脚本:重森孝子
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵 松原千明 :竹田家の長女(中之島病院で看護婦、大阪空襲で焼け出され帰郷)
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
義二 大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の現主人
巴 宝生あやこ:三姉妹の祖母、静の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
悠が、朝の台所に立っている。
桂は、寝坊してしまった、堪忍え~ と前かけをつけて降りてきた。
「おはようさん、あれ? お康どんは?」
「もうでかけたえ」
「いやー、これ、全部悠がしたくしてくれたんか? 助かったー。おおきに」
「支度いうても、お粥さんたいて、おつけもん切っただけや。
奈良の旅館にいる時は、5時に起きて20人分のごはんつくったこともあったえ」
「うちはどうもこういう仕事、はやいことできひんのや」
「そいでもまだ、ちゃんとお米だけはあるなー。小豆も。
蔵にでも隠してあったのか?」
「借家の人が買い出しに行ってくれたさかい、なんとか食べれたけど、
もうそれものうなってしまうのやなぁ」
「お義兄さん、うちらの考えに賛成してくれはったか?」
「さぁ」
「さぁ って、ちゃんと話してくれはったんやろ?」
「ふん」
「大丈夫やったか?」
「大丈夫て?」
「夫婦喧嘩とかにならへんかったか?」
「別に。いま、そのことでお父ちゃんの部屋に行ってはるえ」
「そうか」
「どう思ってんのか、うちにも言うてくれはらへんのや。
強制疎開のこと話したら、怒って聞いてはっただけや」
「ふーん」
静も同席のもと、義二は意見を述べていた。
「それでお義父さんは、悠さんの言うことに賛成しはったんですか」
「‥ 賛成も反対も してひません」市左衛門は仏壇にお線香を供えながら答えた
「うちの借家の住人は、店のモンの家族やと思いますさかい、
今までだって好意で住んでてもろたようなもんですわ。
それが強制疎開の命令が出たからというて、うちで面倒を見んならん理由がどこにあるんですか」
悠はそれを廊下で聞いていた。
「うちかて、ただ同様で土地を撮られても文句ひとついえませんやろ。
自分で行くトコぐらい自分ですべきですわ。
それをここに住まわして、家族の着物売って、食べさしてやるやなんて、そんな家主がどこにあります。
自分で住むトコや食べるモンは、自分でなんとかせんとあかん時代ですわ。
それを苦労も知らんお嬢さんの意見に賛成しはるなんて、アホらしいことですわ」
「まぁお前やったら、そう言うやろ 思ってました」
「店の身代を少しでも大きくするのが養子の義務やと、お義父さん、言いました。
今は大きくするのは無理やさかい、せめて守るだけはさしてもらいます。
立ち退き命令はしょうがおへんけど、
それ以外の竹田屋の身代が傾くようなことは一切しまへんから、そのおつもりでいておくれやす」
立ち聞きしていた悠は我慢できずに、入って来て言った。
「お義兄さんは、店のモンの家族がどうなってもいい言わはるんですか?」
「悠、お前の口出しするこっちゃおへん」 市左衛門は遮った
「お父ちゃん!
