脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
忠七 渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)→部長
義二 大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那(専務)
社長 高桐 真 :接待で智太郎を「水仙」につれてきた高橋コウギョウ社長
お康 未知やすえ:「竹田屋」の奉公人
文子 三沢恵里 :「竹田屋」(竹田市左衛門株式会)社の女事務員
若い女 森下祐己子 :病院の付き添い仲間
中年の女 小林 泉:病院の付き添い仲間
朝比奈潔子:病院の付き添い仲間
アクタープロ
キャストプラン
お初 野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人(社長)、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
水仙に芸者さんたちが入って行く
悠は雄一郎の入院が長引くことを知り、薫を暫くの間京都に預ける決意をしたのです
薫にごはんを食べさせながら話し掛ける悠
「薫、おじいちゃんとおばあちゃんのところ、行くか。ん
お母ちゃんは薫と別れとうないけど、今は我慢せんとあかんのえ
お父ちゃんが元気にならはるまでちょっとの間だけ、辛抱しよな、ん」
お初は、この前智太郎を連れてきた高橋社長に封筒を渡した
「何にも言わんと、これをこの間のお客さんに返しておくれやすか」
「沢木さんと、そのお手伝いの人、わけありかいな」
「いいえー。昔の食堂やってた頃のお客さんですねやわ。あの頃まだ学生さんやったんけども
悠のこと、よう覚えてはったようで‥」
「知らんかったなぁ。ユウワ貿易の沢木さん言うたら、血も涙もないやり手やで!
そんな優しいとこ、あるんかなぁ。
よっしゃ、もう一押しや。
ユウワ貿易の手借りんと、材料輸入することも製品を輸出することもできひんのや、うちの会社は」
「いや、社長さん。悪いんですけどね、わて今はお宅の会社はどうでもよろしいねん。
沢木さんに、悠はこれを受け取れんと言うてた と言うて返してくれと、こない言うてますねん」
「そないなこと言うて、気ぃ悪くさして、ワシと会うてくれはらへんことになったら、どないにしてくれんねん」
「まぁ~! それで取引潰れるようなら、社長の資格おまへんで」
「きっついこと言うてくれるわ。
今度、また必ずつれてくる、その時な、自分で返してくれるか」
「えー」
「沢木さんもオトコや、そんな個人的なこと、商売相手のワシに知られとうないやろが。
それに女将もな、こんな商売やってんねやったら、それぐらいの気ぃ使ってもらわんとな」
「あー、それ言われたら、わても引っ込めんわけにはいかんなぁ」
「へっへっへ」
「けど、これなぁ、いつまでも預かってんのも、困りますねやわ。
なるべく早うお連れしてくれやっしゃ」
「よっしゃよっしゃ、わかった。けどなぁ、なかなか忙しい人でなぁ、
金偏の景気のいい会社、一手に引き受けてはる人やし、なかなかワシのところまでは来てくれしませんねん」
「そこを何とか、社長さんの力でぐっと引っ張ってもらわな」
そこに芸者さんが入って来た( 高橋社長さん、お1人なのに、芸者さんよぶのねぇ )
「ほな社長さん、どうぞごゆっくり」
お初が封筒を渡せないまま、部屋に戻ってくると、薫のお人形のきゅきゅっの音がする
「女将さん、お金、お返ししといてくれはりましたか?」
「ああ」と言いながら、仏壇の引き出しにこっそりしまうお初
「社長さん、お越しになってるんでしょ」
「ああ」
「そんなことしはらへんようにって、よう言っといてくれはりましたか」
「ああ、それはな、また今度社長さんな、お連れするそうやから、
