mg のデノスマブを 4 週間ごとに皮下投与した場合と 4 mg のゾレドロン酸を 4 週間ごとに静脈内投与した場合を比較した研究では、転移性骨疾患患者の悪性高カルシウム血症の予防にはデノスマブの方が有効であったと報告されている。この研究では、デノスマブは悪性腫瘍にともなう高カルシウム血症の初回発症を遅らせ(ハザード比[hazard ratio: HR]0.63)、再発高カルシウム血症の発症リスクも 52%減少させることが示された。ゾレドロン酸投与群では 40%であったのに対し、デノスマブ投与群では 31%しか高カルシウム血症を発症しなかった。

デノスマブの副作用もビスフォスフォネート製剤とは異なる。デノスマブはビスフォスフォネートとは異なり、腎臓から排泄されないため、ビスフォスフォネートが慎重に使用されるか禁忌とされている慢性腎臓病患者や何らかの理由で GFR が低下している患者への使用に制限はない。薬物動態および薬力学が腎状態の影響を受けないことから、腎調節の必要性は報告されていない。しかし、デノスマブはビスフォスフォネートよりも強力な薬剤であるため、低カルシウム血症のリスクが高くなる。このリスクは腎不全患者でより高いとみられるため、血清カルシウム濃度の慎重なモニタリングが必要である。

デノスマブはまた、シナカルセトやビスフォスホネート静注剤に抵抗性の副甲状腺癌症例にも有効であることが報告されている。

デノスマブ投与を中止すると、骨代謝マーカーの濃度が急激に上昇することがある。通常、このマーカーは治療前のレベル以上に上昇する。この現象は骨密度の低下とも関連し、「リバウンド現象」と表現される。この現象の根本的なメカニズムは、抗骨吸収剤の中止による RANKL の増加と考えられている。RANKL 発現の異常な亢進は、RANKL 阻害中に蓄積した破骨細胞の前駆細胞からの破骨細胞新生の亢進につながる。骨折リスクと高カルシウム血症を予防するために、デノスマブを中止した患者の後療法として、ビホスフォネート製剤が好まれる可能性がある。

5-6. シナカルセト
シナカルセトは、細胞外カルシウムに対するカルシウム感知受容体 (calsium-sensing receptor) の感受性を高めることにより PTH 濃度を直接低下させ、血清カルシウム値を低下させる。この薬剤は、三次性・二次性副甲状腺機能亢進症および難治性副甲状腺癌への使用が承認されている。副甲状腺癌は、シナカルセトが承認されている唯一の悪性腫瘍である。

5-7. 硝酸ガリウム
硝酸ガリウム (gallium nitrate) は、骨からのカルシウム吸収を阻害することによって血中カルシウム低下作用を示すと考えられている。硝酸ガリウムは骨リモデリングが起こる部位に局在し、破骨細胞の活性を抑制する。

パミドロネートの静脈内投与と比較すると、ガリウムはパミドロネートよりも類上皮腫 (epidermoid tumor) において成功したが、概ね同様のカルシウム低下作用を有するようであった。硝酸ガリウムは、カルシトニンと比較した研究でより強力であることが判明した。また、ガリウムはタモキシフェン誘発性高カルシウム血症に有効であり、患者がタモキシフェン治療を継続している間、カルシウム濃度を正常化をもたらすことが示されている。

推奨用量は、100-200 mg/m2 を 24 時間かけて 5 日間静脈内投与である。硝酸ガリウムは忍容性が高く、有意な腎毒性を示さないが、現在米国食品医薬品局の承認は得ていない。硝酸ガリウムは 2012 年に米国市場から削除された。

5-8. 透析
透析は、心不全や腎不全のために十分な輸液が安全に行えない患者や、他の治療に反応しない高カルシウム血症の患者の治療に用いられる方法である。また、重度の高カルシウム血症により不整脈を発症した患者の緊急治療としても行われる。この目的で使用される透析液は、カルシウムを含まない酢酸溶液またはカルシウム濃度が非常に低い透析液である。

6. 結論
悪性腫瘍による高カルシウム血症は、高カルシウム血症の最も多い原因であると同時に、がん患者の予後に影響を及ぼすという点でも、非常に重要な問題である。高カルシウム血症は、軽度の症状から生命を脅かす症状まで、幅広い所見を呈する。血液学、腫瘍学、内科および緩和ケアの専門家は、高カルシウム血症の診断と管理について十分な知識を持つべきである。

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10073684/

家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症

2024-05-27 08:00:10 | 電解質異常
家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症
Best Pract Res Clin Endocrinol Metab 2018; 32: 609-619

家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(familial hypocalciuric hypercalcemia: FHH)は、カルシウム感受性受容体 (calcium sensing receptor)、G 蛋白サブユニット α11 (G-protein subunit α11)、アダプター関連蛋白複合体 2 シグマ 1 サブユニット (adaptor-related protein complex 2 sigma 1 subunit) の不活性化変異という 3 つの遺伝的機序によって高カルシウム血症を引き起こす。

他の疾患における高カルシウム血症が重大な合併症および死亡率を引き起こすのに対し、FHH は一般に良性の経過をたどる。FHH の診断ができないと、生化学的特徴がかなり重なっていることから、原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism: PHPT)と誤診され、不当な治療や手術を受けることになりかねない。

尿中カルシウム排泄量の測定は、PHPT と FHH の鑑別に大いに役立つが、一部の症例では重複がある。高カルシウム血症の初期評価では、24 時間尿中カルシウムおよびクレアチニンの測定を行うことが重要である。ふつう、無症状の高カルシウム血症患者において、尿中カルシウム濃度が低値~正常低値の場合には、FHH を考慮すべきである。

FHH による症候性高カルシウム血症の治療には、カルシウム受容体作動薬 (calcimimetric) のシナカルセト (cinacalcet) が使用されている。

1. はじめに
高カルシウム血症は、成人において頻繁にみられる生化学的異常である。治療せずに放置しておくと、時間の経過とともに根本的な病因や高カルシウム血症自体によって合併症が引き起こされることが多い。

原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism: PHPT)は、成人における高カルシウム血症のよくある原因である。1. 臓器障害が証明された場合、または 2. 患者の年齢が若く、長期な潜在的リスクが高いと考えられる場合に、しばしば外科的介入による根治が検討される。

現在の先進国における PHPT 患者の多くは、症状からではなく、血清カルシウムが日常診療の一環として検査されることによって診断される 。同様に、閉経後女性の骨粗鬆症スクリーニングによって発見される骨密度(bone mineral density: BMD)低下の二次的原因に対する評価の一環として、患者が PHPT の検査を受けることもある。したがって、このような方法で診断された患者は、PHPT の古典的な症状のすべてではないにしても、そのほとんどを欠いている。

それゆえ、無症候性高カルシウム血症の外来患者において、稀ではあるが考慮すべき重要な鑑別診断として、家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(familial hypocalciuric hypercalcemia: FHH)がある。FHH を正しく診断することは、患者と患者の血縁者を適切に管理する上で重要な意味をもつ。

1970 年代初頭にこの臨床症候群が注目されるようになったとき、この病態を表すために作られた用語が家族性良性高カルシウム血症 (familial benign hypercalcemia) であった。

最初に報告された血統のひとつでは、罹患家族全員が尿中カルシウム排泄低下を伴う軽度の高カルシウム血症であった。プロブランドは 7 歳の男児で、頭痛の精査の過程で偶然、軽度の高カルシウム血症を発見された。彼はプレドニゾンで治療されたが、血清カルシウムの低下はみられなかった。追加評価として行った外科的検査で副甲状腺が正常であること、カルシウム注入によっても副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone: PTH)値を抑制できないことが明らかになった。食事からのカルシウム摂取量を増加させても尿中カルシウム排泄量は増加せず、カルシウム排泄を促進するループ利尿薬 (loop diuretics) のフロセミド (furosemide) を数日間投与しても、尿中カルシウム排泄量はわずかに増加するのみであった。家系を検討したところ、生化学的異常は常染色体優性遺伝パターンであることが明らかになった。

罹患している親族のうちの最高齢は 76 歳であり、無症候性高カルシウム血症および低カルシウム尿症というこの表現型は「良性」であると考えられるようになった。そのため、次第に認知されるようになったこの疾患を表す用語として、「家族性良性高カルシウム血症」がよく用いられるようになった。しかし、この型の高カルシウム血症のすべての患者が完全に良性の経過をたどるわけではないことが明らかになり、家族性高カルシウム尿性高カルシウム血症という用語が一般に用いられるようになった。

これらの初期の報告以来、カルシウム感知受容体 (calcium sensing receptor: CaSR) cDNA のクローニングや多くの家系の遺伝学的調査など、CaSR の理解が進み、3 つの異なる型の FHH の遺伝的基盤が明らかになった。これらの疾患はさらに生化学的、臨床的に特徴づけられ、多くの変異の分子生物学的、細胞生物学的側面が詳細に研究されてきた。様々な遺伝子型と表現型の関係が記述され、さらに、異なる障害の亜型がヒトにもたらす微妙な差異が明らかになってきている。また、FHH の科学的基盤の探求は、副甲状腺や腎臓だけでなく、カルシウム感知やミネラル代謝以外の組織における CaSR シグナル伝達経路についても新たな洞察をもたらした。これらの研究は、全く新しい研究分野を開拓し、いつの日か喘息、肺高血圧症、癌、アルツハイマー病、骨粗鬆症などの疾患に対する新しい治療法を生み出すかもしれない。

CaSR の不活性化と活性化の障害も、受容体活性を媒介する下流のタンパク質と同様に研究されてきた。CaSR の構成的活性化 (constitutive activation) の障害は、常染色体優性低カルシウム血症(autosomal dominant hypocalcemia: ADH)1 型と 2 型という 2 つの遺伝性副甲状腺機能低下症の原因を解明することにつながった。このように、臨床と基礎の研究者の協力によって、以前はあまり知られていなかった疾患が急速に理解されるようになった。

2. 遺伝とサブタイプ
FHH1 はほぼ完全浸透 (complete penetrance) であり、常染色体優性遺伝である。散発的に発生する新しい変異は、新しい発端者 (index case) となる症例の 15-30%にみられ、珍しいものではない。FHH には、FHH1, FHH2, FHH3 の 3 つの亜型または変異型が報告されている(図 1)。

図 1. カルシウム感知受容体とそのシグナル伝達経路の模式図
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6767927/figure/F1/

大半の症例は FHH1 であり、これは第 3 染色体上の CaSR のヘテロ接合性の不活性化変異によるものである。特定の CaSR 変異に関して、遺伝子型と表現型の強い相関は報告されておらず、CaSR には 200 以上の変異が報告されている(www.CASRdb.mcgill.ca)。染色体 19p13.3 上の領域に関与する変異のうち、G タンパクサブユニット α11 (G-protein subunit α11) をコードする GNA11 遺伝子の不活性化変異による場合は FHH2 に分類され、アダプター関連蛋白複合体 2 シグマ 1(adaptor-related protein complex 2, sigma 1: AP2σ)サブユニットをコードする AP2S1 遺伝子の不活性化変異による場合は FHH3 に分類される。これらの表現型は、FHH3 の一部の症例は症候性であるといういくつかの報告を除けば、一般的によく似ている。CaSR 変異陰性の FHH 症例の 13-22%が、ヘテロ接合性の AP2S1 p.R15 変異が証明された FHH3 に分類されている 。

G タンパク質サブユニット α11 が CaSR シグナル伝達の重要なメディエーターであることが分かっている。一方、異種細胞発現系 (heterologous cell expression system) を用いた検討では、A2Pσ は CaSR のシグナル伝達とトラフィッキング (trafficking) に影響を及ぼす CaSR のクラスリン依存性エンドサイトーシス (clathrin-mediated endocytosis) に関与していることが示されている。

さらに、細胞外カルシウムと CaSR の相互作用を阻害する後天性自己抗体が、CaSR に変異のない FHH 表現型を呈する患者で見つかっている。同様に、CaSR を活性化する抗体も、まれな後天性副甲状腺機能低下症の患者で同定されている。本稿の残りの部分では、FHH という用語は、血清カルシウム高値、尿中カルシウム排泄低値、PTH 非抑制の表現型を有する患者におけるあらゆるタイプのFHHを指す。遺伝が判明している場合は、FHH1、FHH2、または FHH3 と記す。

FHH が臨床疾患として報告された当時、非常にまれではあるが、しばしば高カルシウム尿症を伴う中等度から非常に重度の高カルシウム血症という非常に病的な病態が乳幼児および小児で報告されていた。この疾患は、新生児重症原発性副甲状腺機能亢進症(neonatal severe primary hyperparathyroidism: NSHPT)と呼ばれ、生後 1 週間で重篤な症候性高カルシウム血症(例えば、発育不全、脱水、脱灰骨格、胸郭変形、骨折、筋緊張低下、便秘、認知発達障害)を来すことを特徴とする。死亡率は高く、一般的に生存のために副甲状腺摘出術による外科的管理が必要である。典型的には、副甲状腺の過形成が認められる。しかし、軽症例では保存的に管理され、最終的には無症状になる例もある。

当初、NSHPT を発症したこれらの劇症児の親族 (kindred) を調査したところ、血縁関係にある両親の FHH と関連する症例があった。この観察から最終的に、NSHPT の一部の症例は、ヘテロ接合の CaSR 突然変異を持つ 2 人の両親からホモ接合の CaSR 突然変異が生じたという結論に至った。

他の症例、すなわち親は高カルシウム血症ではない症例は、(野生型 CaSR 対立遺伝子が 1 つ存在していても)副甲状腺の CaSR 機能を強く不活性させる散発性のヘテロ接合型 CaSR 突然変異に関連している。このような散発性ヘテロ接合体変異は、野生型 CaSR の機能に対してドミナントネガティブ作用を及ぼすと考えられている。他に、母体の血清カルシウムが胎児の血清カルシウムの調節に関与する可能性もある。すなわち、CaSR の機能が低下している胎児が母体の正常な細胞外液のカルシウム濃度に曝されると、胎児の副甲状腺過形成と PTH 過剰分泌が誘発される。この影響は出生後に徐々に減少するが完全には消失しないために出生後に著しい高カルシウム血症を来す。