竹田屋は、老舗の暖簾と 商品と 店で働く人でもってるんと違うんですか」
「そらま、そら、その通りどす」
「それやったら、今は戦地で戦ってる人の留守家族を守ってやるのがあたり前です。
家族を見捨てたら、店のもんを見捨てたことになります」
「悠さん、店の暖簾と商品さえあったら、店で働くもんはなんぼでもいます。
その時がきたら、私が立派に立て直してみせます。
竹田屋の主人は私どすさかい」
義二はそう言って、退席した。
「お父ちゃん、何とか言って。」
「仕方おへん。曲がりなりにも竹田屋の主人は義二なんやし。隠居の身どす」
「お父ちゃーん‥。 うちお父ちゃんを見損ないました」
今度は葵がやってくる
「なんえ、悠。うちらはもうこの家のことに口出しできひんって言うてたとこやないの」
「んーー、でもぉ。お義兄さんがあんまりわからんこと言わはるさかい」
「桂が、ごはんの準備できたって言うてます。行きまひょ」
「なぁ、お母ちゃん、うちの言うこと間違ごうてますか?」
「間違うてへん思いますえ。そいでもうちのことはお父さんに逆らうことはできしません」
納得のいかない悠に葵は言った
「あんたのいうことはよくわかるけどな、やっぱりいざとなったらできることとは違いますねん」
「うん‥もう、うちの言うことなんて誰も聞いてくれはらへんのやなー」
「二組の夫婦がこの家、守ってはるんやもん。しゃあないやん。行こ」
そして悠は「奈良へ帰ります」と、準備を始めた。
「やっぱりここへ帰ってきたのは間違いやった」
「悠。堪忍。うち、あんたか主人かどっち選ぶとかそういう立場やのうて、
やっぱり義二さんのこと聞かんとならんねん。
なぁ、わかってほしわ。な?」
悠は返事もしないで、支度を続ける。
「お姉ちゃん! 葵姉ちゃん!」と呼ばれてきた葵は、着替えていた。
「お姉ちゃんまで。また大阪に帰んの?」
「んー。病院の人ら、気になってなー。病院は影も形もないやろけど」
「もうどうしたらええの? お父ちゃんもお母ちゃんもいはらへんし。
帰ってくるまで待ってて?」
葵は悠が身支度をしているのをちらっと見て、部屋に入って来た。
「相変わらず、2人とも勝手な人やなー。
言いたいことだけ言うて、通らへんかったらさっさと出て行く。
ちっともかわってへん。
でも、もううちはあんたらをうらやましいとは思わへんえ。
せっかく2人が帰ってきて、喜んではるお父ちゃんの気持ちもわからんと」
「お父ちゃん、どこに行かはったんえ?」
「知らん。いちいちどこに行くて、言うてくれはらへんもん」
「お母ちゃんは?」
「配給モン取りにいったんと違うか?」
「悠、せめてお母ちゃんが帰って来はるまで、待ってよ。 な」と葵
「せっかく2人が帰ってきて喜んではるお父ちゃんの気持ちもわからんんとーー」
「まさか、葵姉ちゃんま出ていかはるとは思ってなかった」と悠
「うん、そんな気なかったんやけどな。
元気になったら、何もせんでこの家におんの悪いような気がして‥」
「うん、うちももうこの家に必要なのうなったのやと思うたら、じっとしてられへんのや」
「みんな義二さんのせいやな‥」と桂
「ううん、違う。正直言うて、想像してたひととは違うけど、
お義兄さんにはお義兄さんの立場があんのやし、しょうがないと思うわ」
「うちは嫁の立場で他人の家族に入ったからようわかるけど、
いっつも自分だけのけものにされているような気がして寂しいもんや」
「桂姉ちゃんは、間違うてはらへん。
前のうちやったら、何が何でも借家の人、助けるためにがんばったと思うけど‥」
「義二さんが困ると思ったら、それもできひんしなぁ」
「うん。それにお父ちゃんがあんな風に、お義兄さんのいいなりになるの見てたら
何にも言われへん」
「かんにんえー。
みんなうちが悪いのかもわからへんけども、何が一番大事かというと、義二さんや」
葵も悠も、へぇー というように、桂を見た
「好きやからとちごて、意地や。
あの人、お父ちゃんみたいな竹田屋の主人にさせんの、うちの意地や」
「まー、がんばって」と葵。
そこに、「もうそろそろお昼やけど」と巴おばあちゃまが来る
(え~~っ、巴おばあちゃま、ここ、2階ですよ?
