ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

裏切り

2022-11-26 15:26:28 | 読書
 シャルロッテ・リンク『裏切り』



 期待をしすぎると残念な思いをすることがある。

 わかっていても、同じ著者の『失踪者』で最高に楽しい経験をした後に、気持ちを抑えるのは容易ではない。


 ミステリーに仕組まれた謎は、一見不可解な方が面白い。

 でも、突拍子もなく感じてしまうと、それまで読んできた重厚だった物語の表面が、風雨にさらされた砂山のようにもろく崩れていく。

 しかし、少し崩れただけでは、この小説の面白さは、実は揺るがない。

 
 引退した警部が惨殺され、娘のケイトがロンドンから戻ってくる。

 彼女はスコットランド・ヤードの刑事だが、人とうまく接することが苦手で、刑事として優秀ではない。

 彼女を案内する地元警察のケイレブはアルコールの問題を抱えている。

 最初はケイトのことを気遣うが、警察の捜査に先んじて行動する彼女を次第に疎ましく感じていく。

 物語は、犯人と思われる男の常軌を逸した行動を同時に追い、緊迫した展開になっていく。


 読み終わり、謎が解けたあとでもページを繰ると引き込まれてしまう。

 犯人を追うことだけが物語のすべてではなかったと気づくのだ。


 装丁は東京創元社装幀室。(2022)



星の時

2022-11-14 16:54:46 | 読書
 クラリッセ・リスペクトル『星の時』





 カバーの端、かすかに見えるピンクの表紙に、小さな青い点が散らばっている。

 カバーにも同じ大きさの点が全面に撒かれていて、タイトル『星の時』の星をイメージしているとわかる。

 カバーを外して表紙を見ると、当然ここにも青い点が印刷されている。

 表紙のクロスが、宇宙というより、室内の装飾を思わせる。

 カバーがまとっている壮大な宇宙感が、突然貧弱になる。

 カバー紙の質感は、どことなく包装紙を感じさせる手触りで、本全体が本とは異なる物の匂いを漂わせている。


 物語に登場するのは、タイピストの女性マカベーアとその彼氏オリンピコ、彼女の同僚グローリアなど少ないが、それぞれが強烈な印象を与える。

 そこに作者がちょくちょく現れ思索をする。

 マカベーアが初めてオリンピコに会ったとき、名前を聞かれ答えると、「病気の名前みたいですね。肌の病気の」と言われる。

 鼻持ちならないオリンピコの言いようだが、マカベーアの返答は頓珍漢だ。

 無知で孤独なマカベーアを可哀想に感じ同情しそうになるが、作者はそんな気持ちを許さない。

 描写を重ね、さらにつまらない女性にする。

 その一方、作者は「マカベーアに恋している」と言う。

 「みにくさに、まったく取るに足りないところに恋している」と。


 作者の自分語りは、最初のうちは鬱陶しく感じるのだが、次第に待ち望むようになる。

 何を読まされたのだ? という疑問が残るのに、後味は悪くない。


 装丁は佐々木暁氏。(2022)




ギャンブラーが多すぎる

2022-11-06 12:08:06 | 読書
 ドナルド・E・ウェストレイク『ギャンブラーが多すぎる』



 ドナルド・E・ウェストレイクの新刊!

 それだけで幸せな気分になる。

 帯の裏に同じような文言が書かれていた。

 「この作家の本さえあれば幸せになれる」スティーヴン・キング。


 舞台は1960年代のニューヨーク。

 ギャンブル好きのチェットが、高額の配当金を受け取りにノミ屋の自宅へ行くと、彼は殺されていた。

 チェットは警察だけでなく、ノミ屋の仲間のギャングからも犯人と疑われ、そのギャングと敵対するギャングから命を狙われてしまう。

 そこにノミ屋のセクシーな妹も加わり、破茶滅茶な展開に。

 逃げながら、チェットはノミ屋殺しの犯人を突き止めようとするのだが。


 真相の追及もさることながら、ドタバタな流れをニヤニヤしながら読み進めるのは楽しい。

 一度読んだあとに、適当に本を開いて目についた箇所を読むと、軽妙な会話がまったりした幸せな時間を作り出してくれる。


 装画は岡野賢介氏、装丁は新潮社装幀室。(2022)