他の CaSR 関連疾患(上述)としては、高カルシウム尿症を伴う ADH(ADH with hypercalciuria: ADHH)、または ADH 1 型 とバーター症候群 V 型をもたらす機能獲得型 CaSR 変異がある。同様に、GNA11 のヘテロ接合性の活性化変異は ADH 2 型をもたらす。ADH 1 型は ADH 2 型より症状が軽い。CaSR の変異と関連する表現型を表 1 にまとめた。

表 1. カルシウム感知受容体の変異と関連する表現型

3. FHH におけるカルシウム感知とその調節異常
1993 年にBrown、Hebert らによってウシの副甲状腺 CaSR cDNA は発現クローニング法により同定された。彼らの画期的な研究により、カルシウムだけでなく他の 2 価および 3 価の陽イオンも、G タンパク質依存性のシグナル伝達を引き起こす細胞外ファーストメッセンジャーとして作用しうること、そして CaSR cDNA を組み込んだ異種細胞にシグナル伝達応答性が付与されることが示された。

ウシの副甲状腺 CaSR は 1085 アミノ酸からなり、非常に大きな主に親水性の N 末端細胞外ドメイン(613 アミノ酸)、G タンパク質共役型受容体スーパーファミリーに特徴的な 7 つの膜貫通ドメイン(250 アミノ酸)、および大きな親水性の細胞内 C 末端尾部(222 アミノ酸)を持つ。

ヒト CaSR は、FHH を持つ 4 つの無関係な家系の連鎖解析により、第 3 染色体の長腕(3q21-q24)に位置することが示された。ヒト CaSR cDNA は 1078 アミノ酸をコードしており、ウシ CaSR と 93%の配列類似性がある。また、612 アミノ酸のN 末端細胞外ドメイン、250 アミノ酸の膜貫通ドメイン、比較的長い 216 アミノ酸の C 末端細胞内ドメインを持つ。

CaSR は多くの組織に広く発現しているが、全身のカルシウム恒常性に対する作用は、主に副甲状腺、腎臓、腸、および骨格における作用によって発揮される。

野生型 CaSR はホモ二量体(あるいは高次の多量体)として機能すると考えられている。

FHH の場合、1 つの野生型 CaSR ともう 1 つの変異型 CaSR のヘテロ二量体化が、副甲状腺と腎臓におけるカルシウム感知機能を変化させ、表現型を生じさせるようである。このヘテロ二量体は、FHH において血清カルシウム濃度の感知を変化させることが予想される。変異型 CaSR を含む受容体複合体は、血清カルシウムが軽度上昇しているにもかかわらず、PTH 分泌を効率的に遮断することができない。さらに、高カルシウム血症のシグナルがあるにもかかわらず、カルシウムを尿中に排泄することができない。そのため、軽度の高カルシウム血症が生じると考えられている。

CaSR 変異の中には、受容体は細胞内で合成されるものの、野生型 CaSR と比較して細胞表面での発現量が減少するものがある。この仮説は、哺乳類細胞に CaSR 遺伝子を組み込んだ発現系を用いた多くの研究から得られたものであるが、副甲状腺細胞や腎細胞における CaSR の発現とトラフィッキングについての知見は基づいていない。

細胞外液のカルシウム濃度に反応する副甲状腺細胞の挙動を説明する中で、カルシウム-PTH 分泌「セットポイント」という概念が発達した。これは、PTH 分泌が半減する細胞外カルシウム濃度のことである。NSHPT 患者から採取された副甲状腺細胞では、PTH 分泌に対する細胞外カルシウムの抑制効果に対する感受性が著しく低下していた。FHH においても、セットポイントが上昇することにより、カルシウムイオンと血漿 PTH 濃度との間の逆シグモイド関係が右方にシフトすると考えられている(図 2)。

図 2. 血漿カルシウム濃度と血漿 PTH 濃度との関係
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6767927/figure/F2/

正常人では、このセットポイントは 1.0-1.2 mmol/L(4.41-4.81 mg/dL)である 。FHH では、セットポイントの異常により、どの血漿カルシウム濃度でも血漿 PTH 濃度が高くなり、PTH を抑制するカルシウムの閾値が高くなる。

副甲状腺では、主に G タンパク質の Gq/11 ファミリーが CaSR のシグナル伝達を担っている。CaSR にカルシウムが結合すると、Gα サブユニットの解離が起こり、ホスホリパーゼ C-β(phospholipase C-β: PLC-β)が活性化される。

PLC-β は膜の構成成分であるポリホスホイノシチド (polyphosphoinositide) を加水分解してイノシトール三リン酸(inositol triphosphate: IP3)とジアシルグリセロール(diacylglycerol: DAG)を生成する。

IP3 は細胞内カルシウムの放出を刺激し、DAG はプロテインキナーゼ C(protein kiase C: PKC)を活性化し、最終的には分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(mitogen-activated protein kinase: MAPK)カスケードを活性化する。

これらの経路は共に、PTH 分泌、副甲状腺ホルモン前駆体 mRNA の安定性と遺伝子転写、副甲状腺細胞増殖、および腎尿細管カルシウム吸収を減少させる。

β-アレスチンタンパク質とアダプター関連タンパク質複合体 2(adoptor-related protein complex 2: AP2)は、クラスリン依存性エンドサイトーシスを介して CaSR の 内在化を促進することで、細胞表面における CaSR 発現量を決めていると考えられている(図 1)。

FHH では、腎における血清カルシウム濃度の感知および CaSR より下流の作用も異常である。この結果、臨床的には、血清カルシウム濃度が上昇しても尿からのカルシウム排泄が亢進しなくなり、低カルシウム尿症または尿中カルシウム濃度が不適切に正常となる。

CaSR は腎臓全体に発現している。腎カルシウム輸送の主要部位は、濾過されたカルシウムの約 25%の再吸収を担うヘンレループの太い上行枝(thick ascending limb: TAL)であることが分かっている 。細胞外液のカルシウム濃度に対する感受性が高いとされるその他の部位としては、近位尿細管、集合管、および傍糸球体装置 (juxtaglomerular apparatus) がある。これらの部位における CaSR の作用はさまざまで、PTH および (PTH の細胞内セカンドメッセンジャーである) cAMP の作用に拮抗して、1. レニン分泌の抑制、2. リン酸排泄の抑制、および 3. カルシウム再吸収の抑制などがある。

腎 CaSR は、血清カルシウム濃度が高い場合に活性化され、アクアポリン-2 (aquaporin-2) の発現低下を介して尿濃縮能を低下させる。このため、健常者では高カルシウム血症に対して TAL におけるカルシウム排泄が増加するのに対し、FHH では CaSR の不活性化変異のためにこれが障害される。FHH では、カルシウムの尿細管再吸収が高く、カルシウムに対する腎閾値が上昇する。これにより、PTH 高値との相乗効果で血清カルシウム濃度が上昇する。

CaSR は骨においては骨芽細胞と破骨細胞の両方に広く発現している。in vitro で高い(生理的レベルを超える)細胞外液カルシウム濃度によって CaSR を刺激すると、破骨細胞を介した骨吸収活性が抑制される。in vivo における骨芽細胞 CaSR の役割は、骨形成の刺激であるようで、これはマウスの初期骨発生において証明されているが、成体やヒトにおける役割はあまり明らかではない。

FHH1 のような変異型 CaSR の骨格への影響は不明である。このような個体では、PTH 濃度が高値~正常高値であり、骨芽細胞や破骨細胞における CaSR の不活性化変異の影響が相殺される可能性がある。FHH の患者は一般的に、骨代謝に有意な変化はなく、骨密度は正常であると報告されている。

4. 疫学
FHH の有病率を推定することは難しい。その理由は罹患者の多くが無症状のまま発見されないからである。FHH 症例の大部分(~65%)は CaSR 変異を有する FHH1 と診断される。CaSR 変異を認めない場合は、さらに塩基配列から GNA11 および AP2S1 変異が検索され、FHH2 や FHH3 が診断される。これまでの集団ベースの研究では、FHH の有病率はおよそ 1/10,000~1/100,000 の範囲とされている。PHPT の非定型型と考えれば、FHH は PHPT 症例の約 2%を占める。PHPT が疑われたが、副甲状腺腺腫を認めなかった患者のうち、9-23%が最終的に FHH であったと報告されている。したがって、FHH は無症状で診断されないこともあり、また臨床症状も多様であるため、実際には報告されているよりも有病率が高いと考えられる。

5. 診断
5-1. 臨床症状
FHH は典型的には無症状である。しかし、医療機関を受診した患者の中には、いくつかの臨床的に意味のある症状を認めるものもいるようである。発端者とその近親者を対象とした初期の解析では、軽度の高カルシウム血症を伴う FHH(当時は遺伝子型不明)患者は、血清カルシウム濃度が正常な近親者よりも、筋力低下、疲労、関節痛、口渇増加の症状を多く報告していた。層別解析を行ったところ、これらの症状は主に発端者に認められた。

他の症例報告では、急性膵炎、軟骨石灰化症 (chondrocalsinosis)、や腎結石 (nephrolithiasis) が報告されているが、別のグループは FHH と膵炎の関連性に異議を唱えている。

FHH の遺伝的基盤の特徴が明らかになるにつれて、ある種の FHH 変異体(特に FFH3)は、より症候性の高カルシウム血症を引き起こし、おそらく個体によっては低リン血症をともなう場合には骨量の減少や骨軟化症さえも引き起こすと考えられている。より多くの個体で遺伝子配列が決定され、注意深い臨床観察が行われれば、表現型の違いがより明らかになるであろう。

副甲状腺腺腫も FHH ではほとんど報告されていない。FHH のいくつかの症例では副甲状腺腫大は認めるものの、その腫大は PHPT ほど顕著ではない。遺伝学的研究が行われるようになる以前は、FHH を示唆する臨床的特徴として、常染色体優性遺伝パターンに従う高カルシウム血症の家族歴、副甲状腺摘出術後の再発性または持続性の高カルシウム血症があった。

5-2. 診断のための検査
まず高カルシウム血症の標準的な生化学的評価を行い、24 時間尿中カルシウムおよびクレアチニンの採取と解釈に重点を置く。

典型的には、FHH 患者では、3.0 mmol/L(1 2 mg/dL)以下の高カルシウム血症が終生認められ、尿中カルシウム排泄量は不適切に低い。血清リン酸値はしばしば低下し、intact PTH 値は通常、患者の 80%において不適切に正常であり、残りの患者では軽度上昇している。25-(OH)ビタミン D 濃度は正常であり、カルシトリオール値は正常または上昇している。腎機能は保たれ、軽度の高マグネシウム血症がみられることがある。

FHH と PHPT はかなり重複しているため、血清生化学検査はこれら 2つの疾患の鑑別には有用ではないかもしれない。

24 時間蓄尿検査から、FHH と PHPT の鑑別を助けるいくつかの指標が提案されている。例を挙げると、1. 直接測定した 24 時間腎カルシウム排泄量、2. 24 時間腎カルシウム/クレアチニン排泄比(24 時間尿中カルシウム排泄量/24 時間尿中クレアチニン排泄量として算出)、3. 腎カルシウム/クレアチニンクリアランス比(calcium/creatinine clearance ratio: CCCR)[(24 時間尿中カルシウム/血漿カルシウム)/(24 時間尿中クレアチニン/血漿クレアチニン)として算出]などがある。

これらの指標のうち、CCCR は FHH の診断に最も有利である。CCCR についてはさまざまなカットオフが報告されており、0.01 未満がカットオフとして良好そうであるが、FHH 患者の 20-35%はこのポイントを超える比率を示す。CCCR が 0.020 以下の全患者に対して CaSR 遺伝子の突然変異を検査することも提案されており、これにより 98%の診断感度が得られる。

この問題に関してはコンセンサスは得られておらず、臨床医は正確な診断を下すために生化学的データ、患者や家族のデータのすべてを利用しなければならない。

FHH では、ふつう超音波によって副甲状腺を認めない。FHH 患者の副甲状腺を手術で摘出した場合、組織学的には正常または過形成の副甲状腺組織であり、正常よりやや重いと報告されている。

高カルシウム血症の若年患者の精査では、遺伝子検査を考慮すべきである 。FHH が疑われる症例では、PHPT 症例と臨床的・生化学的にかなり重複していることから、特に手術を考慮する場合には、遺伝子検査を考慮すべきである。

6. 予後と治療
FHH の大半の症例は治療を必要とせず、合併症の多くは不適切な外科的介入の結果である。FHH 患者における高カルシウム血症に関連した合併症の報告はあるものの、少数である。

一方、最近 FHH における内科的治療の可能性については、分かってきたことがある。FHH は通常無症候性であるため、従来は経過観察が主であったが、最近の文献では、治療が必要な場合には、カルシウム受容体作動薬 (calcimimetric) が有用である可能性が示唆されている。

特に、症例報告のレビューでは、FHH1、FHH3、NSHPT、および再発性膵炎を伴う FHH 症例を含む FHH の 16 例中 14 例(88%)において、カルシウム受容体作動薬による治療が奏功したことが示されている。シナカルセト (cinacalcet) による治療は、FHH2 の 1 例および FHH3 の 3 例でも報告されており、血清カルシウム濃度の正常化に成功している。しかし、22q11.2 欠失症候群を併発した青年の FHH3 の症例では、シナカルセトが低カルシウム血症の症状を誘発したと報告されているため、注意が必要である。

