脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
おばあさん タイヘイ夢路:長屋の、笹原の部屋から出て行かない老婆
母親 森かもめ
女の子 太田彩美
若い女 森下祐己子 :病院の付き添い仲間
春けいこ 病院の付き添い仲間
看護婦 橋野リコ :中之島病院の看護婦(葵の元同僚)
アクタープロ
お常 高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
悠は、智太郎と再会し、お互いのわだかまりがとけたことを、雄一郎にどう
話そうかと考えていました
こめかみを押さえながら、ノックして病室に入る悠「おはようございます」
しかし、雄一郎は点滴を受けて寝ていた
「具合悪うなったんですか?」
「奥さん、この本、お宅に持って帰ってください。
消灯後、明け方まで本を読んでるやなんて、そんなことしてたらお正月でも家へは帰れませんよ。 はい」
と看護婦が分厚い本を悠に渡して出て行った。
額にさわり「熱、出たんですか?」と訊く悠
「いや、運が悪かったんや。朝、便所に行った時、ちょっとふらっとした。
そこへちょうどあの看護婦が通りかかったんだよ」
「朝まで本、読んではったんですか?」
「徹夜したら誰だってふらっとするだろう! 本当のこと言ったら、このザマだ」
「無理をしたらいかんいうことです」
(岩波文庫だ、なんだろうなぁ、ぶあつい)
「お前はどっちの味方だ?」
「病気の時は看護婦さんの味方です」
「じゃぁもう付き添いになんて来るな!」
「そんなに怒らはったら、ホンマに熱が出ますえ」と掛け布団をなおす悠
「その本、もって帰るなよ」
「そんなに面白いんですか?」
「ああ。布団の下に隠しといてくれ」
「雄一郎さん」
「お説教は看護婦だけで充分や! 眠くなった‥」 目をつむる雄一郎
悠は智太郎のことを話す機会をなくしてしまったのです
洗濯物を持って歩く悠の脇を、走り抜ける少女。 その少女が転んでしまう
「だいじょぶか? ちゃんと XXせんと危ないやろ?」
悠を見る少女
‥少女の左腕はない‥(ようだ)
「何をしはるんですか!」 少女の母が悠に怒鳴りながら少女を抱きしめる
「すみません、この子、手が不自由で‥」
「すんませんでした」 謝る悠
長屋で、仮縫いをしながらデザイン等を考える悠
「着物より、ズボンの方が危のうないしな」
「ヒモより、ボタンの方がええんのやろか」
「頭からかぶった方がええんのやろかな」
別の日の病院
「さ、できた」と悠が広げる
「あれ? これ、袖、かたっぽ、半分しかあらへんやん?」
「こんなんあげたら、怒らはるやろか」
「‥」
「あの女の子。いっつも肩袖、ひらひらさしる‥」
「あぁ、なんでもなぁ、空襲の時、生まれたばっかりのあの子が、焼けた柱の下敷きになってな‥。
やっと助け出してんけど、引っ張り出しときに、片手だけ間に合わんかったそうや‥」
「あのかわいい顔見てたら、こんなもんが浮かんできたんや」と悠
(そこにいるわよ っと仲間が教える)
「お嬢ちゃん、ちょっと。こっちおいで」と呼ぶ悠
「これな、お嬢ちゃんのためにつくったんやけど、着てみるか」と話しかける
ちょっと戸惑う少女
「な、着てみて」
「(うん)」と少女
付き添い仲間たちと一緒に、赤・白・黒の大きなチェック柄の着替えさせる悠。
「ぴったりや」
「似合うてる」
嬉しそうに走って行く少女
‥母と一緒にやってきて、くるっと回ってみせる少女
「良かった。気に入ってもろうて」
「ありがとうございます。この子がこんな嬉しそうな顔したの、初めて見ました」
「お礼を言わないかんのは、わたしの方です。私が嬉しいんです」
雄一郎の病室
いろいろな生地を持って入ってくる悠
「どうですか、気分は」
「もともと何ともなかったんや」
「なんや? そのキレは」
「病院中でいろんな人に頼まれてしもうて」
「またお節介に、なんかしたんやろ?」
「ま、そうですね」と体温計を振りながら雄一郎に渡す悠
「女の子に寝巻き作ってあげたら、その女の子が病院中に走りまわって宣伝してしもうたんです
おかげで商売ができそうや」
「ええ加減にしとけよ」
「ひとり引き受けたら、断られへんようになってしもて。
みんなもただでは頼めへんて言わはるし、やっぱり一枚なんぼて決めたほうがええんやろか」
「おいおい。また変なこと考えるなよ」
