サファイア

日記です。

『こだま』いろいろ・・・

2012-09-04 20:33:56 | 思ったこと

巷ではマダマダ暑い日が続いているようですが~?   涼しい風がソヨソヨ~っと 
とても過ごし易い、気持ち好いこの頃になりました。
昨日は『こだま』のご縁で感激したので、改めて、今までの切り抜きを出してみました。
偶然、目に留まった好きなモノだけでも60編くらいありました。
その中で、特に好きな文章には印を付けて綴じています。
私自身が『こだま』に初投稿したのは、末娘が心臓の手術をすることになった経緯から
1995年8月31日の”娘の手術”でしたね。
そして、長男の結婚が決まった2000年12月31日に”終わりよければ”と題して投稿。
2006年8月1日に”ブログ仲間”と題した、ブログ仲間と最初のオフ会をしたことを投稿、
載せてもらいました。
その頃にはスデにブログを書き始めて半年が過ぎていました。
日記のツモリで日々のイキサツを正直に綴り   写メも必ず 一枚ダケ付ける
ことを基本にして、今でもソレはブレルコトはアリマセン。
毎日ドンナコトが有っても1日も欠かしたことはアリマセン 
何がそんなに奮い立たせるのか 胸底の澱を吐き出すためだったように思います。 
深い傷の皮が1枚1枚ハガレテ行くように、段々と気持ちが軽くなって   少しづつ
自分が好きになっていきました。
ソレと同時に幅広い友達も出来て、自信が付いてきましたねェ 
文章を書くということでストレス解消になっていたんですネ 

さて、綴っている最初の『こだま』は2005年の”二人部屋の相方”江木宣子さん(67才)
目の手術で眼科へ入院した話でした。
相方は83才、「わたしゃデイケアに通っとるがね、そこで知り合った人が目の手術を
したら、よう見えるようになった。あの山の先の先まで見えると、合う度に言うてのよ
先の先まで見えりゃあ、そりゃええことだわね。
わたしゃタクシーに乗り、眼科へ行っとくれ言うたわいね。
運転手さんが『どこの眼科ですか』と聞くけん、『どこでもええ、眼科へ行っとくれ』
言うたら、ここへきた・・・」と、ここへ来たてんまつを話された。
術後、TVも新聞も見られない数日間、この相方には戦中戦後の話を沢山してもらった。
全編、歌付きで、「勝って来るぞと勇ましく・・・」から始まり、敗戦後、北朝鮮から
命からがら引き揚げる身になったくだりでは、「アリラン」を原語で聞かせてもらった。
このシーンは踊り付きだった。
退院の日、パジャマを脱ぎ正装された相方は、見るもハイカラな83才に変身し「バイバイ」
と元気よく迎えの車で去って行かれた。
今ごろはデイケア施設の窓越しから、先に目の手術をした先輩の方と二人「見える、
見える」と、山の先の先まで見ていらっしゃるかしら。 という記事でした。
この方は2009年12月20日にも71才で”お下がり人生”という題で投稿されています。
文章のオモシロイ方は、どんな人生を歩んで来られたのかしら~?と 
興味が湧くのです。
心がくじけそうな時、元気をもらっています 
有名な文学を読むのと同じくらい、重い課題を抱えた生きた小説だと思いますネ。
これからも、どんな物語りが綴られるでしょうか? 楽しみです 
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