風の回廊

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年次改革要望書の廃棄とTPP―TPP加盟問題(3)

2011年02月25日 | 政治・時事
これまでの政治記事と異なり、よく解らないうちに書いてきたTPP問題ですがここにきて、その本質がかなり鮮明に見えてきました。それまでまったくと言っていいほど、政治・経済の話題として上げられてこなかったTPPが、昨年の秋に突如として、菅総理の所信表明演説に現れ、何かに追われるようにAPEC横浜、ダボス会議という国際舞台で、「第三の開国」宣言。以降TPP加盟に向けて積極的な政府の姿を国内に向けてアピールし、実際取り組んでいます。

昨日(23日)民主党中間派議員主催のBBL(Brown Bag Lunch Seminar)が、内田樹・神戸女学院大学教授を講師を招き行われました。テーマは、TPPに関することが中心だったらしいですが、(冒頭部分以外、撮影禁止)この席で、突如仙谷前官房長官が現れ、一冊の本を手にこんな発言をしたそうです。

「小泉・竹中構造改革は、アメリカを内部から壊した。TPPでもそれは可能じゃないかな」

このBBLは、民主党内でもほとんど理解されていないTPPの勉強会の色彩が強く、参加者は、TPPを慎重に考え、扱うべきだ。という姿勢の議員がほとんどで、そんな状況での仙谷さんの発言は、まるでTPPこそ、小泉・竹中構造改革の後継である、というような言い方なんですね。
そして、実際、そのとおりです。
これまで書いてきたように、(おさらい的に書きます)TPPは、2006年にシンガポールの提案の下に、ブルネイ、チリ、ニュージーランド4カ国が提携した経済協定で、関税自主権を放棄すること、国内制度、規制を緩和させることで、協定を結んだ加盟国間のあらゆる分野での流通を促進することが目的です。
この4カ国は、世界的に見れば、それほど影響力のない貿易量の国ですが、ここにアメリカはなぜか目をつけ加盟を表明します。さらにベトナム、オーストラリア、ペルー、マレーシア(微妙)が加盟することになっています。そして、日本も積極的に加盟しようとしている。

そこで加盟国、加盟表明国と日本のGDPの割合ですが、

アメリカ67% 日本24% オーストラリア4%で残りの5%に7ヵ国がひしめいている。

顔ぶれを見れば分かるとおり、中継貿易立国シンガポールを除けば、一次産業国、石油、鉱物輸出国で、必然的にアメリカの輸出先は日本で、日本の輸出先もアメリカで、どちらが欠けても、TPP加盟は日米双方にとって大きな意味はなく、そのアメリカは、5年間で輸出を倍増し、2000万人の雇用を創出する政策をオバマ大統領量が掲げ、ドル安をさらに強化する方向を示しています。
つまり、日本なくしてアメリカのTPPのメリットはほとんどないのも同じです。

では日本にメリットがあるのかというと、少し乱暴な言い方ですが、アメリカが輸出政策で、ドル安を進める以上、輸出先がない、輸出しても利益にならない、輸入しかない、それも関税自主権が放棄され、制度と規制を取り払われるような状況にメリットは見つからないばかりか、デメリットだらけです。

ではなぜ、日本はこうまでして、TPPに加盟しようとしているのか?アメリカの意をそこまでして汲もうとしているのか、理解に苦しみますが、考えてみると、戦後日本は、アメリカの意を言われるままに組み入れ続けているんですよね。
占領時代、冷戦時代は、アメリカの対共産主義政策(封じ込め政策)の下で、アメリカの意を汲みながらも恩恵も受け、共に経済成長を続けてきた実績があり、冷戦崩壊後も日本は、スピードは落ちたけれど緩やかな成長を遂げてきました。しかし、90年代に入りアメリカ経済に陰りが見え始め、今世紀に入ると、日米共に凋落が明らかになり、特にアメリカの経済的衰退は甚だしく、米国債の購買推進など日本への依存度は増すばかりでした。
こうした状況を明確に示しているのが、ほとんどメディアが取り上げてこなかった、アメリカの日本への『年次改革要望書』(日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書)です。

アメリカ大使館HP
http://tokyo.usembassy.gov/j/policy/tpolicyj-econ.html
(規制緩和参照:06年から08年年次改革要望書)
http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20041020-50.html#denki
(04年年次改革要望書)

