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空想科学ロケット旅行

Let's Go Swanky Street, Singing The Kids Are Alright!

リチャード・ブローディガン 「西瓜糖の日々」

2011-06-22 18:42:48 | Reading


(薦めてくれたKへのメール)



ずいぶん前にお勧めしてもらって買ったもののずっと積ん読のままだったけど、昨晩読み終わりました。

素敵な本を教えてくれてありがとう。

現実と非現実(この世とあの世?)のあわいでゆっくり静かに語られていく穏やかな生活にとても惹かれました。

痛ましい事件が起こっても、それさえもひっそりと語られていくところにも。

高橋源一郎「さよならギャングたち」
ウィリヤム・サローヤン「パパ ユーア・クレイジー」
を思い出したな。小説と詩の中間のような文章。

ブローディガン、「愛のゆくえ」についで2冊目だったけど、もう少し読んでみようと思うよ。



片岡義男「なにを買ったの?文房具」

2011-01-13 12:27:53 | Reading
20100106 片岡義男 / なにを買ったの?文房具

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考えるためには、人は孤独であるのが、もっとも好ましい。考えるとは、心が精神作用を営んでいく過程の、全体だ。考える営みとは、心とその働きそのものだ。そして心にとって最高にクリエイティブな状態は、孤独より他にあり得ない。--片岡義男『なにを買ったの?文房具』
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前著である「文房具を買いに」を読んだ時のような感動はさすがになかった。あれは完璧すぎるので。

文章と写真のページ構成が前著のような対になっていないのでちょっと読みづらい。写真が文章の先の先に配されていたりする。片岡の性格を考えれば同様にしそうなものだが、なにか別の意図でもあったのか?まさかね。

前著が完璧な1冊の本を目指したのだとすればこちらはもう少しリラックスして、いろんな文房具を写真に撮り、それについてつらつらと書いたという印象。なので羅列的な感じはやや否めないかな。

個人的にはノートになるとなぜか萌え度がアップする(笑)。

あとがきでは一眼レフや写真、太陽光について前著と同様に語られている。相変わらずのこだわりよう。最後のほうで文房具と太陽光について述べているところが良かったな。

読んでる途中で、無印の封筒はこういうふうに写真に撮るぐらいまとめて持っているなと思いつく。真似してブログに書いてみるか。CD整理法とあわせて。



片岡義男 「東京青年」

2010-11-30 12:54:54 | Reading
三度目の読了だが文句なしの★5つ。1960年前後の東京を舞台にしたストーリー。戦後から立ち直った日本の都市という雰囲気がしてよい。相変らず文体のきれいさとしっとりした女性の描き方も○。また写真に関する描写が多く出てきて、やはりモノクロで色々なものが撮りたくなる小説である

そしてなによりも美しい日本語、美しい会話、(内面的に)美しい人たち。ここにも、もはや失われてしまった永遠がある。

それは作者がアメリカの雑誌から複写した一枚の写真(=本の表紙)から想像、創造した5人の美しい女性とふたりの東京青年の物語。青年は東京のどこかにいればいつの時代にいてもおかしくはないが、女性たちはこの時代でなければいけない、という作者の思いは作中にて描かれる「(もはや戦後ではない)新しい時代」「佐田啓二の奥さんになるような、新しい女優が必要なんだ」「女性の時代(銅像のタイトル)」と密接にリンクしている。

とくに新進女優としてデビューした日比谷優子のパートは今の自分の好みにとてもあっている。この時代の新しい女性像、女優像。吉永小百合は「拳銃無頼帖 電光石火の男」でスクリーンデビューしたがこれもまさに1960年作品。彼女の美しさは他の女優と違ってまさに瑞々しく新鮮に思えたが、まさにそういう時代だったんだろう。

そしてふたりの青年、文章のヨシオと写真の冬彦は、両方が片岡の分身なんだな。

とにかく「片岡義男=ただのお洒落小説」と思っている方にこそ読んでいただきたい作品。あわせて「夏と少年の短篇」もぜひ。

片岡義男 「最愛の人たち」

2010-11-30 12:36:44 | Reading
(※20000829からのお蔵出し 少しだけネタばれ)