副甲状腺亜全摘術は通常効果がないため、勧められない。副甲状腺全摘術は、永久的な副甲状腺機能低下症となるため、NSHPT のような最も重症の症例にのみ勧められる。

7. 今後の研究
CaSR cDNA のクローニング以来の 25 年間で、カルシウム濃度の感知およびシグナル伝達経路に関する知識は大きく広がった。副甲状腺や腎臓以外の組織におけるカルシウムシグナル伝達経路に関してはさらなる研究が必要である。さらに、腎臓における CaSR の発現部位と役割については完全には明らかにされていない。

今後は、FHH 患者と PHPT 患者で CCCR が重複する理由を分子レベルで調べる必要がある。動物実験により多くの重要な機序が解明されているが、マウスにおける所見は必ずしもヒトにおける所見と相関していない。

さらに、骨格における CaSR の役割もまだ研究中である。骨組織や特定の骨細胞集団における CaSR を標的とする治療法が開発される可能性があるかもしれない。

PHPT 、腎不全にともなう二次性副甲状腺機能亢進症、副甲状腺がんにおいてはカルシウム感知受容体作動薬は有用である。程度の差はあるが、カルシウム感知受容体作動薬は FHH および NSHPT の患者でも有効であることが報告されている。
FHH および NSHPT はまれであるため、特定の遺伝子変異に関連したこれらの薬剤の対照試験を今後実施することは困難であろうが、小規模な症例集積研究や長期的な予後に関する症例報告は、臨床的に意味のある症状を有する FHH 患者にとって有益であろう。

8. 要約
FHH は遺伝的に不均質な疾患であり、通常は無症状の軽度の高カルシウム血症の鑑別診断となる。臨床所見と生化学所見については PHPT とのオーバーラップが大きく、鑑別を困難にしている。このことは、外科的治療が奏功しなかった後に初めて FHH と診断された患者がいることからも明らかである。

尿中カルシウム排泄量が不適切に低いことは、FHH が原因である可能性を示す手がかりである。特に家族歴から FHH が示唆される症例では、CaSR 遺伝子変異の検査を考慮すべきである。

FHH が強く疑われる症例で、CaSR の塩基配列に変異を認めない場合は、GNA11 または AP2S1 のに変異がある可能性を検討するべきである。一般に、FHH の合併症は少ないが、重篤な症状や再発性膵炎を伴う症例など、一部の症例ではカルシウム受容体作動薬が適応となることがある。副甲状腺全摘術は避けるべきであるが、まれに副甲状腺全摘術が適応となることがあり、NSHPT では救命的な治療である。

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6767927/

低ナトリウム血症および SIADH 患者に対するアプローチ

2023-10-09 20:38:07 | 電解質異常
低ナトリウム血症および SIADH 患者に対するアプローチ
JCEM 2022; 107: 2362-2376

低ナトリウム血症は、臨床現場で最もよくみられる電解質異常であり、急性期入院患者の最大 30%に影響を及ぼし、重大な臨床的有害転帰と関連している。

急性または重度の症候性低ナトリウム血症は、神経学的合併症および死亡率の高いリスクを伴う。対照的に、慢性低ナトリウム血症は、転倒、骨粗鬆症、骨折、歩行不安定、認知機能低下などのリスクの増加、入院の長期化、病因に特異的な死亡率の増加など、重大な合併症と関連している。

この「患者へのアプローチ」では、急性および慢性低ナトリウム血症の診断と治療法について、現在の推奨事項、ガイドライン、文献を比較検証し、2 つのケーススタディで解説する。特に、不適合抗利尿ホルモン分泌症候群 (syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone: SIADH) 診断と管理に焦点を当てる。

低ナトリウム血症の病態生理を理解するとともに、低ナトリウム血症の持続期間、生化学的重症度、症状、血液量の状態を総合的に判断することが、低ナトリウム血症の適切かつ適時な治療を行うためのフレームワークを形づくる。低ナトリウム血症の典型的な 2 つの症例を示し、これらの症例およびその他の低ナトリウム血症の原因に対する管理について考察する。


症例1
55 歳の女性が家族に付き添われて救急外来を受診した。前日の夕方に頭痛と嘔気を訴え、今朝は嘔吐し、混乱している様子であった。

患者は最近、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin retptake inhibitor: SSRI)を服用し始めた。診察の結果、患者は眠気があり、外傷や感染症の所見はなく、臨床的には体液量は正常であった。体重は49kg(BMI 19kg/m2)であり、アルコール多飲の既往があった。

尿素 2.1 mmol/L、クレアチニン 63 μmol/L、ナトリウム 113 mmol/L、カリウム 4.4 mmol/L だった。追加で尿浸透圧、尿中ナトリウム、甲状腺機能、血清コルチゾール濃度を測定するために検体を送った。


症例2
72 歳の男性が、しつこい咳、時折血の混じった痰、意図しない体重減少を訴えて紹介された。

初診時の生化学検査は、尿素 3 mmol/L、クレアチニン 87 μmol/L、ナトリウム 124 mmol/L、カリウム 4.8 mmol/L であった。身体診察では、体液量は減少していた。尿中ナトリウム濃度は 46 mmol/L、浸透圧は 340 mOsm/kg であった。朝の血清コルチゾール濃度は 487 nmol/L(17.7 μg/dL)であり、生化学的には甲状腺機能低下症であった。画像検査で疑わしい肺病変が検出され、CT ガイド下生検の組織学的検査で肺小細胞肺癌と診断された。


1. 低ナトリウム血症の有病率
低ナトリウム血症は、臨床現場で最もよく遭遇する電解質異常である。入院患者では、低ナトリウム血症の頻度は 15-30%と報告されている。しかし、重症の低ナトリウム血症(<125 mmol/L)はそれほど多くなく、入院患者の 0.5-3%であると報告されている。


2. 塩分と水分のバランスの生理学
血漿ナトリウム濃度は血漿浸透圧の主要な決定因子であり、血漿ナトリウムと浸透圧の両方は、浸透圧調節によるバソプレシン (arginine vasopressin: AVP) 分泌と口渇感によって、狭い生理的範囲内に維持されている (図 1)。

図 1: 水分のホメオスタシス
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/figure/F1/

血漿浸透圧の変化は、視床下部前部の脳室周囲器官(circumventricular organ) にある特殊な神経細胞によって検出される。

AVP は視床下部の室傍核 (paraventricular nucleus) および視索上核 (supraoptic nuclei) で合成され、プロホルモンとしてコペプチン (copeptin) およびニューロフィシン (neurophysin) とともに下垂体後葉に運ばれ、そこで分泌顆粒の神経終末に貯蔵される。血漿浸透圧の上昇は、プロホルモンの切断と AVP およびコペプチンの全身循環中への放出を引き起こす主要な生理学的刺激である。

AVP が腎集合管の細胞表面にあるバソプレシン 2 受容体に結合すると、細胞内でアクアポリン2(aquaporin 2: AQ-2)が生成され、あらかじめ合成された AQ-2 が集合管の内腔膜に移動し、AQ-2 が膜に挿入されて水チャネルが形成される。これにより、膜は自由水に対して透過性となり、腎尿細管からの水の再吸収が促進され、腎自由水が減少する (図 2)。

図 2: バソプレシンに対する腎の反応
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/figure/F2/

一方、血漿浸透圧の上昇は、AVP の放出と同様の浸透圧閾値で始まる口渇感を刺激し、水分摂取を促す。自由水摂取と AVP 活性の抗利尿作用が組み合わさることで、血漿中の自由水が増加し、血漿浸透圧とナトリウム濃度が低下する。

ミネラルコルチコイドとグルココルチコイドの活性は、塩分と水分のホメオスタシスにも影響する。腎遠位尿細管と集合管におけるアルドステロンの作用は、管腔側に発現する上皮ナトリウムチャネル (epithelial sodium channel: ENaC) と Na+/K+/ATPase の発現を促進し、ナトリウムと水両方の再吸収を増加させる。コルチゾールはまた、自由水排泄の調節に不可欠な役割を果たしている。

低ナトリウム血症はほとんどの場合、低張性または低浸透圧(血漿浸透圧 <280 mOsm/kg)と関連している。しかし、血漿ナトリウム濃度と血漿浸透圧が乖離する 2 つの状況がある:偽性低ナトリウム血症と等張性/高張性低ナトリウム血症である。

偽性低ナトリウム血症は、血漿中の自由水が非常に高濃度の脂質または蛋白質によって置換され、ナトリウムの正確な測定が妨げられるために血漿ナトリウム濃度が見かけ上低下するもので、血漿浸透圧は正常のままである。

等張性/高張性低ナトリウム血症は、ナトリウム以外の未測定の溶質(グルコースやマンニトールなど)が存在し、血漿浸透圧に寄与している場合に起こる。この病態の臨床における例は著しい高血糖がある。この場合、浸透圧利尿だけでなく、等張性/高張性低ナトリウム血症によって血漿ナトリウム値は低値になり得る。したがって、このような状況ではグルコースの影響を補正する必要がある。

グルコースの低下速度が血漿ナトリウムの増加速度を上回った場合、例えば、著しい高血糖患者に対するインスリン静注療法では、血漿浸透圧が急速に低下し、それに伴って脳浮腫が生じる危険性がある。したがって、グルコース低下速度のコントロールに注意すべきである。


3. 低ナトリウム血症の病因
低張性低ナトリウム血症の病因は、患者の臨床的な体液量に基づいて 3 つの主なグループに分けられる。低ナトリウム血症はまた、発症時期、生化学的重症度、関連症状の有無と重症度によってさらに分類することができるが、これについてはこの総説で後に詳述する(表1)。

表 1: 低ナトリウム血症の分類


4. 体液減少性低ナトリウム血症
体液減少性低ナトリウム血症 (hypovolemic hyponatremia) は、全身の水分と血漿ナトリウムの両方が失われることによって起こる。循環血液量の減少は、低張性にもかかわらず圧制御的 AVP 分泌を刺激し (AVP の分泌刺激には血漿浸透圧と血管内容量の 2 つがある)、これがナトリウム喪失(腎性または非腎性)と組み合わさって、全身の水分喪失に比してナトリウム喪失が大きくなる。

サイアザイド系利尿薬の使用は、腎ナトリウム喪失と低血圧(圧制御 AVP 分泌 [baroregulated AVP secretion] の刺激)の両方を引き起こす、体液減少性低ナトリウム血症の重要な原因である。

サイアザイド誘発性低ナトリウム血症は、しばしば低カリウム血症を伴う。その他の腎性ナトリウム喪失としては、ミネラルコルチコイド欠乏症、塩類喪失性腎症 (salt-wasting nephropathy)、まれに中枢性塩喪失症候群 (cerebral salt wasting syndrome: CSWS) がある。非腎性ナトリウム喪失には、嘔吐や下痢による消化管性喪失と経皮性喪失がある。

4-1. 中枢性塩喪失症候群
CSWS は、1950 年に Peters らによって、脳神経外科領域で観察される低ナトリウム血症とナトリウム利尿として報告された。しかし、CSWS がどの程度低ナトリウム血症に関与しているかについては、論争が続いている。CSWS の有病率の報告には大きなばらつきがあるが、これは、CSWSとSIADH との鑑別が困難であること、および正確な体液量状態評価に固有の課題があることに起因している可能性がある。表 2は、CSWS と SIADH の違いを強調したものである(表2)。

表 2: CSWS と SIADH の鑑別点
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/table/T2/

当センターで行われた 2 件の研究では、CSWS は脳神経外科領域における低ナトリウム血症のまれな原因であると結論付けられている。


5. 正常体液性低ナトリウム血症
正常体液性低ナトリウム血症 (euvolemic hyponatremia) は、入院患者における低ナトリウム血症の最も一般的な病型である。総体ナトリウムは変化しないが、臨床検査では認められない相対的な総体水分の増加により、希釈性低ナトリウム血症となる。

これは、自由水排泄障害に伴う自由水の過剰摂取、またはあまり一般的ではないが、溶質の低摂取により起こりうる。正常体液性低ナトリウム血症の大部分は SIADH が原因であるが、正常体液性低ナトリウム血症の他の原因(例えば、見落とされがちな副腎皮質機能低下症や、極めてまれな低ナトリウム血症の原因である甲状腺機能低下症)を評価するためには、注意深い臨床評価が不可欠である。


5-1. 不適合抗利尿ホルモン分泌症候群
SIADH は 1950 年代に肺癌患者 2 名で初めて報告された。それ以来、様々な疾患に関連して報告されている(表3)。

表 3: SIADH の原因
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Bartter と Schwartz によって最初に記述された診断基準は、現在もほとんど変わっておらず、SIADH の診断を下す前に満たされなければならない(表4)。

表 4: SIADH の原因
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SIADH は、入院患者における低ナトリウム血症の最も一般的な原因であり、非選抜集団における低ナトリウム血症例の最大 46%を占める。SIADH には 4 つの亜型(A 型、B 型、C 型、D 型)があり、浸透圧刺激に対する AVP(またはコペプチン)反応を測定することで区別できる(図3)。

図 3: SIADH の分類
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/figure/F3/

A 型と B 型の SIADH が最もよく遭遇する亜型であるが、SIADH の亜型の鑑別が臨床で必要とされることはほとんどない。


5-2. 副腎皮質機能低下症
副腎皮質機能低下症では、血漿浸透圧に比して AVP 濃度が不適切に上昇し、有効な腎自由水クリアランスが低下するため、全身水分が増加する。グルココルチコイド欠乏動物モデルでは、副腎機能に異常がない動物に比べて、AQ-2 の発現が増加し、自由水負荷後の AVP 濃度が高いことが示され、グルココルチコイドの補充が開始されると、この傾向は逆転する。

原発性副腎機能不全では、グルココルチコイドとミネラルコルチコイドの両方の欠乏が組み合わさるために、典型的には体液減少性低ナトリウム血症を呈する。

一方、続発性副腎皮質機能不全による低ナトリウム血症は、典型的には(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系がインタクトであるため)体液量は正常であり、臨床的には SIADH と区別できない。