めっきり足腰弱って、離れから出ぇへんかったんやないのぉ~。
あっ、スペイン行く ってのよりいいのかも~ )
「年とると、食べることだけ、楽しみでなぁ」
「おばあちゃん、今、お母ちゃんが配給とりに行ってはるし
何かかわったもんがあるかも知れんしな」 と桂
「ま、かりかりの干物があったらええ方どす。(お昼は)おかゆさんでよろし」
「おばあちゃん、そんな食べることばかり言うてんと、2人をひきとめて。
せっかく帰ってきたのに」
「落着きのない人らや。なぁ」と、相槌を打つ巴
「昨日から小豆ひたしてるから、うちがおぜんざいつくってあげるわ」と悠
「お砂糖もあるえ。お父ちゃんがどっかから葵姉ちゃんのために仕入れて来はったんや」
「ほんま? じゃ つくろ」と桂と悠は降りていった。
残された葵に巴は話す
「地獄から戻って来たのに、また地獄へ行かはんのですか」
「行っても焼け跡ぐらいしかないと思うけど、
看護婦として誰か1人でも助けられたら と思うて」
「また空襲が何べんも来てるそうやおへんか」
「京都の病院でもええんです。看護婦が一番必要な時やし」
「2人とも行ってしまったら、またわても元気がのうなりますわ」
「堪忍えー。おばあちゃん」
「2人とも行ってしまうなら、わては極楽へ行きまひょかいな」
「おばあちゃん、怒りますえ、冗談ばっかり」
「いいえ、本気です。 下へ行って、お善哉できるの、待ってまひょ」
味見をする悠
「いやぁ、甘いわぁ。お砂糖や。 さすが竹田屋や。
こんなもんまであるんやな」
「お金さえ出したら、お砂糖でも小豆でもあるとこにはあるみたいえ。」
「何代も続いた老舗が集まっている室町や、
食べるモンがないいうぐらいで、へこたれる家やないんやな」
「こういうときのために粗食に慣れて育ってきてんのや」
表通りから「竹田屋さ~ん、郵便でーす」と声がする。
悠が受け取りに行ったが、暗い顔で戻って来た
「どうしよー。葵姉ちゃんのことや」
「どうしようて」
「多分、離縁状やと思うわ。葵姉ちゃん、ずっと前に離縁を言い渡されはったんや。
お父ちゃんにだけは内緒にしてくれって頼まはったのに‥」
「ほんまか?」
「これ、お父ちゃんに見せなあかんのやろか」と悠
「宛名はお父ちゃんやし。 大事なことが書いてあるといかんしなぁ」
そこに「炊けてますか?」「できた?」と、降りてきた二人。
悠は、葵に封筒をおずおずと渡した。
「そうか‥、とうとう来てしもたんやなー」と、開封する
「お姉ちゃん!」
「ええのや。どうせ中に書いてあることはわかっとるのやし」
しかし、読み始めた葵は、涙をこぼしてしまった。
ただの離縁状ではなかったようで‥‥
(つづく)
音楽:中村滋延
語り:藤田弓子
出 演
悠 加納みゆき:京都の繊維問屋「竹田屋」の三女
葵 松原千明 :竹田家の長女(中之島病院で看護婦、大阪空襲で焼け出され帰郷)
桂 黒木 瞳 :竹田家の二女(竹田屋を継いだ)
義二 大竹修造 :桂の夫(婿養子)、竹田屋の現主人
巴 宝生あやこ:三姉妹の祖母、静の母
市左衛門 西山嘉孝 :「竹田屋」の主人、三姉妹の父(婿養子)
静 久我美子 :三姉妹の母、市左衛門の妻
・‥…━━━★・‥…━━━★・‥…━━━★
悠が、朝の台所に立っている。
桂は、寝坊してしまった、堪忍え~ と前かけをつけて降りてきた。
「おはようさん、あれ? お康どんは?」
「もうでかけたえ」
「いやー、これ、全部悠がしたくしてくれたんか? 助かったー。おおきに」
「支度いうても、お粥さんたいて、おつけもん切っただけや。
奈良の旅館にいる時は、5時に起きて20人分のごはんつくったこともあったえ」
「うちはどうもこういう仕事、はやいことできひんのや」
「そいでもまだ、ちゃんとお米だけはあるなー。小豆も。
蔵にでも隠してあったのか?」
「借家の人が買い出しに行ってくれたさかい、なんとか食べれたけど、
もうそれものうなってしまうのやなぁ」
「お義兄さん、うちらの考えに賛成してくれはったか?」
「さぁ」
「さぁ って、ちゃんと話してくれはったんやろ?」
「ふん」
「大丈夫やったか?」
「大丈夫て?」
「夫婦喧嘩とかにならへんかったか?」
「別に。いま、そのことでお父ちゃんの部屋に行ってはるえ」
「そうか」
「どう思ってんのか、うちにも言うてくれはらへんのや。
強制疎開のこと話したら、怒って聞いてはっただけや」
「ふーん」
静も同席のもと、義二は意見を述べていた。
「それでお義父さんは、悠さんの言うことに賛成しはったんですか」
「‥ 賛成も反対も してひません」市左衛門は仏壇にお線香を供えながら答えた
「うちの借家の住人は、店のモンの家族やと思いますさかい、
今までだって好意で住んでてもろたようなもんですわ。
それが強制疎開の命令が出たからというて、うちで面倒を見んならん理由がどこにあるんですか」
悠はそれを廊下で聞いていた。
「うちかて、ただ同様で土地を撮られても文句ひとついえませんやろ。
自分で行くトコぐらい自分ですべきですわ。
それをここに住まわして、家族の着物売って、食べさしてやるやなんて、そんな家主がどこにあります。
自分で住むトコや食べるモンは、自分でなんとかせんとあかん時代ですわ。
それを苦労も知らんお嬢さんの意見に賛成しはるなんて、アホらしいことですわ」
「まぁお前やったら、そう言うやろ 思ってました」
「店の身代を少しでも大きくするのが養子の義務やと、お義父さん、言いました。
今は大きくするのは無理やさかい、せめて守るだけはさしてもらいます。
立ち退き命令はしょうがおへんけど、
それ以外の竹田屋の身代が傾くようなことは一切しまへんから、そのおつもりでいておくれやす」
立ち聞きしていた悠は我慢できずに、入って来て言った。
「お義兄さんは、店のモンの家族がどうなってもいい言わはるんですか?」
「悠、お前の口出しするこっちゃおへん」 市左衛門は遮った
「お父ちゃん!
