脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵 松原千明 :竹田家の長女(大阪空襲で焼け出され帰郷、立花家より離縁)
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
忠七 渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)、復員後もそのまま番頭さん
お康 未知やすえ:「竹田屋」の奉公人(悠付きの女中さん)
雅子 山本博美 :悠の女学校の同級生。結婚したが夫は戦死したとの公報が来た
ジョージ ジェフ・カーソン :かつて吉野屋に宿泊した学生、進駐軍の秘書として来日
上川老人 石浜祐次郎 ジョージが手紙を配達した、日本兵の父
その嫁 松寺千恵美 ジョージが手紙を配達した、日本兵の妻
その息子 岡田照幸 ジョージが手紙を配達した、日本兵(声)
若い女 みやなおこ ジョージが手紙を配達した、日本兵の元妻
松竹芸能
キャストプラン
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
食べるものでさえあれば、飛ぶように売れた時代です。
悠の発案で始めたヤミ市での羊羹売りは、
竹田屋の唯一の財産である商品に手をつけないで済んだのです。
市左衛門も苦々しい思いで黙認するより仕方ありませんでした。
三姉妹+母で、羊羹つくりをする中、忠七が買出しから帰ってきた。
「また砂糖が値上がりどすわ。岩谷さんも商売人どすわ」
「そんなことはうちがさせません。これから支払いはうちが行きます」と葵
「忠七、お前、ワシの目の前で、そんなヤミ屋の真似のようなことだけはせんといてくれ」
「そうすかー。じゃぁ旦那さん、奥へ引っ込んどいておくれやす」
「忠七! お前、竹田屋の番頭だということを忘れたんか」
「いいえ、死ぬまで竹田屋で働かさせてもらいます。
近江屋さん、商品を売り食いしてはるそうです。商品を守るのは番頭の私の役目!
旦那さんにたてつくようですけど、悠お嬢さんを手伝わさしてもらいます」
「ぅーん、番頭が主人に逆らうような世の中になってしもうたんかいな。
娘は平気で進駐軍つれてくるし。 ワシはもう死んだ方がましどす」
「ジョージはんは京都を救ってくれはったお人どす。お父ちゃんも聞いてはりましたやろ?」
「あんなこと言うて、悠の気、ひこうとしてるだけどす」
「お父ちゃん、ジョージさんはそんなお人と違います。日本の古い街を守りたかったんです。」
「それはありがたいことどす。娘が京都を守ってくれたなんて、いくら親ばかでも
他人さまに話したら、バカにされます」
「お父ちゃん、もう意地はるのやめはったらいかがです?」と葵が口を挟む
「かわいい悠が京都を救ったって、たとえ信じられへんでも、信じたほうがお父ちゃんらしいと思うえ」
「お父ちゃん、なんも言わんと。
今日もお酒のましてあげますさかい、おとなしゅうしてて下さい」
「ワシだけ酒なんか飲んでられますかいな」
「こんにちは」と、ヨウイチをおんぶした雅子がやって来た
羊羹つくりを手伝わさしてほしいというのだった。
「そうや、お父ちゃん! 仕事できましたえ」とヨウイチ君のお守を任せる悠。
「本物の孫と違うんで、遊んでやってくださいね」
とヨウイチ君をそうっと抱っこさせられ、あやす市左衛門
「あんた。仕事ができてよろしおしたなぁ」と静
赤ん坊のヨウイチ君を抱っこする市左衛門を、ちょっと複雑そうな表情で見る桂
「お父ちゃん、うちらのすることは気にせんと、もう少し死んだふりしてて下さい」と葵
「でもなぁ、ヤミ商売みたいなのが進駐軍にわかって、竹田屋の暖簾取り上げられたら
どないしますねんな」あやしながら話す市左衛門
そこに「アメリカさんが来はりましたけど」とお康が呼びに来た。
「帰ってもらえ」と市左衛門 「悠、あんたは人を信用し過ぎます」
「お父ちゃん。お父ちゃんは人を疑い過ぎます」
二条城の前をジョージの運転するジープに乗っていく悠。
