封切り時に見に行こう、と思いつつ、そのままになっていた映画をようやく観ることが出来た。
元々、映画予告編を見たのがきっかけであるが、その時点でストーリーについて二つの想定が可能である。一つは、女性ボクサーの話であること、もう一つはハッピーエンドではないだろう、ということだ。
世間的には、「結末が予想できるような映画でいいのか?!」と、お叱りの声もあろうが、
いいんです!(by 川平慈英)
と、声を大にして言いたい。
過去記事で取り上げた「ミスティックリバー」同様、またしてもやってくれたな、ハリー・キャラハン!と言うワケだ。
<以下、赤字部分ネタバレご注意>
ストーリーは単純で、不幸な環境に育った32歳の女性(マギー・フィッツジェラルド)が、ボクシングと出会い、素晴らしいトレーナー(フランキー・ダン)に恵まれ、ボクサーとして成功を収めるが、その後…と、言った話である。
が、注目すべきは作りこみの細かさなのだ。
この映画の根底に流れるのは、イーストウッド独特の宗教観である。
「ミスティックリバー」のそれが、人間の罪をも飲み込み、それでもただそこに流れる「河」であったように、この「ミリオンダラーベイビー」では聖なる「血」が象徴する命の尊厳と、人間の背負う罪の深さを描いている。
イーストウッド演ずる、フランキーはボクシングトレーナーであるのと同時に、止血術に関しては右に出るものが居ないというカットマン(応急処置者)でもある。まさに人間の内部を流れる「血」を象徴している役どころだ。
そしてそれが何なのかわからないが、大きな罪を心にかかえ、その罪ゆえに実の娘との縁は切れ、絶対的な孤独の中に居た彼が、ヒラリー・スワンク演ずる女性ボクサー、マギーと出会うことになる。
不幸な生い立ちのマギーは、フランキーと出逢ったことで「ボクサー」としての天性に目覚め、フランキーとの信頼関係やファンの期待から、今まで彼女が得られなかった感情「生きている」という感覚、生命の素晴らしさを、みずみずしく鮮烈に実感していただろう…最後のリングに倒れるまでは。
彼女の不幸なハプニングの後、フランキーの旧友スクラップ(モーガン・フリーマン)が「人は毎日死ぬ。皿洗いや床磨きをしながらな。だが、(ボクシングをしているときの)彼女は輝いていた。」と語るシーンがある。
ボクシングは彼女の人生であり、命である、ということだろう。それを失うことは、「死」を意味するのだ。
ピアノ音が静かに流れるBGM、作品中多用されるモノトーンの画像が醸す、荘厳な雰囲気とは裏腹に、最後の決断を下したフランキーの心の叫びはどれほどだっただろう?
ラストに近づき、フランキーがマギーに彼女のリングネーム(「ロッキー」で言うと「イタリアの種馬」?!)「モ・クシュラ」は、ゲール語で「愛する人よ、お前は私の血」という意味だと告げるシーンで、それまでにちりばめられてきた「血(生命)」に関わるエピソードが1つの流れになるのである。
(フランキーを民族意識の強いアイリッシュ系に見立てたのも、そのあたりから来た伏線だったはず。)
「血(生命)」は崇高で尊い。命の尊厳を守るということは如何なることか?
すべては神より賜ったものであり、抗えば抗うほど、人間は苦しむことになる…。
人によって、受け取り方が幾通りにもなるこの映画、貴方はどうご覧になられる?
元々、映画予告編を見たのがきっかけであるが、その時点でストーリーについて二つの想定が可能である。一つは、女性ボクサーの話であること、もう一つはハッピーエンドではないだろう、ということだ。
世間的には、「結末が予想できるような映画でいいのか?!」と、お叱りの声もあろうが、
いいんです!(by 川平慈英)
と、声を大にして言いたい。
過去記事で取り上げた「ミスティックリバー」同様、またしてもやってくれたな、ハリー・キャラハン!と言うワケだ。
<以下、赤字部分ネタバレご注意>
ストーリーは単純で、不幸な環境に育った32歳の女性(マギー・フィッツジェラルド)が、ボクシングと出会い、素晴らしいトレーナー(フランキー・ダン)に恵まれ、ボクサーとして成功を収めるが、その後…と、言った話である。
が、注目すべきは作りこみの細かさなのだ。
この映画の根底に流れるのは、イーストウッド独特の宗教観である。
「ミスティックリバー」のそれが、人間の罪をも飲み込み、それでもただそこに流れる「河」であったように、この「ミリオンダラーベイビー」では聖なる「血」が象徴する命の尊厳と、人間の背負う罪の深さを描いている。
イーストウッド演ずる、フランキーはボクシングトレーナーであるのと同時に、止血術に関しては右に出るものが居ないというカットマン(応急処置者)でもある。まさに人間の内部を流れる「血」を象徴している役どころだ。
そしてそれが何なのかわからないが、大きな罪を心にかかえ、その罪ゆえに実の娘との縁は切れ、絶対的な孤独の中に居た彼が、ヒラリー・スワンク演ずる女性ボクサー、マギーと出会うことになる。
不幸な生い立ちのマギーは、フランキーと出逢ったことで「ボクサー」としての天性に目覚め、フランキーとの信頼関係やファンの期待から、今まで彼女が得られなかった感情「生きている」という感覚、生命の素晴らしさを、みずみずしく鮮烈に実感していただろう…最後のリングに倒れるまでは。
彼女の不幸なハプニングの後、フランキーの旧友スクラップ(モーガン・フリーマン)が「人は毎日死ぬ。皿洗いや床磨きをしながらな。だが、(ボクシングをしているときの)彼女は輝いていた。」と語るシーンがある。
ボクシングは彼女の人生であり、命である、ということだろう。それを失うことは、「死」を意味するのだ。
ピアノ音が静かに流れるBGM、作品中多用されるモノトーンの画像が醸す、荘厳な雰囲気とは裏腹に、最後の決断を下したフランキーの心の叫びはどれほどだっただろう?
ラストに近づき、フランキーがマギーに彼女のリングネーム(「ロッキー」で言うと「イタリアの種馬」?!)「モ・クシュラ」は、ゲール語で「愛する人よ、お前は私の血」という意味だと告げるシーンで、それまでにちりばめられてきた「血(生命)」に関わるエピソードが1つの流れになるのである。
(フランキーを民族意識の強いアイリッシュ系に見立てたのも、そのあたりから来た伏線だったはず。)
「血(生命)」は崇高で尊い。命の尊厳を守るということは如何なることか?
すべては神より賜ったものであり、抗えば抗うほど、人間は苦しむことになる…。
人によって、受け取り方が幾通りにもなるこの映画、貴方はどうご覧になられる?
ミリオンダラー・ベイビー | |
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いいな~
これ、ずっと見たいのになかなか借りれないんですよ。。汗
やっぱイーストウッドらしい内容の作品みたいですねぇ。
ますます見たくなってきた~
題材的には「ミスティック・リバー」よりも
イーストウッド得意の主題(?)にあってるんじゃないかな、と、期待してるんです。
ようやくレンタルできました。
この映画、ネット上にレビュー書いてる人多いんですが、私と同じように感じてる人、全くありませんでした(涙)
もしかすると、かなり見当違いのオタンチンなのかな?
ミスティックリバーにしても、このミリオンダラーベイビーにしても、引用とか象徴とかの類のものがとても多くて、もっと勉強しなきゃいけないなー、としみじみ思います。
宗教学のある学校に行ってたのに、全然身になっていない自分が情けない・・・。
もっとまじめに、キリスト教学しとけばよかった。