正常体液性性低ナトリウム血症に関する大規模な単一施設の前向き研究では、当初 SIADH と分類された患者の 4%が、診断されていない副腎皮質刺激ホルモン分泌不全症であることが判明した。


5-3. 甲状腺刺激ホルモン欠乏症
SIADH の診断基準では、甲状腺機能低下症の除外が必要であるが、臨床では甲状腺機能低下症による低ナトリウム血症は極めてまれであり、重篤な甲状腺機能低下症患者にのみみられる。


5-4. 運動誘発性低ナトリウム血症
運動誘発性低ナトリウム血症は、運動中または運動後 24 時間以内に発症する低ナトリウム血症と定義され、典型的には長距離および持久的スポーツに関連する。運動は AVP 分泌の非浸透圧刺激であり、低張液を大量に摂取すると急性低ナトリウム血症が発症し、治療しなければ致命的となる可能性がある。したがって、運動誘発性低ナトリウム血症を予防するために、口渇に応じた水分摂取が現在推奨されている。この分野については、Hew-Butler らが幅広くレビューしている。


5-5. 水分摂取量が多く、溶質摂取量が少ない場合
溶質摂取量が比較的少ない状態で大量の水分を摂取すると、水分摂取量が腎の自由水排泄能力を上回り、血漿中の総自由水量が全身のナトリウム量に対して相対的に増加することがある。

このような現象は、ビールを大量に摂取する人(beer potomania)やタンパク質摂取量が少なく、低張性水分を多量に摂取する人にみられることがある。原発性多飲症の患者は、AVP 活性が最大に抑制されているにもかかわらず、水分摂取量が腎排泄能力を上回ると、低ナトリウム血症を呈することもある。

原発性多飲症による重篤な低ナトリウム血症患者の特徴を記述した Sailer らによる最近の研究では、AVP に対する非浸透圧刺激がすべての症例で認められ、最も一般的な原因は薬物であったと報告している。


6. 体液増加性低ナトリウム血症
体液増加性性低ナトリウム血症 (hypervolemic hyponatremia) は、心不全、肝不全、腎不全でみられ、体内の総水分とナトリウムの両方が増加する結果生じるが、ナトリウムよりも自由水分の増加が比較的大きい。

平均動脈圧が低下すると、圧受容器 AVP の分泌とレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化(二次性高アルドステロン症の発症を伴う)が刺激され、相対的に全身の水分が過剰になり、血漿浸透圧とナトリウム濃度の両方が低下する。低ナトリウム血症の存在は、心不全、慢性腎臓病、および代償性肝疾患の患者の予後不良と関連している。


7. 低ナトリウム血症にともなう合併症と死亡率

7-1. 急性低ナトリウム血症における死亡率
急性低ナトリウム血症は重大な罹患率と死亡率を伴う(図4)。

図 4: 低ナトリウム血症にともなう合併症
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/figure/F4/

急性の重度な低ナトリウム血症では、神経細胞の適応反応として細胞内の電解質と有機浸透圧物質が細胞外に排出されるよりも早く、低浸透圧の血漿から正常浸透圧の細胞内に水が流入する。その結果、脳浮腫および頭蓋内圧亢進が起こり、神経学的障害を引き起こす。最終的には脳幹ヘルニアとなり、治療しなければ死亡率が高い。


8. 慢性低ナトリウム血症における死亡率
慢性的な低ナトリウム血症は、血漿ナトリウム正常の対照群と比較して院内死亡リスクが上昇する。死亡リスク上昇は退院後 1 年まで持続する。低ナトリウム血症に関連する死亡リスクは、基礎となる病因によって異なる。

われわれの施設で実施された前向き単一施設研究では、SIADH は血漿ナトリウム正常の対照群と比較して死亡リスク上昇と関連していると報告された。体液増加性または体液減少性の低ナトリウム血症患者では、死亡リスクがさらに高かった。

低ナトリウム血症が死亡リスク上昇の直接の原因となっているのか、それとも単に低ナトリウム血症が基礎疾患の重症度を反映するマーカーなのかは明らかでない。しかし、低ナトリウム血症が臓器機能障害に及ぼす影響も、死亡率増加の一因であると考えられている。


9. 慢性低ナトリウム血症の合併症
慢性低ナトリウム血症は、集中治療室への入室、入院期間の延長、再入院、認知機能障害、歩行不安定、骨折などの重大な有害事象と関連している。さらに、慢性低ナトリウム血症の急速な改善をもたらす治療は、浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination syndrome: ODS)を引き起こす可能性がある。


9-1. 浸透圧脱髄症候群
ODS は、橋中心髄鞘崩壊症 (central pontine myelinolysis: CPM) としても知られ、橋および橋外の神経細胞の脱髄により、神経機能障害、痙攣、死に至ることもある重篤な病態である。慢性(発症から 48 時間以上)の低ナトリウム血症を急速に補正し、神経細胞が細胞内に溶質を再取り込みするよりも早く血漿ナトリウム濃度が上昇すると、ODS が起こることがある。

脳は血漿浸透圧の低下による脳浮腫を予防するための適応反応として、細胞外に細胞内溶質を排出する。この状態で血漿浸透圧を急激に上昇させると、アストロサイトが浸透圧ストレスによって傷害され、アポトーシス、血液脳関門の損傷、脱髄を引き起こす。

ODS のリスクを軽減するために、米国および欧州の低ナトリウム血症管理に関する推奨/ガイドラインでは、血漿ナトリウム濃度の 1 日当たりの上昇に上限を設定し、上限を越えて過剰に補正した場合には低張液とデスモプレシン静脈注射で血漿ナトリウムを再び低下させることを勧めている。


9-2. 慢性低ナトリウム血症と認知機能
慢性的な軽度から中等度の低ナトリウム血症は、さまざまな患者集団において、血漿ナトリウム正常の対照群と比較して認知機能および注意力の障害、さらに認知機能の低下と関連している。低ナトリウム血症の改善が認知機能の改善に関連することを示唆する証拠がある。


9-3. 骨粗鬆症、転倒、および骨折リスク
低ナトリウム血症は、歩行不安定および骨粗鬆症の独立した危険因子であり、転倒および骨折の発生につながると認識されている。最近の研究では、急性期高齢者病棟において、軽度の低ナトリウム血症患者では転倒リスクが 3 倍上昇することが判明した。

低ナトリウム血症はまた、骨粗鬆症と脆弱性骨折の両方のリスク増大と関連しており、そのリスクは低ナトリウム血症の重症度や慢性度が高いほど高くなる。慢性低ナトリウム血症の動物モデルにおいて、Verbalis らは、血漿ナトリウム正常の対照と比較して骨密度が最大 30%低下し、皮質骨と海綿骨の両方が喪失することを示した。低ナトリウム血症患者と血漿ナトリウム正常の対照群との間で大腿骨頸部および股関節の骨密度を比較した NHANES III 研究では、低ナトリウム血症は骨粗鬆症のリスク上昇と関連していることが判明した。


10. 低ナトリウム血症に対する臨床的アプローチ
近年、低ナトリウム血症の管理に関する国際的な推奨/ガイドラインがいくつか発表されている。現在、低ナトリウム血症の評価、診断、管理に関する国際的な臨床診療ガイドライン/勧告は 2 セットあり、そのほとんどが広く引用され、臨床現場で活用されている。Verbalis らは 2013 年に米国を拠点とする専門家会議を発表し、Spasovski らは 2014 年に欧州内分泌学会、欧州集中治療医学会、欧州腎臓学会、欧州透析移植学会による臨床実践ガイドラインを発表した。

これらの原稿には多くの類似点と一致点があるが、異なる部分もあるので、低ナトリウム血症患者に対する臨床的アプローチについて論じる際には、両者を参照すると良い。

低ナトリウム血症患者を評価する際、考慮すべき重要なポイントは以下の 4点である。

脳浮腫を示唆する症状はないか?
2. いつから低ナトリウム血症なのか?
3. 低ナトリウム血症の程度はどれくらいか?
4. 患者の体液量は多いか、少ないか、正常か?

これらの各ポイントを組み合わせて慎重に評価することで、適切かつ適時の管理が可能となる。


10-1. 症状の有無
症状の記録は、低ナトリウム血症の患者にアプローチする際に不可欠なステップである。中等度または重度の症状があれば、脳浮腫の存在を示し、早急な治療が必要である。

低ナトリウム血症の臨床症状は、無症状の症例から頭痛、吐き気、錯乱などの中等度の症状、最終的には嘔吐、意識レベルの低下、傾眠、痙攣、昏睡、死亡などの重篤な症状までさまざまである(図5)。

図 5: 低ナトリウム血症の症状のスペクトラム
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/figure/F5/

10-2. 低ナトリウム血症の持続時間
急性低ナトリウム血症および慢性低ナトリウム血症の定義は、それぞれ低ナトリウム血症が 48 時間未満または 48 時間以上存在することである。

低ナトリウム血症の発症時期は、2 つの理由から重要である。第一に、急性低ナトリウム血症(48 時間未満)は、緊急治療を必要とする脳浮腫による重篤な神経症状を呈する可能性が高い。第二に、低ナトリウム血症の安全な補正速度は低ナトリウム血症の持続時間によって異なり、急性低ナトリウム血症の患者では浸透圧性脱髄のリスクが低い。

血漿ナトリウム濃度と浸透圧の両方が急速に低下すると、血漿と脳の間に浸透圧勾配が生じ、脳浮腫、頭蓋内圧の上昇、ひいては脳幹ヘルニアと死亡の危険性が生じる。

一方、血漿浸透圧の低下がより緩やかな場合(48時間以上)、脳は正常な細胞容積を維持するために電解質と有機浸透圧物質を細胞外に排出することによって低張環境に適応する。その結果、症状はより緩やかになる。

しかし、脳が低浸透圧環境に適応すると、血漿浸透圧が急激に上昇した場合にアストロサイトが傷害を受けやすくなる。そのため、慢性低ナトリウム血症の急激な是正は ODS のリスクと関連しており、慢性低ナトリウム血症の是正を安全な閾値の範囲内に制限するよう細心の注意を払う必要がある。


10-3. 生化学的重症度
ほとんどのガイドラインや論文では、軽度低ナトリウム血症を 130~135 mmol/L、中等度低ナトリウム血症を 125~129 mmol/L と恣意的に定義している。

しかし、重症低ナトリウム血症の生化学的定義については、ガイドラインによって若干の違いがある。Verbalis らは血漿ナトリウム濃度 ≦120 mmol/Lを「重症 severe」低ナトリウム血症と定義しており、Spasovski らは血漿ナトリウム濃度<125 mmol/L を「重大な profound」低ナトリウム血症と定義している。

重度または重大なの生化学的低ナトリウム血症の患者では多くの場合で症状があるが、症状の重症度が必ずしも生化学的重症度と相関するわけではないことを強調しておく。併存する脳損傷や脳浮腫などの他の因子も神経学的後遺症に影響を及ぼすが、最も重要な決定因子は低ナトリウム血症が進行する速度である。


10-4. 体液量の評価
臨床的体液量の状態
体液量の臨床的評価は、低ナトリウム血症の病因を特定する上で極めて重要なステップである。しかし、これは診断過程の中で最も正確性に欠け、感度および特異度は 50%未満である。

微妙な体液量減少から正常な体液量を区別することは、特に困難である。したがって、最初の体液量評価に基づく治療に対してナトリウム濃度が改善しないか悪化する場合は、当初の診断を再評価する必要がある。


11. 低ナトリウム血症の病因の定義
低ナトリウム血症を引き起こす疾患の範囲は広く、低ナトリウム血症は多くの場合多因子性である。詳細な臨床病歴と注意深い臨床検査が不可欠である。

体液量の臨床評価では感度および特異度に限界があるため、尿浸透圧と尿中ナトリウム濃度の両方を測定することで、診断精度を向上させることができる。臨床検査では腎機能の評価も行うべきであり、正常体液性低ナトリウム血症の場合は、SIADH と診断する前に副腎不全と甲状腺機能低下症の両方を除外しなければならない。

11-1. 尿中ナトリウム濃度
尿中ナトリウム濃度(urinary sodium concentration: UNa)は腎ミネラルコルチコイド活性を反映するため、間接的に有効循環量を反映する。

利尿薬を使用していない場合、UNa <20 mmol/L は、アルドステロンによる腎ナトリウム再吸収促進作用を意味する。このことは、腎外溶質喪失を伴う体液減少性低ナトリウム血症、または二次性高アルドステロン症を伴う体液増加性低ナトリウム血症を示唆している。

尿中ナトリウム濃度の上昇(UNa >30 mmol/L)は、利尿薬の使用、正常体液性低ナトリウム血症、または腎溶質喪失をともなう体液減少性低ナトリウム血症を示す(表5)。

表 5: 体液量と尿ナトリウム濃度による低ナトリウム血症の原因の鑑別
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また、溶質の摂取量が少ない患者は、体液量が正常であるにもかかわらず UNa が低い場合があることに注意すべきである。

11-2. 尿浸透圧
尿浸透圧は血漿中の AVP 活性を直接反映するため、有用で容易に利用できるバイオマーカーである。

生理学的には、血漿浸透圧が AVP 分泌の浸透圧閾値(約 284 mOsm/kg)以下になると、AVP 分泌が抑制され、最大希釈尿(UOsm < 100 mOsm/kg)となる。したがって、正常体液性低ナトリウム血症で UOsm >100 mOsm/kg の場合は、血漿浸透圧に対して不適切に高い AVP 活性を示している。

尿浸透圧はまた血管内容量が低下する場合にも血圧低下による AVP 分泌の亢進 (baroregulated AVP secretion) により上昇する。

尿浸透圧が低いことは、過剰な水分摂取による希釈性低ナトリウム血症の良い指標である。この場合、水分摂取が抑制されると低ナトリウム血症が急激に回復することを予測できる。