ある民家の前に止めるジョージ
「コレガ オアフノ ニホンジンシュウヨウジョデ
ホリョニ ナッテイルヒトカラ アズカッタ テガミデス。
ジツハ コレヲ カゾクノヒトタチニ ワタスノモ ワタシノダイジナ ヤクメナンデス」
(これがオアフの日本人収容所で捕虜になっている人から預かった手紙です。
実は、これを家族の人たちに渡すのも、私の大事な役目なんです)
「この方たちは生きておられるんですか?」
「ワタシガ ニホンニクル イッシュウカンマエニ テガミヲ アズカッタ バカリデス。
シカシ ワタシガ コノテガミヲ トドケテモ、カゾクノカタハ シンジテ クレナイダロウト オモイマス。
ホリョニナルヨリ、メイヨノセンシヲ エラブノガ ニホンジンラシイ カンガエ ナンデスネ」
(私が日本にくる一週間前に手紙を預かったばかりです。
しかし私がこの手紙を届けても家族の方は信じてくれないだろうと思います。
捕虜になるより名誉の戦死を選ぶのが、日本人らしい考えなんですね)
「多分そうです。でも私やったら、たとえ捕虜になっても生きててくれはったほうが嬉しい。
家族の方も本心はそうやと思います」
「ダカラ、ハルカサンモ イッショニイテ
ホリョニナルコトハ ハジデモ ナンデモナイコトヲ ハナシテホシインデス」
(だから、悠さんも一緒にいて
捕虜になることは恥でも何でもないことを話して欲しいんです)
「そんなことでお役に立つんやったら喜んで。けどホンマにこんなことってあるんですね。
私は大事な人の戦死の公報が来ても、信じません」
「ハルカサンノ コイビト デスカ?」
「はい。ジョージさん、お願いです。沢木智太郎と言う方の消息を調べてください
奈良の部隊でグアム島の守備隊でした」
「○○?」
「はい。お願いします」
「ワタシニ デキルダケノ コトハ シマス」
「ありがとうございます」
最初の家ではジープが入ってきただけで、奥さんが恐れて家に入ってしまった。
「カミカワさん」と悠は呼びかけた
「この方は、進駐軍の秘書で信頼できる方です。お願いです、この方の話を聞いてあげてください。
私は室町の竹田屋の娘です。
息子さんは生きておられるんです」
奥から出てきた男性に
「どうか、この手紙を呼んでください。カミカワマモルさん、確かに息子さんの字でしょ?」
と手紙を見せる悠
「どうもありがとうございます。しかしなぁ、息子は1年も前に死んどりますでなぁ」
「いいえ、息子さんは今も生きてはるんです、この日付けを見てください。
昭和20年9月20日になってるでしょ」
「おお、確かに日付けはそうでっけど、なんかの間違いでっしゃろ」
「どうぞ読んであげてください。宛名はカミカワショウゾウさん、あなたですね?」
「しかし、もし生きてるとして。どこでどうしてこの手紙、この人に‥お渡ししたんですか」
「ワタシガ ニホンニ クルトシッテ ドウシテモ チチオヤニ コレヲワタシテクレ ト タノマレマシタ」
(私が日本にくると知って、どうしても父親にこれを渡してくれと頼まれました)
「しかし、生きているなら、どうして帰ってきぃひんのですか」
「ムスコサンハ ホリョノ シュウヨウジョニ イルノデス」(息子さんは捕虜の収容所にいるのです)
「‥‥ そら、息子やおへん。息子は名誉の戦死をしたんどす!」
さっき逃げた女性が出てきて、父の持っておる手紙を開封して読んだ
「‥‥ お父さん、守さんの字どす。生きてはるんどす、生きててくれはったんどす。
生きて‥帰ってくれはるんどすなぁ?」
手紙を胸にありがとうございます と泣く妻
「たとえ、捕虜であろうとなんであろうと、足がのうなってても、生きて‥生きて帰ってくれれば 」
父も一緒に泣いていた
父上殿、許してください。
私があえて捕虜になったのは、ただ生きて日本に帰りたかったからです。
しかし、生きていて良かったのでしょうか
いえ、本当はこわいのです。
今釈放になっても、日本に帰る勇気があるのか。
もう父上は会ってはくださらないかもしれません。
しかし、とにかく私は生きています。
