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空想科学ロケット旅行

Let's Go Swanky Street, Singing The Kids Are Alright!

2002年さぬきうどんの旅 その5 ~山越~木村

2005-07-31 19:38:16 | Drinking & Eating
さて、いつまでもショックに打ちひしがれているわけには行かない。早くしないと昼時のベストタイムが終わってしまう。というわけで気を取り直して山越に向けてスタート。

これがまた、道幅はそれなりにあるが、「ああ、いま山を越えているなー(別に山越とかけているわけではない)」と実感できるようなものすごいクネクネワインディングロード。それを抜けてしばらく走り、目的地に近づいてきたなーと思っているといきなり路上駐車の長蛇の列。もしやこれが!? と思ったらやっぱりそうだった。おお、なんと警備員が交通整理している。いったん通り過ぎてからUターン、Yを先に降ろして列に並んでもらってから路駐の列に車を停めた。

製麺所の前からズラッーと伸びた行列は交差点で曲がって狭い駐車場みたいなところをクネクネと。見れば交差点のところでみんなが行列をバックに記念撮影をしている。製麺所のそばまで来ると「初めての方へ」みたいなパンフレットまであるではないか。

40分ほど並んでようやく製麺所の中へ。吟味に吟味を重ねてやはりここは釜玉の中とかけ中を注文。かけは冷たいダシをかけて縁台みたいのに座って、いざ一口…。

正直言ってかなりドキドキしていた。いくら巷の評価No.1のさぬきうどんとはいえ、車をレンタルして山の中を走って40分も待って、いざ食べてみたら「うおー!さすがは山越! 噂どおりのうまさだー!!」と自分を無理やり納得させなければいけないようなことになったらどうしようか…と思っていたのだ。

しかーし! そんな心配はまっっったくの杞憂に過ぎなかった。


うまひー! うますぎる。


コシ、ツヤ、太さ、スッキリしたダシ。すべてがベスト。まさにベストofベスト。30ン年間生きてきて食べた麺類の中で一番うまかったといっても全然過言ではない。さらにYの釜玉をもらうとこれがまたうーまーい! 釜揚げながらもモチッとしたコシがあり、そこに卵がからんでなんともいえない。 思わず写真を撮るのも忘れてあっという間に全部食べてしまった。

うー、もっと食べたい。このうどんだけ食べていればいいのではないか? と思わずに入られなかったが、限られた時間と再びあの行列に並んでいる場合でもなかったので、後ろ髪を首がムチ打ちになるぐらい引かれつつも車に戻った。


さて次は…とうまひゃひゃの地図を見て、わりと近くにある「木村」に決定。Yは満腹で次はパスするかもとのこと。走り出してしばらくすると寝てしまった。途中ちょっと道を間違えながらもシャルロットのナビで近くまでは来たものの、なんだかおかしなところでナビが終了してしまい、全店制覇の地図とナビを見比べてなんとかたどり着いた(すぐ近くの交差点を通過してしまっていた)。店の向かいに駐車してYを起こしてどうするかと聞いたら食べられそうだというので一緒に店に入る。

わりと広い店内にテーブルが並んでいる。左手のカウンターでどんぶりに玉を入れてもらって席につくと、あれ? ダシはどこだ? テーブルの上に土瓶が置いてあるがこれはお茶だろう、と思ったら温かいダシだった。冷たいダシをかけて食べたかったのだがどこだ? Yが店の人に聞いたら冷たいダシはないとのことで、それではと醤油をササッとかける。

麺はけっこう弾力系のコシがありおいしかったが、ダシはイリコの臭みが出てしまっていてちょっとイマイチ。生醤油も麺がちょっとぬるめだったのでもう少しきりっと冷えていたらもっとおいしかっただろうな。ちなみに事前の情報が何もなかったこの店、後日「恐るべき」を読んでいたらちゃんと載ってるじゃん。おまけにダシを探すところまでまったく同じ。うーむ、やはり予習は大事だなあと実感(遅いって)。