来はったら、わてからまたよう言っておきまっさ」
「女将さん」
「はい」
「うち、薫をちょっとの間だけ京都に預けよう、思ってます」
「え? 何でまた今ごろになって‥」
「うちは当たり前のことしてるだけですけど
子ども抱えて、主人病気で、ほいでうちが働いてたら、よそさんから見たら困ってるように見えるんですね。
せやし、人さんがお金をくれるようなことになるんです」
「悠‥」
「雄一郎さんも半年の休養が必要ですし‥、女将さんにもあんまりご迷惑はおかけできません」
「うちのことやったら、ちっともかまへんのやで」
「おおきに。けど、父や母をかえって心配さしてることもようわかりましたし‥
心を鬼にして預けることにします」
「そうか‥。ま、あんたがそう決めたんなら、しょうがないな。
京都-奈良、会いたい思うたらすぐに会えますがな」
「はい。 けど、この子の顔、二日も見んといられるかどうか、自信ありませんけど」
「食事はウチでしたらええし。洗い場の方はそのまま続けてやってくれるんやろうな」
「はい」
「薫ちゃーん」と抱っこするお初
「ちょっとさみしいけど辛抱するんやで、ええかー。
しばらくここにいただけで、なんや別れが辛いなあ。
お母ちゃん、よう決心したな、がんばれよ~」
病院の雄一郎は眠れぬ夜を過ごしていた‥
京都の「竹田市左衛門株式会社」に薫を連れて来た悠
「いらっしゃいませ」と事務服を着た女性店員に声をかけられる
「どんな御用でしょうか‥」
「はぁ」と悠
そこに「悠お嬢さ~ん」と忠七登場
「忠七どーん!」
「お久しぶりですー。社長も朝からお待ちかねです」
「社長って、お父ちゃんのこと?」
「ええ」
「なんや、えら変わってしもうたんやなぁ」
「悠お嬢さん!」とお康も奥から走ってきた
「お康どん。なんや、あんただけは昔のままやな」
「へえ。うちは洋服なんかでよう働けやしません。みんな奥で待ってますえ。さあさ」と
悠の荷物を受け取るお康
「どうぞごゆっくり」頭を下げる忠七
「あれが部長の永遠の恋人ですかー」と、新人店員
「なんや、想像してたんとだいぶ違うわー」
「お康のヤツ、またいらんこと言うたなっ」
「それでも部長が結婚しはらへんのは、あの人のためでっしゃろ? な、部長、そうでっしゃろ?」
「うるさい‥、早う仕事しなさい」
「はーい」
「やぁ、薫ちゃんや」と静が薫を早速抱っこする。
「まあ、来た来た。また重うなりましたなぁ」
「よう決心したなぁ」と桂がお茶を淹れる
「うん。お父ちゃんは?」
「朝から遅い遅い言うて、そわそわしてはったんやけどな、何や銀行が閉まってしまうと言って
しょうことなすに行かはったんや」
「雄一郎さんの具合、どうどす?」
「おおきに。休職届けを出したら、気が楽にならはったんか元気そうに見えます」
「それは何よりだす。 でもまぁ、よう薫を預かること、承知してくれはりましたな」
「仕事諦めはったときから、何も言わはらしません。
奈良にも薫連れて、時々行きますし」
「(うん)大変やろけど向こうのお母さんにも悪おすしな」
「ただいまー」と帰宅した市左衛門は、まっさきに薫に
「来たか来たか薫~、おじいちゃんとこにおいーで~」とジジバカぶりを発揮
「‥ね、ねむいのか、もう」
「そんなおっきな声を出したらびっくりしますがな」
「それはえらい、悪おしたな」
「お父ちゃん、この間はおおきに。わざわざ雄一郎さんに手紙書いてくれはって」
「いや、わしゃ、雄一郎さんに会うていろいろ話ししたかったんやけどな、
お母さん、わしが行ったら余計悪うなる っちゅうもんやさかい」
「いいえー、雄一郎さんにとっては、あんたのお言いやすことは何でも聞かんなりまへんし
押し付けがましうなってもいかん言うただけどす」
「同じこっちゃがな。ワシのかわりに自分が行こう思うて。
