
2日間連続で「WWEヴィンテージ・コレクション」の放送を見た。いずれも94年~95年のもので、あのアランドラ・ブレイズ(メドゥーサ)の激闘が…「サマー・スラム」でブル中野を相手にした防衛戦では、ダイビング・ギロチンを交わし、ジャーマンでピン・フォール勝ち。ほとんど毎日のように闘っていた二人のクライマックスが、この舞台だったのだ。
1995年の「サバイバー・シリーズ」は4対4にイリミネーションマッチだったが、画面はアランドラvsバーサ・フェイ(モンスター・リッパー)&アジャ・コング&渡辺智子の場面から。この試合は日本から他に、井上京子、長谷川咲恵、チャパリータASARI、ライオネス飛鳥も出場。私も全女軍団を引き連れワシントン入りしていた。その際、メドゥーサが運転してくれ、ベビー軍が同じ車に乗った。TVでASARIのスカイツイスター・プレスが映っていなかったのが残念。あの技を放った時の場内のどよめきは尋常ではなかったからだ。
この渡米では、WWF(WWE)のバックステージも体験し、団体のすごさを見せ付けられた。選手が午後1時には各自で会場入りし、インタビュー撮りや試合など自分の出番がいつなのか知らせられていないから、ずっと控室で待機するしかないのだ。中には会場入りしても、まったく出番が無く帰っていった選手もいた。徹底したTV主導の体制は、まるでTV局にいるかのようだったのだ。
1995年の「サバイバー・シリーズ」は4対4にイリミネーションマッチだったが、画面はアランドラvsバーサ・フェイ(モンスター・リッパー)&アジャ・コング&渡辺智子の場面から。この試合は日本から他に、井上京子、長谷川咲恵、チャパリータASARI、ライオネス飛鳥も出場。私も全女軍団を引き連れワシントン入りしていた。その際、メドゥーサが運転してくれ、ベビー軍が同じ車に乗った。TVでASARIのスカイツイスター・プレスが映っていなかったのが残念。あの技を放った時の場内のどよめきは尋常ではなかったからだ。
この渡米では、WWF(WWE)のバックステージも体験し、団体のすごさを見せ付けられた。選手が午後1時には各自で会場入りし、インタビュー撮りや試合など自分の出番がいつなのか知らせられていないから、ずっと控室で待機するしかないのだ。中には会場入りしても、まったく出番が無く帰っていった選手もいた。徹底したTV主導の体制は、まるでTV局にいるかのようだったのだ。