竹田屋は、老舗の暖簾と 商品と 店で働く人でもってるんと違うんですか」
「そらま、そら、その通りどす」
「それやったら、今は戦地で戦ってる人の留守家族を守ってやるのがあたり前です。
家族を見捨てたら、店のもんを見捨てたことになります」
「悠さん、店の暖簾と商品さえあったら、店で働くもんはなんぼでもいます。
その時がきたら、私が立派に立て直してみせます。
竹田屋の主人は私どすさかい」
義二はそう言って、退席した。
「お父ちゃん、何とか言って。」
「仕方おへん。曲がりなりにも竹田屋の主人は義二なんやし。隠居の身どす」
「お父ちゃーん‥。 うちお父ちゃんを見損ないました」
今度は葵がやってくる
「なんえ、悠。うちらはもうこの家のことに口出しできひんって言うてたとこやないの」
「んーー、でもぉ。お義兄さんがあんまりわからんこと言わはるさかい」
「桂が、ごはんの準備できたって言うてます。行きまひょ」
「なぁ、お母ちゃん、うちの言うこと間違ごうてますか?」
「間違うてへん思いますえ。そいでもうちのことはお父さんに逆らうことはできしません」
納得のいかない悠に葵は言った
「あんたのいうことはよくわかるけどな、やっぱりいざとなったらできることとは違いますねん」
「うん‥もう、うちの言うことなんて誰も聞いてくれはらへんのやなー」
「二組の夫婦がこの家、守ってはるんやもん。しゃあないやん。行こ」
そして悠は「奈良へ帰ります」と、準備を始めた。
「やっぱりここへ帰ってきたのは間違いやった」
「悠。堪忍。うち、あんたか主人かどっち選ぶとかそういう立場やのうて、
やっぱり義二さんのこと聞かんとならんねん。
なぁ、わかってほしわ。な?」
悠は返事もしないで、支度を続ける。
「お姉ちゃん! 葵姉ちゃん!」と呼ばれてきた葵は、着替えていた。
「お姉ちゃんまで。また大阪に帰んの?」
「んー。病院の人ら、気になってなー。病院は影も形もないやろけど」
「もうどうしたらええの? お父ちゃんもお母ちゃんもいはらへんし。
帰ってくるまで待ってて?」
葵は悠が身支度をしているのをちらっと見て、部屋に入って来た。
「相変わらず、2人とも勝手な人やなー。
言いたいことだけ言うて、通らへんかったらさっさと出て行く。
ちっともかわってへん。
でも、もううちはあんたらをうらやましいとは思わへんえ。
せっかく2人が帰ってきて、喜んではるお父ちゃんの気持ちもわからんと」
「お父ちゃん、どこに行かはったんえ?」
「知らん。いちいちどこに行くて、言うてくれはらへんもん」
「お母ちゃんは?」
「配給モン取りにいったんと違うか?」
「悠、せめてお母ちゃんが帰って来はるまで、待ってよ。 な」と葵
「せっかく2人が帰ってきて喜んではるお父ちゃんの気持ちもわからんんとーー」
「まさか、葵姉ちゃんま出ていかはるとは思ってなかった」と悠
「うん、そんな気なかったんやけどな。
元気になったら、何もせんでこの家におんの悪いような気がして‥」
「うん、うちももうこの家に必要なのうなったのやと思うたら、じっとしてられへんのや」
「みんな義二さんのせいやな‥」と桂
「ううん、違う。正直言うて、想像してたひととは違うけど、
お義兄さんにはお義兄さんの立場があんのやし、しょうがないと思うわ」
「うちは嫁の立場で他人の家族に入ったからようわかるけど、
いっつも自分だけのけものにされているような気がして寂しいもんや」
