脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵 松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中)
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
義二 大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那
忠七 渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)、復員後もそのまま番頭さん
ジョージ ジェフ・カーソン :かつて吉野屋に宿泊した学生、進駐軍の秘書として来日
松井 石黒丈喜 桂の同棲相手。二世で進駐軍。クラーク・松井
アメリカ兵 ブレーク・クロォート 進駐軍
バンド サウスサイドジャズバンド ジャズ演奏をする
東京宝映
雄一郎 村上弘明 :「吉野屋」の息子。元毎朝新聞の社会部記者
お常 高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
桂の妊娠は悠の気持ちを大きく変えました。
何年ぶりかでスケッチをする悠は、竹田屋の中で初めて孤独感を味わっていたのです。
静は冷たくする作戦に少し不安を覚えた。
「悠、何してます」市左衛門に聞かれ 「スケッチしてます」
「そやったらいいのどす。やっと自分の好きなことをする気になったんどす」
「ますます結婚なんかせえへん言うのと違いますやろか」
「人間ちゅうもんは孤独になった時に好きなことをしたいものだと思う、
そして自分と対面できるものだす」
「それでも女は結婚せんと一人前にはならしません」
「悠のこっちゃ、その辺も考えるまっしゃろ。
まぁとにかく悠がなんか自分で結論を出すまでそおっと見ててやりたい、
そない思ってます」
忠七の「悠お嬢さ~ん、どこにいますのや~~~えらいことどす」という声が奥まで響く。
市左衛門も静も出てみると、悠が慌てた忠七と話そうとしていた。
「旦那さんには関係ないことどす‥、
「ヤミ市の縄張りのことで揉めて とごまかして、その場を去る
「ヤミ市の縄張りやなんちゅう事、いいおってからに竹田屋の娘の言うことと違います、 これはさっさと嫁にやらんとあきまへんっ」
実は葵のことで、進駐軍の前で歌っていると忠七が聞いて驚いたのだった。
悠も聞いてはいたが本当だったやなんて‥‥とまた驚く。
そのジャズクラブに行って窓からこっそり覗く悠と忠七。
「ヘイ!アナタタチ、ナニシテマスカ」
アメリカ兵に後ろから声をかけられる。
「はい、あの歌をどうしても聞きたくて」
「ザンネンデス、ココハ ニホンジン ハイレマセン」
センチメンタル・ジャーニー のイントロが流れている
悠は思い切って、ジョージの名前を出し(司令部付き秘書のジョージを知っているか)
会わせて欲しいと頼んだのだ。
歌いながら、もんぺ姿の悠が入って来るのに気がついた葵。
忠七は窓の外から、見ていた。
(葵、上手いじゃん!)
アメリカ兵に交じり拍手を送る悠
楽屋に案内された悠は、葵に相変わらず突拍子もないことする人や と言われるが
こんなとこで歌ってたらお父ちゃんにわかってしまうやろ と反撃
「まさか悠がジョージさんと入ってくるとは思わなかった」
「何とか入れてもらおうとジョージさんの名前出したら、すぐにご本人が出て来てくれはって‥‥。
うちもびっくりしてしもた」
「あんまりこんなとこに来いへん方がええのと違う?」
「うちかて来とうないわ。うちは葵姉ちゃんにやめてもらうために来たんえ」
「うち今テスト中なんえ。歌手としてやっていけるかどうか」
「歌手はいいけどこんなとこで歌うてたら何言われるかわからへん」
「今ピアノ弾いてはった人な、クラーク松井さん言うて、二世やけど
ジョージさんと同じぐらい日本が好きな人なんや。
日本を焼け跡から立ち直らせるのは歌が一番や言うて‥‥、
うちに一生懸命歌教えてくれてはるんや。あの人のこと好っきゃな」
「お姉ちゃん‥‥」
「うちな女として一人前に認められる仕事がしたいのや。
お金も欲しいし一流にもなりたい。