そのことを妻と子どもたちに伝えて下さい。
ジープは 大覚寺・大沢池のほとりに来ていた。
「あの奥さんの顔、私、忘れません。カミカワさん、帰ってこられても立派に生きていかれますね」
「カゾクハソウデモ マワリノ ヒトタチガ カエッテキタ ホリョヲ ドウ アツカウカ‥。
ソレガ モンダイデス」
(家族はそうでも、まわりの人たちが帰ってきた捕虜をどう扱うか。それが問題です)
「大丈夫。あの奥さんがいはったら」
「オオサカノ チカクノヒトノ テガミモ アズカッテルンデスケド 」
(オオサカの近くの人の手紙も預かってるんですけど)
「ご一緒します」
次の奥さんは、「今ごろ、こんなもん‥」と泣いた。
「この手紙もって帰ってください」
再婚相手は、その夫の弟だというのだった。
1年前に戦死の公報が来て、生まれたばかりの子どもを抱えて途方にくれていた時
その弟が病気になって戦地から帰ってきた、
主人のかわりのような気がして看病した、
そして何かにすがりつくような気持ちで愛し合うようになった
こんな手紙見せられない、どないしていいかわからない、
帰ってこないでと伝えて下さい、幸せになってください と伝えてください
というのだった
「ホンマのこと、お話しはるのですか?」
「シカタガ ナイデショウ。 イキテイレバ マタ ヒトヲ アイスルコトガ デキル」
(仕方がないでしょう。生きていればまた人を愛することができる
「けど、わたしやったら、一度愛した人をそう簡単には諦められません」
「ハルカサン、アスハ ナラニ テガミヲ ワタシニ イキマス。
イッショニイッテ クレマスカ?」
(悠さん、明日は奈良に手紙を渡しにいきます。
一緒に行ってくれますか)
ジープに乗って帰り、竹田屋のまん前で下ろしてもらった悠を、静が待っていた。
「どうぞ、もうお引取りください」静は慇懃にジョージに礼をして、扉を閉じてしまった。
「一体何事え?」
「お父さんがかんかんどす、はようお行きやす」
「何で?」
悠には市左衛門の怒りの理由がわかりませんでした
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵 松原千明 :竹田家の長女(大阪空襲で焼け出され帰郷、立花家より離縁)
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
忠七 渋谷天笑 :「竹田屋」の奉公人(番頭)、復員後もそのまま番頭さん
お康 未知やすえ:「竹田屋」の奉公人(悠付きの女中さん)
雅子 山本博美 :悠の女学校の同級生。結婚したが夫は戦死したとの公報が来た
ジョージ ジェフ・カーソン :かつて吉野屋に宿泊した学生、進駐軍の秘書として来日
上川老人 石浜祐次郎 ジョージが手紙を配達した、日本兵の父
その嫁 松寺千恵美 ジョージが手紙を配達した、日本兵の妻
その息子 岡田照幸 ジョージが手紙を配達した、日本兵(声)
若い女 みやなおこ ジョージが手紙を配達した、日本兵の元妻
松竹芸能
キャストプラン
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
食べるものでさえあれば、飛ぶように売れた時代です。
悠の発案で始めたヤミ市での羊羹売りは、
竹田屋の唯一の財産である商品に手をつけないで済んだのです。
市左衛門も苦々しい思いで黙認するより仕方ありませんでした。
三姉妹+母で、羊羹つくりをする中、忠七が買出しから帰ってきた。
「また砂糖が値上がりどすわ。岩谷さんも商売人どすわ」
「そんなことはうちがさせません。これから支払いはうちが行きます」と葵
「忠七、お前、ワシの目の前で、そんなヤミ屋の真似のようなことだけはせんといてくれ」
「そうすかー。じゃぁ旦那さん、奥へ引っ込んどいておくれやす」
「忠七! お前、竹田屋の番頭だということを忘れたんか」
「いいえ、死ぬまで竹田屋で働かさせてもらいます。
近江屋さん、商品を売り食いしてはるそうです。商品を守るのは番頭の私の役目!
