恥を知れ

サディスティック・サディーの生かさず殺さず日記

9/5

2021-09-06 00:27:03 | tokyo2020

WeThe15
眼鏡のない時代に行ったら
私だって奇異な目で見られるだろう

WeThe15
世界の15%は障害者
なのにそれほど身近に感じないのは
住み分けているから

それにはそれなりの意味があって
社会はまだ彼らの住みよいようにはできていない
健常者と呼ばれる側もそれなりにいっぱいいっぱいで
全員に合わせるには限界がある
けれども誰だっていつか病気になったり事故に遭うかもしれないし
生きていればそのうち老いる
不便なマイノリティになる可能性がある
社会はまだ彼らの住みよいようにはできていない

一時期はとても生きづらかったな
今はそうでもない
働けているし
電車にもすんなり乗れるし
まあ買い物は不便なこともあるけど
他人の助けが必要なほどでない
そのあたりが
単なる生きづらさと障害との境界なのだろうか

 風のなかを自由にあるけるとか、
 はっきりした声で何時間でも話ができるとか、
 自分の兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうなことは
 できないものから見れば神の業にも均しいものです。

 (宮沢賢治)


 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 9/5 | トップ | 9/8 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

tokyo2020」カテゴリの最新記事