(次回はいよいよフィナーレ)

2002年さぬきうどんの旅 その4 ~小豆島そうめん事情~谷川米穀店

2005-07-20 23:36:59 | Drinking & Eating
さて翌日。高松を後にして小豆島に向かったわけだが、さぬきうどんとは関係ないので割愛。


と思ったけど、それなりに新しい発見があった。そもそも小豆島に行った目的はそうめんなので、麺類にまったく関係ないわけではない、というかやっぱり麺類じゃん。

「小豆島=そうめんアイランド」と考えて、期待に胸と胃袋をふくらませていた(お決まりのフレーズ)我々だったが、島に渡って信じられない驚愕の事実を思い知ることになるのだった!


……なんて、安っぽいバラエティみたいだが、

なんと、
小豆島には、
そうめんを食べさせる店が、

なかった。


いや、これには驚いた。高松でのうどん屋の数を目の当たりにしていたので当然小豆島には島内にそうめん屋がひしめいていて、「おっしゃー、うどんだとそんなにハシゴできないが(←じゅうぶんしてるよ)、そうめんならバッチこーい! うるああああ!!」と胃袋が破壊王状態(橋本慎也さん、ご冥福をお祈りいたします)だったのに、ぜーんぜんないんだから。

たぶん想像するに、うどんは生活の中の食べ物だが、そうめんは贈答品なんじゃないかな、と。手延べだとそれなりに手間もかかるし。かといって、じゃあ、うどんが手間がかからないのかというとそうではないんだけど。どなたか小豆島そうめん事情に明るい方がいらっしゃったらぜひ教えてください。

さらには、実はレンタカーを借りることができず(まさか全部出払っているなんて夢にも思わなかったので予約していなかったのだ)、「瀬戸内海の地中海」(なんかヘンな表現だな)的なリゾート観光スポット(があったらしいのだ、山の向こうには)までたどり着けなかったことにも一因があるのかもしれないのだが。

そもそも小豆島って行く前にYからは「関西の人にとってはいわゆるリゾート」と言われ、関西出身の同僚Mさんからは「高校生が初めてナンパしに行く島(なんだそりゃ)」、ガイドブックを見れば「日本の地中海&オリーブ」(おいおい)と言われていたので、なんとなく80年代湘南ムービー「波の数だけ抱きしめて」中山ミポリン白いプラスチックのデッキチェアみたいなイメージを持っていたのだが、実際にはなーんにもないぞ。ぜんぜんリゾートってかんじじゃない。

もしかするとあの山を越えたところには夢のリゾート地帯(でも80年代的)、または古代エーゲ海文明を思わせるようなギリシャ様式の石柱(もちろんエンタシスね)に囲まれたそうめん屋がそこかしこにあって、人々は古代ギリシャ哲学を語りながらずーるずるそうめんをすすっていたかもしれなかったのだが……。まあ、そんなことはないな。

というわけで、麺フリークの方々は小豆島に行かれる際にはくれぐれも注意されたい(なにをだ?)。


けっきょく池田港というフェリー乗り場のレストランというよりは食堂でそうめん定食みたいなのを食べたが、まあ、そうめんだなというかんじで別段どうこうというほどのものでもなかった。


そんなわけで、そうめん十番勝負を求めて暴れる胃袋を夕食の炉端焼と焼きおにぎり(これはうまかった。小豆島といえば醤油も有名なのね。こってりした味が炭火でじゅうじゅうと…。うわ、たまらん)でなんとかおさめて、翌日ふたたび高松に戻ってきたというわけ。


(こっちはちゃんと)予約してあったヴィッツはやっぱり一昨日乗った車だった。グッドモーニング、シャルロット。また会えたね。再会を喜びつつ、快晴のもと一路谷川米穀店を目指す。

