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ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

逃げろ 逃げろ 逃げろ!

2025-08-14 18:18:15 | 読書
チェスター・ハイムズ『逃げろ 逃げろ 逃げろ!』



 疾走感を演出したカバーには、古いハードボイルドな雰囲気の写真が使われていて、銃弾の飛び交う男臭い物語を想像した。

 「逃げろ!」とは誰が何から逃げるのか。深夜と早朝の狭間に通りをふらつく白人の酔っ払いなのか、ビルの裏通りに現れた黒人の清掃員なのか。

 「おれの車を盗んだ」と、突然リボルバーを手に清掃員に詰め寄る酔っ払いは警官のようだ。仕事をしているだけの清掃員にしてみれば、これは悪い兆候だ。正しい判断ができない白人警官が黒人を窃盗犯だと疑って銃口を向けている。



 1960年代にアメリカで発表されたこの小説は、無意識の人種差別と間違った思い込みが起こした殺人事件の話だ。アメリカでは似たような事件がいまだに後を絶たない。

 少し前なら、どこか他人事のように感じて読んでいたはずだが、2025年の日本で、外国人が増えると犯罪が多くなると言う人の姿と重なる。黒人は犯罪者だと思い込み銃の引き金に指をかけてしまう白人警官が、もしかしたらすぐ側にいるのかもしれない。


 銃撃があって人が死んだとしても、どこかすっきりした展開をみせるハードボイルド小説とは違って、この小説はモヤっとしたものが残る。武装強盗の罪で服役中に小説を書き始めたという著者の経歴を知ると、人の心と行動は、それほど単純に理解できるものではないと言われているような気がする。


『逃げろ 逃げろ 逃げろ!』
チェスター・ハイムズ[著] 田村義進[訳]
新潮社装幀室[装丁] 
新潮社
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人殺しは夕方やってきた

2025-08-06 17:07:12 | 読書
マルレーン・ハウスホーファー『人殺しは夕方やってきた』



 印象的なタイトルとカバーの細密なイラストを見て最初に感じたのは、ゴシックホラーなのか? ということだった。やや暗めの赤いカバーと、金の英文字もそんな予感を深めさせた。


 26の短編集。

 最初の『美しきメルジーネ』は、代々同じ名前をつけられる飼い猫の話で、ところどころで血が流れるから、怪奇な印象を抱いたまま次の短編を読んだ。

 『ぞっとするような話』は、まさに怪奇現象に遭遇する話なのだが、やや後味が爽やか。

 その次の『雌牛事件』は、子どもの頃に感じた理不尽なことを思い出した。

 浅いと思って飛び込んだプールは足の届かない深さだった。

 この短編集は、そんな意外な深みに連れて行ってくれる。


 表題作『人殺しは夕方やってきた』は、2、3年に一度会う親戚のペピおばさんの話。

 観察力が鋭く、正義感の強いおばさんは、語り手のわたしからすると不思議ですごい人。最後に訪ねたとき、おばさんは人殺しと知り合った話をしてくれた。

 6ページちょっとの短い話なのに、読むたびに異なる細部が気になってくる。おばさんと人殺しの関係を考える、人殺しのその後を考える、おばさんの若かった頃を想像する。


 これほどじっくり読んでしまうのはどうしてだろう。どの物語もちょっとずつ絡め取られてしまう。

 たぶんそれは、丁寧な翻訳によるところも大きいのだと思う。

 ホラーに似た感触はあるけれどホラーではない。



『人殺しは夕方やってきた』
マルレーン・ハウスホーファー[著]
松永美穂[訳]
宮島亜紀[装丁・装画]
書肆侃侃房


noteにほぼ同じものを載せています。
https://note.com/robinsonmarco
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うしろにご用心!

2025-07-30 17:44:09 | 読書
ドナルド・E・ウェストレイク『うしろにご用心!』



 その人の名前を聞いただけでドキドキする。

 これは恋か?