この物語は「大人の恋愛もの」ではない。芙美子を頂点として後藤と川島の3人が描く正三角形の物語。しかもそこには世俗的な恋愛をはるかに超えた観念的恋愛関係が成り立っている。

物語はJRが出てくるように現代なのだが、「東京物語」「原節子」そして日本映画最後のスター女優といったワードから、現在が徐々に過去へ溶けだしていき、結果として非常にいい意味でのノスタルジックな雰囲気を醸し出している。

片岡作品でよく語られる女性の外面及び内面のきちんとしたスタイルは、現代が舞台となっている場合、ともすると「おシャレ」で「キザ」なものに誤解されが ちである。しかしこの作品ではひとつのキーとなっている原節子に日本でもっとも美しかった女性像を重ね合わせることによって、片岡が言いたかったであろう 観念としてのスタイルのようなものが、うまく表現されていると思う。

前述の3人に恵子さん(片岡作品常連の女性。やっぱり空手のインストラクター)を加えた4人が織りなす現在と過去の物語に、後藤が作り出すもうひとつの4 人の物語がうまく混ざり合い、夏という季節(千倉の海岸という設定も非常にうまく作用している)の中で、過去と現在、虚と実がえもいわれぬ多重的なストー リーを描き出している。

小説家と写真家、そして完璧な美しさをもった戦後の自由な日本女性という片岡作品の重要な要素をすべて盛り込んだ作品である。

物語の終盤近く、後藤が創造したストーリーの中の芙美子・後藤・川島が作り出した完璧な三角形は実は一触即発の関係をも孕んだものであるが、現実の3人が 観念としての関係性をとるというシーンはこの物語全体のひとつのラストシーンである。ヤマをそこに配し、ラストは中華街での穏やかな描写でまとめるあたり もさり気ない演出である。

さらに川島と恵子さんの手紙のやりとりの一番最後に恵子さんが、自分が撮った川島の写真を見ることでレンズのこちら側の自分を感じるというラストが、(レンズという特殊性を通しているせいもあるのか)はっとさせられるほど印象的である。

片岡作品の本質をもっともよく表している作品かもしれない。

「マカロニほうれん荘」 30年ぶりの新作ポスター

2010-10-28 13:44:36 | Reading
(2009/03/29からのお蔵出し)


金曜日、「マカロニほうれん荘」のポスター目当てで少年チャンピオンを買った。チャンピオン買うなんて何年、いや何十年ぶりだ?

マカロニのポスターはmixiコミュで賛否両論、画像を見ていたのでそれほどびっくりはしなかった。たしかに線が太くなっているし、キャラの顔は当時と違っている。トシちゃんのサングラスの反射がなくて真っ黒なのはちょっと違和感だし、きんどーさんの顔もちょっと違う。馬之助は変わってないな(笑)。

でもじっとあちこちを見ているうちに、うんうん、やっぱりこれは鴨川つばめの絵なのだと納得。手とか足とかの書き方とかね。セックスピストルズをベースに描いているのはいつぞやの扉絵をベースにしているんだな。この時代にあえてピストルズというかPunkを持ってくるあたりがなんだかうれしくなってしまう。右上のスーツ(ズートスーツ?)を着たきんどーさんもなにかモデルがあるような。

当時ほどのパワーはないけど、それでもこういうモブっぽいイラスト描くとやっぱりうまいな。コメント&イラストで渡辺航という漫画家がマカロニのイラストを描いていたが、やっぱり違うんだよなー。なんというか線の感じとかポーズとか。

本誌中にマカロニを解説したページがあって、そっちにも描き下ろしイラストがあるけどこっちはちょっとダメ。あまりにもフニャフニャしすぎというか、タッチがぜんぜん鴨川つばめっぽくないんだもん。

なんにせよ、今になって描き下ろしのマカロニが見られるとは夢にも思っていなかった。壁に貼っては眺めてニヤニヤしている(笑)。それにしても次週からチャンピオンでは当時の作品をオリジナル作家が描き下ろすという。なんともすごい企画だ。でもこれにマカロニが入っていないのは残念なようなホッとしたような気分だ。



鴨川つばめ 「DタウンCロック」

2010-10-28 12:43:12 | Reading
(20010831からのお蔵出し)


どうしても読みたくてヤフオクで5000円で落とした。どんなカンジだろうとドキドキしながら読んだが、手に入れてヨカッタ!