尿浸透圧の上昇(>500 mOsm/kg)は、SIADH 患者における水分制限(fluid restriction: FR)の失敗を予測することが示されている。

11-3. 尿中尿酸排泄率
尿中尿酸排泄率(fraction excretion of uriac acid: FEUA)は、UNa の解釈が困難な利尿薬治療患者において有用である。Fenske らの報告によると、利尿薬による治療を受けていない患者では、SIADH の同定において UNa と FEUA で同等の成績を示したが、利尿薬使用患者では FEUA の方が優れていた。同じ研究で、FEUA >12%は SIADH の陽性適中率が 100%であり、逆に FEUA <8%は SIADH の陰性適中率が 100%であることが報告されている。

11-4. コペプチンと AVP の測定
AVP は、下垂体後葉の神経分泌顆粒で酵素的に切断されて AVP、コペプチン、ニューロフィシンを産生する前駆体ペプチドであるプロバソプレシンに由来する。低ナトリウム血症の鑑別診断において、血漿 AVP 濃度を測定する意味はない。血漿 AVP 濃度は、低ナトリウム血症のすべての原因において上昇することが示されており、測定結果が臨床診断に役立つには時間がかかりすぎる。

コペプチンは AVP と共分泌されるため、血漿 AVP 濃度の代替バイオマーカーとして利用できる可能性があり、浸透圧調節研究において多尿-多尿状態の診断に有用な代用マーカーであることが示されている。

しかし、低ナトリウム血症の鑑別診断におけるコペプチン測定の意義は限定的である。AVP と同様に、コペプチン濃度は低ナトリウム血症の全ての原因で上昇する。


12. 急性または重症の症候性低ナトリウム血症の治療
急性または重症の症候性低ナトリウム血症は、緊急かつ救命的な治療を必要とする医学的緊急事態であり、理想的にはモニター付きの重症治療環境で治療されるべきである。

高張食塩水は、脳浮腫を回復させ脳幹ヘルニアを予防するために、急性または重症の症候性低ナトリウム血症に選択される治療法である。高張食塩水は、ボーラス静注または点滴静注で投与できる。現在、米国と欧州の勧告/ガイドラインはいずれも、急性または重症の症候性低ナトリウム血症に対するボーラス療法を推奨しているが、投与に関するアドバイスには若干の違いがある(表6)。

表 6: 米国および欧州のガイドラインにおける急性あるいは症候性低ナトリウム血症の治療に関する推奨の比較
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米国の勧告では、血漿ナトリウム濃度が 4-6 mmol/L 上昇することを目標に、100 mL の 3%高張食塩水を 10 分間かけて投与することを推奨している(必要に応じて 2 回まで繰り返す)。低ナトリウム血症の持続時間が 24-48 時間未満であることが明らかな場合、米国の勧告では補正速度を制限する必要はないとされている。しかし、持続時間について疑問がある場合は、慢性低ナトリウム血症ガイダンスに従って補正限度を管理すべきとしている。

一方、欧州のガイドラインでは、症状の有無と重症度に着目し、重度の症状に対しては 150 mL の 3%高張食塩水を 20 分かけてボーラス投与し、血漿ナトリウム濃度を再度確認しながら 2 回目のボーラス投与を行い、治療開始後 1 時間以内に 5 mmol/L の上昇を達成することを目標として推奨している。欧州のガイドラインでも、中等度の重篤な症状がある場合には、3%高張食塩水 150 mL を 1 回ボーラス投与し、24 時間以内にナトリウム濃度が 5 mmol/L 上昇することを目標に治療することが推奨されている。しかし、米国の推奨では、脳幹ヘルニアのリスクが低い軽度~中等度の症状に対しては、体重に応じた高張食塩水点滴が推奨されている。

Garrahy らは、高張食塩水ボーラス投与(米国推奨)を受けた重症症候性 SIADH 患者と高張食塩水持続点滴を受けた患者の臨床的および生化学的転帰を比較した研究結果を報告し、ボーラス投与は持続点滴と比較して、治療開始 6 時間以内の血漿ナトリウム濃度の初期上昇[6 mmol/L(CI 2-11)v.s. 3 mmol/L(CI 1-4), P <0. 0001]、神経学的状態の改善[Glasgow Coma Scale(GCS)の変化中央値 3 vs 1, P <0.0001]が、持続点滴と比較して治療開始後 6 時間以内に認められたと報告している。ボーラス投与群における血漿ナトリウムの有益な早期上昇は浸透圧性脱髄を伴わず、24 時間後の血漿ナトリウムは両群で同程度であった。

Baek らは、症候性低ナトリウム血症の治療に対する高張食塩水のボーラス投与(欧州ガイドラインによる)と持続点滴のランダム化比較試験である SALSA 試験の結果を発表した。この研究では、体液量減少、副腎機能不全、サイアザイドの使用を含む多様な病因 (ただし、原発性多飲症を除く) による症候性低ナトリウム血症患者 178 人を対象とした。この研究では、高張食塩水のボーラス投与を受けた患者は、持続注入療法を受けた患者よりも 1 時間以内に早期に目標血漿ナトリウム上昇を達成する可能性が高かったと結論している。SALSA 試験における治療前の GCS スコアの平均は 14 点であり、治療前の GCS スコアの中央値が 12 点であった Garrahy らのコホートと比較して、重症の低ナトリウム血症を呈した参加者は 25%に過ぎなかったことは注目に値する。

Garrahy らは、(米国の推奨に従って)100 mL の 3%高張食塩水のボーラス投与を受けた患者、特に 3 回目のボーラス投与を受けた患者は、持続注入療法を受けた患者よりも、血清ナトリウム濃度の過剰補正を防ぐために 5%ブドウ糖液またはデスモプレシンによる治療を必要とする可能性が高かったと報告している。心強いことに、治療 24 時間後の血清ナトリウム濃度に 2 群間で差はなかった。

逆に、SALSA 試験では、ボーラス療法群に比べて持続点滴群で血清ナトリウムを再度低下させた場合が多く(41.4 v.s. 57.1%, P = 0.04)、ボーラス投与群に比べて持続点滴群で過剰補正の発生率が高かった(24.2% v.s. 17.2%)ことが報告されているが、これは統計学的に有意ではなかった。

全体として、Garrahy らと比較して SALSA 試験では再投与の必要性が高かった(49.4% v.s. 10%)。これは、SALSA 試験では両群に投与された高張食塩水の総量が比較的多かったこと(500 mL 以上)、あるいは Garrahy らのプロトコール(2 時間ごと)に比べて SALSA 試験では血漿ナトリウムモニタリングの頻度が少なかったこと( 6 時間ごと)によると考えられる。

Chifu らによる最近の実臨床観察研究では、欧州のガイドラインに沿って 150 mL の 3%高張食塩水をボーラス投与された患者、特に重症の症候性低ナトリウム血症患者において、過剰補正の割合が高かった(約 47%)ことが報告されており、より少ないボーラス量を使用するか、ボーラスの反復回数を少なくすることで、過剰補正のリスクを低減できる可能性が示唆されている。


13. 慢性または無症候性低ナトリウム血症の治療
中等度から重度の症状がない場合、慢性低ナトリウム血症の管理は根本的な病因に依存し、推奨される治療は体液量に従ってグループ分けされる(表7)。

表 7: 米国と欧州のガイドラインにおける慢性または無症候性低ナトリウム血症の治療に関する比較
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/table/T7/

補正速度は、低ナトリウム血症の持続時間が不明または長期(>48 時間)のすべての患者にとって重要な考慮事項である。欧州のガイドラインでは、治療開始後 24 時間の血漿ナトリウム上昇の上限を 10 mmol/L とし、その後は 8 mmol/L/日とすることを推奨している。米国の勧告では、血漿ナトリウム濃度の上昇を 4-8 mmol/L/日と、より保守的な目標値を提示しており、最大でも 8-12 mmol/L/日である。

慢性肝疾患、低カリウム血症、アルコール過剰、および栄養不良の患者は、ODS のリスクが特に高いため、米国の勧告では、この患者群では補正速度を遅くし、補正の上限を 4-8 mmol/L/日とすることを推奨している。先に述べたカットオフ値は、ナトリウム濃度上昇の目標値ではなく限界値であり、低ナトリウム血症のすべての病因に適用されることを認識することが重要である。

補正速度がこれらの閾値を超えた場合、両勧告/ガイドラインは、さらなる上昇を抑制するために介入し、特に開始時の血漿ナトリウム濃度が 120 mmol/L 未満である場合は、血漿ナトリウム濃度を元の目標限度内に再低下させることを検討するよう助言している。

飲水または 5%ブドウ糖液の静脈内投与により尿中の自由水喪失量を補うことができ、非経口デスモプレシンの投与によりさらなる尿喪失を防ぐことができる。デスモプレシンと自由水喪失量の補充を組み合わせることで、血漿ナトリウム濃度のさらなる上昇を止めるか、または目標血漿ナトリウム濃度まで再低下させることができる。血漿ナトリウムを再低下させる場合は、デスモプレシンを投与し、ナトリウムが目標値(時間枠内の最大許容増加量)に戻るまで低張液(例えば、経口自由水または非経口 5%ブドウ糖)を投与する。この間、血漿ナトリウム濃度を 1 時間ごとにチェックすべきである。

米国の勧告では、過剰補正が起こった場合、脱髄リスクを軽減するためにデキサメタゾンなどの高用量グルココルチコイドを考慮することを示唆しているが、この介入はヒトにおける脱髄リスクの軽減にはまだ証明されていない。


13-1. 血液量減少性低ナトリウム血症
体液量減少性低ナトリウム血症は体液量の増加に反応し、両ガイドラインとも等張輸液の静脈内投与を推奨している。循環血漿量の回復により圧受容器介在性 AVP 分泌が抑制されるため、輸液に反応して尿量が急速に増加(100 mL/時超)しないか、患者を注意深く監視する必要がある。

サイアザイド誘発性低ナトリウム血症では、サイアザイドの中止、低カリウム血症の是正、および輸液量の増加が組み合わさることにより、血漿ナトリウム濃度が急速に上昇する可能性があるため、注意が必要である。

原発性副腎不全による低ナトリウム血症は、高用量のグルココルチコイド補充に反応するが、患者はしばしば重篤な体液不足に陥っているため、大量の等張輸液も必要となる。このような患者では、高用量のグルココルチコイド療法と大量の等張食塩水の併用により、ナトリウムが急速に補正される可能性があり、綿密なモニタリング(および過剰補正を防止するための適切な処置)が必要である。血漿ナトリウム濃度の上昇速度に対する治療目標は、体液減少性低ナトリウム血症においても他の病因と同様に重要である。


13-2. 自液性低ナトリウム血症
低ナトリウム血症が副腎皮質刺激ホルモン欠乏症によって引き起こされる場合、自由水のを回復し、血漿ナトリウムを正常化するには、ステロイドの十分な補充で十分なことが多い。グルココルチコイド欠乏症が疑われる場合は、遅滞なくステロイド補充を開始すべきである。ステロイド補充後に浸透圧性脱髄がごくまれに報告されていることに注意することが重要である。

SIADH の根本的な原因が一過性または可逆性である場合(肺炎や原因となる薬剤を中止した場合など)、原因の治療以上の管理は必要ないかもしれない。しかし、SIADH が慢性的であったり、病因が容易に除去でない場合には、SIADH に特異的なさらなる介入が必要である。

13-2-1. 水分制限
FR は、長年にわたり、臨床における SIADH の治療の主流である。米国および欧州の勧告/ガイドラインでは、第一選択療法として推奨されている。

血漿ナトリウム濃度の上昇に臨床的に有効であるためには、FRは 500 mL/日を超える負のバランスを達成する必要がある。第一選択療法としての位置づけにもかかわらず、最近まで慢性 SIADH 患者における FR の有効性を支持するデータは少なかった。

臨床診療の結果を報告する低ナトリウム血症レジストリ研究の観察データから、FR は SIADH のルーチンの治療において、血漿ナトリウムの上昇を初日にわずか 2 mmol/L しか達成できず、全く治療しない場合と統計的に差がない、あるいは限定的な効果しかないことが示唆された。

Garrahy らは、慢性 SIADH における FR(1000 mL/日)v.s. 無治療のランダム化比較試験において、無治療と比較して 3 日目の血漿ナトリウム上昇の中央値が、わずかではあるが有意に大きい[3 mmol/L(四分位範囲: 2-4 mmol/L)v.s. 1 mmol/L(四分位範囲: 0-1 mmol/L), P = 0.04] と報告している。一方、安全性に関する懸念は報告されていない。また、FR による治療を受けた患者は、治療を受けなかった患者よりも、血漿ナトリウム濃度が 130 mmol/L 以上になる可能性が高かった。

最近の 2 件の研究では、FR と有効性を改善する可能性のある追加的な手段の併用が検討されている。EFFUSE-FLUID 試験では、SIADH (血漿ナトリウム濃度 < 130 mmol/L)の入院患者において、FR 単独、FR とフロセミド、FR とフロセミドおよび経口ナトリウムを比較したが、群間に差はみられなかった。Refardt らは、SIADH の入院患者において、浸透圧利尿を誘発し、自由水の排泄を高めるために、FR と Na-グルコース共輸送体-2 (sodium glucose cotransporter-2: SGLT-2) 阻害薬であるエンパグリフロジンを併用し、FR 単独と比較した。その結果、FR-エンパグリフロジン群では 4 日目に FR 単独群よりも有意に高い上昇を示した(10 v.s. 7 mmol/L, P = 0.04)。両試験とも、FR に対する反応が予想以上に良好であったことを報告している。しかし、両試験において、SIADH の可逆的で自然に軽快する原因(感染、投薬、嘔気)を有する患者が含まれていたことに留意すべきである。