年次改革要望書は、94年宮沢政権時代から『日米規制改革委員会』で双方イニシアティブを取りながら、相手国の制度や規制に関し透明性や緩和を求め、相互に開き円滑な関係を築き相互発展できるような双方の改革要求ですが、実態は、アメリカの要望が強く、日本の対米協調路線、従属化を強化し、日本にとって厳しい圧力の要求書で、『反抗できない要望』として知られ、その範囲は広く、『農業、電気通信、情報技術、知的財産権、医療機器・医薬品、金融サービス、競争政策、透明性、司法制度改革、商法、流通』などの主要分野で日本が講じている措置が列記されています。
こうした広範囲にわたる分野の開放要求を自民党政権は、もろ手を挙げて賛成し、実行してきたわけではありませんが、国内既得権益者の意向を重視しながら、取り入れてきたことは事実です。それが必ずしも国益になってきたかと言えば、そうではなく、最大の利益者は、アメリカのコングロマリット企業と日本の既得権益者で、国民が直接的に感じる利益とは遠いものだったと僕は評価しています。もちろん利益が叶ったものもあります。それには、大量の犠牲もあったことは忘れてはなりません。

たとえば、
・1997年 独占禁止法改正・持株会社の解禁
・1998年 大規模小売店舗法廃止、大規模小売店舗立地法成立(平成12年(2000年)施行)、建築基準法改正
・1999年 労働者派遣法の改正、人材派遣の自由化
・2002年 健康保険において本人3割負担を導入
・2003年 郵政事業庁廃止、日本郵政公社成立
・2004年 法科大学院の設置と司法試験制度変更、労働者派遣法改正(製造業への派遣を解禁)
・2005年 日本道路公団解散、分割民営化、新会社法成立
・2007年 新会社法の中の三角合併制度が施行

こうしたアメリカ側からの要求で行われる改革は、日本の政界、官僚、財界に不利益があってならず、当初財界に不利益だと思われた要求も、利益に変えてしまう能力を、官僚と財界は持っていて、政治は、財界の意向を汲み、官僚と一体となり法律と制度を変えてきました。もちろん変革に犠牲はつきものですが、たいていの場合国民が被ることになり、実感として国民がもっとも感じているのは、郵政民営化をはじめとする市場経済原理に基づいた、小泉・竹中構造改革から、いっそう酷くなった格差社会という歪です。この歪から生まれたものは、たいていの国民が受けているはずです。負の成果として。

ここでお気づきかと思いますが、TPPでアメリカが日本に求めているのは、求める分野も方向性もかたちとしてアメリカの年次改革要望書そのままなんですね。しかし年次改革要望書は、あくまで要望で、実行されないものもたくさんあります。しかし、いったんTPPに加盟すれば、実行しないわけにはいきません。仮にある分野のある部分で、意見がまとまらず、その部分だけ調印に至らなかったとしても、『ネガ方式』が採用されるから、規定されなかったもの、調印に至らなかったものは、すべて自由化されてしまうんです。
年次改革要望書で示された分野で、丸裸状態になるのが、TPPの顔と言っても過言ではないでしょう。

では、なぜアメリカは、日本にTPP参加を促し、急がせるのか?

鳩山政権は、日米対等、東アジア共同体構想など、真の自主独立を図る壮大な構想を持っていました。こうした姿勢の表れから鳩山さんは『日米規制改革委員会』を廃棄したため、年次改革要望書もなくなったんですね。
つまりアメリカにとって、年次改革要望書の廃棄は、日本の制度や規制を緩和させ、そこから利益を上げる道を閉ざされることになったからです。これはアメリカにとって急を要する案件で、何らかのかたちを作らなければいけない。それもこれまで以上の優位な形態ができればアメリカの国益は膨らむ。それがTPPへの日本の加盟要求です。

鳩山さんの決断は、まさに歴史的英断でした。対米従属路線から、実質的に全方位外交に切り替え、真の自主独立へ向かおうとした総理は、戦後の長い歴史の中でも、石橋湛山、鳩山一郎、田中角栄、そして鳩山由紀夫だけでしょう。
アメリカにとっては、ル―ピーだったかもしれませんが、日本にとってこれほど賢い政治家は、そういないんですよ。しかし、鳩山さんだけではなく、(石橋湛山は病気で自ら総理の座を降りた)なぜかみんな短命で、しかも大きな力が働き、志半ばで挫折の憂き目に会い、なぜかその後の総理は、一気に対米従属路線を走っている。

そして今、菅内閣は自民党と同じ路線を走っていると評価されています。今や自民党路線と明確な対立軸だった、社会民主主義的な政策が活かされていた『国民の生活第一』の香りも色もほとんどないに等しく、TPPへの加盟推進と日米同盟の深化は、小泉政権時代の露骨なアメリカへの擦り寄りを超えています。
仙谷さんの発言から、僕は一気にここまで来てしまったわけですが、これがTPPの実体を大きく占めていると思います。