「内職と同じや。手の空いた人に手伝ってもろうて、せや、そうしよ」
「悠! お前は俺の看病に来てるんやぞ?」
「はい。 あなたのねき(そば)でします。夜は家へ持って帰ってしますし」
「悠、もうガマンするのはやめろ」
「ん?」
「もうずっとそばについていなくていいから、薫を連れて帰って来い。
俺はもう覚悟を決めた、大人しくしてるよ」
「正直に言わはった方がよろしいえ。薫の顔を見たいのは雄一郎さんの方でっしゃろ」
「まあな」
「すぐ行ってきます」
「またお前は! 思いついたらすぐだから」
「いろいろ考えてたんです。
この仕事内職にしたらいつも薫といられるし、食費ぐらいの足しにはなるし、
みんなに喜んでもらえて、何とかなんのんと違うやろかって思うてたんです」
「まあ、薫を預けっぱなしよりはいい。実をいうと、お前がもっと早く迎えにいくと思ってたんだ。
意外にもガマンできるもんやな。
今日は泊まってこいよ、子ども連れで遅うなったら危ないからな」
にっこり「はい」と返事をする悠
竹田市左衛門株式会社(旧:竹田屋)
中庭で、薫と遊ぶ静
「あきまへんえ。(草?を)とったらおじいちゃんに叱られますのんえ」
後ろから「薫」と呼びかける悠、そして抱っこする
「ああ、やっぱりおかあちゃんが一番どすなぁ」と静
(↑ …、ま、そうは見えないんだけどね。子役ちゃんの演技 ^^; )
「桂ねえちゃんは?」
「都と市太郎つれて、六角さんや」
「珍しいことやなぁ」
「悠、よう迎えに来てくれはりましたなぁ。
今日、悠が来てくれへんかったら、私が連れて行こうと思ってたとこどすわ」と
言いながら、縁側に腰を下ろす静
「そんな大変やったんですか?」
「いえー、薫は大人しいいい子どすけど、
都が薫をかわいがって、市太郎が怒ってしまって、薫に当り散らしてな
最初のうちは良かったけど、三人一緒にしたら、誰かが泣いてしまうのや」
「そんなことやったら、早う言ってくれはったらよかったのに」
「うん。そいでもなぁ、あんたもがんばってんのやし、薫もかわいいし」
「な、薫、おばあちゃんにちゃんとお礼言おうな、はい『おおきに』」
「はい」と薫の頭をなでる静
長屋
お常が、雄一郎宅を訪ねて「悠! 悠!」と呼ぶ
向いのおばあさんに「この家のもんは、まだ帰ってきてませんか」と訊くと
「いや、夜遅うには帰ってきてはります。最近、子どもさんは見ませんなぁ」と答える
「そうですか」
「へぇ。
それどころかあんた、亭主が病気だというのに、夜遅うに酒飲んで男の人に送ってもろうてまんねんで
」
「そうですか」と笑顔のお常
「近ごろの若い奥さんは、何を考えてはりますのやろな。別れしなに手を握りおうたりして」
それだけ言うと笹原の部屋に戻っていくおばあさん
病院
ぷりぷり怒りながら、ノックするお常
雄一郎の「どうぞ」の声を聞くか聞かないかのうちに、入ってくる
「雄一郎」
「母さん。遠いから見舞いはいいって言っただろ」
「悠は?」
「ああ、もうすぐ来るよ」
「家には帰ってませんでした」
「ああ、時々遅くなると、お初さんのところに泊めてもらうらしいんだ」
「お正月が近いよってに、薫の晴れ着やあんたのわたぎ 持ってきましたんえ」
「へー、ありがとう」
「言いたないけど、お初さんのところに薫預けんの、あんまり良くないんと違いますか」
「ああ、もうやめるって、悠も言ってた」
「うんうん。よろしけどな、無責任なこと言うお人もいてますよってな」
「なんのことや」
「お初さんに薫預けて、夜男の人に送ってもらって帰ってくるやなんて」
「悠が? 誰がそんなことを言ってるんや」
「ご近所のお人です」
「ウソだよ、そんなこと」
「それは、わかってますけど」
「悠はホントによくやってくれてるよ」
「そうですな」
「母さん、俺、休職願いも出したし、本気で体を治すことを考えるよ。
だから、悠も一日中そばについていてくれなくてもいい、薫も誰にも預けない、
ちゃんとやるから、心配しないでくれよな」
安心したように微笑むお常
「あんたがそないに言うんやったら、もう何も言いませんわ」
そこに「ただいまー」と薫をだっこした悠
「や、お義母さん、来てくれはってたんですか」
「あらあら薫ぅ~、どうでちゅ、重うなって」と抱っこした時、
薫が京都のお守りを首から下げているのに気づき、悠に返す
「ま、あんたらの思うようにしたらよろしい。私はもう何にも言いません」と帰り支度をするお常
「もう帰らはるんですか?