シャルロットの指示通り走っていったが途中から完全な山道で、県道なのだが対向車が来たらどうしようというような幅のクネクネ道が続く。どひー、早く抜けてくれー。そもそも谷川米穀店は徳島県との県境近くみたいで、走っていてもすっかり山の中というか道の両側に山が迫ってきているぞ、というかんじ。

「全店制覇」の案内どおりビレッジ美合を越えて進むが落合橋が見えてこない。あれーおかしいなー、通り過ぎちゃったのかなーと思っていたところに橋があった。おおっ、これじゃー!と左に曲がってすぐのところに以前写真で見たことのあるくだりの坂道が。もしかするとこれか?

でもなんだかひっそりとしているぞ? あたりにも車が全然いないし…。なんとなく不安になってYに見に行ってもらったらなんと休みだった。ガーン! ここまで来たのに! 定休日が月曜になったと書いてあったらしい。あまりのショックに店の写真をとるのも忘れてやむなく撤退。

とりあえずビレッジ美合に車を止めひと休み。うーん、今思い出しても残念だなあ。ちなみに「恐るべき…」の1巻、谷川米穀店は2軒目の紹介で出てきているが、このシチュエーションを持ってしてもなんとたったの4ページ! 連載が進むにつれて田尾団長のヨタ話がいかに増えていったかを裏付ける重要なポイントであるといえよう(笑)。


(次回はいよいよ感動のアノ製麺所が登場!)



2002年さぬきうどんの旅 その3 ~五右衛門~鶴丸

2005-07-16 01:45:24 | Drinking & Eating
さあ、次は…と思ったのだが、Yがもうギブアップということだったので残念だったがひとまず高松を目指す。

レンタカーを返却して(満タン返しなのでガソリンを入れたが800円弱だった。ビッツの燃費がいいせい?)、ホテルにあったパンフレットに載っていた「山海塾」で夕食。地元の人でにぎわっている和食惣菜居酒屋。ひらめ刺身と牛スジ煮込みがおいしかった。地元の焼酎も飲んだけど名前を忘れてしまった。

さて、それから五右衛門に。店は山海塾のすぐそばだったので歩いてすぐ着いた。カレーうどんと生醤油を注文。うどん自体はまあまあだが確かにカレーはマイルドでうまい。学食系かも。生醤油はまあまあ。麺自体よりもカレーの印象のほうが強いかな。Yはカレーうどんをかなり気に入ったようだ。

Yがギブアップなのでひとまずホテルに戻り、1時間ぐらい食休みしてから一人で鶴丸へ。ぶっかけを注文。色が白い。「恐るべき」でも『色が白いがそれは蛍光灯のせいでは』と書いてあったなあ。麺はまあまあという感じ、というかお腹が一杯で印象が弱くなってしまっている。あまりはしごするというのも考えものだなあ。Yにアイスを買って帰る。どうでもいいけど、山海塾でもコンビニでも氣志團(♪恋しているーのさーああ)が流れていたなあ。高松では大ヒットなのか?


(今回はテンションがちょっと下がり気味だが、まだまだ続く)



2002年さぬきうどんの旅 その2 ~宮武~山下(善通寺)

2005-07-14 00:45:53 | Drinking & Eating
続いては宮武を目指す。シャルロットが示したルートだと来た方向に戻らなければいけないのだが、Yのナビによるとそのまま進んでも行けるようなのでそっちでいってみた。しばらくいくと道端に黄色くてでかい看板が出ていたので「おお!」と思って近くへいってみると駐車場だった。結構空いていたのでそのまま車を停めて少し離れた店へ。

表向きは普通の家みたいな建物だが入ってみると左手が厨房で右手がテーブル席、奥が座敷になっている。カウンターに座り、先ほどのやまうちでのこともあり、今度は自分もひやひやを注文。そういえばここが「ひやひや」という言い方の発祥の店なんだなあ。