そのために今人から何て言われてもかまへんのや、堂々と生きたいねん」
「お姉ちゃん‥‥、うち今になってお姉ちゃんの気持ちようわかる‥‥」
「なんえ急に。何がわかったの」
「桂姉ちゃん、10月に赤ちゃんが産まれるんや」
「ほんま~?竹田屋にも跡取りができんのやな~」
「だれでもそう思わはんのやな~」
「それでうちの気持ちがわかった~言うんやな」
「う~ん、それだけやないんやけどな。
うちはどこにいても必要な人間になろう思ってたけど、自分でええ気になってただけなんや。
桂姉ちゃんみたいに、着実に一歩一歩足をつけて歩いて行く人は、
なんやものすごいえらい人に見えてきたりすんねん」
「あの人は中京の女や、けどあの人だけが女の生き方とは限らへん」
「う~ん。でもうち、今何をしたらええのかわからへんのや。こんな気持ちになったん初めてや」
「な、悪いこと言わへんし、智太郎さんのこと忘れて、誰か他の人好きになりよし。
そしたら自分のやりたいことが見えてくる。
おかしなもんえ。 女なんて、好きになった男の人でどうにでもなれる」
悠には智太郎の事を忘れることなどできません。今のままの気持ちで雄一郎の所にいくことはできなかったのです。
雄一郎は部屋でレコードを聞いていた。
「庭の草むしりをしてくれまへんか」とお常に頼まれも返事はなし。
「あんたいっぺん京都に行っていなはれ。
悠さんのお父さんにも会ってきましたし、喜んでくれはったし。
じっとしてたって何も変わりまへんのやで、
誰かが何かをしてくれると思っているうちに大事なものを逃がしてしまいますのやで」
「うるさいな。もう二度と悠さんのことは言わないでくれ」
「何にもなぁ‥‥断られたわけやありまへんがな」
「確かに以前の俺は悠さんを好きだったかも知れない。
けどもう今はそんな気持ちになれそうにない。京都の話なんかしないでくれ」
「そうですか、はぁっ 無理にとは言いませんけどな。
けど商売かていつまでも休んでいられへんし
進駐軍の人でもこんな古いとこでもいいから泊めてくれ言う人もいます」
「やめてくれっ! 母さんがそうするのは勝手や、俺は出て行く」
「雄一郎‥」
「あいつらを見るのもイヤだからこの家に閉じこもっているんだ」
蝉が鳴いている
「なんえ、まだ出かけてなかったんえ?」桂
「だんだん暑くなるし、食べ物は傷むし、
昨日なんかヤミ市の真ん中で進駐軍にDDTまかれてしまって、もうむちゃくちゃ」
「もうヤミ市はやめてもよろしいえ。
うちの生活はちゃんと義二さんがやってきだはるしな」
「うん、おにいさん毎日出かけてはるけど、どこに行ってはるの」
「うち知らんえ」
義二は反物らしき包みを抱えて出て行く
「お義兄さんちょっと待って下さい。その荷物、蔵から出して来はったんと違いますか」
「義二さんはこの家の主人え。何をしようとあんたの指図はうけんでもええはずや。
さ、あんたおはようお帰りやす」
悠は気になって蔵へ行ってみた。駕籠の中は空だった
「頭の黒いネズミが出るようですなぁ」と市左衛門が入って来た
「知ってはったんですかぁ」
「わしはこの蔵のどこになにがあるか全部覚えてますねん。
白生地ひとつのうなってもわかります。
身ぃ切られるようにつらいけど義二には必要なんどっしゃろなぁ」
「けど、統制品を持ち出したりしたらえらいことになるのと違いますやろか」
「義二も長い間室町で働いてきた男や、心配はおへん。
若いもんのすることに目瞑らなあかん時やと祇園さんの世話人会で話し合ったとこや」
蔵から出る二人
「祇園さんの世話人会て 。祇園さんできるんですか」
「食うもんもろくに無いときに、鉾なんかどうやってしますのや」
「けど鉾は蔵にあるのやし、その気になったらできんのと違いますか」
「何するにしてめ進駐軍の許可が要りますのや」
「許可されへんかったんですか」
「誰が猫のクビに鈴つけにいきますねん」
悠はジョージのところにお願いがあると頼みに行った。
「祇園祭りをさせて下さい、進駐軍がほんまに日本人のことを考えてくれるんやったら
お祭りをさして下さい。
日本人の心がひとつになれるには、お祭りが一番なんです」
今、京都の人にとって祭りがどれだけ必要か話す悠はそこに自分をかけていたのです。