せっかく来てくれはったのに、家帰って、一緒にお昼ごはんいただきましょ」
「今日はそんなにゆっくりはしてられません、雄一郎、あんた本気で病気を治しなはれや」
「わかってるよ」
お見送りしようとする悠にドアの前で「ここでよろし」とお常は帰っていった。
「薫を京都に預けてたこと、お義母さんにわかってしまったんですか?」
「まさか。そんなことはないだろう」
「でも。あんなに機嫌の悪いお義母さん、初めて見ました」
「あることないこと、近所の人に聞かされてきたんだろ」
「どんなことですか?」
「お前が酔っぱらって男の人に送ってきてもらったとか」
ちょっと顔色がかわる悠
「俺もお袋もそんなこと、信じちゃいないよ」
とベッドから起き出し「薫、はい、よしよし」と抱っこする雄一郎
「お父ちゃんの顔、忘れなかったか? ん? よしよしよし」
「雄一郎さん、それホンマのことです。その男の人いうのは、智太郎さんです」
あ゛~と薫の声、雄一郎に抱かれてぐずる薫
「やましいことなんか何もありません、けどすぐにお話すべきでした」
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
おばあさん タイヘイ夢路:長屋の、笹原の部屋から出て行かない老婆
母親 森かもめ
女の子 太田彩美
若い女 森下祐己子 :病院の付き添い仲間
春けいこ 病院の付き添い仲間
看護婦 橋野リコ :中之島病院の看護婦(葵の元同僚)
アクタープロ
お常 高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
悠は、智太郎と再会し、お互いのわだかまりがとけたことを、雄一郎にどう
話そうかと考えていました
こめかみを押さえながら、ノックして病室に入る悠「おはようございます」
しかし、雄一郎は点滴を受けて寝ていた
「具合悪うなったんですか?」
「奥さん、この本、お宅に持って帰ってください。
消灯後、明け方まで本を読んでるやなんて、そんなことしてたらお正月でも家へは帰れませんよ。 はい」
と看護婦が分厚い本を悠に渡して出て行った。
額にさわり「熱、出たんですか?」と訊く悠
「いや、運が悪かったんや。朝、便所に行った時、ちょっとふらっとした。
そこへちょうどあの看護婦が通りかかったんだよ」
「朝まで本、読んではったんですか?」
「徹夜したら誰だってふらっとするだろう! 本当のこと言ったら、このザマだ」
「無理をしたらいかんいうことです」
(岩波文庫だ、なんだろうなぁ、ぶあつい)
「お前はどっちの味方だ?」
「病気の時は看護婦さんの味方です」
「じゃぁもう付き添いになんて来るな!」
「そんなに怒らはったら、ホンマに熱が出ますえ」と掛け布団をなおす悠
「その本、もって帰るなよ」
「そんなに面白いんですか?」
「ああ。布団の下に隠しといてくれ」
「雄一郎さん」
「お説教は看護婦だけで充分や! 眠くなった‥」 目をつむる雄一郎
悠は智太郎のことを話す機会をなくしてしまったのです
洗濯物を持って歩く悠の脇を、走り抜ける少女。 その少女が転んでしまう
「だいじょぶか? ちゃんと XXせんと危ないやろ?」
悠を見る少女
‥少女の左腕はない‥(ようだ)
「何をしはるんですか!」 少女の母が悠に怒鳴りながら少女を抱きしめる
「すみません、この子、手が不自由で‥」
「すんませんでした」 謝る悠
長屋で、仮縫いをしながらデザイン等を考える悠
「着物より、ズボンの方が危のうないしな」
「ヒモより、ボタンの方がええんのやろか」
「頭からかぶった方がええんのやろかな」
別の日の病院
「さ、できた」と悠が広げる