ストーリーはあってなきがごとくのドタバタなのだが、まずなんといっても絵がいい! おそらく「マカロニ2」の後なのだろうが、少女マンガっぽい色合いが抜けてかつてのポップな絵柄に戻っている。また途中には入っているイラストなどを見ても今さらながらそのポップでお洒落なセンスにはホレボレとする。これだったら江口寿史ではないがイラストだけでも十分にやっていけたのではないか(ただこの人はギャグ漫画が描きたかったのだからそうした選択はしなかっただろうけど)。

とくにギターを持っているところを描かせたら右に出る者はいないのではないだろうか? ロックが持つ楽しさ・躍動感というものが絵から溢れてくるようだ。こういうセンスの絵を描けるように練習しよう。

中身のほうも、誰かがホームページで書いていたがやはり目立つのはセリフのかっこよさ。

「まったくいい天気だ 青い空のスクリーン 緑のベッド ふりそそぐ光のシャワー 最高だ! 天国ってあんがい身近なところにあるんだな」

というセリフひとつとっても、普通であればそれほどでもないのかも知れないが、このマンガのなかでオヤジがいうとものすごくステキでイカしていて、それでいてなんだか切なくなるような気がする。

それからこれもさっきの誰かが書いていたが、戦闘機の彗星復元のドキュメンタリーを見たオヤジが「その夜 わたしは1時間30分の番組に心から酔った。次 の日は二日酔いだった」というセリフも最高だ。ただしこの回の最後にある「その夜わたしは『彗星』の夢を見た パイロットはわたしで 爆撃目標はチャタレー夫人のウサギ小屋であった」というセリフにはオヤジの哀しみというかなんというかそういったものがにじみだしていてハッとさせられる。これは作者の感情なのか?(チャタレー夫人=奥さんや家庭というものをオヤジはけっして否定は
していないと思っていたので)

ちょっとした背景の書き方などにやはり外国コミックのようなセンスを感じる。絵に関してはほんとにグレイトの一言に尽きるだろう。こんなポップでやわらかい絵が描けるようになりたい。

ラストひとつ前でちょっと壊れ気味になるが最終回はなんとか持ち直しているものの、やはり最後が訳のわからない尻切れトンボになってしまっているのは残念だ。この作者であればもっとかっこいいラストを描くこともできただろうに。

全編を通して笑うというよりもひたすらリズムに酔うと言ったほうが近いだろうか。すでにギャグマンガでもないような気がする。ただP141の「第二に地球空洞説」というのには、「マカロニほうれん荘」とおなじテイストを感じて思わず笑ってしまった。

ふと気がついたが、ルイジアナとブタゲルゲは出てこないんだな。

とにかくあまりにもウレシくて何度も読み返してしまった。


「最高だ! イカシテるってこういうことなんだな」




大塚英志「冬の教室」

2008-01-27 22:28:39 | Reading
内容(「BOOK」データベースより)
降りしきる雪、音の消えた世界。ぼくたちの教室から見えるのは、ただ白―どこまでも続く白色のつらなりだった。新たな氷河期によって、世界が冬に閉じこめられた時代。そこに彼女はいた。嶝崎人魚、ぼくのクラスメート。彼女は言った、「夏が見たい」と。すこしずつ過去を語りはじめた人魚、その左胸には文字のような傷が痛々しく残っていた。それはかつて彼女を誘拐した、連続少女殺人犯・大江公彦の手による刻印だった…。死が普遍となった街で、ささやきのように語られる、冷たく静かな物語。


★★★☆☆


【ちょっとだけネタばれ】


冬に閉じ込められてしまった街と、穏やかな死に包まれながらひっそりと暮らす人々の描写がとてもよい。ロシア文学、図書館、本を読みながら歩く人々…と、長くいつまでも続く冬をやり過ごすためのモチーフとしての本のイメージも秀逸。鶴田謙二のイラストもイメージにあっていてとてもよい。


ただストーリーの核心に触れる部分で大正時代の云々という話が出てきて急に興ざめしてしまった。この作者ならではであるのだが、それまでの透明なイメージが急に曇ってしまったような、現実との地続きになってしまったような。