しばらく待たされていたのは茹でていたからかな? カウンターの向こうでは大将(おお、雑誌で見たのと同じだ!)が麺を打っている。おもしろかったのはお客がお勘定を自己申告すると、ご主人が「ろくよん!」とか「いちにーぱー!」とか暗算マシーンになっていたところ。店員で若い男の子がいたが暗算がうまくできなくて横から助け舟を出されまくっていた(笑)。

待っている間に天ぷらを観察。赤天、白天、丸天というのがあった。赤天と白天は長方形をしている。魚のすり身を揚げたさつま揚げみたいなものか? 噂のゲソ天もあったので取ってみる。たしかにデカイけどちょっと揚げすぎ?でこげ茶色。そうこうしているうちにうどんが出てくる。なるほど透き通ったダシに少しちぢれた麺。今度は待ち時間もあったので落ち着いてひとくち、まずはダシをズズッと…うおっ、ウマイ! さらに麺に歯を立てた瞬間、「ああ、これだよなー」という感じ。適度な歯ごたえとその後に続く弾力。東京で食べていた麺のコシと決定的に違うのはこの硬いだけではない弾力。ムニュムニュ系とも違ったグッと来る押し返しがたまらない。これはうまい。大満足して店をあとにする。

次はさとなおに習って善通寺の山下へ。ひょいひょいっといくとたしかにすぐに着いた。道路わきにあるフツーのうどん屋。関東でいうところの「麺ロード」みたいな店構え。「恐るべき」「うまひゃひゃ」ともぶっかけがお薦めだったのでYはぶっかけ、自分は看板に「釜揚げの」と書いてあるのでそっちを注文。

すぐにぶっかけが来た。おおっ、小なのにけっこうな量。たしかに普通の一人前ぐらいあるぞ。重量級の麺でコシがあってこーれーはうまい。次に釜揚げが来る。でっかい徳利からダシを注いでズズッとひとくち。その瞬間「おおっ!これだ、これなんだー!!」と感動。東京では麺のコシを意識してぶっかけやひやひやばかり食べていて、釜揚げはけっこうご無沙汰だったが、この麺にこのダシ! ひとくち目で口に広がるうまさは忘れかけていた長田の釜揚げのうまさを思い出させた。「恐るべき」ではダシの系統が長田と違って…とあったが、あまりそれは感じなかったな。

いずれにしても口に広がるダシの香りとうどんの感触。さとなおが使っていた「ホニホニ」というのは釜揚げの麺の感じをかなりうまく捉えているなあ。まさにそんな感じで表面がモロモロッとやわらかくモチモチした感じ。釜揚げのおいしさを再認識して大満足。ぶっかけをもう少し食べようと思ったらYが全部食べてしまっていた(笑)。お土産のうどんがあったので四箱買う。車に積んでいるときはよかったが、手に持ってみるとかなり重い…。


(続く)




2002年さぬきうどんの旅 その1 ~やまうち

2005-07-10 12:52:20 | Drinking & Eating
先月、香川にさぬきうどんを食べに行ってました。これで3回目。はっきり言って酔狂だけど、昨今のさぬきうどんブーム(関東ではもう沈静化しましたが)だとそんな人もけっこういたりするから世の中わからないもんです。

その時のことをアップしようと思ったんですが、ふと「前回分が日記に書いてあったな」と思い出して見てみたら、(自分ではすっかり忘れていたが)これがなかなかハイテンションな仕上がりになっていたので、先にこっちをアップしてみようと思います。

ちなみに最初に行ったのはもういつだか忘れてしまったけど多分1999年頃。まだ関東にはうどんブームの片鱗もなかったけど、昔から麺類大好きだったのと、村上春樹のエッセイ(『超ディープうどん紀行』「辺境・近境」所収)を読んでいて「どうやらなかなかにすごい世界があるらしい」と思ったのがきっかけ。

