脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰
葵 松原千明 :竹田家の長女
(バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
医長 楠 年明 中之島病院の内科医長
看護婦 橋野リコ:中之島病院の看護婦(葵の元同僚) 前回は11月24日(48回)
薫 大塚麗衣 :【子役】雄一郎・悠の長女(赤ちゃん)
アクタープロ
お初 野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
着替えさせて布団に寝かせる悠、そして葵
出張から帰った雄一郎のあまりの疲労ぶりに葵も言葉がありません。
黙って雄一郎の世話をする悠の心配もわかるような気がしたのです
「なんか、欲しいもんありますか」
「いや、しばらく眠らしてくれ‥‥」
「はい‥」
葵は心配そうに悠と雄一郎を見るだけだった‥
「普通やないなぁ」
「せやろ? しばらく休んではったら良うならはるみたいなんやけど。
このところずっとこんなことが続いてんねや‥」
「あの内科医長、まだあの病院にいる言うてはったなぁ」葵がつぶやく
悠は水で絞ったタオルを雄一郎の額にのせた
「あのだるそうな感じはただの夏まけやなさそうやな」
「えー?」
「いっぺん病院に行って、ちゃんと調べてもろた方がええわ。うちも一緒に行ってあげるし」
「おおきに‥ けどなぁ。簡単には病院に行ってくれはらへんのや」
「ああ。それはうちに任せといて。とにかく病院に行って、診察してくれはるように頼んでみるし。な」
そう言い、葵は靴をはいた。「おおきに」と言う悠に、葵は微笑んで出て行った。
悠は薫をおんぶして「泣いたらあかんえ、お父ちゃんゆっくり休ましてあげようなぁ」と小さく話し掛けた
「お父ちゃんになんかおいしいもん食べてもらおうか。な。ええ子やなぁ薫は‥」
お財布を見た悠は、ぱちんと閉じて、毎朝新聞とある封筒の残金を確かめた
「お給料日まで、あと1週間か‥」
悠は、和箪笥から畳紙の着物を出した。
雄一郎の水タオルをかえてから、悠はその着物を持って外に出た。
ひまわりの咲く道をアイスキャンデー屋が自転車を押して通った。
卓袱台にお刺身を並べた悠は「着物で千円も貸してもらえるなんて質屋さんて便利やなぁ」と笑った
雄一郎が起き上がってきた
「雄一郎さん」
「また、大きなったようやな」と薫を見て言う雄一郎
「寝てんとあきません」
「薫の顔見たら疲れもふっとぶ。にこっ 鯛やないか!
こんなもん買う金、よう残ってたな、給料日前やのに」
「私はやりくりが上手なんです。食べはります?」
「うん。食べるぞ」
「ほな、すぐに支度します」
そこに葵が「あのな!」と入ってくる
「雄一郎さん‥」 葵は悠の顔をちらっと見ると、ずんずんと入って来て雄一郎に言った
「あの、すぐに支度してください。」
「え?」
「雄一郎さん? うちの見たところでは黄疸やと思います。
うちはずうっと看護婦してたんです。一目見たら肝臓の悪いことぐらいわかります。
すぐ入院せんと、ほっといたら死んでしまいます」
「お姉ちゃん、それホンマか?」
「ウチは雄一郎さんの様子を見て、ぴーんときたんです。 肝臓いうのはこわいんです。
前にも夏負けや夏負けや思うてはるうちに、秋になってもようならんと
冬に死んでしまった患者はんもいはるんです」
「そんな! 驚かさんといて」
「肝臓やったら、食事にも気ぃつけんとあきません。今無理しはったら取り返しのつかへんことになるんです」
「あはっ。心配してくれるのは嬉しいですが、もう大丈夫です。
悠、お姉さんに余計なことを頼むのはやめなさい」
「いいえ、うちは」
「悠は入院なんかさせとうないって言うてるんです。
大事な仕事してはるのに、水さすようなことしとうない言うて‥。な、悠」そして悠に目配せをした
「はい!
