マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』
15作の短編は、どれも現実と異界の狭間の物語。
どれもただただ不気味。
それなのになぜか、前にどこかで経験したことがあるかのような、懐かしさにも似た胸の奥を絞る感覚がついてくる。
別世界の入口は、気づかないだけですぐ隣りにある。
表題作「その昔、N市では」は、給仕、介護、清掃、配達といった、人に奉仕する仕事につく人がいなくなってしまった都市の話。
デスクワークにばかり人々は集まり、路上は汚くなり飲食店は閉まり公共交通機関は運行を停止した。
そこで街は、どんな嫌な仕事でも口答えせずにこなす人を作り出すことにしたのだった。
募集しても人が集まらない。
飲食店は営業時間を短縮し、バスは減便され、宅配便は配達が遅れる。
2024年の日本のことだ。
外国人労働者が珍しくなくなり、ロボットが給仕し、レジは無人になる。
ぼくたちの生活は、少しずつ変わっていく。小説の舞台N市のように。
この小説は1960年代に書かれたものだが、決して未来を予測したわけではないだろう。
人手不足に対しての解決策は、小説のようにはならないだろうが、ぎりぎり似た世界が登場しないとも限らない。
人間そっくりのAIはもういるのだから。
装画は村上早氏、装丁は岡本歌織氏。(2024)