とはいえ、たいした下調べもせずに「るるぶ」だけ持って行って、そこに載っているうどん屋を何軒か回ってみようという軽いノリでした。ところが高松に着いた晩、まずは「るるぶ」の教えどおり「かな泉」に行って釜揚げを食べたがそれほどの衝撃もなく「ふーん、こんなものなのかなあ…」などとぶらぶらホテルに帰る途中の本屋で「恐るべきさぬきうどん」1~3巻との衝撃的な出会い!があり……と、あとはよくあるパターンです。その後、さとなおさんの「うまひゃひゃさぬきうどん」を読んだとき、「まったく同じパターンだなあ。ということは多分同じパターンの人が山ほどいるんだな」と感心したものです。

翌日から回ったのはたしか「さか枝」「わら家」「蒲生」「おか泉」「長田」ぐらいだったかな。そのときはレンタカーを借りていなかったので電車でいける範囲に限られていたのが残念でした。「恐るべき…」での予習もあって、さぬきうどんのまさに「ディーープな」世界にどっぷりとハマッてしまったのでした。

当時の関東ではさぬきうどんらしいものを食べられる店はほとんどなく、また周囲にそのおいしさを話しても伝わるわけもなく、悶々とした日々を送ったあとの香川再訪なので、そりゃテンションも上がるってもんです。


さてさて、前置きが長くなったけど、それでは2002年編の始まりです。


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2002/10/12 Sat

讃岐うどん&小豆島旅行。羽田での離陸が少し遅れて13:30に高松空港着。予約しておいたトヨタレンタカーでヴィッツ(ピンクじゃなくてよかった)に乗り込み、いざレッツラゴー!

初めてカーナビというものに触れたが、こーれは便利! 惜しむらくはなんとか町レベルまでしかナビゲートしてくれないので、最終的には現地に着いてから最後は人力で探さなければいけないのだが、それでもまったく道のわからないところを走るのにこれほど心強いものはない。曲がるポイントに来ると700m、300m、もうすぐと丁寧に教えてくれるあたりがニクイ。ひとまずシャルロットと命名して、それはもう全幅の信頼を置く。

ということで、親切なシャルロットに導かれてまずはというかいきなり秘境「山内」へ。天気もいいし久しぶりの運転も田舎道だと楽しい。シャルロットの「音声ガイドを終了します」とともにYのナビに交替。さとなおの「うまひゃひゃ」と恐るべきの「全店制覇」があるので詳しい地図は結局買わなかった。多分こっちだろうと見当をつけて走っていくと、なるほど線路を右に見てずんずん走る。

まわりは山と畑ばかり。うまひゃひゃの描写どおり、とはいえ本当にあっているのかなあと不安になってきたところに、おおっ! たしかに線路の向こう側に小さくうどんの看板が! せまーい踏切を渡ると、なんとおっちゃんが交通整理みたいなことをやっている。「うどんこの上」という看板に沿って左に曲がると薄暗い林の中をこれまたせまーい道が山の上へと向かっていく。たしかにこれは予備知識がなかったらこの先どうなることかと思うよなあ、と思っていると、ぽっかりと空き地に出て山内に到着。

着いたのは3時前だったが店は大繁盛。家族連れからカップルまでいろんな客がいる。すぐに自分はあつあつ、Yはひやひやの小を注文。ホントに着いたのが信じられないのと、一軒目ということでなんだか緊張してしまい、正直なところ味はよくわからなかった(笑)。ただ同じ麺でもやはりひやひやのほうがきりっとしていておいしかった。

朝から何も食べておらずとにかくお腹が空いていたので、ようやくこれで一息ついた。店を出てみるとなぜか入り口の横で植木やめだか(!)を売っている。なんだか訳がわからないなあ…。


(イカ続く)




[三十六月夜物語] その1

2005-07-09 15:20:40 | 日々のうたかた

“A TWILIGHT DE JA VU”= 夕暮幻燈


(おや、前にもこんなことがありましたね
 あのときも確か
 空は水色と朱色の二重構造で
 空の鯨達の腹を 全くうっとりするような桃色に
 染めていましたっけ)


