チェスター・ハイムズ『逃げろ 逃げろ 逃げろ!』

疾走感を演出したカバーには、古いハードボイルドな雰囲気の写真が使われていて、銃弾の飛び交う男臭い物語を想像した。
「逃げろ!」とは誰が何から逃げるのか。深夜と早朝の狭間に通りをふらつく白人の酔っ払いなのか、ビルの裏通りに現れた黒人の清掃員なのか。
「おれの車を盗んだ」と、突然リボルバーを手に清掃員に詰め寄る酔っ払いは警官のようだ。仕事をしているだけの清掃員にしてみれば、これは悪い兆候だ。正しい判断ができない白人警官が黒人を窃盗犯だと疑って銃口を向けている。
1960年代にアメリカで発表されたこの小説は、無意識の人種差別と間違った思い込みが起こした殺人事件の話だ。アメリカでは似たような事件がいまだに後を絶たない。
少し前なら、どこか他人事のように感じて読んでいたはずだが、2025年の日本で、外国人が増えると犯罪が多くなると言う人の姿と重なる。黒人は犯罪者だと思い込み銃の引き金に指をかけてしまう白人警官が、もしかしたらすぐ側にいるのかもしれない。
銃撃があって人が死んだとしても、どこかすっきりした展開をみせるハードボイルド小説とは違って、この小説はモヤっとしたものが残る。武装強盗の罪で服役中に小説を書き始めたという著者の経歴を知ると、人の心と行動は、それほど単純に理解できるものではないと言われているような気がする。
『逃げろ 逃げろ 逃げろ!』
チェスター・ハイムズ[著] 田村義進[訳]
新潮社装幀室[装丁]
新潮社