4月21日。
遂に今日は試合だ!
朝五時に家を出て、友人の車で会場へ向かう。
思えば空手の試合に出るのも実に16年ぶりだ。
と言っても高校の頃にやってた伝統派と、今やってるフルコンではルールが全く違い、別の競技と言っても良い。
例えるならそう。
「放課後恋愛クラブ」と「放課後マニアクラブ」くらい違う!
二時間ほどで会場に到着。
長かった。
この試合に出ると決め、二ヶ月間、吐きそうになるほど過酷な稽古を乗り越えて来た。
仕事や家庭でも大変なことも沢山あった。
実はこの試合の数日前、心身ともにあまり良い状態ではなかった。
仕事が急に忙しくなり、二週間ぶっ続けで働くことになり、更に以前からの親類のおかしい野郎とのゴタゴタに振り回され、ちょっと俺もおかしくなってた。
そんな時に仕事でヘマをやらかし、上司に糞のように叱られた。
あぁもうやだ。
知らね。
この仕事も、めんどくせえ親類も着いて来れねえような何処か遠くに行っちまおうか?
なんてひねくれた。
続々と会場に集まる参加選手たち。
荒武者のような奴等かと思ったが、案外皆、普通の人だ。
だが、皆それぞれ、他人には言えぬ怒りや悲しみを隠しながら空手に打ち込み、今日、この場所に集まったのだな。
着替えて皆とアップする。
午後になって遂に俺の出番が来た。
新人の部・重量級。
とてつもなく巨大な奴等がひしめき合ってるのかと思ったが、割と普通の人がほとんどだ。
トーナメントを順調に勝ち進んだ場合、最大で四人を倒さなければならない。
四人か…。
容易く勝てはしないだろう。
だが、容易く殺られはしないぞ!
一回戦。
相手は俺と同じような背格好の男だ。
ヘッドギアを着けてて顔は窺い知れないが、年も俺と同じ位か?
先生と友人らに激励され、コートに入る。
正面に、礼。
主審に、礼。
お互いに、礼。
はじめ!!
ああああああああああああ!!
ぐあああああぅおおおおお!!
互いに親の仇のように容赦なく激しく殴る。蹴る。
痛みを感じている暇さえない。
アドレナリンが出ているんだろうな。
途中、そんなつもりはなかったが、思いっきり相手の顔面をぶん殴ってしまい、警告を取られてしまった!
いかん。
これでは判定の時に相手に有利になってしまう…
「上段狙って行け!上段!」
セコンド席から先生が。
そうだ!俺には上段蹴りがある!
この試合、顔面への突きは反則だが、ノーガード時の上段蹴りは技ありとなる。
ほどよく間合いが開けた所で上段蹴り!
しかし、浅かった!
その後も上段蹴りを狙っていくが相手も流石に警戒しはじめた。
そうこうしているうちに足が上がらなくなってきた。
スタミナ切れだ。
なんか急にあちこち痛いような気がしてきた。
だが、俺だけじゃない。
相手も明らかに動きが鈍くなってきた。
殺れる。
今なら殺れる!
なのに手足が上がらん!?
そんな時に時間切れ。
判定に。
最初に警告を取られたため、俺の判定負け。
………よし!!
何も出来ずに負けたのではない!
全力で闘って負けたのだ。悔いはない!
試合には負けたが、過去の惰弱な自分には勝てたのだ!!
負けることは恥ではない。
輝くために地道に頑張る人々を妬み憎み、己との闘いから逃げ続け、結局何も出来なくなって、それを誰かのせいにすることこそが最大の恥なのだ!!
しばらく経って、全身が急に痛みだし、激しい吐き気と咳に襲われた。
特に左の肋骨と左脚が痛む。
アドレナリンが切れたのか。
痛む片足を引きずりながら観客席に戻る途中、さっきまで殺す気でぶん殴り合ってた筈の対戦相手の男がこちらに気付き、笑顔で駆け寄ってきた。
互いに手を取り合い、健闘を称えあう。
年は三十前後か?
この男はこの二ヶ月間、何を思い鍛練に励んだのだろう?
どんな仕事をしているのだろう?
どんな家族が、友がいるのだろう?
知りたい。この男が何者なのか。
色々話したかったが、間もなく二回戦らしく、笑顔で一礼し、コートに走っていった。
ありがとう。でも次は勝つ!!
試合を乗り越え、なんか気が楽になった。
これを乗り越えた俺だ。
今、抱えている厄介事も、これから現れるだろう困難も、だいたいのことはなんとか出来るだろ。