SIADH における FR の反応を予測する因子として、いくつかのものが示唆されている。尿浸透圧が高い (UOsm > 500 mOsm/kg)、または 24 時間尿量が少ない (<1500 mL) ことは、血漿 AVP 活性が高いことを反映しているため、FR に対する反応性が低いことを予測する。加えて、Furst 方程式(尿中ナトリウム+カリウム濃度/血漿ナトリウム濃度)>1 は、FR 単独では効果が期待できないことを示唆している。Cuesta らは、FR で治療された患者の 60%までが、FR に対する反応不良を予測させる特徴を少なくとも1つ持っていると報告しており、このことが報告された FR の比較的緩やかな効果を説明している可能性があると推測している。

13-1-2. バソプレシン受容体拮抗薬
バソプレシン受容体拮抗薬(バプタン, vaptan)は、腎遠位集合管の V2 受容体に競合的に結合することにより、AVP の活性を阻害する。したがって、AVP を介した低ナトリウム血症に対する標的療法となる。

経口の選択的 V2 受容体拮抗薬であるトルバプタンの使用は、SALT 1 および 2 試験において、SIADH と体液増加性低ナトリウム血症の両方に対して有効な治療法であることが示された。

トルバプタン(15 mg/日以上)を投与された患者は、プラセボと比較して、30 日目までに正常ナトリウムを達成する可能性が 2 倍以上高く、この効果は非盲検延長試験である SALTWATER の期間中持続したが、治療を中止すると 1 週間以内に消失した。報告された主な副作用である口渇、ドライマウス、多尿は、この薬剤の作用機序を考慮すれば予期されるものであり、専門医の指導のもとで使用すれば、トルバプタンは全体として安全で忍容性の高い治療法であると思われる。

SALT 試験の発表以来、いくつかの研究で、開始用量として 15 mg のトルバプタンを使用するのは高すぎる可能性が示唆されている。実際には、多くの医師がより低用量で治療を開始し、同様の有効性を認めている。過剰補正は 3.75 mg という低用量でも報告されているため、臨床医は特に初期ナトリウム値が 125 mmol/L 未満の患者ではこのリスクに注意すべきである。バプタンで治療する場合は、過剰補正を防ぐために、血漿ナトリウム濃度を綿密に(6-8 時間ごと)モニターしやすい入院環境で開始すべきである。過剰補正の予防には、患者が飲水できるようにし、体液バランスを綿密にモニターすることが重要である。

コニバプタン (conivaptan) は、デュアルバソプレシン(V1a および V2)受容体拮抗薬であり、正常体液性低ナトリウム血症および体液増加性低ナトリウム血症の入院患者の治療薬として米国食品医薬品局から認可されている。経口薬および非経口薬のいずれにおいても、正常体液性低ナトリウム血症および体液増加性低ナトリウム血症に対する安全で忍容性の高い治療薬であることが示されている。

バプタン療法は、高張食塩水を中止した直後に実施すべきではないが、米国の勧告では、無症候性 SIADH に対する二次治療(FR の失敗後)として推奨されている。一方、欧州のガイドラインではバプタンは推奨されていない。

13-1-3. 尿素
尿素は、溶質摂取量を増加させる安価な方法として、欧州のガイドラインで SIADH 治療の第二選択として推奨されている。

SIADH 患者を対象とした最近の研究では、スポット尿サンプルを用いて溶質摂取量と尿量が少ない患者を同定し、このサブグループの患者には FR の代わりに経口溶質投与が有効である可能性があることを提案している。尿素は、いくつかのヨーロッパで行われた非ランダム化後ろ向き研究において、入院患者と外来患者の両方で有益であると報告されている。

Ure-Na™が米国市場に導入されて以来、後ろ向き研究でも、安全で忍容性の高い治療法であることを示唆されている。

13-1-4. デメクロサイクリン
デメクロサイクリン (demeclocyclin) はテトラサイクリン系抗生物質であり、腎性尿崩症を誘発することによって AVP 活性を打ち消すことにより、SIADH の治療に用いることができる。

しかし、作用の発現が予測できず、腎毒性と光線過敏症の可能性があるため、臨床での使用は制限されており、欧州のガイドラインでは低ナトリウム血症での使用は推奨されていない。

最近のメタ分析では、SIADH におけるデメクロサイクリンの継続的使用を支持する十分な質の高い科学的根拠を見出すことができなかった。

13-1-5. ループ利尿薬
ループ利尿薬を単独で使用した場合は、利尿に伴うナトリウム排泄と AVP の刺激のために有効性は限られる。

ヨーロッパのガイドラインでは、経口尿素に代わる第二選択薬として、低用量ループ利尿薬と経口ナトリウムの併用療法が提案されている。

しかし、EFFUSE-FLUID 試験のデータから、この方法は入院患者において FR 単独よりも有効ではなく、低カリウム血症や急性腎障害などの有害事象の発生率が高いことが示唆された。


14. 体液増加性低ナトリウム血症の治療

体液増加性低ナトリウム血症の治療は、通常、根本的な原因に向けられ、食事による塩分制限、利尿薬、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の阻害(アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン II 受容体拮抗薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)が行われる。バプタン療法は心不全と肝不全の両方で試験されている。

ヨーロッパのガイドラインでは現在、体液増加性低ナトリウム血症に対するバプタンの使用は推奨されていない。しかし、アメリカの推奨では、腎機能が保たれている心不全やネフローゼ症候群において、低ナトリウム血症のために利尿薬が十分に効果を発揮できない場合にはバプタン療法を考慮することが推奨されている。現在、両ガイドラインとも肝硬変におけるバプタンの使用を推奨していない。

15. 低ナトリウム血症と COVID-19
低ナトリウム血症は、急性期病院に入院した COVID-19 の全症例の 10%から 30%で報告されている。低ナトリウム血症は、COVID-19 患者において、人工呼吸の必要性の増加、重症患者への入院、死亡率の増加などの有害な転帰と関連している。最近更新された欧州内分泌学会のガイダンスでは、COVID-19 患者における低ナトリウム血症は、既存のガイドラインに従って治療されるべきであることが示唆されている。


16. 症例への振り返り

16-1. 症例 1
重篤な生化学的低ナトリウム血症に伴う脳浮腫を示唆する重篤な症状が認められたため、集中治療室で10 分間に 100 mL の高張食塩水をボーラス投与する緊急治療を行った。2 回目の高張食塩水のボーラス投与後、血漿ナトリウム濃度は 113 mmol/L から 118 mmol/L に上昇し、それにともない神経学的状態も改善した。

彼女はアルコール過剰と栄養不良の既往があるため、ODS のリスクが高いと判断され、血漿ナトリウムの目標上昇率は 4-6 mmol/L/日、最大 8 mmol/L/日に設定された。尿量の増加が認められ、4 時間後の採血では血漿ナトリウム 121 mmol/L であり、過剰補正を認めた。

デスモプレシン(1 μg)を皮下投与してさらなる尿からの自由水の喪失を止め、5%ブドウ糖の静脈内投与を 3 mL/kg/時間で開始した。血漿ナトリウムが 119 mmol/L に戻るまで 1 時間ごとに採血を行い、その後 24 時間、血漿ナトリウ ム<119 mmol/L を維持するために 5%ブドウ糖液の静脈内投与を続けた。SSRI 投薬は中止された。血漿ナトリウムは注意深くモニタリングされ、過剰補正を防ぐための間欠的な 5%ブドウ糖液注入を繰り返しながら、数日間かけて 136 mmol/L に戻った。

16-2. 症例2
新たに肺小細胞癌と診断され、SIADH と診断された。1000 mL/日の FR を開始し、ナトリウムが 132 mmol/L まで改善した後、退院した。

数カ月後、数回の転倒により入院となった。尿素 2.7 mmol/L、クレアチニン 84 μmol/L、ナトリウム 122 mmol/L、カリウム 4.6 mmol/L、UNa+ 39 mmol/L、UOsm 573 mOsm/kg であった。臨床的には体液量は正常だった。

画像診断で新たな転移病変が発見され、入院してトルバプタン 7.5 mg 内服を開始した。FR は中止され、喉の渇きに応じて飲むように勧められた。尿量は増加し、血漿ナトリウムは 6 時間後に 125 mmol/L、12 時間後に 129 mmol/L まで上昇した。この時点で、尿中の自由水分喪失を補い、血漿ナトリウムのさらなる上昇を抑えるため、5%ブドウ糖液の静脈内投与が開始された。その後 3 日間で、血漿ナトリウムは 133 mmol/L まで上昇し、トルバプタン 7.5 mg を隔日で服用することで安定した状態を維持した。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9282351/

重症低ナトリウム血症の補正と死亡率および橋中心髄鞘崩壊症の関係

2023-10-08 16:07:41 | 電解質異常
重症低ナトリウム血症の補正速度と死亡率および橋中心髄鞘崩壊症との関係
NEJM Evid 2023. DOI: 10.1056/EVIDoa2300107

背景
臨床現場では、神経学的合併症を予防するために、重症低ナトリウム血症患者に対するナトリウム補正速度が制限されることが多い。補正速度が総死亡率および入院期間に及ぼす影響は不明である。


方法
多施設観察研究において、重症低ナトリウム血症(入院時の血清ナトリウム値が 120 mEq/L 未満)で入院した患者におけるナトリウム補正速度と死亡率、入院期間、および橋中心髄鞘崩壊症(central pontine myelinolysis: CPM)との関連を評価した。


結果
コホートには 3274 人の患者が含まれた。補正率は 6 mEq/L/24 時間未満が 38%、6-10 mEq/L/24 時間が 29%、10 mEq/L/24 時間以上が 33%であった。

6-10 mEq/L/24 時間と比較して、補正速度が 6 mEq/L/24 時間未満では、多変量調整および傾向スコア重み付け解析において院内死亡率が高かった。6-10 mEq/L/24 時間と比較して、補正速度が 10 mEq/L/24 時間を超える場合は、多変量解析において院内死亡率が低く、入院期間が短いことと関連していた。

CPM を発症した患者は 7 人で、7 人中 5 人はナトリウム補正率が 8 mEq/L/24 時間以下であったにもかかわらず CPM を発症した。CPM を発症した患者 7 人のうち 6 人はアルコール使用障害、栄養不良、低カリウム血症、低リン酸血症を有していた。


結論
ナトリウム補正速度の厳しく制限されている場合は、死亡率の上昇および入院期間の延長と関連していた。ナトリウム補正速度が神経学的合併症に影響するかどうかについては、さらなる評価が必要である。


背景

低ナトリウム血症は、臨床現場で最も一般的な電解質障害である。さまざまな臨床現場において、低ナトリウム血症は全死因死亡率と関連しており、重症低ナトリウム血症(血清ナトリウム<120mEq/l)の患者の病院死亡率は、ナトリウム正常の患者の 2 倍である。

重症低ナトリウム血症の臨床症状は多岐にわたり、一般的には、術後状態、体液量減少(利尿薬の使用を含む)、および整形外科的損傷などが含まれる。重症低ナトリウム血症患者の中には、小児、閉経前の女性、治療開始前に低酸素または無酸素エピソードを経験した患者など、永続的な脳損傷を受けやすい人がいる。神経学的症状を伴う重症低ナトリウム血症では、脳損傷を予防するための積極的な治療が必要である。

1938 年、Helwig らは、最初に高張食塩水の急速注入を用いて病的な患者を治療し、完全に回復させた。オスのラットでは、24 時間で 16 mEq/L を超えるナトリウム補正速度、ヒトでは 24 時間で 12 mEq/L、48 時間で 16 mEq/lを超える速度が、浸透圧脱髄症候群(osmotic demyelination syndrome: ODS)や CPMの発症に関与している。

したがって、専門家は重度の低ナトリウム血症患者には急激な補正を避けることを推奨している。しかし、このような推奨を支持する確固とした前向き観察研究のデータはない。

2013 年の米国ガイドラインでは、高リスク患者(≦105 mEq/L、低カリウム血症、アルコール中毒、栄養不良、進行性肝疾患)には 8 mEq/L、慢性重症低ナトリウム血症(≦120mEq/L)の正常リスク患者には 10-12 mEq/L を上限とすることが推奨されている。高リスクの患者に対しては、目標24 時間補正速度 4-6 mEq/L も推奨されている。

2014 年の欧州ガイドラインは、中等度の症候性低ナトリウム血症患者では 24 時間補正速度の上限を 10 mEq/L に制限することを推奨している。しかし、CPM は、ガイドラインが推奨する補正が達成された場合でも、重度の低ナトリウム血症患者において報告されており、また、ナトリウム濃度が正常~軽度の患者においても報告されている。

神経学的転帰だけでなく、低ナトリウム血症の治療や補正速度は、死亡率や在院日数など他の転帰にも影響する可能性があり、ナトリウム補正速度が遅いほど患者の入院期間が長くなる。

2003 年、血清ナトリウム値が 115 mEq/L 未満の患者 168 人を対象とした研究では、補正速度が遅いほど死亡率が高くなることが分かった。本研究では、重度の低ナトリウム血症(120 mEq/L未満)患者における補正率と臨床転帰との関係を調べた。


方法

1993 年 1 月 1 日から 2018 年 12 月 31 日の間に、参加施設であるマサチューセッツ総合病院およびブリガム・アンド・ウィメンズ病院に重症低ナトリウム血症を呈した患者を対象とした後ろ向きコホート研究を実施した。

入院記録時刻の前 24 時間または後 24 時間に指標血清ナトリウム値が 120 mEq/L 未満であった 18 歳以上の患者を対象とした。

入院時または入院 24 時間後にナトリウム値の経過観察がなかった場合、指標となる血液サンプルが溶血していた場合、またはグルコース値が 300 mg/dL を超えた場合は除外した。

指標ナトリウム値後 24 時間の補正速度(mEq/L/24 時間)は Na24 - Na0 として計算した。ここで Na0 は入院時の血清ナトリウム値、Na24 は 24 時間後の血清ナトリウム値である。Na24 は 24 時間時点に最も近いナトリウム値から推定した。