今入院してる暇なんてない言うて断ったんですけど‥
勝手に病院行ってしまわはったんです」
「雄一郎さんの新聞記事、立派やと思いました。病気で倒れてしまはったら、誰があんなこと言えるんですか。
これからもどんどんホンマのこと言うてもらわんと困ります。
それには体が丈夫やないとあきません。
雄一郎さん、ここはうちの顔を立てて、病院に行くだけ行ってください。
表にリンタクも待たせてあるんです」
「‥‥そんな急に言われても、困るわ‥、なぁ雄一郎さん?」
「当たり前や。二~三日のうちに大事な原稿まとめんといかんのや」
「そうですか。ほなら京都の母や奈良のお母さんに言います。
雄一郎さんが病気やいうのに、悠は病院に連れて行くこともせえへんって」
「そんなことしたら大騒動や」
「雄一郎さん、悠やうちに恥かかせとうなかったら、病院に行って下さい」
「ふっ。脅迫やな」
「‥‥」
「ようし。仕事を持って行ってもいいんなら、行きましょう」
「おおきに」と葵
着替えに奥の部屋に行く雄一郎
「葵姉ちゃん、おおきに」
「しんどかった」
ごめん と手を合わせる悠
「やっぱりな、病と借金は人に言わなあかんって言いましたやろ?」お初が来ていた。
「こういうときやっぱり頼りになるのは身内でっせ」
「うふふ」と笑う三人
「ありがとうございます」
「けどまぁ、悠の勘の悪いのにはあきれてしもうたわ。
人が一生懸命芝居してんのに、本気で心配すんのやもん」
「けど、葵ねえちゃんみたいに、上手にできひんもん」
「打ち合わせしよう思うてんけどな、雄一郎さん起きてはったやないか。
そんな時間なかってんもん」
「けどまぁ、大人しゅう入院してくれてホンマ良かった‥」
「けど、仕事山ほど抱えて行かはったんです。ウチが付いてますと言うのに帰れと本気で怒らはって
きっと仕事しはるつもりです」
「大丈夫です。病院はな、9時で消灯や」
「はっはっは! ほいで先生はどない言うてはりますのや?」
「まだこれから検査せんとならんのどすけどね、2~3日内には結果が出ると思います」
「ふん」
「ただ、普通の過労やないいうことだけは確かみたいや」
「まぁ、今は、よう養生するのが一番や。な。せいぜい美味しいもん作って持ってってあげなはれ」
「けど、肝臓は食べるもんに気ぃつけんとあかんのです。なぁ、お姉ちゃん」
「肝臓悪いの?」と葵に聞くお初
「うち、そんなこと言うたか?」
「え? あれもお芝居やったん?」
「あんたなぁ、なんぼ看護婦や言うても人の顔色見ただけで肝臓が悪いなんてわかるもんとちがうのんえー」
「ほな、黄疸は?」
「黄疸が出たときは、もうあかん時やん」
「あかーん」とお初
「んもう。やっぱり葵姉ちゃんは女優さんやわ」
「そうや、女優さんや、さすがやでー」
「開きなおったら何でもできるもんです」
「そういうこっちゃ。男と世の中に気ぃ使わへんかったら怖いもんなしや。
さあさあ、お祝い!入院のお祝いでっせ」とお初は妙な理屈をつけて、持ってきたお重を出した。
「うちの店の残りもんやけど、ちょっと中味見てちょうだい。ええもん入ってまっせ」
「いや~、美味しそう」
「お酒は、さらっ品です~」
「いきましょ!」と調子づく葵
「退院祝いはきいたことあるけど‥」と悠
「よろしいて、病院にさえ入ってくれたらもう治ったことも同じこっちゃがな。なぁ」とお初
病院では夜、雄一郎は大部屋のベッドで原稿を書いていた。
悠は、医師に結果を聞いていたが‥
「この3日間、いろいろと検査をしてみたんですがね。どこが悪いともはっきり言えないんですよ。
ただね、白血球の数が標準の人の三倍以上ありましてね」
「‥?」
「体のどこかに異常があることは確かですね」
「‥‥ 先生、どこが悪いかわからへんのでしょうか」
「とりあえず、もう2~3日、様子を見ましょう」
「はい。よろしゅうお願いします」
病室に行ってみると、雄一郎は着替えていた