「あれ? これ、袖、かたっぽ、半分しかあらへんやん?」
「こんなんあげたら、怒らはるやろか」
「‥」
「あの女の子。いっつも肩袖、ひらひらさしる‥」
「あぁ、なんでもなぁ、空襲の時、生まれたばっかりのあの子が、焼けた柱の下敷きになってな‥。
やっと助け出してんけど、引っ張り出しときに、片手だけ間に合わんかったそうや‥」
「あのかわいい顔見てたら、こんなもんが浮かんできたんや」と悠
(そこにいるわよ っと仲間が教える)
「お嬢ちゃん、ちょっと。こっちおいで」と呼ぶ悠
「これな、お嬢ちゃんのためにつくったんやけど、着てみるか」と話しかける
ちょっと戸惑う少女
「な、着てみて」
「(うん)」と少女
付き添い仲間たちと一緒に、赤・白・黒の大きなチェック柄の着替えさせる悠。
「ぴったりや」
「似合うてる」
嬉しそうに走って行く少女
‥母と一緒にやってきて、くるっと回ってみせる少女
「良かった。気に入ってもろうて」
「ありがとうございます。この子がこんな嬉しそうな顔したの、初めて見ました」
「お礼を言わないかんのは、わたしの方です。私が嬉しいんです」
雄一郎の病室
いろいろな生地を持って入ってくる悠
「どうですか、気分は」
「もともと何ともなかったんや」
「なんや? そのキレは」
「病院中でいろんな人に頼まれてしもうて」
「またお節介に、なんかしたんやろ?」
「ま、そうですね」と体温計を振りながら雄一郎に渡す悠
「女の子に寝巻き作ってあげたら、その女の子が病院中に走りまわって宣伝してしもうたんです
おかげで商売ができそうや」
「ええ加減にしとけよ」
「ひとり引き受けたら、断られへんようになってしもて。
みんなもただでは頼めへんて言わはるし、やっぱり一枚なんぼて決めたほうがええんやろか」
「おいおい。また変なこと考えるなよ」
「内職と同じや。手の空いた人に手伝ってもろうて、せや、そうしよ」
「悠! お前は俺の看病に来てるんやぞ?」
「はい。 あなたのねき(そば)でします。夜は家へ持って帰ってしますし」
「悠、もうガマンするのはやめろ」
「ん?」
「もうずっとそばについていなくていいから、薫を連れて帰って来い。
俺はもう覚悟を決めた、大人しくしてるよ」
「正直に言わはった方がよろしいえ。薫の顔を見たいのは雄一郎さんの方でっしゃろ」
「まあな」
「すぐ行ってきます」
「またお前は! 思いついたらすぐだから」
「いろいろ考えてたんです。
この仕事内職にしたらいつも薫といられるし、食費ぐらいの足しにはなるし、
みんなに喜んでもらえて、何とかなんのんと違うやろかって思うてたんです」
「まあ、薫を預けっぱなしよりはいい。実をいうと、お前がもっと早く迎えにいくと思ってたんだ。
意外にもガマンできるもんやな。
今日は泊まってこいよ、子ども連れで遅うなったら危ないからな」
にっこり「はい」と返事をする悠
竹田市左衛門株式会社(旧:竹田屋)
中庭で、薫と遊ぶ静
「あきまへんえ。(草?を)とったらおじいちゃんに叱られますのんえ」
後ろから「薫」と呼びかける悠、そして抱っこする
「ああ、やっぱりおかあちゃんが一番どすなぁ」と静
(↑ …、ま、そうは見えないんだけどね。子役ちゃんの演技 ^^; )
「桂ねえちゃんは?」
「都と市太郎つれて、六角さんや」
「珍しいことやなぁ」
「悠、よう迎えに来てくれはりましたなぁ。
今日、悠が来てくれへんかったら、私が連れて行こうと思ってたとこどすわ」と
言いながら、縁側に腰を下ろす静
「そんな大変やったんですか?」
「いえー、薫は大人しいいい子どすけど、
都が薫をかわいがって、市太郎が怒ってしまって、薫に当り散らしてな
最初のうちは良かったけど、三人一緒にしたら、誰かが泣いてしまうのや」