お母さんが行ったら、また一日向こうにおって、帰ってきませんしな、困ります」
「毎日こうや‥。聞いてる方が嫌になってしまうえ」と桂
「こんなことなら薫ちゃん預かる方が、まだましやと思うやろ」
「堪忍え」
「さぁさぁさぁ、薫ちゃん」と、お康が都と市太郎を連れてきた
「薫ちゃん」と呼ぶ都、ぴょんぴょん飛び跳ねる市太郎
「薫ちゃん、一緒に遊んであげてや。あんた一番お姉ちゃんやし。
今日から妹のつもりであんじょうしてあげんのんえ」
「はーい」
「都ちゃん、よろしゅうに頼むえ」と悠
「はーい」
「おおきに」
「お康どん、危ないし、連れてってな」
「はい、わかりました」
お康は薫をだっこして別室に連れて行った
「お父ちゃん、雄一郎さん、お父ちゃんの手紙でやっと半年休養する決心してくれはったんです」
「やっぱり手紙の方がよろしおしたなぁ」
「何でもあんたさんの言うことが正しおす!」
顔を見合わせる桂と悠 「もう‥お父ちゃん言うたら」と笑い出す桂
「あ、社長!」といきなり義二が入って来た
「銀行の方、どうどした」
「ちゃんと貸してくれます!」
「そんなことは私にすぐに報告してくれな、困りますやん」
「ワシが行ってうまいこといかんわけおへんやろ! そんなこといちいち報告せんでもよろし」
「そうどすか。ま、ここ2~3ヶ月のうちの業績見てもろたら、銀行はなんぼでも貸してくれますわな。
私が行ってもよろしかったのに。悠さんが来てはることどすし」
「ワシを信用して貸してくれたんどす」市左衛門はぷいっと立ち上がってしまった
「‥ はぁ ‥」ため息をつく義二
「お義兄さん、薫のことよろしゅうお願いします。ご迷惑でしょうけど、ちょっとの間、お願いします」
「ええ、子どものことは桂に任せてありますし。
私も最近は自分の子どもの寝顔を見るぐらいですさかい
桂がええと言うたらええのとちゃいますか、じゃ、ちょっと!」と出て行ってしまう義二
「‥‥ いつまで、ああやって張り合うてはったら気ぃがすむんや、ふう」と桂
「桂ねえちゃんも大変なんやなぁ」
「店で我慢してはる分、うちに当たらはるし、いつでも義二さんの味方やーいう顔してな、ならんし
女事務員来はったんやけどな、こんなことやったらうちが店に出た方が楽や思うことあるえ」
「こら桂。そんなこと言うたらまた悠が心配しますやろ
女主人は奥内を守ってたらよろしいのえ」
「(うんうん)」
「忙しい時に悪いけど、頼みます」
「いやー、もう行ってしまうのどすか」
「雄一郎さん、さびしがらはるし。薫の顔見てたら辛うなるし、遊んでいるうちに帰ります」
「薫のことは心配せんでもええさかい、しっかり看病してあげますのやで」
「はい」
中之島病院‥
悠が病室へ向かうと、裁縫仲間の女性たちが雄一郎の寝巻きを手にとって、縫い方を見ている。
「その寝巻き、雄一郎さんの‥」
「吉野さん、今日はえらい遅かったなぁ」
「吉野さん遅かったし、ご主人に寝巻き見せてください言うたら、脱いでくれはったんです」
「主人は」
「お客さん来て、一緒に出ていかはりました」
「えーっ」
慌ててさがしに出る悠、しかし雄一郎は中庭にいた
「雄一郎さん。もう‥心配させんといてください」
「坂井が見舞いに来てくれて、送って出ただけだよ」
「こんな寒いのに風邪でもひかはったらどうするんですか」
「久しぶりに外の空気を吸うたら気持ちがいい」
「ちょっと目話したらすぐこれやもん‥」
「心配するな。お前の言うとおりにするって約束したやろ?」
「‥ 」
「おいおい、俺が素直になったのがそんなに嬉しいのか?」
「いいえ、薫の顔思い出したら、何や涙出てきてしまって‥」
「先が思いやられるね」
「大丈夫。我慢します」
悠の肩に手を置く雄一郎
( 病院じゃなかったら、抱きしめていそうだわね )
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰したが入院中
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
忠七 渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)→部長
義二 大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那(専務)
社長 高桐 真 :接待で智太郎を「水仙」につれてきた高橋コウギョウ社長
お康 未知やすえ:「竹田屋」の奉公人
文子 三沢恵里 :「竹田屋」(竹田市左衛門株式会)社の女事務員
若い女 森下祐己子 :病院の付き添い仲間
中年の女 小林 泉:病院の付き添い仲間
朝比奈潔子:病院の付き添い仲間
アクタープロ
キャストプラン
お初 野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人(社長)、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
水仙に芸者さんたちが入って行く
悠は雄一郎の入院が長引くことを知り、薫を暫くの間京都に預ける決意をしたのです
薫にごはんを食べさせながら話し掛ける悠
「薫、おじいちゃんとおばあちゃんのところ、行くか。ん
お母ちゃんは薫と別れとうないけど、今は我慢せんとあかんのえ
お父ちゃんが元気にならはるまでちょっとの間だけ、辛抱しよな、ん」
お初は、この前智太郎を連れてきた高橋社長に封筒を渡した
「何にも言わんと、これをこの間のお客さんに返しておくれやすか」
「沢木さんと、そのお手伝いの人、わけありかいな」
「いいえー。昔の食堂やってた頃のお客さんですねやわ。あの頃まだ学生さんやったんけども
悠のこと、よう覚えてはったようで‥」
「知らんかったなぁ。ユウワ貿易の沢木さん言うたら、血も涙もないやり手やで!
そんな優しいとこ、あるんかなぁ。
よっしゃ、もう一押しや。
ユウワ貿易の手借りんと、材料輸入することも製品を輸出することもできひんのや、うちの会社は」
「いや、社長さん。悪いんですけどね、わて今はお宅の会社はどうでもよろしいねん。
沢木さんに、悠はこれを受け取れんと言うてた と言うて返してくれと、こない言うてますねん」
「そないなこと言うて、気ぃ悪くさして、ワシと会うてくれはらへんことになったら、どないにしてくれんねん」
「まぁ~! それで取引潰れるようなら、社長の資格おまへんで」
「きっついこと言うてくれるわ。
今度、また必ずつれてくる、その時な、自分で返してくれるか」
「えー」
「沢木さんもオトコや、そんな個人的なこと、商売相手のワシに知られとうないやろが。
それに女将もな、こんな商売やってんねやったら、それぐらいの気ぃ使ってもらわんとな」
「あー、それ言われたら、わても引っ込めんわけにはいかんなぁ」
「へっへっへ」
「けど、これなぁ、いつまでも預かってんのも、困りますねやわ。
なるべく早うお連れしてくれやっしゃ」
「よっしゃよっしゃ、わかった。けどなぁ、なかなか忙しい人でなぁ、
金偏の景気のいい会社、一手に引き受けてはる人やし、なかなかワシのところまでは来てくれしませんねん」
「そこを何とか、社長さんの力でぐっと引っ張ってもらわな」
そこに芸者さんが入って来た( 高橋社長さん、お1人なのに、芸者さんよぶのねぇ )
「ほな社長さん、どうぞごゆっくり」
お初が封筒を渡せないまま、部屋に戻ってくると、薫のお人形のきゅきゅっの音がする
「女将さん、お金、お返ししといてくれはりましたか?」
「ああ」と言いながら、仏壇の引き出しにこっそりしまうお初
「社長さん、お越しになってるんでしょ」
「ああ」
「そんなことしはらへんようにって、よう言っといてくれはりましたか」