「雄一郎さん!」つい大声を出す悠
「薫は?」
「女将さんに預かってもろてますけど‥」
「ちょっと抜け出してもいいだろ」とこそっと言う雄一郎
「えー?」
枕の上にある原稿を見つけて、悠は「あんた!」とまた大声を出す
「入院さしてくれたおかげでゆっくりと心いくまで書けたよ‥」と、
その原稿を悠に見せる
「ずっと書いてはったんですか?」
「今朝、書きあがった。 すっきりした気分だ。もう退院してもいいんじゃないかな」
「うち、本気で怒ります」
「長い間胸の中につかえていたものを吐き出した感じだ。
先生だって、どこも悪くないって言っただろ?」
「いいえ。全部悪いらしい 言うてはりました」
「もうその手には乗らないよ」
「え?」
「葵さんやお前が一生懸命芝居してるのを見て、悪いと思って入院したが、おかげでいい仕事ができた」
「‥ はぁ。葵姉ちゃんもたいした女優さんにはなれへんと思うわ‥」
「ま、そういうことだ」と雄一郎は言って荷造りをし始めたが
悠は「あきまへん」とカバンを取り返す‥
仕事の事しか頭にない雄一郎を悠は、もう引き止めることはできませんでした。
しかし雄一郎の体のどこかに異常があるという医者の言葉は忘れてはいませんでした
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女。
雄一郎 村上弘明 :悠の夫。「吉野屋」の息子。毎朝新聞の記者に復帰
葵 松原千明 :竹田家の長女
(バツイチ後、看護婦・ジャズシンガー・代議士の後援会と転職し、新劇女優)
医長 楠 年明 中之島病院の内科医長
看護婦 橋野リコ:中之島病院の看護婦(葵の元同僚) 前回は11月24日(48回)
薫 大塚麗衣 :【子役】雄一郎・悠の長女(赤ちゃん)
アクタープロ
お初 野川由美子:「水仙」の女将。かつて「おたふく」の女将で悠を預かっていた
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
着替えさせて布団に寝かせる悠、そして葵
出張から帰った雄一郎のあまりの疲労ぶりに葵も言葉がありません。
黙って雄一郎の世話をする悠の心配もわかるような気がしたのです
「なんか、欲しいもんありますか」
「いや、しばらく眠らしてくれ‥‥」
「はい‥」
葵は心配そうに悠と雄一郎を見るだけだった‥
「普通やないなぁ」
「せやろ? しばらく休んではったら良うならはるみたいなんやけど。
このところずっとこんなことが続いてんねや‥」
「あの内科医長、まだあの病院にいる言うてはったなぁ」葵がつぶやく
悠は水で絞ったタオルを雄一郎の額にのせた
「あのだるそうな感じはただの夏まけやなさそうやな」
「えー?」
「いっぺん病院に行って、ちゃんと調べてもろた方がええわ。うちも一緒に行ってあげるし」
「おおきに‥ けどなぁ。簡単には病院に行ってくれはらへんのや」
「ああ。それはうちに任せといて。とにかく病院に行って、診察してくれはるように頼んでみるし。な」
そう言い、葵は靴をはいた。「おおきに」と言う悠に、葵は微笑んで出て行った。
悠は薫をおんぶして「泣いたらあかんえ、お父ちゃんゆっくり休ましてあげようなぁ」と小さく話し掛けた
「お父ちゃんになんかおいしいもん食べてもらおうか。な。ええ子やなぁ薫は‥」
お財布を見た悠は、ぱちんと閉じて、毎朝新聞とある封筒の残金を確かめた
「お給料日まで、あと1週間か‥」
悠は、和箪笥から畳紙の着物を出した。
雄一郎の水タオルをかえてから、悠はその着物を持って外に出た。
ひまわりの咲く道をアイスキャンデー屋が自転車を押して通った。
卓袱台にお刺身を並べた悠は「着物で千円も貸してもらえるなんて質屋さんて便利やなぁ」と笑った
雄一郎が起き上がってきた
「雄一郎さん」
「また、大きなったようやな」と薫を見て言う雄一郎
「寝てんとあきません」
「薫の顔見たら疲れもふっとぶ。にこっ 鯛やないか!
