ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

ロサンゼルスへの道

2021-01-12 17:08:48 | 日記
 ジョン・ファンテ『ロサンゼルスへの道』





 父親が亡くなり、一家の稼ぎ頭として母と妹の面倒をみる18歳のアルトゥーロ。

 しかし仕事はどれも長く続かない。突然「うんざりだ」と言って辞めてしまう。

 周囲の人たちを小馬鹿にし、気取った言い回しでやたら饒舌に意味のないことを並べて煙に巻く。いや、ただうざいと思われているに過ぎない。

 まとまったものを書いたことがないのに、自分は作家だと言い、ノートを持ち歩いて何かを書いている振りまでする。

 そして妄想が凄まじい。一瞬姿を見かけただけの女性と恋愛関係になることなんてお手のもの、ある時は突然走り出してオリンピックのランナーになっている。

 なにひとつ共感できない最低な男だ。

 ところが、劣悪な環境の缶詰工場での仕事に我慢する。

 初日は、サバの強烈な匂いに胃がからになるまで吐いてしまい、そこで働く人たちから冷笑されたというのに。

 子供のいる同僚が低賃金で働いていることを知ると、昇給を訴えろと憤る。

 ここで働くことで少しは成長したのか。

 と思ったが、最後はやっぱり最低な奴なのだ。


 写真はみやこうせい氏。(2021)
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いいなづけ

2021-01-02 16:32:52 | 日記
 アレッサンドロ・マンゾーニ『いいなづけ』



 古いイタリアの小説、翻訳は絶版になっているだろうと思っていた。

 ところが、書店で河出文庫を見つけた。


 イタリア・ミラノの高校で、校長が生徒に向けたメッセージが話題になったのは、新型コロナウィルスの感染が広がってきた頃のこと。メッセージのなかで『いいなづけ』に触れている。

 
 『いいなづけ』では、ペストが蔓延するミラノの様子が描かれている。

 17世紀の話だが、現代のコロナに対する人々の反応ととても似ている。

 ただ、これは物語のほんの一部だ。

 物語の中心になるのは、タイトル「許嫁(いいなづけ)」の通り、婚約をした2人の男女。

 横恋慕、脅迫、屈従、対抗、逃走、誤解、さまざまなことが起こり、2人はなかなか結ばれない。

 登場する人物、ひとりひとりの心理が細かく描かれ、脇道にそれた感じはあるものの、それがひとつの独立した物語としても読めるくらい興味深い。


 コロナ渦で、過去に出版されたパンデミックを扱った本が復刊されている。

 そこには、自戒しなくてはならない出来事が多く書かれているが、単純に娯楽として読むだけでも面白いものもある。

 『いいなづけ』のなかで、ペストに罹患しながらも生き延び、行方不明の婚約者を探すレンツォのたくましさには、希望の光を見る。


 装丁は渋川育由氏。(2020)


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洪水

2020-12-19 11:16:21 | 日記
 フィリップ・フォレスト『洪水』




 真っ白な背景の中央に、鉄筋の飛び出たコンクリートの破片がある。傍らには割れたガラス、さらに注意してみると、それらは水に浸かっているのがわかる。

 カバーの写真は、何か悲劇的な事が起こった後のように見えるのだが、あまりに全体が美しくて、束の間、夢見心地になる。

 しかし、白く消している背景には、実は目を背けたくなるような恐ろしい光景が広がっているのかもしれない。


 あの人と最後に会った時、何と言葉を交わしたのだろう。

 親しい友人だったとしても、日常に紛れてしまうと最後の瞬間が朧げになる。

 本を読みながら、そんなことが浮かんできた。


 細かいことは気にならないのか、思いが及ばないのか、具体的なことが省かれた小説だ。

 段落ごとに1行空く、独特なリズムのせいもある。 

 読んでいる間、雑念がするりと入ってしまい、ストーリーとは関係のないことが次から次へと頭の中に浮かんでくる。

 自分だけの物語を同時に進行させてしまう。


 カバーの白い背景は、自由に発想できる余地を生む。

 読む人によって、頭に浮かぶ情景は違うのだろう。

 年月を経て再度読み直してみたら、ぼくは何を思うのだろうか。


 写真は井上佐由紀氏、装丁は名久井直子氏。(2020)



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寿町のひとびと

2020-12-06 11:34:31 | 日記
 山田清機『寿町のひとびと』




 
 寿町の中を足早に通り過ぎるとき、ほかの町とは違う空気に気づく。

 それは、昼間から営業している飲み屋のせいなのか、道端に座り込む人のせいなのか。それとも、ここがドヤ街で、得体の知れない場所だという偏見からくる気のせいなのか。

 
 ノンフィクションライターの著者は、横浜の寿町を取材しようと訪れたのに、最初の頃は数十分しかいられなかったらしい。

 冒頭でそんな話を読むと、360ページほどの分厚いこの本が、さらに重く感じられてくる。

 数多くの人が登場する。

 寿町の簡易宿泊所に暮らす人、学童保育の指導員、子どもの頃からこの町で暮らす人、簡易宿泊所の管理人、ホームレスの支援をするNPO法人、角打ちの店主、高齢者ホームの代表、教会の牧師、交番の元警察官。

 彼らの話は、寿町だけでなく横浜のかつての熱を連れてくる。

 点と点はやがて層になり、時代を町をホログラムのように浮かび上がらせる。

 この本に収めきれなかった物語もたくさんあるはずだ。


 寿町は怖いところではない。けれども、一番活気に溢れ怖かった時代を見てみたかったという思いも生まれる。

 今度寿町を通り抜けるときには、少しだけ歩を緩められそうだ。


 装丁は吉田孝宏氏。(2020)


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サピエンス前戯

2020-11-29 11:53:30 | 日記
 木下古栗『サピエンス前戯』




 タイトルの「前戯」に注意がいってしまい、またエロい小説かと思っただけで、『サピエンス前戯』の意味を深く考えなかった。

 冒頭数ページを読み、本に挟んである広告「出版のご案内」を手にして、やっと気づいた。そこにはユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』が掲載されている。『サピエンス前戯』は『サピエンス全史』をもじったものなのだ。

 この広告は偶然なのか、それとも編集者が仕組んだ遊びなのか。

 実在する名著のタイトルを、エロく変換するのはこれだけではない。小説の中でなんと130もの名作をポルノ風に言い換えている。

 しかもその作業は、2人の編集者が仕事として真剣に取り組むいう設定で書かれている。寝ても覚めても、四六時中考え続けて捻り出す。

 出来上がったリストを読んでいくと、その変換ぶりに圧倒される。卑猥な言葉をこれほどしっかり味わったことはない。

 
 この本には3編の長編小説が入っている。

 どれも基底にはエロが流れている。

 真面目に進行しているのに、そのうちエロが出てくるはずだという緊張を感じてしまう。笑ってはいけない場面で可笑しくなってしまうようなものだ。

 なぜ、これほどまでにくだらなく、ためにならなず、感涙にむせぶわけでもない小説を、ぼくは好んで読んでいるのか。

 たぶん、言葉の持つ面白さを示し楽しませてくれるからだろう。


 表紙は、巨大隕石が衝突する直前の地球。

 恐竜の絶滅、人類の誕生を連想させるが、何かエロいことにこじつけてみたくなるのは仕方がない。

 
 装丁は川名潤氏。(2020)


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