旦那さんにたてつくようですけど、悠お嬢さんを手伝わさしてもらいます」
「ぅーん、番頭が主人に逆らうような世の中になってしもうたんかいな。
娘は平気で進駐軍つれてくるし。 ワシはもう死んだ方がましどす」
「ジョージはんは京都を救ってくれはったお人どす。お父ちゃんも聞いてはりましたやろ?」
「あんなこと言うて、悠の気、ひこうとしてるだけどす」
「お父ちゃん、ジョージさんはそんなお人と違います。日本の古い街を守りたかったんです。」
「それはありがたいことどす。娘が京都を守ってくれたなんて、いくら親ばかでも
他人さまに話したら、バカにされます」
「お父ちゃん、もう意地はるのやめはったらいかがです?」と葵が口を挟む
「かわいい悠が京都を救ったって、たとえ信じられへんでも、信じたほうがお父ちゃんらしいと思うえ」
「お父ちゃん、なんも言わんと。
今日もお酒のましてあげますさかい、おとなしゅうしてて下さい」
「ワシだけ酒なんか飲んでられますかいな」
「こんにちは」と、ヨウイチをおんぶした雅子がやって来た
羊羹つくりを手伝わさしてほしいというのだった。
「そうや、お父ちゃん! 仕事できましたえ」とヨウイチ君のお守を任せる悠。
「本物の孫と違うんで、遊んでやってくださいね」
とヨウイチ君をそうっと抱っこさせられ、あやす市左衛門
「あんた。仕事ができてよろしおしたなぁ」と静
赤ん坊のヨウイチ君を抱っこする市左衛門を、ちょっと複雑そうな表情で見る桂
「お父ちゃん、うちらのすることは気にせんと、もう少し死んだふりしてて下さい」と葵
「でもなぁ、ヤミ商売みたいなのが進駐軍にわかって、竹田屋の暖簾取り上げられたら
どないしますねんな」あやしながら話す市左衛門
そこに「アメリカさんが来はりましたけど」とお康が呼びに来た。
「帰ってもらえ」と市左衛門 「悠、あんたは人を信用し過ぎます」
「お父ちゃん。お父ちゃんは人を疑い過ぎます」
二条城の前をジョージの運転するジープに乗っていく悠。
ある民家の前に止めるジョージ
「コレガ オアフノ ニホンジンシュウヨウジョデ
ホリョニ ナッテイルヒトカラ アズカッタ テガミデス。
ジツハ コレヲ カゾクノヒトタチニ ワタスノモ ワタシノダイジナ ヤクメナンデス」
(これがオアフの日本人収容所で捕虜になっている人から預かった手紙です。
実は、これを家族の人たちに渡すのも、私の大事な役目なんです)
「この方たちは生きておられるんですか?」
「ワタシガ ニホンニクル イッシュウカンマエニ テガミヲ アズカッタ バカリデス。
シカシ ワタシガ コノテガミヲ トドケテモ、カゾクノカタハ シンジテ クレナイダロウト オモイマス。
ホリョニナルヨリ、メイヨノセンシヲ エラブノガ ニホンジンラシイ カンガエ ナンデスネ」
(私が日本にくる一週間前に手紙を預かったばかりです。
しかし私がこの手紙を届けても家族の方は信じてくれないだろうと思います。
捕虜になるより名誉の戦死を選ぶのが、日本人らしい考えなんですね)
「多分そうです。でも私やったら、たとえ捕虜になっても生きててくれはったほうが嬉しい。
家族の方も本心はそうやと思います」
「ダカラ、ハルカサンモ イッショニイテ
ホリョニナルコトハ ハジデモ ナンデモナイコトヲ ハナシテホシインデス」
(だから、悠さんも一緒にいて
捕虜になることは恥でも何でもないことを話して欲しいんです)
「そんなことでお役に立つんやったら喜んで。けどホンマにこんなことってあるんですね。
私は大事な人の戦死の公報が来ても、信じません」
「ハルカサンノ コイビト デスカ?」
「はい。ジョージさん、お願いです。沢木智太郎と言う方の消息を調べてください
奈良の部隊でグアム島の守備隊でした」
「○○?」
「はい。お願いします」
「ワタシニ デキルダケノ コトハ シマス」
「ありがとうございます」
最初の家ではジープが入ってきただけで、奥さんが恐れて家に入ってしまった。
「カミカワさん」と悠は呼びかけた
「この方は、進駐軍の秘書で信頼できる方です。お願いです、この方の話を聞いてあげてください。
