カルステン・ヘン『本と歩く人』

『本と歩く人』
なんて心惹かれるタイトルだろう。
カバーには、おじいさんと幼い女の子がベンチに座っている写真。女の子は大きな本を膝の上に開き熱心に見ている。
写真は切り抜かれ、緑色の背景に浮かぶ。公園の緑を一瞬思い浮かべたけれど、一面ムラなく塗り潰されているため、撮影に使われるグリーンバックのようにも見える。物語を読んで、自分で背景の絵を想像してと言われているみたいだ。
72歳の書店員カールは、常連客が読みたいと思う本を瞬時に見抜く。
彼はリュックに本を詰め、歩いて客の家へ配達をする。
大聖堂広場を中心に広がる街は歩きにくい石畳。
わずか数軒とはいえ、老齢の身体にはきついはずだ。
客たちが待っているのはもちろん本なのだが、カールに会うことを楽しみにしているのがわかる。
彼らの間にある信頼関係が、会話の端端から伝わってくる。
そんなカールの前に、まるで妖精のように9歳の女の子シャシャが突然現れ、カールについて歩く。
彼女の存在が、カールと客たちとの関係を少しずつ変化させていく。
訳者あとがきの中に、日本語タイトルをつける過程で内田洋子『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』が頭をかすめたとある。
『モンテレッジォ~』はノンフィクションで、かつてイタリアの各地へ本の行商をしていた人たちの存在を知った著者が、彼らが住んでいた村を訪ねる記録だ。
著者と一緒に少しずつ行商の背景を知っていくのが楽しい。
思い出してみると『モンテレッジォ~』も緑色だった。
天地が長い白の帯が巻かれていて、外して気づいた。これは長い帯ではない、短いカバーだと。
天が少し短いカバーからは、フランス装の表紙に印刷された緑色の写真が見え、カバーをすべてめくると突如深い森が現れる。こんなところに村があるのかと驚く。
「本」「歩く」「旅」。この言葉に似合うのは緑色なのかもしれない。
『本と歩く人』
カルステン・ヘン[著] 川東雅樹[訳]
Patrizia Di Stefano[イラスト] Mariana Konstantinova[写真]
細野綾子[装丁]
白水社

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