「桂姉ちゃんは、間違うてはらへん。
前のうちやったら、何が何でも借家の人、助けるためにがんばったと思うけど‥」
「義二さんが困ると思ったら、それもできひんしなぁ」
「うん。それにお父ちゃんがあんな風に、お義兄さんのいいなりになるの見てたら
何にも言われへん」
「かんにんえー。
みんなうちが悪いのかもわからへんけども、何が一番大事かというと、義二さんや」
葵も悠も、へぇー というように、桂を見た
「好きやからとちごて、意地や。
あの人、お父ちゃんみたいな竹田屋の主人にさせんの、うちの意地や」
「まー、がんばって」と葵。
そこに、「もうそろそろお昼やけど」と巴おばあちゃまが来る
(え~~っ、巴おばあちゃま、ここ、2階ですよ?
めっきり足腰弱って、離れから出ぇへんかったんやないのぉ~。
あっ、スペイン行く ってのよりいいのかも~ )
「年とると、食べることだけ、楽しみでなぁ」
「おばあちゃん、今、お母ちゃんが配給とりに行ってはるし
何かかわったもんがあるかも知れんしな」 と桂
「ま、かりかりの干物があったらええ方どす。(お昼は)おかゆさんでよろし」
「おばあちゃん、そんな食べることばかり言うてんと、2人をひきとめて。
せっかく帰ってきたのに」
「落着きのない人らや。なぁ」と、相槌を打つ巴
「昨日から小豆ひたしてるから、うちがおぜんざいつくってあげるわ」と悠
「お砂糖もあるえ。お父ちゃんがどっかから葵姉ちゃんのために仕入れて来はったんや」
「ほんま? じゃ つくろ」と桂と悠は降りていった。
残された葵に巴は話す
「地獄から戻って来たのに、また地獄へ行かはんのですか」
「行っても焼け跡ぐらいしかないと思うけど、
看護婦として誰か1人でも助けられたら と思うて」
「また空襲が何べんも来てるそうやおへんか」
「京都の病院でもええんです。看護婦が一番必要な時やし」
「2人とも行ってしまったら、またわても元気がのうなりますわ」
「堪忍えー。おばあちゃん」
「2人とも行ってしまうなら、わては極楽へ行きまひょかいな」
「おばあちゃん、怒りますえ、冗談ばっかり」
「いいえ、本気です。 下へ行って、お善哉できるの、待ってまひょ」
味見をする悠
「いやぁ、甘いわぁ。お砂糖や。 さすが竹田屋や。
こんなもんまであるんやな」
「お金さえ出したら、お砂糖でも小豆でもあるとこにはあるみたいえ。」
「何代も続いた老舗が集まっている室町や、
食べるモンがないいうぐらいで、へこたれる家やないんやな」
「こういうときのために粗食に慣れて育ってきてんのや」
表通りから「竹田屋さ~ん、郵便でーす」と声がする。
悠が受け取りに行ったが、暗い顔で戻って来た
「どうしよー。葵姉ちゃんのことや」
「どうしようて」
「多分、離縁状やと思うわ。葵姉ちゃん、ずっと前に離縁を言い渡されはったんや。
お父ちゃんにだけは内緒にしてくれって頼まはったのに‥」
「ほんまか?」
「これ、お父ちゃんに見せなあかんのやろか」と悠
「宛名はお父ちゃんやし。 大事なことが書いてあるといかんしなぁ」
そこに「炊けてますか?」「できた?」と、降りてきた二人。
悠は、葵に封筒をおずおずと渡した。
「そうか‥、とうとう来てしもたんやなー」と、開封する
「お姉ちゃん!」
「ええのや。どうせ中に書いてあることはわかっとるのやし」
しかし、読み始めた葵は、涙をこぼしてしまった。
ただの離縁状ではなかったようで‥‥
(つづく)