ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

人類対自然

2022-09-23 10:31:12 | 読書
 ダイアン・クック『人類対自然』



 カバーのイラストは、表題作『人類対自然』を描いたものだと、読んだあとに気づいた。

 湖面に浮かぶボートに3人の男が乗っている。

 水は深く、底が見えない。

 周囲は鬱蒼とした森がどこまでも続いている。

 これだけを見たのなら、キャンプか釣りにでも来たのだろうと思う。

 たわいない男たちの遊びの風景にしか見えない。

 それが一転、こんな恐ろしいことになるとは、家を出た時、彼らは想像もしていなかったはずだ。


 12の短篇は、どれも読んでいて落ち着かなくなる。

 正体のはっきりしない何かに囲まれていて、そこで登場する人たちは生き残ろうともがく。
 

 「世界がひどくなる直前に、わたしは愛する人と結婚した」で始まる『上昇婚』。

 愛の物語かと思ったら、ひどくなる世界の物語。

 家の外は無法地帯で、愛する人は彼女のために薬を買いに出かけようとして、玄関前の階段すら降りないうちに殺されてしまう。

 外で一体何が起きているのか。


 『やつが来る』は、会社でプレゼン中に、何者かに襲われ逃げ惑う社員たちの話。

 やつが来るのは想定内のようで、事前に避難訓練をしていたようだ。

 「やつ」とは何か。よくわからないのに、とてつもなく恐ろしい。


 目に見えない何かに支配される感覚は、偶然の出来事に出会うと強くなる。

 日常の些細な選択さえ、実は生き延びるための戦いなのかもしれない。

 そんなことを大袈裟に考えてしまう。


 装画は木村晴美氏、装丁は緒方修一氏。(2022)



気狂いピエロ

2022-09-17 10:18:43 | 読書
 ライオネル・ホワイト『気狂いピエロ』



 失業中の男は、仕事の面接に行ったもののうまくいかず、帰りにバーで飲んでしまう。

 妻に電話で伝える気分になれずにいたのだ。

 仕事が見つかる気はしないし、支払うべき請求書の山が頭に浮かんで心配でならない。

 妻は愛想を尽かしつつあり、子どもたちは彼を嫌っている。

 そんな八方塞がりの男の前に17歳の女性が現れる。

 彼のことを理解したかのような言動に、38歳の男はつい関係を持ってしまう。

 人生の歯車が狂い始める。

 それは破滅なのか、それとも新たな人生の始まりなのか。


 男は我慢強く、タフで、頭もいい。

 女性は嘘つきで倫理観が欠如しているが、とても美しく、男は彼女にのめりこんでしまう。


 先日亡くなったゴダール監督の同名映画の原作。

 原作があったのかと、驚いて書店で手に取ったものだった。

 徐々に緊迫していく展開に飲み込まれる。

 ライオネル・ホワイトの本をもっと読めないだろうか。


 装画はQ-TA氏、装丁は新潮社装幀室。(2022)



ミルクマン

2022-09-05 16:07:40 | 読書
 アンナ・バーンズ『ミルクマン』




 表紙のモヤモヤした模様を眺めていると、だんだん人の顔に見えてくる。

 顔の真ん中に「ミルクマン」のタイトル。

 これがミルクマンなのか?


 ミルクマンとは誰なのか?

 ある日、18歳の女の子が道を歩いていると、突然隣に車を接近させ家まで送ると申し出た男。

 彼女は丁重に断ったが、ミルクマンと付き合っているという噂が流れてしまう。

 その後もミルクマンは神出鬼没、彼女の行く先々に現れ、車に乗るよう声をかけ、断られるとすっと消える。

 
 舞台は明確にされていないが、アイルランドがモデルになっているようだ。

 イギリスとの紛争真っ只中の70年代。

 少女の住む地域は、反体制派の武装組織が仕切っている。

 普通の人々が暮らしているが、この地区では、忠誠を示すお茶とそうでないお茶があり、通っている場所、Hの発音、あらゆるものが政治的な意見を表すことになってしまう。

 裏切り者と見られないかと、近所の人との会話にさえ気を使う。

 政治がらみの殺人、テロは日常茶飯事。

 本を読みながら道を歩く少女は、周りからは変人と見られているが、こんな閉塞感に満ちた日常では、本の世界に逃げ込まないと精神の安定を得られないのだろう。

 19世紀の古い小説しか読まないのも納得できる。


 少女につきまとうミルクマンは武装組織の中心メンバーで、付き合っていると思われている少女は、周囲から一目置かれつつも反感を買ってしまう。

 少女は周囲の圧力に屈せず、弁解を試み続けるのだが。


 表紙のモヤモヤ感がずっと拭えない。

 正体がはっきりしないものに感じる怖さ、もどかしさ。これは彼女の周りだけのものではない。


 装画は椛田ちひろ氏、装丁は山田英春氏。(2022)