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵 松原千明 :竹田家の長女(バツイチ後、家出しジャズクラブで歌の勉強中)
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
義二 大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の若旦那
忠七 渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)、復員後もそのまま番頭さん
ジョージ ジェフ・カーソン :かつて吉野屋に宿泊した学生、進駐軍の秘書として来日
松井 石黒丈喜 桂の同棲相手。二世で進駐軍。クラーク・松井
アメリカ兵 ブレーク・クロォート 進駐軍
バンド サウスサイドジャズバンド ジャズ演奏をする
東京宝映
雄一郎 村上弘明 :「吉野屋」の息子。元毎朝新聞の社会部記者
お常 高森和子 :奈良の旅館「吉野屋」の女将、雄一郎の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
桂の妊娠は悠の気持ちを大きく変えました。
何年ぶりかでスケッチをする悠は、竹田屋の中で初めて孤独感を味わっていたのです。
静は冷たくする作戦に少し不安を覚えた。
「悠、何してます」市左衛門に聞かれ 「スケッチしてます」
「そやったらいいのどす。やっと自分の好きなことをする気になったんどす」
「ますます結婚なんかせえへん言うのと違いますやろか」
「人間ちゅうもんは孤独になった時に好きなことをしたいものだと思う、
そして自分と対面できるものだす」
「それでも女は結婚せんと一人前にはならしません」
「悠のこっちゃ、その辺も考えるまっしゃろ。
まぁとにかく悠がなんか自分で結論を出すまでそおっと見ててやりたい、
そない思ってます」
忠七の「悠お嬢さ~ん、どこにいますのや~~~えらいことどす」という声が奥まで響く。
市左衛門も静も出てみると、悠が慌てた忠七と話そうとしていた。
「旦那さんには関係ないことどす‥、
「ヤミ市の縄張りのことで揉めて とごまかして、その場を去る
「ヤミ市の縄張りやなんちゅう事、いいおってからに竹田屋の娘の言うことと違います、 これはさっさと嫁にやらんとあきまへんっ」
実は葵のことで、進駐軍の前で歌っていると忠七が聞いて驚いたのだった。
悠も聞いてはいたが本当だったやなんて‥‥とまた驚く。
そのジャズクラブに行って窓からこっそり覗く悠と忠七。
「ヘイ!アナタタチ、ナニシテマスカ」
アメリカ兵に後ろから声をかけられる。
「はい、あの歌をどうしても聞きたくて」
「ザンネンデス、ココハ ニホンジン ハイレマセン」
センチメンタル・ジャーニー のイントロが流れている
悠は思い切って、ジョージの名前を出し(司令部付き秘書のジョージを知っているか)
会わせて欲しいと頼んだのだ。
歌いながら、もんぺ姿の悠が入って来るのに気がついた葵。
忠七は窓の外から、見ていた。
(葵、上手いじゃん!)
アメリカ兵に交じり拍手を送る悠
楽屋に案内された悠は、葵に相変わらず突拍子もないことする人や と言われるが
こんなとこで歌ってたらお父ちゃんにわかってしまうやろ と反撃
「まさか悠がジョージさんと入ってくるとは思わなかった」
「何とか入れてもらおうとジョージさんの名前出したら、すぐにご本人が出て来てくれはって‥‥。
うちもびっくりしてしもた」
「あんまりこんなとこに来いへん方がええのと違う?」
「うちかて来とうないわ。うちは葵姉ちゃんにやめてもらうために来たんえ」
「うち今テスト中なんえ。歌手としてやっていけるかどうか」
「歌手はいいけどこんなとこで歌うてたら何言われるかわからへん」
「今ピアノ弾いてはった人な、クラーク松井さん言うて、二世やけど
ジョージさんと同じぐらい日本が好きな人なんや。
日本を焼け跡から立ち直らせるのは歌が一番や言うて‥‥、
うちに一生懸命歌教えてくれてはるんや。あの人のこと好っきゃな」
「お姉ちゃん‥‥」
「うちな女として一人前に認められる仕事がしたいのや。
お金も欲しいし一流にもなりたい。