こんなもん買う金、よう残ってたな、給料日前やのに」
「私はやりくりが上手なんです。食べはります?」
「うん。食べるぞ」
「ほな、すぐに支度します」
そこに葵が「あのな!」と入ってくる
「雄一郎さん‥」 葵は悠の顔をちらっと見ると、ずんずんと入って来て雄一郎に言った
「あの、すぐに支度してください。」
「え?」
「雄一郎さん? うちの見たところでは黄疸やと思います。
うちはずうっと看護婦してたんです。一目見たら肝臓の悪いことぐらいわかります。
すぐ入院せんと、ほっといたら死んでしまいます」
「お姉ちゃん、それホンマか?」
「ウチは雄一郎さんの様子を見て、ぴーんときたんです。 肝臓いうのはこわいんです。
前にも夏負けや夏負けや思うてはるうちに、秋になってもようならんと
冬に死んでしまった患者はんもいはるんです」
「そんな! 驚かさんといて」
「肝臓やったら、食事にも気ぃつけんとあきません。今無理しはったら取り返しのつかへんことになるんです」
「あはっ。心配してくれるのは嬉しいですが、もう大丈夫です。
悠、お姉さんに余計なことを頼むのはやめなさい」
「いいえ、うちは」
「悠は入院なんかさせとうないって言うてるんです。
大事な仕事してはるのに、水さすようなことしとうない言うて‥。な、悠」そして悠に目配せをした
「はい!
今入院してる暇なんてない言うて断ったんですけど‥
勝手に病院行ってしまわはったんです」
「雄一郎さんの新聞記事、立派やと思いました。病気で倒れてしまはったら、誰があんなこと言えるんですか。
これからもどんどんホンマのこと言うてもらわんと困ります。
それには体が丈夫やないとあきません。
雄一郎さん、ここはうちの顔を立てて、病院に行くだけ行ってください。
表にリンタクも待たせてあるんです」
「‥‥そんな急に言われても、困るわ‥、なぁ雄一郎さん?」
「当たり前や。二~三日のうちに大事な原稿まとめんといかんのや」
「そうですか。ほなら京都の母や奈良のお母さんに言います。
雄一郎さんが病気やいうのに、悠は病院に連れて行くこともせえへんって」
「そんなことしたら大騒動や」
「雄一郎さん、悠やうちに恥かかせとうなかったら、病院に行って下さい」
「ふっ。脅迫やな」
「‥‥」
「ようし。仕事を持って行ってもいいんなら、行きましょう」
「おおきに」と葵
着替えに奥の部屋に行く雄一郎
「葵姉ちゃん、おおきに」
「しんどかった」
ごめん と手を合わせる悠
「やっぱりな、病と借金は人に言わなあかんって言いましたやろ?」お初が来ていた。
「こういうときやっぱり頼りになるのは身内でっせ」
「うふふ」と笑う三人
「ありがとうございます」
「けどまぁ、悠の勘の悪いのにはあきれてしもうたわ。
人が一生懸命芝居してんのに、本気で心配すんのやもん」
「けど、葵ねえちゃんみたいに、上手にできひんもん」
「打ち合わせしよう思うてんけどな、雄一郎さん起きてはったやないか。
そんな時間なかってんもん」
「けどまぁ、大人しゅう入院してくれてホンマ良かった‥」
「けど、仕事山ほど抱えて行かはったんです。ウチが付いてますと言うのに帰れと本気で怒らはって
きっと仕事しはるつもりです」
「大丈夫です。病院はな、9時で消灯や」