コホートは、補正速度によって以下の 3 群に分けた。

·6 mEq/L/24 時間未満
·6-10 mEq/L/24 時間
·10 mEq/L/24 時間以上

·6-10 mEq/L/24 時間の群を基準群とした。

対象とした転帰は、死亡率(院内死亡率および 30 日後死亡率)、入院期間、および重症低ナトリウム血症による入院から 90 日以内の CPM の発生率である。

CPM データの収集には、ODS または CPM の国際疾病分類 (International Classification Diseases: ICD) 第 9 および第 10 改訂版の診断コードを使用する方法と、各入院から 90 日以内のすべての磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging: MRI)報告書(適応、所見、結果、印象、および重要情報の引継ぎを含む)の本文を、"浸透圧"、"脱髄"、"脳橋"、"脊髄解離"、"浮腫"、"補正"、および "低ナトリウム血症 "という検索語を用いて自然言語処理する方法の 2 つを用いた。CPM の全患者の臨床像と経過を手作業で検討した。


結果

コホートには、入院後 24 時間以内に血清ナトリウム値が 120 mEq/L 未満であった 3274 例の患者が含まれていた(図1)。

図 1: 対象の選択
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#f1

対象患者のうち、補正速度は 6 mEq/L/24 時間未満が 1255 例(38%)、6-10 mEq/L/24 時間が 952 例(29%)、10 mEq/L/24 時間以上が 1067 例(33%)であった。

ベースラインの特徴を表 1 に示す。平均年齢は 66 ± 16 歳、57%が女性、81%が白人であった。入院時の血清ナトリウムの平均値は 116 ± 4 mEq/L で、最初の 24 時間のナトリウムチェックの平均回数は 8 ± 4 回であった。最初の 24 時間に高張食塩水が投与された患者は 12%であった。慢性閉塞性肺疾患(36%)、悪性腫瘍(37%)、うっ血性心不全(32%)が最も一般的な併存疾患であった。

表 1: 対象のベースライン
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#t1

全病院内死亡率は 9%、30 日死亡率は 14%であった。補正速度が <6 mEq/L/24 時間未満と >10 mEq/L/24 時間の場合の院内死亡率と 30 日死亡率は、それぞれ 13% v.s. 5%、21% v.s. 8%であった。表 2 に未調整および調整後解析の結果を示す。

表 2: 病院内死亡率と各パラメータとの関連
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#t2

多変量モデル 2 において、10 mEq/L/24 時間を超える補正は、6-10 mEq/L/24 時間の補正と比較して、病院内死亡(オッズ比 [odds ratio: OR]: 0.64, 95%信頼区間 [confidence interval: CI]、0.44-0.93)および 30 日死亡(OR: 0.69, 95%CI: 0.50-0.96)の低いオッズと関連していた(図2)。

図2: ナトリウム補正速度と死亡率との関係: フォレストプロット
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#f2

傾向スコアによる重み付け解析(表2)では、補正速度 6-10 mEq/L/24 時間の場合と比較して、補正速度 <6 mEq/L/24 時間未は病院内死亡率(OR: 1.54, 95%CI: 1.14-2.08)および 30 日死亡率(OR: 1.91, 95%CI: 1.47-2.47)の上昇と関連していた。ナトリウム補正速度 >10 mEq/L/24 時間と病院内死亡率(OR: 0.76, 95%CI: 0.53-1.11)および 30 日死亡率(OR: 0.80, 95%CI: 0.58-1.11)との間には、補正速度 6-10 mEq/L/24 時間と比較して関連はなかった。

傾向スコアマッチング法
https://best-biostatistics.com/summary/propensity-score.html

病院内死亡の主な原因は癌(33%)で、感染症(25%)、心血管系疾患(14%)、肝疾患(10%)と続いた。脳浮腫は、マラソン後に重度の低ナトリウム血症を呈し、画像診断で経脳室ヘルニアが発見された1人の患者の死に直接寄与した。

入院を終えて退院した患者のうち、ナトリウム補正速度が 6 mEq/L/24 時間未満の患者の在院日数中央値は 6 日(四分位範囲: 4-11日)、6-10 mEq/L/24 時間の患者の在院日数中央値は 6 日(四分位範囲: 3-10 日)、10 mEq/L/24 時間以上の患者の在院日数中央値は 5 日(四分位範囲: 3-9日)であった。

年齢、人種、性別、指標となるナトリウム、Charlson Comorbidity Index で調整した多変量モデルでは、10 mEq/L/24 時間以上の補正群では、6-10 mEq/l/24時間補正群と比較して平均在院日数が 2.2 日(95%CI: 1.0-3.3 日)短かった。

入院後 90 日以内の 537 例(コホートの 16%)の 723 件の MRI 検査を同定した。そのうち 216 件に ODS または CPM のキーワードが含まれており、手作業でレビューした。国際疾病分類の診断コードを用いた検索では、追加の患者は同定されなかった。7 人の患者が CPM であることが判明し(年齢範囲: 32-60歳, 86%が男性)、症例率は 0.2%であった(表3)。

表3: CPM を来した患者の特徴
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107#t3

入院時の血清ナトリウム値は、105 mEq/L 以下が 1 人、106-110 mEq/L が 3 人、110 mEq/L 以上が 3 人であった。CPM の頻度は、入院時ナトリウム値が 105 mEq/L 以下の患者で 1.3%、106-110 mEq/L の患者で 1.2%、111-115 mEq/L の患者で0%、116 mEq/L を超える患者で 0.1%であった。補正速度が 10 mEq/L/24 時間を超えた患者は 2 人であったが、補正速度は 6-10 mEq/L/24 時間の患者が 4 人、6 mEq/L/24 時間未満の患者が 1 人であった。

アルコール使用障害は 4 人、肝硬変は 2 人、栄養不良は 4 人、低カリウム血症は 5 人、低リン血症は 3 人にみられた。その他の詳細は表 3 に示す。1 人を除くすべての患者は、その後数ヵ月間に神経障害を残すことなく回復した。入院後 12 ヵ月以内に死亡した患者はいなかった。


議論

本研究は、重症低ナトリウム血症(120 mEq/L 未満)の患者において、入院初期 24 時間のナトリウム補正速度が 6 mEq/L 未満であることは、補正速度が 10 mEq/L/24 時間を超える場合と比較して、院内死亡率および 30 日死亡率の増加、入院期間の延長と関連することを示唆している。

肝硬変と心不全は 6 mEq/L/24 時間未満の補正群に多く、精神疾患は 10 mEq/L/24 時間以上の補正群に多かった。多変量調整モデルでは、6 mEq/L/24 時間未満の補正は、うっ血性心不全患者および癌患者の死亡率の上昇と関連していた。

ODS は、実験および臨床研究において、急速なナトリウム補正と関連する重篤な合併症である。ODS や CPM のような神経学的合併症に対する懸念から、重症低ナトリウム血症患者のナトリウム補正速度を制限するよう指導勧告がなされている。研本究は、MacMillan らの最近の研究と同様に、ナトリウム補正速度を 8 mEq/L/24 時間以下に制限したにもかかわらず、CPM が発症する可能性があることを報告している。

アルコール使用や重度の栄養失調などのエネルギー欠乏状態では、グリコーゲンが枯渇したグリア細胞は、ナトリウム補正時の細胞脱水に対する防御の主要機構である Na+-K+-ATPase 活性を維持するのに十分な予備を持たないため、特に浸透圧ストレスやアポトーシスを起こしやすいという仮説がある。今回の研究では、CPM患者 7 人中 6 人にアルコール使用障害、栄養不良、低カリウム血症、低リン酸血症がみられ、これらの危険因子を持たない患者は 1 人だけであった。

https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2300107

カリウム異常

2023-06-06 08:04:21 | 電解質異常
カリウム異常についての総説
Am Fam Physician 2015; 92: 487-495
 
低カリウム血症および高カリウム血症はカリウムの摂取、排泄、細胞内外カリウムの移動の変化によって起こる、よくある電解質異常である。
 
利尿薬の使用と胃腸からのカリウム喪失が低カリウム血症のよくある原因であり、腎臓病、高血糖あるいは薬物の使用が高カリウム血症のよくある原因である。
 
低カリウム血症 (血清カリウム濃度 <3.6 mmol/L)は入院患者の 21%、外来患者の 2-3%に認める。高カリウム血症 (成人で血清カリウム >5 mmol/L, 小児で >5.5 mmol/L, 新生児で >6 mmol/L) は入院患者の最大 10%、外来患者のおよそ 1%で認める。
 
カリウム異常は重度の場合は生命を脅かす心伝導障害や神経筋障害を来し得る。したがって、何よりも重要なことは病歴、身体所見、血液·尿所見、心電図から緊急で治療する必要があるかどうかを判断することである。緊急の治療が必要な場合とは、1. 重度あるいは症候性の低カリウム血症/高カリウム血症、2. カリウム濃度が急激に変化している、3. 心電図異常をともなう、4. カリウム異常の合併症がある場合である。
 
低カリウム血症は経口または経静脈的なカリウム補充で治療される。
 
高カリウム血症による心電図変化を認める場合は、心伝導障害を防ぐために経静脈的にカルシウムが投与される。また、急性期には血清カリウム濃度を下げるためにインスリン(ふつうは同時にブドウ糖も) やアルブテロール (albuterol, サルブタモール: salbutamol と同薬、β2受容体作動薬) 投与が好まれる。亜急性期にはポリスチレンスルホン酸ナトリウム (sodium polystyrene sulfonate) が処方される。
 
低カリウム血症でも、高カリウム血症でも細胞内外のカリウムの移動を引き起こす原因がないか考えることは重要である。なぜなら、反跳性にカリウム異常を来す危険があるからである。
 
1. 低カリウム血症の原因
 
低カリウム血症は 1. 異常な喪失、2. 細胞膜を介した移動、3. 摂取不足によって起こる。このうち、異常な喪失が原因として最も多い。腎臓は摂取不足に対してカリウム排泄量を減らすことができるので、摂取不足が単独で低カリウム血症の原因となることは稀である。ただし、入院患者では摂取不足が原因となることはよくある。
 
利尿薬の使用は腎からの喪失による低カリウム血症の原因として多い。同じ用量であれば、クロルタリドンの方がヒドロクロロチアジドよりも低カリウム血症を来しやすい。利尿薬による低カリウム血症は用量依存性で軽度の場合 (3.0-3.5 mEq/L) が多いが、腸管からの喪失など別の原因と重なれば重度となることもある。
 
腸管からの喪失も低カリウム血症のよくある原因であり、特に入院患者に多い。上部消化管からの喪失による低カリウム血症は間接的に起こり、(胃酸の喪失による) アルカローシスに反応して腎からのカリウム排泄が促進されることによる。
 
カリウムの一部は腸管に排泄されるため、慢性的な下痢は低カリウム血症の原因になり得る。この場合、高クロール性アシドーシスをともなうことがある。
 
2. 評価と治療
 
低カリウム血症の評価はまず緊急で対処するべき危険な症状や徴候がないかを確認することから始まる。
 
危険な症状や徴候とは、1. 脱力、2. 動悸、3. 心電図変化、4. 重度の低カリウム血症 (<2.5 mEq/L) 、5. 急性の経過で出現した低カリウム血症、6. 基礎に心疾患や肝硬変がある、である。
 
低カリウム血症による不整脈では、ほとんどの場合で基礎に心疾患がある。
 
治療方針が変わってくるので、早い段階で細胞内にカリウムが移動する病態 (甲状腺機能亢進症など) がないかを確認することは重要である。
 
マグネシウム血症をともなっていることを確認し、治療を開始することも重要である。なぜなら、低マグネシウム血症はカリウム補充を阻害し、低カリウム血症による不整脈を増悪させ得るからである。
 
問診では、腸管からの喪失 (嘔吐·下痢) の有無、薬剤歴、心疾患の既往を確認する。過去に脱力を経験している、甲状腺機能亢進症の既往がある、あるいはインスリンまたは β受容体作動薬を使用している場合は細胞内へのカリウムの移動が低カリウム血症の原因である可能性がある。
 
身体診察では不整脈の有無と神経所見 (脱力から上行性麻痺まである) に注意する。
 
低カリウム血症と診断するためには血清カリウム濃度をくり返し測定するべきである。血清カリウムの他には、血糖、マグネシウム濃度、尿電解質、クレアチニン濃度、酸塩基平衡を測定するべきである。
 
尿からのカリウム排泄量を評価するのに最も正確な検査は 24時間蓄尿である。正常な腎臓では、低カリウム血症の際には 15-30 mEq/L (mmol/L) を超えるカリウムを排泄しない。
 
より実用的な評価法として、スポット尿でカリウム-クレアチニン比を計算するという方法がある。>13 mEq/gCre (1.5 mEq/mmolCre) は腎からのカリウム喪失を示唆する。初期評価で原因が特定できない場合は甲状腺と副腎機能の評価を検討するべきである。
 
通常、低カリウム血症では心電図で T 波の低下を認める。さらに進行すると ST 低下、T 波の陰転化、PR 間隔の延長、U 波を認める。低カリウム血症にともなう不整脈としては洞性徐脈、心室頻拍·心室細動やトルサードポワンツ (torsade de pointes) がある。血清カリウム濃度が低下すると心電図異常や不整脈のリスクは高まるが、高度な低カリウム血症があっても心電図異常を認めないこともある。
 
3. 低カリウム血症の治療
 
低カリウム血症治療の直近の目標は血清カリウム濃度を安全域まで上昇させて命に関わる心収縮能の障害や神経筋障害を防ぐことである。カリウム補充はより緩徐に行わなければならないかもしれないし、注意深く観察することで低カリウム血症の原因となる疾患の診断につながるかもしれない。
 
専門家の意見では、うっ血性心不全や心筋梗塞の既往がある患者では血清カリウム濃度を少なくとも 4 mEq/L 以上に維持するべきだとされている。
 
入院患者ではカリウム補充は高カリウム血症の一般的な原因なので、カリウム補充中は注意深いモニタリングが必要である。細胞内へのカリウム移動による低カリウム血症では反跳性の高カリウム血症のリスクが高くなる。
 