それほどSFっぽいわけではないが、もっともっとそのテイストを薄くして、主人公のふたりの心の動きにフォーカスしてほしかった、というのは贅沢か。

後半のほうで徐々に明かされていく秘密に伴い、人魚のイメージが銀河鉄道999のメーテルとダブってきた。そういやメーテルもロシア風の帽子とコートだしなあ。



岩井俊二「ウォーレスの人魚」

2007-10-13 04:24:40 | Reading
内容(「BOOK」データベースより)
ダーウィンと同じく“進化論”を唱えたイギリスの博物学者・ウォーレスは、『香港人魚録』という奇書を残して1913年この世を去る。2012年、セントマリア島を訪ねた雑誌記者のビリーは、海難事故で人魚に遭遇する。マリア一号と名付けられたその人魚は、ジェシーという娘に発情してしまう。2015年、沖縄の海で遭難した大学生が、海底にいたにも拘わらず、三ヵ月後無事生還する。人はかつて海に住んでいたとする壮大な説を追って、様々な人間達の欲求が渦巻く。進化論を駆使し、今まで読んだことのない人魚伝説を圧倒的なストーリーテリングで描く渾身作。


<お蔵出し>


※結末などのネタばれ満載なのでご注意ください


★★★☆☆


進化論をベースにした人魚のストーリーは自分でもかつて考えていたことがあるのでどうだろうと思って読み始めたが、ウォーレスの実話というか伝説というかと近未来の科学的視点からの人魚の描写の緻密さに驚いた。進化論的な味付けもおもしろくグイグイと引き込まれた。やはり自分はこういう「科学=現実領域」と「人魚=幻想領域」が接するようなところで展開する物語が好きなのだなと改めて実感。密とジェシーが出会ってすぐにお互いを求めあってしまう廃屋のシーンもふたりの感情の描写がうまく、なぜかすんなりと納得させられてしまった。

圧倒的だったのはやはり海洲化と海鱗女の「癒合」という衝撃的な愛の形である。人魚という幻の存在を生物学的にここまで描いた作品はおそらくこれまでなかったであろう。このシーンを含む洲化と鱗女の記憶が密とジェシーに伝わるパートは香港というエキゾチックな舞台もあいまって非常に美しく且またエロティックであり、作者の映像的美意識が発揮されている。

[ジェシーの涙がいくつも床に降った。ジェシーは震える声でこういった。「先生…あたし…彼が好きなんです」]という彼女の告白も感動的である。普段は恋愛感情描写にはあまり心を動かされないのだが、作者はこういう切なさのようなものを映像的に描写するのがさすがにうまい。

そして拉致された密を探すために人魚として覚醒することを決心するジェシー…。



と、ここまではストーリーテリングも緊張感があり非常によかったのだが、なぜかここから先がよくあるファンタジーっぽさとアクションになってしまうのだ。

高周波を使ってテレパシーのように言葉を交し合う密とジェシーは、まあイルカなどの海洋生物を考えればまだそうでもないが、その高周波を使って氷を割ろうとするところなどはちょっと…。

斎門教授一味との甲板での場面やそこで斎門が語る人魚をクローニングしての臓器売買などはちょっとステレオタイプ。ただアレキサンダーの「みんな海の上で起きたことだよ」というのはちょっとかっこいい。

溺れたビリーの太古の記憶を呼び戻して冬眠させるというところは人間がかつては人魚だったということを意味し、この作品の一番のテーマを象徴する部分であるが、それまでの様々なシーン描写の迫力に比べるとどうにも弱い。

そして最後の


ジェシーは密の手を握った。
「……海に帰る?」
ダークブルーの世界に包まれながら、二人は抱擁した。


も、なんだかこれだけの物語のラストシーンとしてはちょっと平凡。密とジェシーが愛し合っていくのならそこには「癒合」という非常に重い十字架が待っているのかもしれないし、人魚とはなんなのか? 人魚として生きていくということはふたりに何をもたらし何を失わせるのか? といったこの作品のテーマからするとちょっと軽すぎる。

また人間がかつて両棲動物であり、人魚世界に別れを告げて陸に上がってきたのであれば、そうした進化の過程での別離と再びの遭遇、そこで起きた悲しい事件を通してかつては同じであったのに今ではお互いが理解できないところまできてしまった種としての運命的な哀しみのようなものをもっと強く描いてほしかった。まあ、これはかなり個人的な好みが入ってしまっているが。


他にも以下の点が気になった。

◎「癒合」に関連するのかどうかわからないのが、密と志津香が漂流中に立ち泳ぎのままセックスをするということ。このシーンの意味は? これによって密の人魚としての覚醒のスイッチと捉えるべきか、それとも密とジェシーの間に「癒合」という特質は現れないということの暗示なのか?