(いえいえ そんなことはございません
 恐らくそれは
 夜でもなく昼でもない そんな微かな時間の
 まるで橙色に滲んだ町が
 あなたのスクリインに投影した幻像に
 ちがいありません)


(なるほど きっとそうかもしれませんね)


(ええ きっとそうです)




19860715


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この[三十六月夜物語]というのは、浪人~大学時代につけていたメモのタイトル。ある日見た夢の中で自分が読んでいた本のタイトルで、目が覚めたときその本の中身は全然覚えていなかったけど、タイトルだけはくっきり残っていてなかなかかっこよかったのでそのまま使ったというもの。

今読むと、当時入れ込んでいた(今でももちろん好きだけど)作家が手に取るようにわかるというなんとも気恥ずかしいものだが、一方ではものすごく純粋に文学好きだったよな、と思わなくもない。

メモのほとんどは断片的なもので自分以外の人にはなんだかわからないものだけど、いくつかはこんなふうにまとまっているものもある。

15~20年近く前のメモだったりするけれど、若かりし頃(笑)の僕がせっかく書いたものなので、ときどきアップしていこうと思う(ネタが尽きたとき対策?)。




保坂和志『プレーンソング』

2005-07-06 01:02:09 | Reading
うっかり動作を中断してしまったその瞬間の子猫の頭のカラッポがそのまま顔と何よりも真ん丸の瞳に現れてしまい、世界もつられてうっかり時間の流れるのを忘れてしまったようになる…。猫と競馬と、四人の若者のゆっくりと過ぎる奇妙な共同生活。冬の終わりから初夏、そして真夏の、海へ行く日まで。(文庫裏表紙より)

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★★★★☆
読んでいる最中は「いったいどこに向かっていくんだろう」と思ったが、読後は奇妙に心に残る作品だった。残念ながらきちんとした感想をまとめるには時間も精神的余裕もないので、思ったことをメモ書きとして残しておく。

※ラストシーンなどにも触れているのでこれから読もうと思っている方はご注意ください


■読む前は村上春樹的作品を想像していたのだが、読み始めてみると全然違った。

■文体がなんか変。ところどころが話し言葉みたいというかあまりうまくない作文を読んでいるみたいというか。なんともいえない独特の語り口。それと一文が結構長めで、これもとりとめのないおしゃべりのような印象を受ける。

■何かが起きるようで何も起きない。それは206ページからのゴンタのセリフで語られているように、筋とか事件とかは関係なく、ごく当たり前の時間そのものが過ぎていくということ。昔「なんにも起きない」マンガを書きたいと思っていたが、「なんにも起きない」というのはまさにこういうことなのかも。

■ラスト直前、浜辺で出会った男と老犬のエピソードはなんにも起きないストーリーの中で、唯一のヤマ場かも、と思った。それまでと関係ない、そしてちょっとグッと来るエピソードの挿入はなんだか「ライ麦畑」もしくは「赤頭巾ちゃん気をつけて」を思い出させる。とはいえ、このエピソードもストーリー全体からすればほんのさざ波のようなものなのだが。

■読後に一番感じたのは村上春樹との相違点のようなもの。作品中にサーファーのためのブックレビューとして村上春樹が挙げられていたので、作者もまったくなにも意識していないわけではないのかもしれない。

ただしサーフィン雑誌の編集長からは「こんなに難しいの読めないってさ」と否定されてしまう。村上作品のなかでサーファーに勧めようと思うものといえば、やはり「風の歌を聴け」になるのではないか。それ以外の作品ではそれほど「海」を感じさせるものはないので(「風の歌」の風とは海風なのであろう。単行本の表紙にも波止場に座っている人物が描かれていたし)。しかしその「風の歌」は「難しい」と否定されてしまっている。