そのために今人から何て言われてもかまへんのや、堂々と生きたいねん」
「お姉ちゃん‥‥、うち今になってお姉ちゃんの気持ちようわかる‥‥」
「なんえ急に。何がわかったの」
「桂姉ちゃん、10月に赤ちゃんが産まれるんや」
「ほんま~?竹田屋にも跡取りができんのやな~」
「だれでもそう思わはんのやな~」
「それでうちの気持ちがわかった~言うんやな」
「う~ん、それだけやないんやけどな。
うちはどこにいても必要な人間になろう思ってたけど、自分でええ気になってただけなんや。
桂姉ちゃんみたいに、着実に一歩一歩足をつけて歩いて行く人は、
なんやものすごいえらい人に見えてきたりすんねん」
「あの人は中京の女や、けどあの人だけが女の生き方とは限らへん」
「う~ん。でもうち、今何をしたらええのかわからへんのや。こんな気持ちになったん初めてや」
「な、悪いこと言わへんし、智太郎さんのこと忘れて、誰か他の人好きになりよし。
そしたら自分のやりたいことが見えてくる。
おかしなもんえ。 女なんて、好きになった男の人でどうにでもなれる」
悠には智太郎の事を忘れることなどできません。今のままの気持ちで雄一郎の所にいくことはできなかったのです。
雄一郎は部屋でレコードを聞いていた。
「庭の草むしりをしてくれまへんか」とお常に頼まれも返事はなし。
「あんたいっぺん京都に行っていなはれ。
悠さんのお父さんにも会ってきましたし、喜んでくれはったし。
じっとしてたって何も変わりまへんのやで、
誰かが何かをしてくれると思っているうちに大事なものを逃がしてしまいますのやで」
「うるさいな。もう二度と悠さんのことは言わないでくれ」
「何にもなぁ‥‥断られたわけやありまへんがな」
「確かに以前の俺は悠さんを好きだったかも知れない。
けどもう今はそんな気持ちになれそうにない。京都の話なんかしないでくれ」
「そうですか、はぁっ 無理にとは言いませんけどな。
けど商売かていつまでも休んでいられへんし
進駐軍の人でもこんな古いとこでもいいから泊めてくれ言う人もいます」
「やめてくれっ! 母さんがそうするのは勝手や、俺は出て行く」
「雄一郎‥」
「あいつらを見るのもイヤだからこの家に閉じこもっているんだ」
蝉が鳴いている
「なんえ、まだ出かけてなかったんえ?」桂
「だんだん暑くなるし、食べ物は傷むし、
昨日なんかヤミ市の真ん中で進駐軍にDDTまかれてしまって、もうむちゃくちゃ」
「もうヤミ市はやめてもよろしいえ。
うちの生活はちゃんと義二さんがやってきだはるしな」
「うん、おにいさん毎日出かけてはるけど、どこに行ってはるの」
「うち知らんえ」
義二は反物らしき包みを抱えて出て行く
「お義兄さんちょっと待って下さい。その荷物、蔵から出して来はったんと違いますか」
「義二さんはこの家の主人え。何をしようとあんたの指図はうけんでもええはずや。
さ、あんたおはようお帰りやす」
悠は気になって蔵へ行ってみた。駕籠の中は空だった
「頭の黒いネズミが出るようですなぁ」と市左衛門が入って来た
「知ってはったんですかぁ」
「わしはこの蔵のどこになにがあるか全部覚えてますねん。
白生地ひとつのうなってもわかります。
身ぃ切られるようにつらいけど義二には必要なんどっしゃろなぁ」
「けど、統制品を持ち出したりしたらえらいことになるのと違いますやろか」
「義二も長い間室町で働いてきた男や、心配はおへん。
若いもんのすることに目瞑らなあかん時やと祇園さんの世話人会で話し合ったとこや」
蔵から出る二人
「祇園さんの世話人会て 。祇園さんできるんですか」
「食うもんもろくに無いときに、鉾なんかどうやってしますのや」
「けど鉾は蔵にあるのやし、その気になったらできんのと違いますか」
「何するにしてめ進駐軍の許可が要りますのや」
「許可されへんかったんですか」
「誰が猫のクビに鈴つけにいきますねん」
悠はジョージのところにお願いがあると頼みに行った。
「祇園祭りをさせて下さい、進駐軍がほんまに日本人のことを考えてくれるんやったら
お祭りをさして下さい。
日本人の心がひとつになれるには、お祭りが一番なんです」
今、京都の人にとって祭りがどれだけ必要か話す悠はそこに自分をかけていたのです。
(つづく)