◎双子として生まれた密とジェシーはなぜ別々に引き取られなければならなかったんだろう? (まあストーリー設定上ということはわかるんだけど…)

◎リック・ケレンズの説明によれば人魚は人間から枝分かれした種に間違いなく、それは400万年前ぐらいらしい。しかし興味深いのは人間の祖先といわれているアウストラロピテクスと比べ、人間とホモ・アクアリウスがまるで同じ種であるかのようによく似ているということ。400万年水中で進化してくれば人間よりはイルカのような形態になっていくのではないか。リック自身、これはどうしたことだろう? と言っているがその後その答えは描かれなかった。


いかんせん途中までがかなり個人的な好みにぴったりだったので、なおさら最後が残念。


余談だがウォーレスと人魚のくだりは山田章博の人魚の話を思い起こさせられ、またジェシーのイメージがなぜかエヴァンゲリオンのアスカとずっと重なったままだった。



20030713



北野勇作「ハグルマ」

2006-11-23 04:39:20 | Reading
内容(「BOOK」データベースより)
男がテストプレイを頼まれたゲーム。それは、とてつもなく生々しくリアルなものだった。ゲーム世界に、のめり込んでいくに従い、現実との境目がどんどん曖昧になっていく男。彼の中で、何かが徐々に狂い始めていた。時を同じくして、男の妻が怪しげな会合に参加するようになる。ゲーム、謎の団体…全てに関わる『ハグルマ』とは―。ドグラ・マグラ的狂気が炸裂する破滅的ホラー!!


★★☆☆☆


うーん、確かに迷宮ではあるけど、文庫裏の紹介文にあるような「ドグラ・マグラ」的ではないな。

読んでいる途中でちょっと眠くなってしまったのが迷宮感増幅、という思わぬ効果を発揮したものの、気持ち悪いだけで何がなんだかわからないまま終わってしまった。

むかーし、この人のデビュー作「昔、火星があった場所で」(だったかな)を呼んだときにも途中からなんだかわからなくなって読むのをやめてしまったことがあったので、どうにも相性の悪い作家さんなのかもしれないなあ。



川島 誠『夏のこどもたち』

2006-10-09 20:03:31 | Reading
内容(「BOOK」データベースより)
朽木元。中学三年生。五教科オール10で音楽と美術も9か10のちょっとした優等生。だけど、ぼくには左目がない―。世の中を冷めた目で見る少年が、突然、学校一の問題児と一緒に校則委員になるように、担任教師から指名されて…。クールで強烈な青春を描いた日本版『キャッチャー・イン・ザ・ライ』ともいうべき表題作に、単行本未収録短編「インステップ」ほか2本を収録。多くの少年たちに衝撃を与えた傑作が待望の文庫化。

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★★★★☆


とてもよかった。文庫うしろには「日本版『キャチャー・イン・ザ・ライ』ともいうべき」って書いてあって、それを言っちゃあ……という気もしないではないけど。

片方の目でクールに世界を見つめる「ぼく」を取り巻く、家族、学校、女の子。いろんなことが起きる中3の夏。

「ライ麦…」「赤ずきんちゃん…」と連綿と続く『悪態つき少年視点小説』なわけだけど、1991年の作品なのでそこに描かれているのは現代の少年、と彼を取り巻くいろいろな出来事であって、それに対する「ぼく」の語り口は上記2作品に比べてさらにクールで淡々としていながらも、友情とか、性とか、初恋とか、そういうものに対する感情がさりげなく浮かび上がってくるところが良い。


「ぼくは、片目なのが悲しかった。両方の目が見えれば、もっと中井のことをよく見ていられるのに。」


しかし僕はこういう、「夏+少年(+少女)」のストーリーがほんとに好きだなあ。