私は室町の竹田屋の娘です。
息子さんは生きておられるんです」
奥から出てきた男性に
「どうか、この手紙を呼んでください。カミカワマモルさん、確かに息子さんの字でしょ?」
と手紙を見せる悠
「どうもありがとうございます。しかしなぁ、息子は1年も前に死んどりますでなぁ」
「いいえ、息子さんは今も生きてはるんです、この日付けを見てください。
昭和20年9月20日になってるでしょ」
「おお、確かに日付けはそうでっけど、なんかの間違いでっしゃろ」
「どうぞ読んであげてください。宛名はカミカワショウゾウさん、あなたですね?」
「しかし、もし生きてるとして。どこでどうしてこの手紙、この人に‥お渡ししたんですか」
「ワタシガ ニホンニ クルトシッテ ドウシテモ チチオヤニ コレヲワタシテクレ ト タノマレマシタ」
(私が日本にくると知って、どうしても父親にこれを渡してくれと頼まれました)
「しかし、生きているなら、どうして帰ってきぃひんのですか」
「ムスコサンハ ホリョノ シュウヨウジョニ イルノデス」(息子さんは捕虜の収容所にいるのです)
「‥‥ そら、息子やおへん。息子は名誉の戦死をしたんどす!」
さっき逃げた女性が出てきて、父の持っておる手紙を開封して読んだ
「‥‥ お父さん、守さんの字どす。生きてはるんどす、生きててくれはったんどす。
生きて‥帰ってくれはるんどすなぁ?」
手紙を胸にありがとうございます と泣く妻
「たとえ、捕虜であろうとなんであろうと、足がのうなってても、生きて‥生きて帰ってくれれば 」
父も一緒に泣いていた
父上殿、許してください。
私があえて捕虜になったのは、ただ生きて日本に帰りたかったからです。
しかし、生きていて良かったのでしょうか
いえ、本当はこわいのです。
今釈放になっても、日本に帰る勇気があるのか。
もう父上は会ってはくださらないかもしれません。
しかし、とにかく私は生きています。
そのことを妻と子どもたちに伝えて下さい。
ジープは 大覚寺・大沢池のほとりに来ていた。
「あの奥さんの顔、私、忘れません。カミカワさん、帰ってこられても立派に生きていかれますね」
「カゾクハソウデモ マワリノ ヒトタチガ カエッテキタ ホリョヲ ドウ アツカウカ‥。
ソレガ モンダイデス」
(家族はそうでも、まわりの人たちが帰ってきた捕虜をどう扱うか。それが問題です)
「大丈夫。あの奥さんがいはったら」
「オオサカノ チカクノヒトノ テガミモ アズカッテルンデスケド 」
(オオサカの近くの人の手紙も預かってるんですけど)
「ご一緒します」
次の奥さんは、「今ごろ、こんなもん‥」と泣いた。
「この手紙もって帰ってください」
再婚相手は、その夫の弟だというのだった。
1年前に戦死の公報が来て、生まれたばかりの子どもを抱えて途方にくれていた時
その弟が病気になって戦地から帰ってきた、
主人のかわりのような気がして看病した、
そして何かにすがりつくような気持ちで愛し合うようになった
こんな手紙見せられない、どないしていいかわからない、
帰ってこないでと伝えて下さい、幸せになってください と伝えてください
というのだった
「ホンマのこと、お話しはるのですか?」
「シカタガ ナイデショウ。 イキテイレバ マタ ヒトヲ アイスルコトガ デキル」
(仕方がないでしょう。生きていればまた人を愛することができる
「けど、わたしやったら、一度愛した人をそう簡単には諦められません」
「ハルカサン、アスハ ナラニ テガミヲ ワタシニ イキマス。
イッショニイッテ クレマスカ?」
(悠さん、明日は奈良に手紙を渡しにいきます。
一緒に行ってくれますか)
ジープに乗って帰り、竹田屋のまん前で下ろしてもらった悠を、静が待っていた。
「どうぞ、もうお引取りください」静は慇懃にジョージに礼をして、扉を閉じてしまった。
「一体何事え?」
「お父さんがかんかんどす、はようお行きやす」
「何で?」
悠には市左衛門の怒りの理由がわかりませんでした
(つづく)