「ああ、それはな、また今度社長さんな、お連れするそうやから、
来はったら、わてからまたよう言っておきまっさ」
「女将さん」
「はい」
「うち、薫をちょっとの間だけ京都に預けよう、思ってます」
「え? 何でまた今ごろになって‥」
「うちは当たり前のことしてるだけですけど
子ども抱えて、主人病気で、ほいでうちが働いてたら、よそさんから見たら困ってるように見えるんですね。
せやし、人さんがお金をくれるようなことになるんです」
「悠‥」
「雄一郎さんも半年の休養が必要ですし‥、女将さんにもあんまりご迷惑はおかけできません」
「うちのことやったら、ちっともかまへんのやで」
「おおきに。けど、父や母をかえって心配さしてることもようわかりましたし‥
心を鬼にして預けることにします」
「そうか‥。ま、あんたがそう決めたんなら、しょうがないな。
京都-奈良、会いたい思うたらすぐに会えますがな」
「はい。 けど、この子の顔、二日も見んといられるかどうか、自信ありませんけど」
「食事はウチでしたらええし。洗い場の方はそのまま続けてやってくれるんやろうな」
「はい」
「薫ちゃーん」と抱っこするお初
「ちょっとさみしいけど辛抱するんやで、ええかー。
しばらくここにいただけで、なんや別れが辛いなあ。
お母ちゃん、よう決心したな、がんばれよ~」
病院の雄一郎は眠れぬ夜を過ごしていた‥
京都の「竹田市左衛門株式会社」に薫を連れて来た悠
「いらっしゃいませ」と事務服を着た女性店員に声をかけられる
「どんな御用でしょうか‥」
「はぁ」と悠
そこに「悠お嬢さ~ん」と忠七登場
「忠七どーん!」
「お久しぶりですー。社長も朝からお待ちかねです」
「社長って、お父ちゃんのこと?」
「ええ」
「なんや、えら変わってしもうたんやなぁ」
「悠お嬢さん!」とお康も奥から走ってきた
「お康どん。なんや、あんただけは昔のままやな」
「へえ。うちは洋服なんかでよう働けやしません。みんな奥で待ってますえ。さあさ」と
悠の荷物を受け取るお康
「どうぞごゆっくり」頭を下げる忠七
「あれが部長の永遠の恋人ですかー」と、新人店員
「なんや、想像してたんとだいぶ違うわー」
「お康のヤツ、またいらんこと言うたなっ」
「それでも部長が結婚しはらへんのは、あの人のためでっしゃろ? な、部長、そうでっしゃろ?」
「うるさい‥、早う仕事しなさい」
「はーい」
「やぁ、薫ちゃんや」と静が薫を早速抱っこする。
「まあ、来た来た。また重うなりましたなぁ」
「よう決心したなぁ」と桂がお茶を淹れる
「うん。お父ちゃんは?」
「朝から遅い遅い言うて、そわそわしてはったんやけどな、何や銀行が閉まってしまうと言って
しょうことなすに行かはったんや」
「雄一郎さんの具合、どうどす?」
「おおきに。休職届けを出したら、気が楽にならはったんか元気そうに見えます」
「それは何よりだす。 でもまぁ、よう薫を預かること、承知してくれはりましたな」
「仕事諦めはったときから、何も言わはらしません。
奈良にも薫連れて、時々行きますし」
「(うん)大変やろけど向こうのお母さんにも悪おすしな」
「ただいまー」と帰宅した市左衛門は、まっさきに薫に
「来たか来たか薫~、おじいちゃんとこにおいーで~」とジジバカぶりを発揮
「‥ね、ねむいのか、もう」
「そんなおっきな声を出したらびっくりしますがな」
「それはえらい、悪おしたな」
「お父ちゃん、この間はおおきに。わざわざ雄一郎さんに手紙書いてくれはって」
「いや、わしゃ、雄一郎さんに会うていろいろ話ししたかったんやけどな、
お母さん、わしが行ったら余計悪うなる っちゅうもんやさかい」
「いいえー、雄一郎さんにとっては、あんたのお言いやすことは何でも聞かんなりまへんし
押し付けがましうなってもいかん言うただけどす」