「はっはっは! ほいで先生はどない言うてはりますのや?」
「まだこれから検査せんとならんのどすけどね、2~3日内には結果が出ると思います」
「ふん」
「ただ、普通の過労やないいうことだけは確かみたいや」
「まぁ、今は、よう養生するのが一番や。な。せいぜい美味しいもん作って持ってってあげなはれ」
「けど、肝臓は食べるもんに気ぃつけんとあかんのです。なぁ、お姉ちゃん」
「肝臓悪いの?」と葵に聞くお初
「うち、そんなこと言うたか?」
「え? あれもお芝居やったん?」
「あんたなぁ、なんぼ看護婦や言うても人の顔色見ただけで肝臓が悪いなんてわかるもんとちがうのんえー」
「ほな、黄疸は?」
「黄疸が出たときは、もうあかん時やん」
「あかーん」とお初
「んもう。やっぱり葵姉ちゃんは女優さんやわ」
「そうや、女優さんや、さすがやでー」
「開きなおったら何でもできるもんです」
「そういうこっちゃ。男と世の中に気ぃ使わへんかったら怖いもんなしや。
さあさあ、お祝い!入院のお祝いでっせ」とお初は妙な理屈をつけて、持ってきたお重を出した。
「うちの店の残りもんやけど、ちょっと中味見てちょうだい。ええもん入ってまっせ」
「いや~、美味しそう」
「お酒は、さらっ品です~」
「いきましょ!」と調子づく葵
「退院祝いはきいたことあるけど‥」と悠
「よろしいて、病院にさえ入ってくれたらもう治ったことも同じこっちゃがな。なぁ」とお初
病院では夜、雄一郎は大部屋のベッドで原稿を書いていた。
悠は、医師に結果を聞いていたが‥
「この3日間、いろいろと検査をしてみたんですがね。どこが悪いともはっきり言えないんですよ。
ただね、白血球の数が標準の人の三倍以上ありましてね」
「‥?」
「体のどこかに異常があることは確かですね」
「‥‥ 先生、どこが悪いかわからへんのでしょうか」
「とりあえず、もう2~3日、様子を見ましょう」
「はい。よろしゅうお願いします」
病室に行ってみると、雄一郎は着替えていた
「雄一郎さん!」つい大声を出す悠
「薫は?」
「女将さんに預かってもろてますけど‥」
「ちょっと抜け出してもいいだろ」とこそっと言う雄一郎
「えー?」
枕の上にある原稿を見つけて、悠は「あんた!」とまた大声を出す
「入院さしてくれたおかげでゆっくりと心いくまで書けたよ‥」と、
その原稿を悠に見せる
「ずっと書いてはったんですか?」
「今朝、書きあがった。 すっきりした気分だ。もう退院してもいいんじゃないかな」
「うち、本気で怒ります」
「長い間胸の中につかえていたものを吐き出した感じだ。
先生だって、どこも悪くないって言っただろ?」
「いいえ。全部悪いらしい 言うてはりました」
「もうその手には乗らないよ」
「え?」
「葵さんやお前が一生懸命芝居してるのを見て、悪いと思って入院したが、おかげでいい仕事ができた」
「‥ はぁ。葵姉ちゃんもたいした女優さんにはなれへんと思うわ‥」
「ま、そういうことだ」と雄一郎は言って荷造りをし始めたが
悠は「あきまへん」とカバンを取り返す‥
仕事の事しか頭にない雄一郎を悠は、もう引き止めることはできませんでした。
しかし雄一郎の体のどこかに異常があるという医者の言葉は忘れてはいませんでした
(つづく)