早いものでもう2月
そして今日は節分
いつの間にやら節分には
日本の習わしになりつつある感の
「恵方巻」を食べる日
小さな子供がいないと
豆まきすることもないし
通常と変わらない一日
今日も冷え込んで
「雪」が降るかもとの予報でしたが
我が家の辺りは小雨模様
寒い一日です
ちなみに今年の方位は「西南西」
早いものでもう2月
そして今日は節分
いつの間にやら節分には
日本の習わしになりつつある感の
「恵方巻」を食べる日
小さな子供がいないと
豆まきすることもないし
通常と変わらない一日
今日も冷え込んで
「雪」が降るかもとの予報でしたが
我が家の辺りは小雨模様
寒い一日です
ちなみに今年の方位は「西南西」
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再び内館牧子さんの本を読んで
懐かしさと共に
頷く部分多く
自分自身の備忘録として
記載しています
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『私は東北大相撲部の監督として、部員にたびたび言っていた。
部員が私の前で言ったなら、叩きのめされる言葉があった。
他人と話す時、自分 の父親・母親を「お父さん」「お母さん」と言うこと。
「お父さん、お母さんなんて、小学生まで! 必ずチチ、ハハと言いなさい。
オヤジ、オフクロもちゃんとしたところではダメ。就職面接でせっかく『ワタシ」を使っても
『ワタシは オヤジに多くを学びました」ではダメ。「チチ」よ」
有名人がテレビなどで「お父さん、お母さん」と言うケースも決して少なくはない。
だが「オレ→ボク→ワタシ」と同様に、
「お父さん、お母さん、パパ、ママ→チチ、ハハ」への移行は
年齢と共に身につけるものだろう。』
私も常々気になっていた言葉
「お父さん、お母さん」はとても好きな単語
でも、大人(と思われる人)が使うのはかなり気になる!
テレビ見ていてがっかりしてしまうこと多し・・・
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再び内館牧子さんの本を読んで
懐かしさと共に
頷く部分多く
自分自身の備忘録として
記載しています
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『出版不況で町の書店が10年で約3割消えているという今
北海道砂川市の「いわた書店」 が、とても面白いことを始めた。
店主の岩田徹さんが考えた「1万円選書」である。
客は1万円を前もって書店に支払う。
岩田さんは客の好みや悩みなどに寄り添って本を選ぼうと
アンケートに答えてもらう。
そして、1万円分の本を選び、客に届ける。
これが2014年にSNSなどを通じてブレイク。今では東京や大阪でも広がっているそうだ。』
これは単純に
私がかって住んだことのある街のこと
中学と高校時代の一部をここで過ごし
(父の転勤の関係で)思い出多い街
当時もこの書店あったような・・・曖昧な記憶
ネットで調べてみると
現在もこの方法で注文受けているみたい
出版界不況の今・頑張ってほしい!
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再び内館牧子さんの本を読んで
懐かしさと共に
頷く部分多く
自分自身の備忘録として
記載しています
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『読者の皆様は小学生の頃、鉛筆はどのくらいの濃さの芯を使っていただろう。
パソコンが普及していない時代は、大人も子供も鉛筆である。
鉛筆の芯はなめると濃くな り、「鉛筆なめなめ勉強する」などという言葉があった。
商店のオジサンなどは、耳に挟ん だ鉛筆を取ってなめ、代金を計算したりしていた。
当時の小学生はおそらく、HBを使っていたのではないか。
秋田魁新報(5月16日)によると、今の小学生は全国的に2Bの使用が多くなっているそうだ。
かつて、女の子は学年があがるにつれ、2Hとか3Hとか硬い鉛筆を使いたがった。
濃い芯より大人っぽく感じられたのだ。中学生の私は5Hを使っていた。』
私は今でも2B鉛筆使っています
書いた時のソフト感が好き
スマホのメモ帳に買いものメモは書けるけど
サッと見るには紙のメモが早い・私は!
そこに書くのは鉛筆で
印刷物はPCで打つけどちょっとした記録などは
すべて鉛筆手書き派
そして私も中学生ぐらいからは
2Hとか3H使った記憶があります
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再び内館牧子さんの本を読んで
懐かしさと共に
頷く部分多く
自分自身の備忘録として
記載しています
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『原稿を書く前に手当たりしだい同年代に聞いてみた。
北海道出身から九州出身まで。
そして10人中9人が
「あの袋って、母親が縫って持たせてくれたのよね」としんみり。
友人たちの答えでは、北海道から九州まで、
どこも「草履袋」と呼び、背中 に黒か赤のランドセル
手には母親が縫った草履袋。その姿で毎朝通学したのだ。』
かなり前から
「上履き入れ」「シューズケース」「シューズ入れ」と
よんでいて「草履袋」という言い方はしないし
ある程度の年齢以下の方達は
この言葉さえ知らないらしい
我が子の時代も上履き入れだったような・・・
でも、下駄は殆ど履かなくても
「下駄箱」は今も健在だよね
阪神大震災から
今日で30年
その日
東京で揺れを感じることはなく
ニュースでその重大さを知りました
丁度息子の受験で
駅まで送るカーラジオで聞き
「神戸の方で地震みたいね」と
話していたのですが
その時はそれほど大きな地震とは思わず
徐々に入ってくるニュースに驚愕しました
その後も東日本大震災
去年の能登地震
つい先日もあわや南海トラフかと思わされた
宮崎県で震度5弱の地震と
このところ立て続けに大きな地震があり
(こればかりは防ぎようもなく)
防災用品を揃えるぐらいしか
対処のしようがないのが辛いところです・・・
母は「緑の手」を持っていました
特別なことはしていないと
言っていましたが
何故か家にあるお花は
次々と咲き誇っていました
15年前に亡くなった母の所から
持ってきた「セントポーリア」
咲いてはいたのですが
いつの間にか病気にかかったらしく
根元からおかしくなり諦めモードに・・・
親株は無理と諦め
しっかりした葉を何枚か切り
葉ざしで植えてみました
そして今
こんなに花を付けています♪
母の命が吹き込まれたような嬉しさです
松の内も今日まで
すなわちお正月も今日までで
我が家もお正月飾りを
片付けました
「どんど焼き」に
持ち込んで処分するのが本来の形でしょうが
最近はする場所がなくなりましたものね
自宅で処分する場合は
塩を振って清めてから
白い紙に包んで捨てると良いそうです
そして今日は七草粥の日
スーパーにはセットが
売られていましたが
我が家は作ることなく
終わってしまいました