風の回廊

風を感じたら気ままに書こうと思う。

開かれた記者会見―日本自由報道記者クラブ協会(仮称)設立

2011年02月10日 | 政治・時事
開かれた記者会見―日本自由報道記者クラブ協会(仮称)設立

引き続きTPP加盟問題について書こうと準備していましたが、それ以上に日本自由報道記者クラブ(仮称)について書きたくなってしまった。
日本には、ご存知のように日本とジンバブエにしか存在しない、会が主催する記者会見に会員以外の記者が加われない閉鎖的、独善的なプレスクラブ、『日本記者クラブ協会(以下記者クラブ)』があります。
諸外国にプレスクラブがあっても、セキュリティーチェックで問題がなければ、主催が政府だろうがクラブだろうが、会見の参加を妨げないのがほとんどで、事実を広く伝えるマスメディアの使命からすれば、当たり前の話だけれど、残念ながら、日本の大手マスメディアの記者たちで作る記者クラブは、会員以外の記者の記者会見参加を拒絶し続けてきました。また加入資格審査についても公表されてなく、フリーランスのジャーナリスト、外国人特派員、週刊誌記者などは加盟できません。
このようにマスメディアに在らざるべき排他的な記者クラブは、中央官庁、都道府県庁、市町村(置かれていない市町村もあります)、経済団体など各業界の団体など全国津々浦々置かれています。

マスメディアの在り方から、中央官庁、地方行政の公的な記者会見を排他的に行うことが、民主主義国家にあって大問題だけれど、それに加えて大問題なのは、各省庁、都道府県、市町村に置かれる記者クラブの記者室、記者会見場が、無償で貸与されていることです。「諸経費はクラブが応分の負担をする」「実情に合わせて負担する」としているものの、たとえば中央官庁の記者クラブでは光熱費は、全額国費負担。電話、ファックス代の一部も国費で賄われているのが実態だというから聞いて呆れる。つまり家賃も光熱費も払わずに、国営施設(100%税金で賄われている施設)で営業活動しているわけで、それも公的な情報を広く開くことを拒否し続け、独占的に得ているという、いったいどこの国のメディアなのか?と考えた時、北朝鮮とか中国を思い浮かべてしまうわけです。
その設置費用は、中央官庁の記者クラブ設置費用だけでも年間13億4千万円にも及ぶと試算されているんですね。
民主党が政権を獲ってから、総理官邸を始め、ほとんどの省庁で、全面開放、一部開放が行われていますが、まだまだ独占的な部分は多く、たとえば記者室は記者クラブ以外使えないとか、フリー記者の撮影は禁止だとか、フリー記者の助手が髪の毛を引っ張られたとか、暴言を浴びせられたとか、酷い話ばかりが伝わっています。

私たちは、そんな記者クラブメディアから、毎日報道されるニュースや記事を見て、あれこれ判断するわけですが、とてもまともなことが書かれているとは思えません。
たとえば、新聞を読んでも、文化、生活面などは読むに値するけど、政治、社会面は参考になるけれど、根っから信じるには行きませんね。不公正で開かれないプレスクラブの記事が、公正で開かれた記事とは到底思えないし、現実に恣意的な記事ばかりが目立ちます。
視聴者の心得として、ニュースや記事の内容について、「線」として見るのではなく「点」として見ることが大事かなと思うわけです。

そんな記者クラブに対し、フリージャーナリスト上杉隆さんをはじめ、フリーランスの記者や雑誌記者などが中心となり、『日本自由報道記者クラブ協会(仮称)』(以下、自由報道協会)を設立したわけです。(11年1月27日)
「記者クラブに対し」と書きましたが、自由報道協会は、記者クラブと記者を敵対し、拒絶するわけではなく、個人としての参加をむしろ歓迎しているわけで、会見の様子をどこのメディアで記事にするのも自由で、『自由報道協会』の記者会見で取材した旨を入れれば、他に制約はない開かれたプレスクラブです。
今日3回目の自由報道協会主催の記者会見が行われましたが、7時のNHKニュースでも流れましたね。

自由報道協会は、営利を目的とするものではなく、開かれた会見の場を提供することを目的とする非営利団体で、会費と寄付により運営されています。会見する人は、協会の要請によるものが基本ですが、これまで記者クラブの会見で語ったことが、自分の意とそぐわないかたちで報道され社会的に被害を受けていると思っている人の会見の場としても積極的に受け入れていくようです。また視聴者からの要請にも応えていく姿勢でいます。

これまで3回記者会見が行われましたが、その最大の特徴であり、評価すべき点は、会見の一部始終を放映していることです。つまり完全ノーカットで放映し、記者クラブメディアが独占的に握っていた「編集権」を視聴者に全面的に委ね、一次情報を視聴者が享受できるシステムを作り上げたことです。
さらに視聴者からの質問も受け付け、会見の場で実行されるという、自由報道協会の会見放映を見る人は、記者と同じ立場になれるというわけです。(もちろん手を上げた記者がすべて質問できないように、すべて質問が実行されるわけではありません)
もちろん会見の様子を参加した記者がどのように放映するかも自由です。

