風の回廊

風を感じたら気ままに書こうと思う。

誰でもできる。誰もが変えられる。

2011年05月15日 | 政治・時事
昨日偉そうに書いた、「だまされた者の責任、だまされなかった者の責任」で言いたかったのは、最後のほうに書いたように、現実的に放射能汚染されている中で、暮らさざるをえない私たちは、脱原発も推進も容認もなく、それぞれが、あーだこーだ議論して方向性を決めるなんて、そんな悠長なことを言っていられる状態ではなく、国策の繁栄構造の中で生活を謳歌してきたすべての人たちが、純粋に「未来に対して責任を負いましょう」「子孫に対して責任を負いましょう」ということです。
では、現実的に具体的に私たちは何をしたらいいのか。ということですが、震災直後、多くの人が「自分にできることしよう」と言いました。結局は、ここに尽きるのですが、ここにも具体性はなく、ここにすべて押し込めることは、あまりにも曖昧すぎる。

人は、仮説でも提案でもいったん言葉として、文字として表現すれば、そこに責任が生まれます。
仮説に対しては証明する責任。提案に対しては、体験と実績。あるいは現実的に行動しているか。
これがなければ、どんな高尚な提案でもただのゴミで、証明のない仮説は、幻想に過ぎません。
ということで、僕は昨日の問題提起に対し、これまで自分が実行してきた体験の中から、今すぐにでも誰でも取り組めるものを書きます。

これまで主だった活動として、県営ダムの建設反対と八ツ場ダム建設阻止に7年間くらい、かなり力を入れて取り組んできました。ここに政治的イデオロギーはなく、純粋に「必要のないものはいらない」という主張です。もちろんそれを立証するだけの知識は必要になります。

この中で、緩やかなネットワークが形成され、参加者は約2年で400人くらいになりました。しかしながら実際行動するとなると、400人がすべて行動できるかといえば、思いの強さやさまざまな都合でほとんどの人は動けませんと言うか、動かない。意見を持っていても賛同していても動かない。これが現実です。この中で実際行動していたのはわずか11人です。
11人の実行部隊では、提案した者が責任者となり、そのプランを遂行する。という決まりごとがありました。
そこで11人が、少ない知恵を絞り、多彩なプランを実行したのです。
そのひとつは……

◇主体となる機関への働きかけ:公開質問状提出⇒記者会見⇒公開質問状の回答への反論⇒記者会見

これは今個人ではできないでしょう。ですからこう置き換えます。


◇地元政治家への働きかけ:事務所を訪ね、A4一枚程度の意見書を持って秘書と話をする。
⇒その状況をネットで公開する(mixi日記やツイッター、ブログ)⇒回答があればそれをネット上で公開する。これを繰り返す。

新人議員は、週末は地元に帰り、駅立ちをしたり、後援会活動をしているので会う気になれば会えます。事務所には必ず秘書がいるので要望書、意見書として緩く訴えます。身分を必ず明らにし、返答が届く道筋をつけてきます。
ひとりではちょっと気後れするな、と思う人は夫婦で行ってもいいし、友人と行ってもいい。少し工夫すれば、オフ会が簡単にできるのだから、そのノリでオフ会前に時間を作り、みんなで出かければいい。
こうした経過を必ずネットに掲載する。掲載した内容を議員に(事務所に届ける)知らせる。

これは僕が実際、脱ダム活動の時やってみました。自分のプランだから自分ひとりで実行しました。国会議員と地方議員の差はありますが、国会議員でなくてもいいと思いますよ。まず手始めに。
3~4回行くうちに、明らかに変化が見られ、その議員が所属する会派で勉強会が行われるようになり、やがて私たちが主催した公開討論会や他のイベントに姿を見せるようになり、脱ダムに変わりました。

議員というのは、常に受け皿を求めているものです。受け皿を確認するまで動こうとしない習性があるのです。特に方針を変えるような状況の時は、受け皿がなくてはまず動きません。
今まさにそのような状況にあります。
時間もかからない、カネもかからない、やる気さえあれば誰でも出来ます。ぜひ土曜の休日に最寄りの議員事務所を訪ねてください。秘書と話をしてください。議員がいればさらに効果は高まります。
これを粘り強く、いろんな議員に働きかけるのです。

多くの人は、自分は1票しか持っていないと錯覚しています。たしかに選挙の時は1票です。
しかし、任期を残している議員の方針を変えることに貢献することができたら、それは何百票、地域によっては何千票にも値するのです。

僕が携わった県営ダムは活動を始めてから3年後、凍結になり、数年前事実上の中止が決定されました。
凍結に当たり主体者の知事はこんなふうに理由を語りました。
「倉渕ダム凍結は、200万県民の総意である……」
反対活動をしたのは、私たちのネットワークとある団体と共産党だけで、賛同者を入れても1万人に満たなかったでしょう。当初から最後まで県内は、無関心の風潮が漂っていましたから。でも、こうした言葉を導きだすことは可能なのです。

活動は、実に多様で多く、それについてはこれまで何度か日記に書いてきました。しかしその多くは手間もかかるしひとりではできません。
ここに書いたことは、今すぐ誰にでもできる行動です。いかがですか。

経験的に署名やデモなどの示威的活動は、労力のわりには効果が薄いです。これは河野太郎議員も言っていますし、僕が接した国会議員はすべて否定的でした。署名など紙切れ同然です。実際に訪ねること、会うことが意思表示としてもっとも大切なのです。

原発を止め、再生可能エネルギーを使用する安全な循環型社会にするためには、ひとりひとりの覚悟が必要です。
省エネに取り組むこと、節電することは誰にでもできます。効果的に寄付することも支えになります。しかしこれだけでは止まりません。
ひとりひとりの明確な意思表示が必要なのです。

八ツ場ダムについての行動は、極めて政治的な行動だったので、個人で今すぐできることではありませんが、「未来への責任」は、長い道のりになるので可能な行動です。
これについては少し長くなるので次回……

それにしても昨夜から今日にかけて、反原発者たちは、水を得た魚のように元気いっぱいだったな♪
ツイッターに「日本が滅びる」「今すぐ国外脱出、九州以西に避難せよ!」という言葉がたくさん見られました。
地震が起った時「冷静になりましょう!」と叫んだ人ばかりだったのは、笑えた。



武井繁明

『本日の参考書』は、昨日に続き「吉岡メモ:5月13日版」“水棺の失敗(格納容器破損)は何故起きた?”
http://www.shippai.org/images/html/news559/YoshiokaMemo38.pdf




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