 ドートマンダー。

 泥棒。

 ドナルド・E・ウェストレイクが作り出した小説のキャラクターだ。

 泥棒だから悪人だ。

 初対面の人がドートマンダーの顔をじっと見て「きっとあんたは…悪党どもの一人にちがいない」と言うほどだから、悪いものが滲み出ているのだろう。

 でもぼくは嫌いになれない。


 故買屋が持ち込んできた大富豪の情報をもとに、盗みの計画を立てようとメンバーに声をかけたドートマンダー。

 溜まり場にしているバーに行くと何か様子がおかしい。いつも使っている奥の部屋が、不穏な雰囲気の男たちに占拠されている。

 仕方なく仲間たち5人は、ドートマンダーの狭い居室に集まる。

 彼らはこのリビングが嫌いで、キッチンとリビングを行ったり来たりしながら10分かけてやっと座る椅子と場所を見つける。

 
 手際がいい泥棒集団ではない。

 彼らには、どこかミス、またはトラブル、不運の匂いが漂う。


 大富豪の美術品を盗む計画を進めながら、ドートマンダーは行きつけのバーのトラブルを解決しようと動き回る。

 大事なときに何をしているのかと思うのだが、盗みとバーの件とは奇跡的な巡り合わせをみせる。


 登場人物全員クセが強い。

 たった一瞬だけの端役でもしっかり記憶に残る。彼らの存在がドートマンダーを取り巻く世界を愉快にする。



 こんなに面白いドートマンダーものだが、翻訳が刊行されたのは2009年の『泥棒が1ダース』以来16年振りらしい。

 『うしろにご用心!』の売り行き次第で、次作の刊行が決まるというので、なんとか盛り上げたく、微力ながらここに書いて応援する。


『うしろにご用心!』
ドナルド・E・ウェストレイク[著] 木村二郎[訳]
市村譲[装画] 新潮社装幀室[装丁] 
新潮社



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本と歩く人

2025-07-24 17:32:47 | 読書
カルステン・ヘン『本と歩く人』




 『本と歩く人』

 なんて心惹かれるタイトルだろう。


 カバーには、おじいさんと幼い女の子がベンチに座っている写真。女の子は大きな本を膝の上に開き熱心に見ている。

 写真は切り抜かれ、緑色の背景に浮かぶ。公園の緑を一瞬思い浮かべたけれど、一面ムラなく塗り潰されているため、撮影に使われるグリーンバックのようにも見える。物語を読んで、自分で背景の絵を想像してと言われているみたいだ。



 72歳の書店員カールは、常連客が読みたいと思う本を瞬時に見抜く。

 彼はリュックに本を詰め、歩いて客の家へ配達をする。

 大聖堂広場を中心に広がる街は歩きにくい石畳。

 わずか数軒とはいえ、老齢の身体にはきついはずだ。

 客たちが待っているのはもちろん本なのだが、カールに会うことを楽しみにしているのがわかる。

 彼らの間にある信頼関係が、会話の端端から伝わってくる。

 そんなカールの前に、まるで妖精のように9歳の女の子シャシャが突然現れ、カールについて歩く。

 彼女の存在が、カールと客たちとの関係を少しずつ変化させていく。



 訳者あとがきの中に、日本語タイトルをつける過程で内田洋子『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』が頭をかすめたとある。

 『モンテレッジォ~』はノンフィクションで、かつてイタリアの各地へ本の行商をしていた人たちの存在を知った著者が、彼らが住んでいた村を訪ねる記録だ。

 著者と一緒に少しずつ行商の背景を知っていくのが楽しい。


 思い出してみると『モンテレッジォ~』も緑色だった。

 天地が長い白の帯が巻かれていて、外して気づいた。これは長い帯ではない、短いカバーだと。

 天が少し短いカバーからは、フランス装の表紙に印刷された緑色の写真が見え、カバーをすべてめくると突如深い森が現れる。こんなところに村があるのかと驚く。


 「本」「歩く」「旅」。この言葉に似合うのは緑色なのかもしれない。



『本と歩く人』
カルステン・ヘン[著] 川東雅樹[訳]
Patrizia Di Stefano[イラスト] Mariana Konstantinova[写真]
細野綾子[装丁] 
白水社



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火山のふもとで

2025-07-15 18:54:52 | 読書
松家仁之『火山のふもとで』



 10代の頃に読んでさっぱり面白くなかった小説を、20代になって読み返したらじんわり心に染みてきた。そんな経験があります。

 歳を取って得たものが物語の理解を深めるのでしょうか。


 『火山のふもとで』は、そんな小説かもしれない。

 少し歳を重ねてから読む方が、たぶんより理解できる。


 この小説を美しいと感じるのは、若い頃を振り返った時に、キラキラ輝いていたかつての時間を美しいと感じるのと似ている。

 当時の自分が、いかに若さであらゆることを乗り切ってきたのか気づき、懐かしく切なくなるのだ。

 細かすぎる描写は、少しうるさく感じて読んでいたけれど、それは必要なことだったとわかる。細部をはっきり覚えているくらい、眩しかった頃の出来事は忘れられないのだから。


 物語は、設計事務所に勤め始めた坂西徹の視点で語られる。

 所員13人の事務所は夏の間、浅間山の麓にある別荘「夏の家」に事務所の機能を移し、半分ほどの所員が合宿をしながら仕事に専念する。

 国立図書館のコンペが大詰めになり、設計室には緊迫した雰囲気があるものの、山のゆったりした空気、当番で丁寧に準備される食事など、心地の良い空間のように感じられる。

 「台所仕事や洗濯、掃除をやらないような建築家に、少なくとも家の設計は頼めない」と語る先輩所員の言葉に、避暑だけではない「夏の家」へ来るもうひとつの理由を想像する。


 最年少で新入りの坂西は、少しずつ仕事に慣れ多くのことを学んでいく。そして恋をする。


 若いときの恋だけが美しいとは思わない。けれども、その後の人生で折りに触れ思い出し苦い気持ちになるのは、若い自分がいたからだ。

 カバーのイラストを見ながら、この森を散歩する坂西と彼女を想像しつつ、20代の自分を思い出す。


『火山のふもとで』
松家仁之[著] 
牡丹靖佳[装画] 新潮社装幀室[装丁] 
新潮文庫


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