これは「村上春樹ぐらいは大丈夫だろうと思って書いても」、サーファー=「本をまったく読みそうにもない人たち」からすると一見感覚的に過ぎるような「風の歌」でさえ十分に「小説的」仕掛けに満ちているであるということではないだろうか(まあ、加藤典洋の作品論などを読むと実際には十二分に仕掛けに満ち満ちているのだが。またそのあとにすぐ片岡義男のサーフィン小説が取り上げられているのにはちょっと驚いた。村上春樹と片岡義男が続けざまに出てくるなんて、少なくともこれまでで初めて目にした)。

解説で四方田犬彦も書いているように、村上春樹とこの作者の違いはノスタルジアに対する距離のとり方、というか根本的な態度の違いである。「風の歌」は翻訳調の「クールな」文体、「洒落た」レトリックでひと夏の出来事が語られていく。それはそれまでの小説からすれば何かが起きそうで、でも何も起きないひと夏の物語(ともいえないようなもの)だったのかもしれない。しかし村上はその中にノスタルジアやセンチメンタルな感情をうまく散りばめ、ところどころで読者のツボをうまく突いてくる(そして自分も含めた多くの読者がそのツボの突き方に見事にやられてしまう)。

そうした村上的ツボを徹底的に外したのがこの「プレーンソング」という作品なのではないか。ときどき抽象的でわかるようなわからないような例えが出てくる以外、とくに洒落たレトリックが出てくるわけでもない。文体も前述のように「洗練」という言葉とは正反対のよう。

だからタイトルも「風の歌」に対して「プレーンソング」なのではないかと思ったりもしてしまった。そもそもこの作品中で「プレーンソング」とも思えるような歌に関しての描写はない(歌といえばアキラが即興で歌うシーンぐらいだが、これはさすがにタイトルである「プレーンソング」とはかけ離れているだろう)。

「風の歌を聴け」、村上がどこからこのタイトルをつけたのか以前何かで読んだことがあるような気がするのだが憶えていないのでわからないが、「風の歌」というだけでなにやらそこには意味やメッセージ性が込められているようにも思える(あるいはそれは作品に散りばめられたノスタルジアやセンチメンタルな感情のことなのかもしれない)。しかもそれを「聴け」である。犬の漫才師であるDJが一度だけ真剣に自分の気持ちを伝えようとしたように、うまく言葉にはできないなにか(それをメッセージと呼んでもいいのかもしれない)を伝えようとしたように、やはり「風の歌」には村上によって綿密に配置された様々な要素が重層的に読者に語りかけるメッセージがあるように思える。だからそれに反応してしまうとこの作品はものすごい力で読む者を捉え、その胸を締め付ける。

それに対して「プレーンソング」では前述のようにそうした小説っぽいストーリー性や意味性、読者の胸を締め付けるような演出が極力排除されているように思える。『そうして、全然ね、映画とか小説とかでわかりやすくっていうか、だからドラマチックにしちゃってるような話と、全然違う話の中で生きてるっていうか、生きてるっていうのも大げさだから、『いる』っているのがわかってくれればいいって』というゴンタのセリフがそれを端的にあらわしているだろう。

ラストのあまりにもあっさりした締め方もいわゆる小説的盛り上げを避けている。普通の小説なら伊藤さんという人にゴンタのビデオに住所と電話番号をしゃべってもらったというエピソードの後、一呼吸置いて静かに(もしくは感動的に、センチメンタルに、などの演出を伴って)エンディングに持っていくというのが常套手段だと思うが、この作品の場合そのままたかだか4行であっさりと終わってしまう。

■正直なところ、最後の男と犬のエピソード、そして村上春樹との相違点について考えたことにかなり引っ張られてはいるが、読んでいる最中はそれほどおもしろかったわけでもなかったものの読後にこれだけ惹きつけられた作品は久しぶりである。別の作品もぜひ読んでみたい。