TPPへの手続きも、小泉構造改革の手続きととてもよく似ています。
小泉さんは、郵政民営化を叫び改革派とし、反対派を守旧派とイメージづけることに成功しました。これには、官報複合体(フリージャーナリスト、上杉隆さんによる造語。官僚とマスメディアの一体化を表現)も一役も二役も買っています。あのときの騒ぎようはなかったでしょう。そしてまんまと国民は、騙されてしまったのです。

TPPでは「第三の開国」という改革イメージをAPEC横浜とダボス会議という国際舞台で総理が披露し、前原外相は、「GDPの1.5%未満しかない1次産業の農業を守るために、残り98.5%のかなりの部分が犠牲になっている」とアメリカで講演し、農業一分野に注目させ、農業を守ろうとする勢力を守旧派、開こうとする勢力を改革派と印象づけることに成功。メディアもTPPは、あたかも農業の関税問題だけのように報道し、農業を守ろうとする守旧派VS工業製品の輸出を歓迎する改革派という対立構造としてのイメージを植え付けました。
小泉さんの手法そのままです。

さらに、マスメディアが、実際以上に虚飾している小沢支持派VS菅支持派という政局にも結びつけ、TPP反対派は、古い政治の小沢支持派でTPP推進派は、改革路線の菅支持派というイメージ操作を行っています。(しかし菅さんの側近にも、菅支持派の議員にもTPP慎重、反対論者がいる。党内での慎重論、反対論者で実際行動に移している人は、200人以上)
実際はどうかと言えば、小沢路線こそ熟成した改革路線であり、菅路線は自民党と同じ古い対米追従路線です。
それを示しているのが、政局が慌ただしくなり出てきた、菅政権側からの本音です。
たとえば
「09マニフェストは、小沢主導によるもので内閣が変わったので、必ずしも順守するものではない」(岡田幹事長発言)―小沢の自民党との明確な対立軸こそ改革路線で、そこからの脱却を正当化する発言。つまり菅さんの変節は、自民化路線であること。

「政治主導などと言うべきではなかった」(枝野官房長官発言)

そして仙谷さんの「小泉・竹中構造改革は、アメリカを内部から壊した。TPPでもそれは可能じゃないかな」という言葉が何を意味しているか明らかです。
アメリカの年次改革要望書を受けた小泉構造改革で、日本は疲弊し、壊れようとしていました。それをセーフティーネットを張り、回復させ、古いシステムを解体し、既得権益者に多く分配されていた利益を本来受けるべき国民に正当に分配するシステムを作ろうとしたのが、09マニフェストであり、国民との約束です。鳩山さんは、沖縄基地問題で抵抗勢力に負けましたが、果敢にシステム改革を進めました。一方菅さんはろくに手を着けずに変節し、TPPに臨もうとしている。
『拒否できない要望』の年次改革要望書時代以上の、言ってみれば、アメリカの再占領を導いているに等しい総理です。

今日、フリージャーナリストの岩上さんによる、菅さんの側近とも言える首藤信彦議員に1時間半を超えるインタビューが行われUstreamで流しました。首藤さんは、経済学者でもあり、外交にも明るくTPPについてもよくご存じでとても参考になりました。その中でこんなふうに言っていました。

「代表選の時、菅さんはTPPについて何も言及しなかった。その後所信表明演説で明らかにしたが、詳細は何も解っていなかった。最近になってある程度解ってきた」

この程度の総理が、「第三の開国」「平成の開国」と言って進めるTPPってなんでしょう。
こんな総理に、このような状況下のこの国の舵取りを任せていいのでしょうか。

これまでも僕は、アメリカを批判してきました。しかし批判すべきアメリカは、軍産複合体であり、コングロマリット、多国籍企業とその手続きをしているホワイトハウスと、今やこうしたシステムに組み込まれてしまった福音派と言われる団体やマスメディアです。
アメリカと日本は、開国以来もっとも密接に歩んできた関係があり、双方が大切にしなければならない国であることは、今後も変わりないし、どちらにとってもなくてはならない、いちばん必要とされる国です。しかしあくまで関係は対等でなくてはならない。対等でなければ佳い関係など築けるわけはなく、歪んだ関係に陥り、被害を受けるのは、両国の国民です。だから、歪んだ関係を作ろうとする勢力は、徹底的に批判します。


武井繁明