「そんなことやったら、早う言ってくれはったらよかったのに」
「うん。そいでもなぁ、あんたもがんばってんのやし、薫もかわいいし」
「な、薫、おばあちゃんにちゃんとお礼言おうな、はい『おおきに』」
「はい」と薫の頭をなでる静
長屋
お常が、雄一郎宅を訪ねて「悠! 悠!」と呼ぶ
向いのおばあさんに「この家のもんは、まだ帰ってきてませんか」と訊くと
「いや、夜遅うには帰ってきてはります。最近、子どもさんは見ませんなぁ」と答える
「そうですか」
「へぇ。
それどころかあんた、亭主が病気だというのに、夜遅うに酒飲んで男の人に送ってもろうてまんねんで
」
「そうですか」と笑顔のお常
「近ごろの若い奥さんは、何を考えてはりますのやろな。別れしなに手を握りおうたりして」
それだけ言うと笹原の部屋に戻っていくおばあさん
病院
ぷりぷり怒りながら、ノックするお常
雄一郎の「どうぞ」の声を聞くか聞かないかのうちに、入ってくる
「雄一郎」
「母さん。遠いから見舞いはいいって言っただろ」
「悠は?」
「ああ、もうすぐ来るよ」
「家には帰ってませんでした」
「ああ、時々遅くなると、お初さんのところに泊めてもらうらしいんだ」
「お正月が近いよってに、薫の晴れ着やあんたのわたぎ 持ってきましたんえ」
「へー、ありがとう」
「言いたないけど、お初さんのところに薫預けんの、あんまり良くないんと違いますか」
「ああ、もうやめるって、悠も言ってた」
「うんうん。よろしけどな、無責任なこと言うお人もいてますよってな」
「なんのことや」
「お初さんに薫預けて、夜男の人に送ってもらって帰ってくるやなんて」
「悠が? 誰がそんなことを言ってるんや」
「ご近所のお人です」
「ウソだよ、そんなこと」
「それは、わかってますけど」
「悠はホントによくやってくれてるよ」
「そうですな」
「母さん、俺、休職願いも出したし、本気で体を治すことを考えるよ。
だから、悠も一日中そばについていてくれなくてもいい、薫も誰にも預けない、
ちゃんとやるから、心配しないでくれよな」
安心したように微笑むお常
「あんたがそないに言うんやったら、もう何も言いませんわ」
そこに「ただいまー」と薫をだっこした悠
「や、お義母さん、来てくれはってたんですか」
「あらあら薫ぅ~、どうでちゅ、重うなって」と抱っこした時、
薫が京都のお守りを首から下げているのに気づき、悠に返す
「ま、あんたらの思うようにしたらよろしい。私はもう何にも言いません」と帰り支度をするお常
「もう帰らはるんですか?
せっかく来てくれはったのに、家帰って、一緒にお昼ごはんいただきましょ」
「今日はそんなにゆっくりはしてられません、雄一郎、あんた本気で病気を治しなはれや」
「わかってるよ」
お見送りしようとする悠にドアの前で「ここでよろし」とお常は帰っていった。
「薫を京都に預けてたこと、お義母さんにわかってしまったんですか?」
「まさか。そんなことはないだろう」
「でも。あんなに機嫌の悪いお義母さん、初めて見ました」
「あることないこと、近所の人に聞かされてきたんだろ」
「どんなことですか?」
「お前が酔っぱらって男の人に送ってきてもらったとか」
ちょっと顔色がかわる悠
「俺もお袋もそんなこと、信じちゃいないよ」
とベッドから起き出し「薫、はい、よしよし」と抱っこする雄一郎
「お父ちゃんの顔、忘れなかったか? ん? よしよしよし」
「雄一郎さん、それホンマのことです。その男の人いうのは、智太郎さんです」
あ゛~と薫の声、雄一郎に抱かれてぐずる薫
「やましいことなんか何もありません、けどすぐにお話すべきでした」
(つづく)