放映は自由報道協会に属している『ニコニコ生放送』、フリージャーナリスト岩上安身さんの『Ustream岩上チャンネル』他フリージャーナリストのネット放送で生中継だけではなく、アーカイブでも見ることができます。
1回目の記者会見では、7元中継していたと思います。今日はそれよりも多かったんじゃないかな。

こうした民主的に開かれた姿勢と報道によって、真実を探る術が視聴者に近づいてきました。大手マスメディアの報道と論調と、ノーカット放送から自分が編集権を得て、視聴者それぞれが、自分で組み立てた論調と比較できる。このことは事実の探求と、真実の積み重ねで得られる、社会観、政治観、経済観、国際政治観などを創造する力となり、自分や社会を取り巻く現実的な世界を自分なりに知る上で重要な役割を果たすソースとコンテンツになるかと思います。

私たちは、これまで閉ざされた記者クラブメディアによる、編集された情報に、変動する政治・経済・社会・国際関係を知る上で頼り切っていました。それによって果たして真実を知り、正しい評価ができたか疑問です。編集には必ずといっていいほど意図があり、編集する側によって隠したい部分があり、偏向があります。
「いつ」「どこで」「誰が」「何を」したという客観的事実は、編集された記事にもあるけれど「何のためにした」というもっとも重要な「事実の意味」に、たぶんに主観が侵入することは否定できないし、「事実の意味」に含まれる「記者の主観」「メディアの主観」が、ジャーナリストの生命線とも言え、否定するつもりはなく、むしろ優れた主観を僕は歓迎していますが、私たちが本来受けるべき利益を損ねるものであってはならないと思います。本来受けるべき利益を享受する側に立った「真実の意味」を報道してくれないことには、マスメディアは、害悪にしかなりません。
そうした「真実の意味」に近づける機会が、新しく生まれたことに僕は、失われつつあったジャーナリズムに一遍の光明が射したように感じました。

自由報道協会の設立の中心的役割を果たしたのは、暫定代表の上杉隆さんだと思います。上杉さんは、NHK報道局員、鳩山邦夫議員の秘書からニューヨーク・タイムズ東京支局記者となり、フリージャーナリストになった人で、12年前から「記者クラブ」の閉鎖性、排他性を批判し、改革を求め、開かれた記者会見を追求し続けてきました。東京支局員といえどもニューヨーク・タイムズでの体験は、議員秘書を経験し、日常的に閉ざされた記者クラブと接してきた彼にとって、新鮮に斬新に映ったに違いがありません。自民党政権時代、官房機密費がジャーナリストたちに流れていたことに手を突っ込み報道したことも、ニューヨーク・タイムズでの体験が向かわせたと思っています。そして彼は、民主党の記者会見開放に一役買っていたと僕は想像しています。強く求める受け皿がなくては、政治家は既存システムを解体することに積極になることはありません。それが政治家の習性のひとつですから。

こうした上杉さんの姿勢と目的は、記者クラブに属さないフリージャーナリストの多くが持っていて、そんな想いがまとまり、具現化した自由報道協会です。その自由報道協会が第1回目の会見に招いたのは、小沢一郎でした。
上杉さんの「協会の目的にもっともふさわしい人」という言葉で会見が始まりましたが、上杉さんが「開放された記者会見」を論じるとき、小沢さんの名前が出ないことはありません。
「なぜなら、小沢さんは、自民党の幹事長時代から(89~91)、記者会見フルオープン化し、野党党首時代から現在まで続けてきた唯一の政治家で先駆者だからだ」と彼は言います。


第一回会見は、小沢一郎。2回目、堀江貴文。そして今日3回目、小沢一郎。
来週も時間が合えば、小沢さんの会見を行うそうです。
リクエストに沿った人とも交渉中だそうで今後の展開が期待されます。
今のところ小沢さんが多いのは、相変わらず時の人、ということもあり、また小沢さんは、これまでのフリー会見を行っても記者クラブメディアの意図的で偏向的な編集報道に辟易し、「意味がない」とも断言し、ノーカット放映の記者会見を積極的に行って行く姿勢と合致しているからです。
昨年の暮れあたりから、小沢さんがネットのノーカット番組に出る機会が増え、たぶんフリージャーナリストでは初めてと思われる、岩上安身さんによる独占インタビュー、生放送が行われましたが、ニコニコ生放送での累計視聴者は、放映数日後で48万人にという人数に膨れ、岩上チャンネルとそのアーカイブを含めれば、どれだけの人が見たんだろうと、その影響力と関心度に驚き。また新しいかたちの記者会見に期待するばかりです。

自由報道協会は、変革の原動力になる可能性を秘めています。もちろん主体は私たちにあります。