「同じこっちゃがな。ワシのかわりに自分が行こう思うて。
お母さんが行ったら、また一日向こうにおって、帰ってきませんしな、困ります」
「毎日こうや‥。聞いてる方が嫌になってしまうえ」と桂
「こんなことなら薫ちゃん預かる方が、まだましやと思うやろ」
「堪忍え」
「さぁさぁさぁ、薫ちゃん」と、お康が都と市太郎を連れてきた
「薫ちゃん」と呼ぶ都、ぴょんぴょん飛び跳ねる市太郎
「薫ちゃん、一緒に遊んであげてや。あんた一番お姉ちゃんやし。
今日から妹のつもりであんじょうしてあげんのんえ」
「はーい」
「都ちゃん、よろしゅうに頼むえ」と悠
「はーい」
「おおきに」
「お康どん、危ないし、連れてってな」
「はい、わかりました」
お康は薫をだっこして別室に連れて行った
「お父ちゃん、雄一郎さん、お父ちゃんの手紙でやっと半年休養する決心してくれはったんです」
「やっぱり手紙の方がよろしおしたなぁ」
「何でもあんたさんの言うことが正しおす!」
顔を見合わせる桂と悠 「もう‥お父ちゃん言うたら」と笑い出す桂
「あ、社長!」といきなり義二が入って来た
「銀行の方、どうどした」
「ちゃんと貸してくれます!」
「そんなことは私にすぐに報告してくれな、困りますやん」
「ワシが行ってうまいこといかんわけおへんやろ! そんなこといちいち報告せんでもよろし」
「そうどすか。ま、ここ2~3ヶ月のうちの業績見てもろたら、銀行はなんぼでも貸してくれますわな。
私が行ってもよろしかったのに。悠さんが来てはることどすし」
「ワシを信用して貸してくれたんどす」市左衛門はぷいっと立ち上がってしまった
「‥ はぁ ‥」ため息をつく義二
「お義兄さん、薫のことよろしゅうお願いします。ご迷惑でしょうけど、ちょっとの間、お願いします」
「ええ、子どものことは桂に任せてありますし。
私も最近は自分の子どもの寝顔を見るぐらいですさかい
桂がええと言うたらええのとちゃいますか、じゃ、ちょっと!」と出て行ってしまう義二
「‥‥ いつまで、ああやって張り合うてはったら気ぃがすむんや、ふう」と桂
「桂ねえちゃんも大変なんやなぁ」
「店で我慢してはる分、うちに当たらはるし、いつでも義二さんの味方やーいう顔してな、ならんし
女事務員来はったんやけどな、こんなことやったらうちが店に出た方が楽や思うことあるえ」
「こら桂。そんなこと言うたらまた悠が心配しますやろ
女主人は奥内を守ってたらよろしいのえ」
「(うんうん)」
「忙しい時に悪いけど、頼みます」
「いやー、もう行ってしまうのどすか」
「雄一郎さん、さびしがらはるし。薫の顔見てたら辛うなるし、遊んでいるうちに帰ります」
「薫のことは心配せんでもええさかい、しっかり看病してあげますのやで」
「はい」
中之島病院‥
悠が病室へ向かうと、裁縫仲間の女性たちが雄一郎の寝巻きを手にとって、縫い方を見ている。
「その寝巻き、雄一郎さんの‥」
「吉野さん、今日はえらい遅かったなぁ」
「吉野さん遅かったし、ご主人に寝巻き見せてください言うたら、脱いでくれはったんです」
「主人は」
「お客さん来て、一緒に出ていかはりました」
「えーっ」
慌ててさがしに出る悠、しかし雄一郎は中庭にいた
「雄一郎さん。もう‥心配させんといてください」
「坂井が見舞いに来てくれて、送って出ただけだよ」
「こんな寒いのに風邪でもひかはったらどうするんですか」
「久しぶりに外の空気を吸うたら気持ちがいい」
「ちょっと目話したらすぐこれやもん‥」
「心配するな。お前の言うとおりにするって約束したやろ?」
「‥ 」
「おいおい、俺が素直になったのがそんなに嬉しいのか?」
「いいえ、薫の顔思い出したら、何や涙出てきてしまって‥」
「先が思いやられるね」
「大丈夫。我慢します」
悠の肩に手を置く雄一郎
( 病院じゃなかったら、抱きしめていそうだわね )
(つづく)