ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

マーティン・イーデン

2019-02-28 22:05:16 | 日記
ジャック・ロンドン『マーティン・イーデン』





 タイプライターの写真が格好いいカバー。

 大きな身体を折り曲げ、ジャック・ロンドンがこのタイプライターに向かっている姿が浮かぶ。

 「自伝的」なので、本当のジャック・ロンドンの姿ではないはずだが、主人公マーティン・イーデンのほとばしる生命力が、実在した作家の姿と重なる。

 これほど熱量の大きい人物、小説は思い当たらない。

 ときに暑苦しく、鬱陶しいほど。

 でも、パワー全開、全速力が若さなのだ。

 10代で読んでいたら、しばらくは夜も眠れなくなったはず。

 何かに夢中になりたいと焦り、がむしゃらに家の前を走るか、図書館で読み切れないほど本を借りてきただろう。


 どんなに頑張っても結果が伴わず、貧困の底に落ち、周りの人間からも理解されない。

 それでも希望を失わず、成功を手にしたハッピーエンド。と、ならないところが、この作者の心の傷を感じさせる。

 装丁は緒方修一氏。(2019)


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暗いブティック通り

2019-02-25 18:00:02 | 日記
パトリック・モディアノ『暗いブティック通り』





 古い友人に久しぶりに会って昔の話をしていると、まったく記憶にないエピソードを楽しそうに話してくる。

 途中で「それ、ぼくじゃないよね?」と言ってみるが、間違いないと友人は自信たっぷりだ。

 聞いていると、確かに自分らしい言動だけれど、まったく記憶にない。

 その出来事だけ、なぜかすっぽりと抜け落ちてしまっている。

 でも、本当にそれは自分なのか。そいつは一体誰だ?


 『暗いブティック通り』は、記憶を無くした男が、自分の過去を探っていく。

 まるで他人の人生を調べるかのように、細い手がかりをたどり、かつて自分と関わりのあったと思われる人たちに会う。

 記憶を無くしたことを隠し、相手に話を合わせるのは、危うく、下手をすると、怪しまれて口を閉ざされるかもしれない。

 そんな微妙な空気が流れていて、ただの謎解きとは違う展開を予想させる。


 著者のパトリック・モディアノ氏がノーベル賞を受賞したとき、書店に何冊も本が並んだ。

 その中に、金文体という変わった書体をタイトルに使ったこの本があった。

 なぜこの書体なのか。

 装丁は、数多くの魅力的な本を作っている緒方修一氏。

 何かしら意図があるはずで、それが気になって読んでみようと思ったのだった。

 装画は吉實恵氏。(2015)


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本のエンドロール

2019-02-22 18:05:15 | 日記
安藤祐介『本のエンドロール』





 本が好きなら、この本は夢中になれる。

 果たしてそうなのだろうか?

 本好きだったら、本の制作過程に興味を持てるものなのか。

 それも編集やデザインではなく、印刷会社。その営業を中心とした小説に。
 

 表紙の写真を見ると、ノンフィクションの雰囲気。

 現場の細かい作業の描写は、ノンフィクションのようでもある。

 そして、そこに本当にありそうなドラマを重ねる。

 突拍子もないストーリーではなく、派手な展開はない。印刷営業という馴染みの薄い職業を、間違いなく写すにはしかたがないのかもしれない。

 といって、退屈なことはない。

 ただ、もう少し人物に魅力があってもいい。


 文中、本の仕様について試行錯誤するので、この本の体裁を文中の本に合わせられたら面白かったかもしれない。

 紙の本がなくらないための、ひとつの案として何か提示できれば、手元に置いておきたい人が増えるだろう。


 写真は森清氏、装丁は岡本歌織氏。(2019)


カバーをはずした表紙

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古書修復の愉しみ

2019-02-19 20:01:16 | 日記
アニー・トレメル・ウィルコックス『古書修復の愉しみ』


 所有している本が、白い紙のまま、何十年も同じ状態を保ち続けるとは思っていない。

 学生時代に読んでいた本のほとんどは、すでに変色して、古書店に持って行っても値がつきそうにない。

 とはいえ、捨てるには忍びない、なんとなく手元におきたい本もある。ちょっとした思い入れのためだ。


 この本は、書籍修復家に弟子入りした女性の話。

 作業は、細かく丁寧で神経を使う様子。

 だが、写真やイラストなどの説明がないので、本当に理解して読めているかは疑わしい。

 そんな折り、たまたまテレビで、水道橋にある製本工房リーブルが、本の修復を行うところを見た。

 ぼろぼろの辞書、1ページ1ページを、アイロンをかけて平らにし、和紙をちぎって足りない部分をつけ足していく。

 アニー・トレメル・ウィルコックスの作業とは違うようだが、根気のいる仕事には違いない。

 
 修復が必要なほどヨレヨレになった愛読書は持っていないけれど、こうして直してもらったりすると、一生大事にしそうだ。

 それは読むためというより、ただ触り、眺めるだけの物としての本になってしまうのかもしれない。

 何十年も捨てられない本は、すでにそういった存在なのだろう。(2015)
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パールストリートのクレイジー女たち

2019-02-15 22:37:11 | 日記
トレヴェニアン『パールストリートのクレイジー女たち』





 トレヴェニアンの新刊!

 新しく翻訳本が出るなんて、信じられない。


 表紙はセピア調の写真。

 1930年代と思われるニューヨーク。

 通りを歩く人びとの身なりは小綺麗で、男性は中折れ帽をかぶっている。


 500ページを越える本のストーリーは、表紙だけではわかりようがないものの、良質な物語が詰まっている感じがする。

 帯の「どうしても、これを自分で訳したいと思ってしまった」という江國香織氏の言葉が、さらに期待を抱かせる。

 読み始めて数ページで、オールバニーという街のおかしさにつかまれ、語り手の少年と若い母、妹を身内のように感じていた。

 エピソードのひとつひとつが面白く、いつのまにか心の中に、深く小説の世界が形成されていた。

 もう離れられない。そのくらいに。

 
 子どもの時に好きだったことが、大人になってしまうと、なんでもなくなってしまったりする。

 かつて属していた世界が閉じてしまったと気づいても、哀しさを感じることはない。

 でも、そっとその世界を覗いてみると、どういうわけか涙がぼろぼろこぼれてくる、そんな小説だ。


 装丁は坂川栄治氏+坂川朱音氏(坂川事務所)。(2015)
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