全身のカリウムが 100 mEq 減少する毎に血清カリウム濃度はおよそ 0.3 mEq/L 低下するので、カリウム喪失あるいは摂取不足のある患者におけるカリウムの欠乏量はおおよそ見積もることができる。たとえば、血清カリウム濃度が 3.8 から 2.9 mEq/L に低下した場合は体全体ではだいたい 300 mEq の喪失に相当する。喪失が続いているのであれば、さらに多くのカリウムの補充が必要である。低マグネシウム血症をともなう場合はマグネシウム補充も行うべきである。
 
利尿薬使用に関連する低カリウム血症の場合は、利尿薬投与を中止するか減量することが有効かもしれない。合併症の治療で利尿薬の減量またほ中止が難しい場合は、血清カリウム濃度を上昇させる作用があるアンジオテンシン変換酵素阻害薬 (angiotensin-converting enzyme inhibitor: ACEI) やアンジオテンシン受容体拮抗薬 (angiotensin receptor blocker: ARB)、β ブロッカー、カリウム保持性利尿薬の使用を検討する。
 
特に高血圧症や心疾患の既往がある、正常低値または軽度の低カリウム血症を認める場合は食事におけるカリウム摂取量を増やすことは適切である。しかし、食事におけるカリウム摂取量の増加による効果は大きくはない。これは食事中のカリウムのほとんどはリン酸と結合しているのに対し、低カリウム血症のほとんどはクロールの低下をともなっており、塩化カリウムの補充に対して最も良く反応するからである。
 
カリウムの経静脈的補充は高カリウム血症のリスクを上昇させ、疼痛および静脈炎 (phlebitis) を引き起こし得るので、経静脈的カリウム補充は重度の低カリウム血症、心電図異常をともなう場合、低カリウム血症による症状を認める場合、あるいは経口カリウム補充が行えない場合に行うべきである。
 
経口カリウム補充で急速にカリウムを補正できる。最速で補正するためには経口カリウム補充 (20-40 mmol/日) と経静脈的カリウム補充を組み合わせると良さそうである。
 
経静脈的にカリウムを補充する場合は生理食塩水 1 L に カリウム 20-40 mmol を加えたものを投与するのが標準である。通常、補正速度は 1時間あたり 20 mmol を超えないようにするべきである。ただし、緊急時には中心静脈カテーテルを用いてより早い補正が行われてきた。カリウム補正速度が 10 mmol/時を超える場合は心電図モニターを検討する。小児では、カリウム補正速度は 1時間あたり 0.5-1.0 mmol/L/kg (最大 40 mmol/L) とする。
 
カリウムはブドウ糖を含む輸液に混合して投与するべきではない。ブドウ糖はインスリン分泌を刺激し、低カリウム血症を悪化させ得るからである。
 
緊急性のない低カリウム血症では経口的にカリウムを 40-100 mmol/日で補充し、数日から数週間継続する。利尿薬の使用や高アルドステロン血症による持続的なカリウム喪失から低カリウム血症を予防するためには、ふつう 20 mmol/日の補充で十分である。
 
4. 高カリウム血症の原因
 
高カリウム血症はカリウム摂取過剰、カリウム排泄減少あるいは細胞内からの移動によって起こる。高カリウム血症の原因はしばしば複数あり、頻度の多いものとしては腎機能低下、薬剤、高血糖がある。
 
健常者ではカリウムの摂取量が増えると、カリウム排泄量が増加するので、カリウム摂取過剰だけでは高カリウム血症の原因となることは稀である。高カリウム血症では基礎に腎機能低下があることが多い。
 
4-1. カリウム排泄低下
 
腎が関わる高カリウム血症は、以下に示す過程における異常のひとつないし複数が原因となる。すなわち、1. 遠位尿細管における流速、2. アルドステロン分泌と作用、3. カリウム排泄経路における異常が原因となる。
 
遠位尿細管におけるナトリウムと水の供給不足による高カリウム血症はうっ血性心不全、肝硬変、急性腎障害、または進行した慢性腎臓病で起こる。
 
低アルドステロン血症による高カリウム血症は副腎不全 (adrenal insufficiency) や低レニン·低アルドステロン症 (hyporenemic hypoaldosteronism, 糖尿病性腎症や間質性腎炎で多い) によって起こる。
 
4-2. 細胞内からの移動
 
細胞内からのカリウム排泄促進あるいは細胞内へのカリウム取り込みの阻害するさまざまなメカニズムにより、血漿カリウム濃度は上昇する。
 
コントロール不良な糖尿病など血漿浸透圧が上昇する病態では、細胞内から水とともにカリウムが(血漿中に) 移動する。また、糖尿病患者では、相対的なインスリン欠乏あるいはインスリン抵抗性により、細胞内のカリウム取り込みが妨げられる。
 
アシドーシスでは、細胞外の水素イオンは細胞内のカリウムイオンと交換される。この代償反応はアシドーシスのタイプによって異なり、代謝性アシドーシスで最も大きな反応が起こる。
 
体内のカリウムの 98%は細胞内に存在するため、細胞のターンオーバーを上昇させるあらゆる過程、たとえば横紋筋融解症 (rhabdomyolysis)、腫瘍崩壊症候群 (tumor lysis syndrome)、赤血球輸血 (red blood cell transfusion) は高カリウム血症を来たし得る。
 
4-3. 薬剤性高カリウム血症
 
薬剤の使用は高カリウム血症のよくある原因であり、特に基礎に腎機能障害や低アルドステロン血症がある場合に多い。
 
薬剤性高カリウム血症はカリウムの排泄を阻害する薬剤が原因になることが最も多い。また、低カリウム血症の治療または予防のためにカリウムを投与した結果、意図せずに (advertently) 高カリウム血症を来すこともある。
 
薬剤性高カリウム血症の原因の半数が ACE 阻害薬であったという報告がある。また、ACE 阻害薬または ARB を開始した外来患者のおよそ 10%が 1年以内に高カリウム血症を来す。
 
うっ血性心不全の標準治療にスピロノラクトンを追加すると死亡率が低下することが示されたため、カリウム保持性利尿薬の使用に関連する高カリウム血症の罹患率は上昇している。
 
ACE 阻害薬と ARB の併用は高カリウム血症などの有害事象のリスクを増加させるので避けるべきである。
 
高カリウム血症を来すことが知られているよく使われる薬剤としては他に、トリメトプリル、ヘパリン、β-ブロッカー、ジゴキシン、非ステロイド抗炎症薬がある。
 
5. 高カリウム血症の評価と治療
 
低カリウム血症の場合と同じように、高カリウム血症の差し迫ったリスクは心収縮能と筋力への影響であり、初期評価では緊急の治療が必要かどうかを判断することに集中するべきである。
 
高カリウム血症はしばしば無症状なので、症状がないからといって重度の高カリウム血症は否定できない。基礎に腎機能障害がある患者では高カリウム血症を来すリスクが高いので、特に注意すると良い。
 
重度の高カリウム血症 (>6.5 mEq/L) は筋力低下、上行性麻痺 (ascending paralysis)、動悸 (heart palpitation)、感覚異常 (paresthesias) を来し得る。
 
慢性腎臓病、糖尿病、心不全、肝疾患は全て高カリウム血症のリスクを上昇させる。
 
臨床医は高カリウム血症を来しうる薬剤を服用していないかを把握するために薬剤歴を確認し、カリウムを含んでいる代替塩 (salt substitute) を使用していないか尋ねるべきである。身体所見では血圧と血管内容量の評価を行い、高カリウム血症の原因となり得る腎の低灌流がないか確認するべきである。低カリウム血症の (?) 神経所見としては全身の筋力低下、深部腱反射の低下がある。
 
血清カリウム濃度をくり返し測定することで、カリウムの偽性高値を発見する助けになる。偽性カリウム高値は検体採取中または採取後に細胞からカリウムが漏出することで起こる。(血清カリウム濃度の) 他に血清中の尿素窒素とクレアチニン、尿の電解質およびクレアチニンを測定し、酸塩基平衡の評価を行う。さらに高血糖がないかを確認するために血清血糖を測定し、副腎機能を調べるために血清レニン、アルドステロン、コルチゾールを測定する。
 
心電図は、1. 血清カリウム >6 mEq/L、2. 高カリウム血症による症状がある、3. 高カリウム血症が急速に進行しつつある疑いがある、4. 初めて指摘された高カリウム血症で基礎に腎疾患、心疾患または肝硬変がある場合には検討するべきである。
 
心電図所見は高カリウム血症に対して感度は高くなく、特異度も低い。したがって、心電図変化は緊急治療を開始する引き金にはなるが、心電図変化の有無だけをもって治療の決定を行うべきではない。
 
T波増高 (peaked T waves) は高カリウム血症でよく見られる初期の心電図変化である。他に高カリウム血症で認める心電図変化としては、P 波消失 (P-wave flattering)、PR 間隔延長 (PR interval prolongation)、QRS 幅の拡大 (widening of the QRS complex) 、正弦波 (sine wave) がある。
 
高カリウム血症による不整脈としては洞性徐脈 (sinus bradycardia)、洞停止 (sinus arrest)、心室頻拍 (ventricular tachycardia)、心室細動 (ventricular fibrillation)、心静止 (asystole) がある。
 
6. 高カリウム血症の治療
 
急性期治療の目標は命に関わる心収縮能や神経筋の障害を防ぐために、細胞内にカリウムを取り込ませ、カリウム排泄を促進し、高カリウム血症の原因を取り除くことである。
 
慢性的に高カリウム血症の場合は、カリウム摂取量を減らすように指導するべきである。細胞内外のカリウム再分布による高カリウム血症は一般的ではないが、この場合はカリウム排泄促進が必要ないかもしれないし、再分布の原因を取り除くと反跳性に低カリウム血症になる可能性もあるので、慎重に評価した方が良い。
 
直ちに治療を開始するべきなのは、1. 高カリウム血症による症状を認める場合、2. 心電図変化がある場合、3. 重度の高カリウム血症 (>6.5 mEq/L) 、4. 急に始まった高カリウム血症、5. 基礎に心疾患、肝硬変、腎疾患がある場合である。
 
高カリウム血症の原因が除かれなければ、再度高カリウム血症になる可能性があるので、血清カリウム濃度は密にモニターするべきである。
 
6-1. 緊急時の治療
 
カルシウムのは心筋細胞膜を安定させ、命に関わる心収縮障害を防ぐので、心電図変化を認める場合は経静脈的に投与するべきである。カルシウムの経静脈的投与は血漿カリウム濃度には影響しない。5分後の再検でも心電図変化を認める場合は、経静脈的カルシウム投与を繰り返すべきである。
 
臨床医はカルシウムの効果の持続時間は 30-60分と短いことは認識するべきである。
 
細胞内にカリウムを移動させる最も信頼できる方法はインスリンとブドウ糖を投与することである。一般には 10単位のインスリンを投与し、その後低血糖を防ぐためにブドウ糖 25 g を投与する。ブドウ糖を投与してもよく低血糖を来すので、血清血糖はモニターするべきである。血清血糖 >250 mg/dL の場合はふつうブドウ糖の投与は不要である。
 
β2 受容体作動薬であるアルブタノール吸入はカリウムの細胞内への移動を促す補助療法だがあまり行われていない。投与方法 (吸入 (inhale)、噴霧 (nebulize)、経静脈的投与) によらず有効である。アルブテロール噴霧の推奨投与量 (10-20 mg) は呼吸器疾患でふつう使われる量の 4-8倍であることは覚えておくと良い。アルブテロールをインスリン投与と併用すると、相加的な効果がある。アルブテロールのカリウム低下効果は終末期腎不全 (end-stage kidney disease) など一部の患者で減弱する。そのため、アルブテロールは単独で使用するべきではない。
 
重炭酸イオンは高カリウム血症の治療によく用いられるが、重炭酸イオンの使用を支持するエビデンスは曖昧 (equivocal)であり、効果がないかあってもわずかだろう。したがって、重炭酸イオンは単独では使用しない。特に代謝性アシドーシスをともなう患者で補助療法として使用できるかもしれない。
 
カリウムは腸管、腎臓、あるいは透析によって血液から除去することができる。透析は腎不全、命に関わる高カリウム血症、あるいは他の治療が失敗した場合に検討するべきである。透析以外のカリウム除去法は緊急治療として行うには効果発現が遅い。現在、陽イオン交換樹脂として使用されているポリスチレンスルホン酸ナトリウム (ケイキサレート: Kayexalate) は高カリウム血症の治療には向いていないが、亜急性の状況下では体内のカリウム量を低下させる効果があるかもしれない。ポリスチレンスルホン酸は便秘を来し得るので、緩下作用を有するソルビトールが配合されていることが多い。しかし、いくつかの症例報告でポリスチレンスルホン酸とソルビトールの併用と消化管損傷との関連が示唆されていることから米国食品医薬品局は黒枠警告 (boxed warning: アメリカ合衆国において処方箋薬のパッケージに記載される警告文の形式のひとつ)を行った。より最近では、ポリスチレンスルホン酸単独使用下での消化管損傷も報告されている。したがって、ソルビトール併用の有無によらず、ポリスチレンスルホン酸は、腹部手術後や便秘、炎症性腸疾患など腸管の機能異常のリスクがある場合は使用を避けるべきである。
 
高カリウム血症の急性期における利尿薬の使用を支持するエビデンスはない。しかし、特にループ利尿薬は低レニン·低アルドステロン症による慢性高カリウム血症などの治療では有用かもしれない。
 
慢性高カリウム血症を予防するためには、患者にカリウムの少ない食品を食べるように指導したり、高カリウム血症の原因になり得る薬剤を中止·減量したり、非ステロイド抗炎症薬の使用を避けたり、腎機能が正常なら利尿薬を使用したりする。
 
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2015/0915/p487.html